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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-05 話とか色々大きくなり過ぎたのは誰のせいか
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0021:進撃の何とか

 車体長約7.5メートル。全幅約3.2メートル。全高約2.3メートル。全備重量44トン。

 基本的な形状の戦車だが、ややコンパクトに(まと)まったサイズ。

 だが、主砲である44口径120ミリ滑腔砲をはじめとして、12.7ミリ重機関砲(M2キャリバー)や砲塔内部に7.62ミリ同軸機銃と、強力な火器を搭載。

 何より、高精度のセンサーを備え、自衛隊からは「走るコンピューター」と呼ばれるほど高度な情報支援システムと、目標に対して相互に移動しながらも百発百中を誇る射撃統制システムを持つ。

 速力は前後進ともに時速約70キロで、旋回性能も高い。

 陸上自衛隊の最新型主力戦車。


 10式戦車(Type-10)である。


 小型だコンパクトだと言われても、生身の人間が前にすれば、凄まじい威圧感を感じるのに変わりはない。

 戦車は最強の陸戦兵器ではあるが、歩兵が随行していなければ取り付くのは難しくない。主砲にせよ副砲にせよ、ある程度距離が無ければ全く無用の長物となる。

 対装甲兵器があれば戦車の破壊は可能だ。ロケット弾などを装備した武装ヘリがいれば、戦車を駆逐するのも難しくない。

 ただ残念な事に、機動隊員は対装甲兵器など携行せず、ヘリに武装など搭載しておらず、戦車の砲が自分達に向いた為に、取り付く事も不可能となった。


「ヤバイ大砲こっち向いた!?」

「飛び込め! 海に飛び込めぇえええ!!」


 機動隊員達が必死の形相で、盾を投げ捨て防波堤から海へとダイブする。防弾盾など役に立たない。120ミリなんかで撃たれたら、肉片に変えられてしまう。

 これは警察官の矜持(プライド)の問題ではない。逃げなければ、死、あるのみだった。

 ところが、


「トリアちゃん逃げろぉ!!」

「トリアさん何やってるんです!? 逃げてください!!」

「今すぐ逃げて! 吹っ飛ばされる!!」


 魔法少女刑事(デカ)のトリア・パーティクルに、馬に乗る2人の魔法少女は、大砲を前にしても、微妙に困った顔をするだけで逃げようとはしなかった。

 それに、防波堤入りに着けた戦車も、砲塔を防波堤へ向けてから動きを見せない。

 合戦から一転、水を打ったように静まり返る防波堤。

 機動隊員達は戦車の動きに目を見張り、魔法少女達が半ば呆然と眺めている中、戦車上部の丸いハッチが内側から開かれ、


「ぉ……おはようございまーす…………」


 戦車砲塔の中から、銃砲系魔法少女の金髪娘が居心地悪そうに頭を出していた。


                       ◇


 東京某所の防波堤では毎週日曜日に、鎧武者が魔法少女刑事(デカ)を筆頭にした機動隊と(いくさ)している。

 何を言っているか分からないと思うが、事実をそのまま字面にするとこうなる。


「おー、やってるやってる…………」


 銃砲兵器系魔法少女の黒アリスは、魔法によって作り出した無人攻撃機(UCAV)からの航空映像で、防波堤の様子を見ていた。

 

「コレ、どうしてまだやってるデス?」

 

 軽装甲機動車(LAV)の後部座席から、黒いアリスの着く助手席へ巫女侍が身を乗り出して来る。

 首を傾げるのも当然で、天下の警察が動いているのなら、正体を突き止めて変身解除後を狙うなり、50人とは言わず県警の総力を以って包囲するなりして、とっくに片を付けていて良さそうなもの。

 と雨音は考えるが。


 今はそれはどうでもいい。


「でー……話しするにはとりあえず止めなきゃダメなんだけど……」


 鎧武者とビキニカウガールの方は、身元が割れているので接触はとりあえず不可能ではない。

 問題は魔法少女刑事(デカ)の方で、雨音は一応変身前の顔を知ってはいるが、いざ個人を特定しようと思うと大変な苦労をするだろう。迂闊に警察官の周囲をうろちょろすると、藪蛇にもなりかねない。

