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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-05 話とか色々大きくなり過ぎたのは誰のせいか
159/592

0024:出欠席バトルフィールド

 謎の怪生物が日本の関東付近に上陸し、東京某所の防波堤で魔法少女たちを襲った、その二日前の事。

 深夜0時。


 オーストラリアから荷を満載し、日本を経由して北米大陸に向かおうとしていた大型貨物船のジーンバッグ号は、数日前の豪華客船のように沈没しようとしていた。


「メーデーメーデーメーデー!! こちら西米国籍のジーンバッグ号! な、何か大きなものに船底を――――――――――!!」


 救助を求める船長の声が、全長約360メートル、重量約200トン、貨物重量約400トンという巨体を浮かす衝撃にかき消される。

 鉄の船体が(えぐ)られる音と振動。浸水と関係無しに、何かに引っ張られるように船が大きく傾く。

 客船や戦闘艦のように人数が乗ってるワケでもなく、貨物船の船員達は命令も待たずに、救命ボートで海へと逃げていく。

 海に出た船員達の前で、波に翻弄される小舟のように、不自然に暴れる大型貨物船。

 最初の衝撃が走ってから混乱のど真ん中にあった船員たちは、最後の最後になって、自分達に何が起こっていたのかを理解した。


 大型貨物船の長大な甲板。そこを淡く照らす船上灯によって、浮かび上がったのは海面から突き出す巨大な柱。

 いや、柱と思ったモノは先端を甲板に食い込ませ、それを手掛かりに(・・・・・)次々と新たな柱の様なモノから飛び出し、船を抱え込むようにして折れ曲がって行く。

 巨大な重量がかかり、更に大きく沈み込む船。柱のような物が鉄の船体を押し潰し、折れ曲がる音が響く。

 上下する巨大な船により、激しく海面が波立ち救命ボートも乱高下するが、船員たちは自分達の船から目が離せない。

 そして、激しく揺すられる船のすぐ横の海面が、柱のようなモノが突き出る場所から大きく盛り上がり。


 巨大貨物船よりも遥かに大きい、天を突くかと言うほど超巨大な生物が(・・・)、長大な甲板上に乗り上げていた。


 貨物船の倍はあろうかと言う生物は、海面から飛び乗った衝撃で甲板を大きくへこませ、次に()の一本を突き込み大穴を開けた。

 船を沈めながらしがみ付く巨大生物は、甲板の穴に頭部を突っ込むと、内部を掻き回して大暴れする。

 呆然と見ていた船員のひとりが、「食ってるのか」と呟いていた。

 船倉には、穀物や果物、食肉類が満載されていた。


 全長で倍近く、質量で遥かに上回るであろう巨大生物がよじ登ってきた事で、船底に穴の空いていた貨物船が沈むのは、当然の成り行きだった。

 船は見る間に沈んで行くが、取り付いた巨大な生物は離れようとせず、無我夢中といった様子で船倉の荷を貪り、沈没を助長する。

 巨大な生物は完全に海中に没するまで、貨物船に取り付いたまま海面を荒らしていたが、やがては船諸共に水の底に消えていった。


 そして、たまたま近くに居た海上保安庁の巡視船が、今回は決定的なその姿をカメラの映像に捉えていた。


                        ◇


 東京某所の防波堤にて、怪生物を相手に水際防衛戦を行った、翌日の月曜日。

 月も変わり、そろそろ学生的一大イベントである夏休みも迫る今日この頃。日も高くなり、制服も衣替えを終え、空気にも夏の匂いが混じり始めて来た。


 つまり期末テストが近いのである。


「散々だったからね中間は…………。今この瞬間だけは吸血鬼が出ようがモンスターが出ようが知った事か」

「なんかゴメンねー、せんちゃん。でもそこ(・・)投げちゃうの?」


 三つ編み文学少女の北原桜花(きたはらおうか)が、いつもの乏しい表情の中に、珍しく眉を(ひそ)めた悪びれる様子を見せていた。

 なにせ、旋崎雨音(せんざきあまね)が先の中間考査(テスト)に最悪の体調(コンディション)で挑む羽目になったのは、世に吸血鬼が(あふ)れたのが原因である。

 そして、北原桜花は無意識に吸血鬼を世間にバラ撒いた、張本人の魔法少女だったりする。そりゃ多かれ少なかれ罪悪感はあるだろう。

 この事実は、雨音とカティ、それに魔法少女達のマスコット・アシスタントしか知らない。当面他の――――――ビキニのカウガールや鎧武者少女――――――魔法少女に話すつもりはないが、今後の展開次第だとは雨音は考えていた。

