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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-05 話とか色々大きくなり過ぎたのは誰のせいか
153/592

0018:睡魔とも闘わなければ学生的に生き残れない

 例え睡眠時間50分でも、出席日数には変えられない。

 東京から250キロの地点(ところ)にある八丈島で朝を迎え、戦艦『武蔵』が八丈島の港美湊港(びみなとこう)を出たのが、早朝の6時半過ぎ。


 日本の領海から公海上に出るのを待たず、艦長の軍服魔法少女は「二度と会わないのをお祈りするでありますー!」と涙目で叫びながら、艦尾カタパルトからマスコット・アシスタント操縦の零式で飛び出して行った。なんつー捨て科白(ゼリフ)だ。


 黒アリスと巫女侍が輸送ヘリ(ブラックホーク)で離れた直後、戦艦『武蔵』は()が抜けたかのような勢いで海中に沈んでしまい、わずか一分でその巨体は完全に海上から姿を消した。

 輸送ヘリ(ブラックホーク)の中で、疲労困憊の黒アリスは巫女侍に膝枕され、室盛市に到着するまで爆睡。

 到着後、自分の家なのにこっそりと忍び込み、大急ぎで登校の準備を済ませると、朝食をハイテンションで()き込む。

 そして魔法少女でも何でもなくなった普通の高校生、旋崎雨音(せんざきあまね)とカティーナ=プレメシスは、揃って家を飛び出して行った。


                         ◇


 昨日夕刻から今朝にかけての、世界最大の豪華客船沈没事故。

 救助に向かった海上自衛隊の艦船は補給艦一隻を残し、海面下を泳ぐ巨大な――――――600メートル超の――――――何かの攻撃により全滅。

 海上自衛隊の応援と思われるイージス艦により巨大な何かは追い払われたものの、そのイージス艦も轟沈し、残った海上保安庁の船と補給艦一隻では、7000名に近い要救助者の収容は不可能。

 事故海域までは東京から350キロの距離があり、大きなダメージを負っている豪華客船は、応援の到着まで浮いていられそうもない。

 そんな状況で現れたのが、200年ほど前に戦争で沈んだ戦艦『大和』を再現したと思しき、民間のタンカー船(・・・・・)だった。

 豪華客船からの救難信号を受けて来たこの船は、海自と海保に協力して豪華客船の乗員乗客を全員救助。

 その後、大和型タンカー船は八丈島に乗客を降ろした後、早々に本来の航路(・・・・・)に復帰し日本の領海を出て行った、との事だ。


 乗員乗客、救助作業に当たっていた自衛官と海上保安官、誰一人死者が出ず救助を完遂出来たとはいえ、海面下の巨影、海自の艦の大損害に、今まで話題にならなかったのが不思議でしょうがない『大和』型タンカー船、ヘリの報道カメラの捉えた上空からの一部始終に、世界的大スターであるトレイン=マスターズ伝説の船上ライブ、とどこから突っ込みを入れていいか分からない盛り沢山の大事件に、マスコミや報道各社は吸血鬼騒動の時以来の加熱を見せ、朝から世間はこの話題で大いに賑わっていた。


 が、基本的に学生は夕方まで授業である。


雨音(あまね)ー……ど~~~~ん」

「ッ――――――――――グゥエッッ!!?」


 クラスメイトへ上から襲いかかる長身ダウナー系女子、大上菊乃(おおがみきくの)

 そして、机に突っ伏している所を長身少女にプレスされ、乙女としてやや残念な断末魔を上げているのは旋崎雨音(せんざきあまね)だった。


「くぉらー!! キクノー、アマネにナニしマスか!?」


 ノーガードで押し潰され、口から何やらミニスカエプロンドレスを着た(たましい)的な物を吐き出す、白目を剥いた雨音。

 当然、親友のそんな無残な姿を看過出来ず、なり(・・)は小さくとも心はサムライなカティは、不埒者をド突き倒しに突撃するが、


 全ては、獲物をおびき寄せる為の長身ダウナー少女の策略である。


「ガハハハハハー……キャーッチ」

「んなっ!? ンニャぁアアあああ! 何するデース!? 離すデスよキクノ!!?」


 飛んで火に入る何とやら、と小型金髪娘を抱き止めた大上菊乃は、そこから一瞬で背後に回り込むという無駄に素早い体捌きで、カティを完全に捕まえてしまった。


「ほっほっほ……この固さの残る膨らみかけがなんともいえず…………」

「フギャァアアアアア!? ちょ! イタイですよキクノ! アマネならこんな事は……! アマネ、キクノに思い知らせてくだサーイ!」


 人目を(はばか)らぬセクハラ行為に、激しく恥じらい怒るカティ。

 そして、助けを求められた雨音はというと、


「ゴメン…………眠いから無理…………」

「アマネさんッッ!?」


 本体はピクリとも動かず、口から抜け出た魂的なミニスカエプロンドレスが、手を振って謝罪していた。


「さーてそれでは膨らみかけの(つぼみ)を無残にエロく散らしてやろうかなー」

「ヒキャァアアア!  た、タダでは死なんデース!!」


 乙女の悲痛というにはアグレッシブ過ぎる叫びが(とどろ)き渡るが、雨音には泡沫(うたかた)の夢の如し。(まぼろし)(うつつ)も所詮は大差ない物である(謎)。

 クールに振る舞う余裕が無くて詩的に乙女チックな女子高生だった。



 時刻は12時前。3限と4限の狭間だった。昼休みまでは、もう1限を乗り切らねばならない。


「眠いのに元気ねー……」


 眠いのは当人である雨音なのだが、もはや考えて物を喋っていない。昨夜から今朝にかけての流れは、平凡JKには過酷すぎる体験だった。

 イージス艦で巨大怪獣と海戦の上、自分の3倍以上生きてる渋銀ガチ海上自衛官と渡り合うなんて、精神的損耗が激し過ぎる。

 いつも通りクラスメイトと元気にじゃれているカティには、もはや尊敬の念すら覚えるレベルである。

 今の雨音のMPはゼロよ。


「フムフム、せんちゃんが(しかばね)な理由はこれかねー?」


 そこに、珍しく本ではなく携帯電話(スマートフォン)を見ていた三つ編み文学少女が参上。

 参上といっても、雨音とは隣の席同士だが。


 北原桜花(きたはらおうか)