 そんなワケで、確実に接触出来るであろう東京某所の防波堤へと、黒アリスは再びお邪魔しているのであった。

 以前、誘拐現場で共闘した経緯もあるので、全く聞く耳持たれない、という事もないと思われる。

 が、その魔法少女刑事(デカ)も鎧武者とビキニカウガールの魔法少女も大変お忙しいようで。


「この前みたいにチカラで言う事聞かせりゃいいデース。黒アリスさんの前に全人類はヒレ伏すのデスよ!」

「いや取り合えず防波堤に居るだけでいい……じゃなくてひれ伏さんでいい」


 うっかり世界を恐怖で支配する女王に祭り上げられそうになり、黒アリスは(かたわ)らの巫女侍に突っ込みを入れる。そして、さも黒アリスが暴力と破壊の申し子のように言われるのは心外である。びた一文間違ってはいなかったが。


「じゃカティが全員ブッ飛ばして来るデス? あの魔法オバサン刑事(デカ)には今度こそリベンジしたいデース」

「…………可能な限り穏便に行きたいわねぇ」


 ニヤリと不敵な笑みの巫女侍に、黒アリスは気乗りしない様子で言う。

 多分勝てないし。という科白(セリフ)を、雨音は親友として飲み込んでいた。近接戦闘ではあの魔法少女刑事(デカ)、本当に強いのだ。

 そうでなくても、巫女侍の秋山勝左衛門あきやましょうざえもんは力押し一辺倒で、お世辞にも技に巧みな方でも、戦術を練る方でもない。

 一方の魔法少女刑事(デカ)は武道の心得があるのか、素人の雨音から見ても筋の通った戦い方をする。

 以上を(かんが)みると、近接は不可で、黒アリスの火器も中途半端な威力だと防弾盾に止められる。

 白旗でも振って接近しようものなら、そのまま逮捕されそうだ。

 そうなると、やっぱり火力で黙らせるしかないのだが、黒アリスは威嚇や威圧と言った行為が好きではない。好きな人間もなかなかいないと思うが。

 とにかく、ヘタに火力など見せつければ、相手に反撃の手を練らせるだけである。

 手の内を見せる時は、相手を確実に仕留める時だけにしたいというのが、雨音の本心だ。

 思考がまるっきり兵士か殺し屋のそれであった。


「うーん……今更だけど、あんまりあのお姉さんに手の内見せたくない…………」

「カティはアマネみたいにアタマ良くないから分からんですけど……ムリにあのオバサン刑事(デカ)アノ事(・・・)話さんでも、イイじゃないデス?」

「でも、多分話が通じる(・・・・・)警察官だしね。優先的に事情は通しておきたい所だわ」

「んー……アマネがそう言うナラ………」


 カティも雨音がやる事なら口を挟まない。やんちゃではあるが、ご主人様大好きな忠犬である。

 そっけない態度を取る事があっても、雨音だってカティが傍にいると安心するのだ。

 だからというワケでもないが、黒アリスの雨音は半ば開き直り、魔法少女刑事(デカ)と機動隊に対して正面からの殴り合い上等な、鋼鉄の巨人で進撃。

 狙い通りに、戦わずして場を収めるのに成功していた。

 結局はいつも通りに、黒アリスがその火力で蹴散らしたようなものだったが。


                        ◇


 お話ししたい事があります、と比較的謙虚に言う黒アリスだったが、砲口を向けている戦車を背景にするあたり、まるっきり恫喝(どうかつ)と取られても仕方がなかったワケで。

 その経緯はどうであれ、機動隊員は軒並み海に飛び込んでしまい、輿を削がれた事もあって、この日の定例行事は終了と相成った。いったい全体どういう趣旨で魔法少女とぶつかっているのか分からない黒アリスである。

