0030:メイドイン東京ウェスタン
魔法少女の黒アリスとの対戦成績を一対一とした巨大生物は、その後羽田空港ターミナルビルに突っ込み、内部の食料を食い荒らし、機械設備を狙ったかのように叩き潰すと、羽田の水路を越え太田区市街地へ向かった。
だが、京浜島と大田区での防衛線構築に直前で間に合った陸上自衛隊東部方面隊――――――練馬第1師団第1~第3普通科連隊――――――が、巨大生物侵攻阻止にかかる。
真っ先に近隣住民の強制避難を行い、更に羽田以西の住民を順次退避させる時間を稼ぎ、無論可能ならば撃退しようという作戦。
これに、関東防空を担う茨城県百里基地から緊急発進した、航空自衛隊第7航空師団第355飛行隊のF-15/J戦闘機と、木更津の陸自第5対戦車ヘリコプター部隊のAH-64対地攻撃ヘリ8機も航空支援に加わり、対巨大生物首都圏防衛水際徹底抗戦の構えとなった。
第1師団約3500名を対巨大生物の正面戦力とし、支援としてAH-64が8機と偵察隊を加えた陸上自衛隊。そして、対地攻撃装備のF-15/J4機の航空自衛隊。
市街地での戦闘を旨とした第1師団は戦車などを持たない為、120ミリ迫撃砲や84ミリ無反動砲を用い各所から集中砲火。巨大生物は全長で600メートルを超える為に、陸自の第1師団は遮蔽物の多い市街地でも容易に射撃のポジションが得られ、四方八方から撃たれる巨大生物の全身で爆発の炎が上がる。
航空支援のF-15/Jも至近距離に爆弾を連続で投下し、巨大生物は全身を火ダルマにされ、背中から15階建てのビルへ倒れ込むと、真上から押し潰してしまった。
そこに殺到する100機に近い120ミリ迫撃砲と、4機のF-15/Jによる対車両、対建造物の投下爆弾に、AH-64の対戦車ミサイル、ロケット弾の総攻撃。
街の1区画諸共に加えられたダメ押しの攻撃により、静岡からの第一戦車大隊を待つまでもなく、巨大生物は原形も留めず吹き飛ばされた。
と、この時は誰もが思った。
結果から言うと、陸と空の自衛隊は巨大生物の能力を見誤り、壊滅的被害を被った上で防衛線を放棄せざるを得なかったのである。
返り討ちにあったとも言う。
◇
黒アリスのAC-130が東京湾に墜落し、自衛隊が防衛戦を破られ撤退させられてから3日後。
巨大生物の襲来に、小型――――――といっても全長2メートル前後――――――怪生物の大量発生により、東京からはヒト気が消えた。
渋谷、新宿、六本木、台場などといった普段は多くの人が集まる街からも、ヒトの姿は皆目見られなくなった。
その代わりに、長い4脚4腕に筋肉の塊のような胴体の、灰緑色でデコボコの体表に、のっぺりとした頭部に無数の目らしき円い器官が群生している、無数の細かい歯の並ぶ嗤ったような口の怪物がそこかしこで蠢いている。
巨大生物の人口密集地への侵入を許した自衛隊と政府は、今後の対応を協議中。国はどこまで本気で検討しているかは怪しいが。
最大の問題は、東京都心にまで侵攻して来た巨大生物の事もあるが、何より多くの人間が取り残されている事にある。
テレビの放送では、事態が沈静化し、救助が行くまで安全な場所で隠れているように政府からのが指示あった。
だが、具体的に『事態が沈静化』する目途も、『安全な場所』の具体的な情報も与えられず政府の無策が透けて見え、日本人には絶えて久しい自主性と自己判断力で自ら生き残りの道を見出そうとする者も少なくなかった。
当然だろう。高層マンションを潰してしまうような巨大な相手に、一体どこに立て篭もれというのか。
とは言え、当然移動も命がけとなる。
交通手段が無い、何らかの理由で移動できない、行く当てが無い等の理由で東京に残ってしまった人々。
ひとまず嵐が去ると、それら残された人々は、その場に留まるか、動くかの2択を迫られる。
今、近場の避難所と化している病院へ向かっている8人の集団は、動くのを選択した他人同士の人々だった
彼ら、あるいは彼女等は、ゴーストタウンのようになった見知った街の中を、息を殺し、足音も立てないように進んで行く。
下手に物音を立てようものなら、どこに件の怪生物が群れているか分からないからだ。
集団は、会社員、学生、恋人らしき男女、壮年の男性、そして3人の親子連れだった。
どういう共通項で行動を同じくしているのかと言えば、全員が同じマンションの住人であり、エントランスで出ようか出まいか迷っていたのが同じで、ならば一緒に固まって、という事になったのだ。
だが、
「出たぁ!?」
「アッ!? テメっ!! ひとりで逃げるな!!」
「ヤダまーくん置いてかないで!!」
「た! 助けてくれぇ!!」
2メートルを超えるサイズであるにもかかわず、どんな隙間にも入り込み、入り組んだ場所や高低差のある所にも潜んでいる怪生物に、ただの一般人の集まりでしかない彼等は簡単に見つかってしまう。
4腕4脚で障害物をモノともしない多数の怪生物に追われ、彼等は放置されたクルマの間を逃げ回ったが、怪生物は其処彼処から湧いて出て来る。
「ママー!!」
「キャァ――――――――さりり!?」
「さりり!!?」
追い立てられる獲物は、まず最初に弱い個体から脱落するのが自然界の常だ。
怖気を振るう生物、無数の障害物を縫って全力で逃げる大人達に子供の足では付いて行けず、放置してあるクルマのフロントに激突し、跳ね返って親と引き離されてしまった。
すぐに気付くふた親だったが、それよりも怪生物がクルマの上を伝って来る方が早い。
骨と皮のような4腕4脚を順繰りに送り込み、無数に細かい歯の並ぶ口を開いて迫る怪生物に、幼い子供は泣く事も出来ずに凍りつき、
その怪生物の鉤爪が触れる直前、少女の身体にポンっと縄がかけられ、すくい上げられるように宙を舞った。
「ハァッッ!!」
直後、激しいスタッカートが突風と共に、怪生物の群れの中を駆け抜ける。
アスファルトを打ち鳴らし、怪生物の伸ばす腕をギリギリで躱わして行ったのは、精悍な白馬と、それに騎乗するテンガロンハットのカウガール系魔法少女だ。
ただし、胴体に身に付けているのは旧米国旗柄のハイレグビキニだったりするが。




