0026:二正面作戦とか無理である
それまでの陰険な表情を吹き飛ばし、カティは雨音の両手を取ると、これまでにないほど気合の入った真剣な貌で言う。
「アマネ、カティとケッコンしてくだサイ!」
時刻は学校の通常授業が終わった頃。場所は、雨音とカティの通う高校前。
そのプロポーズは、カティのお父上と多くの生徒達がいる前で行われてしまった。
そして、テレビ企画でプロポーズとかさせるのって絶対問題あるよね、とか思っている雨音は、つまり現実逃避していた。
◇
雨音の中学生時の英語の最終成績は、10段階評価で10だった。今の高校に入る為に頑張ったのだ。
でも実用会話ではトイレ紙より使いものにならない。
「…………ちょっと待ったカティ、今何て言った?」
超ネイティブの高速英会話にサッパリついて行けない雨音だったが、どうにか単語を拾っているうちに、『結婚』を意味する単語を聴き取っていた。
しかも、何やら対象が自分であった気がする。
「何をバカな事を…………冗談に付き合っている暇も――――――――――」
冗談だと言いつつも顔が笑っていない古米国総領事。
娘の『結婚します』発言もそうだが、相手が同じ学校の生徒らしき、女子、という事実。
流石に、それまでの澄まし面も崩れて、目を見張っていた。
見張られる雨音は、何か拙い事になっている予感に冷や汗をかいていた。別の事でも冷や汗をかいていたが。
一方、突然の結婚宣言をした総領事の娘、カティーナ嬢はというと。
「冗談なんかじゃないわ、父さん。この娘が私の嫁よ!!」
結婚に続いての、堂々の嫁宣言。
迷いなど皆無。強気の瞳には一点の曇りもなく、澄み切っていた。内容がアレだったが。
「冗談でも本気でも認められるワケが無い。バカバカしい。同性同士の結婚など、この国では不可能だし、籍を入れないとしても将来などありはしないぞ」
「フンッ! 今のご時世iPS細胞でもSTAP細胞でも使えば同性でも子供が作れるのよ! 私は絶対、アマネと一緒にあなた達より幸せな家庭を築いて見せるわ!!」
呆れたように頭を振る総領事の科白など知った事ではないと、カティの決意は固く、心は侍な不退転の構え。子供は3人と決めている。
手を握られたまま雨音は混乱し、校門から出て来る生徒達は何事かと好奇の視線を送り、父親の総領事は目を見開き、護衛達が対応に迷う。
そんな衆人アンド相手方のお父様の前で嫁として紹介され、カティからいつもの片言の日本語で、雨音は結婚を申し込まれた、というワケだ。
だが、
◇
「…………落ち着いて聞きなさいカティ、女の子同士じゃ結婚出来ないわ」
「ンなぁ……!?」
多少動揺し、周囲の目も気にしながら、雨音は落ち着かせるようにカティの肩に手を置く。
その様子に見物の生徒達がどよめいたが、出てきた言葉は容赦の欠片もない拒絶の言葉であった。
父親には一切譲らないカティも、雨音のこの言葉には脆くもへし折れる。一瞬で涙目である。
「あうあうあう………さ、さすがデスねアマネ! ……カティ一世一代のプロポーズをバッサリですか!?」
「だって……無理だもん」
とはいえ雨音もいつもと違って歯切れが悪く、赤い顔でモニュモニュと何やら口籠っていたが、一生を左右する一大告白をスカされた感のあるカティは、必死過ぎて気付かない。
「ムリちゃうデース! カティはアマネと一生いっしょにいたいのデス! 伝統的ブケヤシキ(武家屋敷)でアマネとこしき(古式)ゆかしくなかむつ(仲睦)まじい家庭を作るデスねー! 絶対幸せにして見せるデスよ!!」
「ち、ちょっとお黙りなさいカティ! こんな所で何をそんなヤケに具体的な未来設計を…………!?」
「子供はアマネが産んでもカティが産んでもいいデース!」
「ッ…………このバカティ!!」
流石に父親の前では遠慮する気持ちがあったが、完全アウトなカティの発言に、雨音も堪らず跳びかかっていた。具体的にどことは言えない。強いて言えば全部。
そして、必死の形相で口を閉ざしに来た雨音に、カティは甚く傷ついていた。