 何にしても、ずぶ濡れの機動隊員は魔法少女刑事(デカ)の命令に従い撤収を開始。帰りに10式戦車を前に携帯カメラで記念撮影していた。流石に肝が太い。


 こうしてようやく黒アリスは、数日前の体験と、その際に見てしまった巨大な生物の話をするに至った。

 当然、簡単に受け入れられる話ではない。

 何せ、世界最大の豪華客船ヘイヴン・オブ・オーシャン沈没の真相が、600メートルを超える超巨大生物の攻撃によるものだった、などと。


「つ、つまりその……黒アリスさんは、その何だかよく分からない怪物が陸に出て来ると考えてるのね?」


 正体を知られてキャラ作りに悩むチビッ子魔法少女刑事(デカ)が、幼い容貌に合わない苦渋の顔で言う。

 自身の中でキャラがブレているらしい。


「そうとハッキリは言えませんし、そうでないと願ってます。ただ……ハッキリ見たのがあたし達だけなんで……」


 黒アリスは銃砲兵器系魔法少女だし、中のヒトの雨音は単なる高校生である。

 そんな事はえらい生物学の先生にでも尋ねてみたい。


「黒衣殿は、怪物の存在を世間に知らしめたいと?」

「出来るものならそうしてるけど……」


 怪物のいるかもしれない(・・・・・・・・)海を真っ直ぐに見据え、鎧武者の魔法少女は既に敵を迎え撃つ面持ち。

 しかし、『知らしめる』と言っても、雨音は怪物の存在を証明する証拠などは何一つ持ってない。

 それに裏はどうか知らないが、少なくとも表向きは、日本政府は海自の船を沈めた海面下の巨大な影に関して、一切を公表する気が無いと見える。

 イリーガルな魔法少女が何を言ったところで、マスコミに取り上げられるかも怪しい。


「それじゃやっぱり、魔法少女チームで(・・・・・・・・)どうにかするしかないって事よねー、黒アリスガール?」

「いやどうにもなりませんよ。アレは魔法少女だからどうにか出来るってもんじゃありません。人類全体で対抗するってレベルです」


 何が『やっぱり』なのか、何故か楽しさを隠しきれないといった様子のハイレグビキニ――――――生尻でコンクリに座り痛そう――――――のカウガールが、海に投げ出したレギンスにブーツの脚をパタパタと上下に動かす。

 そもそも『チーム』といったって、魔法少女刑事(デカ)や吸血鬼の女王である北原桜花(きたはらおうか)、戦艦系魔法少女の宮口文香(みやぐちふみか)を加えてもたった7人。他に雨音の心当たりをあたっても、10人行くか行かないか。

 とてもじゃないが、あの怪物に対抗出来る戦力だとは思えなかった。


「ち、ちょっと待ってくれる!? それじゃ黒アリスさん、もしかして私の……警察の力に期待している!!?」

「今まで色々特殊能力者とか魔法少女を見てきましたけど、万能だったり桁違いの能力者って、逆にいないんです。総合的に見れば、警察とか自衛隊の数と規模に勝てる個人なんていません」


 万が一の時、あの怪物に対抗しようと思えば、どうしたって警察なり自衛隊なりの力は必要だ。

 今日この防波堤に来たのは、その為の布石でもある。


「だ、ダメよ私じゃ! 私は一応、警――――――――そ、そこそこ階級は高いと思うけど……所詮は刑事部の使いっ走りのようなものだし……とても警察全体を動かすような力は……」

「えー? おばさんってヒラ刑事? 機動隊を指揮してたし、警備部のキャリアか何かかと思ったのにー」


 ビキニカウガールの科白(セリフ)に、グッと言葉を詰まらせ恨めしげに睨む魔法少女刑事(デカ)。度重なる「おばさん」発言はともかく、不甲斐無さを突かれると言い返せずに内圧(・・)だけが上がる。

 間に挟まれている黒アリスは、爆弾を横に置いている様なものなので、あまり挑発して欲しくなかった。


「あ、あたしもいきなり、警察全体が動いてくれるとは思ってません。警察内部にひとりでも事実を把握してくれている人間がいてくれれば。と、保険みたいに考えてます」


 それに、これまでの国の対応を考えれば、事実を知った上で警察の動きを抑えようとする可能性すら大いにある。

 魔法少女刑事(デカ)が組織のどの辺りに居るかは知り様もなかったが、上層部に潰されかねないので、迂闊に動いて欲しくもなかった。


「拙者らに事の仔細をお話になったのも、黒衣殿の保険(・・)、という事でござるか?」

「まぁ……そんなとこ、かも。島津さんとかはいきなり突っ込んで行きそうなイメージあるし、(あらかじ)め知っておいてもらうのもいいかも、とは思ってた」


 つまり事前の警告である。

 鎧武者の島津四五朗(しまづじごろう)は「かたじけない」と黒アリスに頭を下げるが、黒アリスだっていざという時に他の魔法少女が動くのを期待して、情報を流して回っているのだ。礼を言われる筋合いでもなかった。