 ちなみに桜花は、特別勉強しなくたって学年トップクラスの成績を取れる。


「そデスよアマネ、オーカ(桜花)の言う通りデース! テストどこちゃうデスよ!? セカイがまた大ピンチなのデス!」


 一方カティは、多少テストの結果が悪くても留学生という建前で(・・・)、成績は合格ラインを超える事になっている(・・・・・)。 

 親友とはいえ世の理不尽やら何やらに釈然(しゃくぜん)としないモノを感じざるを得ない冷製女子高生(クールJK)の雨音である。

 それに、勉強はアレでもとりあえずは、教室(クラス)内での発言には留意する程度の機転は欲しい所。

 ほっとけばクラスメイト達の注目を集める目で、「魔法少女が(なんとか)」とか言い出しかねないのが恐ろし過ぎた。


                        ◇


 防波堤での一戦の後、黒アリスの雨音と巫女侍のカティは、ニュースの速報で怪生物の上陸が他の地点でも起こっていたのを知る。

 警察か一般人かを問わず、また人間か器物かも問わず、怪生物は多くの被害を出し、そして事件は進行中だった。

 ニュースを見るや正義に燃える魔法少女の巫女侍は「すぐにやっつけに行くデス!」と鼻息荒く訴えた。

 だが、事が(おおやけ)になった上で警察や、一部地域では自衛隊も動いている以上、自分達が動けば余計に混乱が広がるだろう、という雨音(ごしゅじんさま)の言葉に、やや気落ち(シュンと)しながら、カティもこの時は(・・・・)素直に(うなづ)いていた。

 雨音は、何もしない、とは言っていない。前と同じで、警察や自衛隊の手に余る事態なら、今度こそ魔法少女達を集めて出張るだけの決意はある。

 ただし、今回は事が世間に露見しまくっているだけに、警察も自衛隊も動きが良い。

 それはつまり(くだん)の怪生物の動きの速さをも示してはいたが、雨音は今回こそ、警察や自衛隊が事態を収拾してくれるのを祈りたいと思い、またそうするしかなかった。

 何せ警察も自衛隊もヘリを多数飛ばしているので、迂闊に無人攻撃機(UCAV)も飛ばせない。

 ここは様子見の局面だと雨音は(にら)んでいた。


                        ◇


「――――――――――って昨日話したじゃないのよ……。少なくとも今は、あたし達が動いてもいい事無いわ」

「ぅう~~~~……で、でもー、そんなら警察と一緒にデスねー…………」

「うん、せんちゃんにせよカティにせよ、普通に職質だろうねー」


 三つ編み文学少女が危機感無く言うまでもなく、カティ自身も科白(セリフ)の途中で無理筋と悟ってはいた。

 第一、『職質』どころではない。現状では、警察と協力するのは不可能。こっそりやるにも、警察や自衛隊を警戒せねばならないので、リスクが高く効率も悪い。

 故に、今こそ雨音は学生として勉強に(いそ)しむのだ。

 それに、今後の展開如何では、勉強どころではなくなってしまうのだから。

 我ながらイヤな読みだと雨音(ドライJK)は思う。


「でもさー、せんちゃん。『今後の展開次第』って言うけどー……それってかなりヤバい事になってからー、って事じゃね?」

「そうならない事を祈るばかりだわ」

「ちなみにー、この前にせんちゃんが言ってた、あたしの出番ってどんなー?」


 教室(クラス)の中で誰が聞いているか分からない為、要点を省いて問う桜花。

 雨音は、警察と自衛隊が正常に機能しているうちは手を出さないと言っているのだ。

 つまり、魔法少女が手を出さざるを得ず、かつ警察と自衛隊がそれを受け入れてしまうような状況とは、一体どれほど追い詰められた場面を想定してると言うのか。

 臆病(ゆえ)に万事慎重を期すドライなクラスメイトは、ノートに書き込みをする手を止めて、(アゴ)にシャーペンの柄を当てた思案顔で簡素に応える。


「非常手段…………。いざって時に数千から数万の人間を救えるのは、北原さん以外にいないわ」

「ぉ………………………………ぉおう」


 平静で感情の起伏に乏しいマイノリティー系三つ編み文学少女でさえ、雨音の科白(セリフ)には骨の髄から震える思いだった。

 恐怖ではない。武者ぶるいにも似た高揚からだ。

 決してそれが望ましい事態でない事も、分かってはいるが。


「ま、怪物の親玉も自衛隊が片付けてくれれば万々歳よ。あたし達は気楽な学生生活に専念できるー……あ、北原さん英語ってこの単元まで出るの?」

「えー……ここで学生トーク? いやイイけどー……」

「アマネの場合、がっこも気楽に見えんデース。バトルフィールドにフル参戦デスねー……」

「そーよー。あんたとは違うのよー」


 旋崎雨音、年中無休で臨戦態勢の少女である。やはり長生きは出来そうにない。



 未だ動き回って発見されていない怪生物の警戒に、警察官が学校にも警備に来ているものの、この日も無事に下校時刻と相成った。有難い事だ。

 怪生物の捕獲に多くの警察官が動いている為、しばらくは雨音も魔法少女になる気はない。

 当然カティは不満を漏らすだろうなぁ、と思う雨音だったが、ならば気を紛らわせる為にも、家に居る間は相手――――――遊びの――――――をして上げようと考えながらの下校だったのだが。


 校門を出て間もなく、雨音の横に並んでいたカティが足を止めてしまった。


 何事かと、雨音もカティが凝視している先に視線を送ると、そこには路肩に着けて停まっている、一台の黒塗りが。

 パッと、雨音には思い当たる節があった。

 カティの反応、高級車、そして高級車のマル領――――――円で囲まれる『領』の文字――――――ナンバープレート。

 となれば、後部座席(キャビン)から出て来る要人(VIP)など、ひとりしか考えられないワケで。


「……………………父さん(ダッド)


 そして、予想通りの相手と向かい合うカティには、いつもの弾ける様な明るさは微塵も見られなかった。


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