「も……ママメム、マモゥムムゥムム………?」
「え? いや、何言ってるか分から……ん……けど、カティさん?」
雨音のすぐ前で、見る見るうちに目に涙を溜めるカティ。
それも、いつものような恐怖や痛みによるものではなく、心の底から希望を無くした涙だった。
「あ、あれ!? カティー!!?」
最後に一粒、大粒の涙を流したカティは雨音の腕を振り払い、持ち前の馬力を遺憾なく発揮してしまい、全速力でその場から逃げてしまう。
雨音としてもカティのそんな反応にはショックが大きく、止める暇もなく行ってしまった小柄な金髪の背中を、呆然と見つめるしかなかったが、
「…………あ!? しまった!!」
たった今自分が致命的なミスを犯した事に思い至り、見物人の事など一切を無視して全力で追い駆けて行った。
そしてその場には、声も黄色く今の修羅場を目撃していた生徒達と、何とも言えない怪訝な顔の古米国総領事――――――護衛と運転手含む――――――が残された。
◇
だが事は、単に親友の行き過ぎた友情の暴発、というだけの話ではなかったのだ。
「ジャック……!」
某ミニスカエプロンドレスほどではないにしても、そこそこ短い制服のスカートがギリギリでひらめいているのも構わず、全力で街中を駆ける雨音が魔法少女のマスコット・アシスタントを呼ぶ。
なお、カティの姿は早々に見失った。雨音とカティの身体能力差的に仕方が無いが、この状況では痛恨であった。
携帯も不通。というか拒否された。ダメもとで、一応緊急のメッセージだけは吹き込んでおく。
魔法少女に呼ばれた、マスコット・アシスタントの黒スーツにサングラスの巨漢は、雨音の行く先にあるファストフード店脇にある細い路地から出て来た。
基本的に雨音のいる物理領域とは別の場所に居るマスコット・アシスタントは、誰も見ていない場所から現れ、誰も見ていない場所に消える。
雨音はマスコット・アシスタントのジャックの前で、駆け足から急ぎ足へペースダウン。ジャックは何も言わず、それに並んだ。
「さっきカティの、総領事のお父さんが、多分……すぐに日本を出るって言ってた」
息を整えるが、動悸は収まらない。
カティの発言は大事だったが、本当の問題は、カティの父が日本を出ると言った、その理由だ。
「どうしてこのタイミングで急に? 本国に呼ばれたとかって可能性もあるけど、いきなり学校まで迎えに来てそのまま空港直行だなんて、まるで脱出するみたいじゃない……?」
必死に英会話の聞き取りをして、会話の端々からどうにか単語を拾っているうちに、雨音の中に湧きあがる猛烈な不安。
総領事と言えば、当然高度な情報に触れる機会を持つポジションである。
つまり、国民に伏せられるような重大な情報を知った上で、日本からの脱出を決断したのだとしたら。
だというのに、カティのアレである。
「ええいこの面倒な時にあの娘は……!」
焦れながら雨音はひとりごちる。
この非常時――――――かもしれない――――――に、またトンチンカンな事を言い出して、しょうもない。
と、思いながら同時にカティの泣き顔も思い出し、もう少し他にカティの気持ちに応えようがあったのでは、と後悔しそうになり、さりとて、それならばどんな返事をすれば良かったのかと。
雨音が混乱し、焦れている本当の理由がそれだった。
カティの事は嫌いではないが、妹のようなものだし、現実的にカティの提案は不可能だ、と雨音は思う。常識的に考えればそうなる。
ただ、雨音自身理性では分かっていても、感情的に納得出来ていないのも事実。
だが今は、とにかく最優先で手段を選ばずカティを捕まえなければ、と自分の魔法の杖を持つマスコット・アシスタントのジャックを呼び出したのだが。
時既に遅く、丁度同じ頃。
東京湾の海上で、20~30メートルの水深に収まらない、巨大な生物の姿が目撃されていた。
『いまさら魔法少女と言われても』はフィクションです。
作品中の技術や名称は現実のものとは関係ありません。