「お姉さん、怪物を直接見てはいませんけど、この前の事件の時には海自がその怪物とやり合ってます。特に、沈んだ『つしま』の艦長の梅枝(うめえだ)一佐は協力してると思います。もしもの時は連絡を取ってみてくれます?」

「海上自衛隊の……? それじゃ、海自の方はもう対策に……!?」

「正直情報が入ってこないんで何とも……。国民にも知らせずに対処を始めている、なんてカッコいい事しててくれると嬉しいんですけど」


 多分それはないだろうなぁ、というのが、その場に居る魔法少女全員――――――国家公務員含む――――――の感想だった。


「難しいでしょうねー。ただでさえこの国は(あらかじ)め動くって事を知らないし。ハッ!」


 皮肉な笑みで吐き捨てるビキニカウガールに、黒アリスも無言で同意。

 中身は日本有数の家柄のお嬢様である。表向きは完璧なお嬢様を演じてはいる荒堂美由(こうどうみゆ)だが、だからこそ厭世(えんせい)的な本音も持っていた。


「そうよね……仮に確実に来るって分かっていたとしても、被害が出るまでは何もしないでしょうね、警察も……」


 もはや完全に大人な口調で、チビッ子魔法少女刑事(デカ)が自嘲気味に呟く。自分の所属組織の鈍重さは、イヤというほどよく知っている。

 そうでなければ、恐らく魔法少女刑事(デカ)など生まれやしなかっただろう。

 ステレオタイプの魔法少女なら、やっぱり生まれたかもしれないが。


「黒衣殿の意思は分かり申した。なればいっそ、こちらから仕掛けるというのは?」

「衛星からの熱感知ならグローバルスケールでの探知も可能でしょうけど、残念な事にただの学生なもんで……」


 あんたは「ただの学生」なんてもんじゃないだろう、と内心で総突っ込みを入れる魔法少女達だったが、恐いので口に出せるものでもなかった。

 そんな事は露知らず、黒アリスとしては、攻撃云々は前述の通り絶望的だとしても、確実な証拠映像などを捉えるという意味では、攻勢に出るのは良いかもしれないと考える。

 いかんせん居場所が分からないし、本音で言えば知りたくもない雨音であったが。


「アマ……黒アリスさん……?」


 と、ここで今まで黙っていた隣の巫女侍が、黒アリスのコートの端をクイクイと引っ張っていた。

 その姿、ご主人様に構って欲しくて、寂しげに身体を擦り付ける大人しい大型犬の如し。


「どうしたの、勝左衛門(しょうざえもん)?」

「アレ……なんデス?」


 だが、巫女侍は雨音の方ではなく、他の魔法少女の背中越しに防波堤の端を見ていた。

 何か流れ着いていたりでもするのか。

 黒アリスの雨音も巫女侍の見ていた方へ身を乗り出してみるが、そこで目に飛び込んで来た物は、



 消波ブロックに長い筋張った腕を突いて上陸する、全長2メートル前後、のっぺりとした頭部に(わら)ったように裂けた口で、その中に無数の歯がびっしりと並び、頭部の左右には白い円形の器官が出来物のように群生している、例の怪物の縮小型の様な生き物だった。

 


「な…………なーにアレ?」

「サカナ!?」

「ヒッ!? ひ、ヒラメの親戚か何かでござるか!!?」


 ビキニカウガールと魔法少女刑事(デカ)が仲良く眉を(ひそ)め、以前の事で魚に恐怖心を植え付けられた鎧武者の少女が引き()った声を上げる。


 そして、真っ青になった黒アリスが悲鳴を上げて暴発するまで、あと10秒。

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