 一見して地味目で大人しそうな文学少女風クラスメイトだが、その実態は大衆向けとは言えない書籍をこよなく愛する、マイノリティー系文学少女だ。

 ちなみに、雨音とカティ同様の魔法少女でもある。


 普段は本を手放さない文学少女が、電子機器を持っているのは新鮮に見える。極限の睡魔と闘っている雨音には、そんな疑問を差し挟む余裕の欠片も無かったが。

 それでも、差し出された携帯電話(スマホ)の画面を律儀に確認しようとする、不器用JK雨音さん。

 基本的に学校という環境は世俗から隔離されているが、液晶の小さな子窓からは、今の世情を覗き見る事が出来た。

 だが覗き見るまでも無く、そこに映し出されていたネットニュースは雨音の良く知る、ついさっきまで状況のど真ん中に居た事件のものだった。

 報道された事件の内容から、こんな事――――――特にイージス艦の(くだり)――――――をやらかすのは黒いアリスの魔法少女以外いねぇ、と考えた文学少女だったが。


「やっぱりー……またせんちゃんったらそんな面白そうな事にー。まーたあたし参加し損ねたー」


 特に(ひね)る気も無く肯定した雨音に、マイノリティー三つ編み文学少女は頬を膨らませて不満を漏らす。

 この魔法少女も吸血鬼騒動の時にはそれなりに大変な目に遭っているのだが、どうにも危険や非日常的な事件に()かれてしまう性質(タチ)のようで。

 雨音から見ても、非常に危なっかしい少女(クラスメイト)であった。


「冗談じゃねーわよ……ホントに死ぬかと思ったわ、また」


 能天気な文学少女の科白(セリフ)に、物凄く嫌そうな渋面の雨音が(うめ)く。

 思えばこの科白(セリフ)も何度目だろうか。このペースだと二十歳(はたち)まで生き延びられる自信が無い。

 それに、今回の海難事件に関しては、最大の――――――文字通り――――――謎は未だに海の中だ。


「…………夢だって思いたいわね」

「おんや……もしかしてまだ未消化のイベントが?」


 無駄な目敏(めざと)さを発揮するマイノリティー文学少女に、どう言ったものかと雨音が半眼になる。

 考えてはいたのだ。

 海難救助の一件は、その後怪物が再び現れる事無く、ひとりの人死も出さすに済んだ。被害の規模を考えれば、奇跡と言っても良いだろう。

 そして、今回ばかりは認めざるを得ない。


 魔法少女がいなければ、数百から数千の犠牲者が出ていた所だ、と。


 最初は、イレギュラーである魔法少女に出来る事など無いと思った。

 だが、終わってみればご覧の有様。死人が出なかったのがせめてもの救いだ。


 魔法少女である黒アリスは、あの後海上自衛隊の梅枝一佐に尋ねてみたのだ。この後の事を。


「ん…………カティ、こっちおいでー」

「わ、ワンッッ!!」


 雨音が呼ぶと、軟体動物のように絡み付く長身のクラスメイトを力尽くで振り解き、子犬系金髪少女は雨音の胸に飛び込んで来た。

 「あー……」と残念そうに長身ダウナー系クラスメイトが指を(くわえ)えるが、


「ゴメンねー大上さん。また後で遊んであげて」

「『後』ってなんデスッ!!?」


 雨音(ごしゅじんさま)の言葉に仰天する手負いのカティ。

 彼女の受難は終わったワケではなかったりする。

 金髪の子犬は、ご主人様に「見捨てないデ!」と抱き付き、胸に顔をうずめてブルブル震えていた。


 カティが自分以外の人間とも仲良くなれば、それに越した事はない。

 とは思っていたが、大上菊乃(おおがみきくの)の少々過剰なコミュニケーションには、雨音としても考える所が無くもなかった。

 そこは保留しておいて、カティの背中をポンポンと叩いて慰めながら、雨音は桜花へ話を続ける。


「うん……話しちゃうと巻き込むみたいで良くないかなって思ったけど、やっぱり北原さんには言っとくわ、昨日の事」

「あの怪物の事デス?」

「怪物となー?」


 パッと顔を上げるカティに(うなず)く雨音。

 それに、『怪物』と言う何とも現実味(リアリティ)の無い曖昧なフレーズに眉を(ひそ)めるマイノリティー文学少女。

 自分だって魔法少女だったが。


「場合によっては北原さんの手を借りる事になるかもしれないし…………」

「…………マジか」


 桜花も気付いている事だが、雨音は基本的に事なかれ主義者。慎重で、桜花はもちろんカティをも面倒に巻き込まないようにしている。

 その雨音が、桜花の力を必要とするかもしれない事態を想定しているとなると。

 これはただ事ではない。


「せんちゃんのー……レベルで言うとどれくらいー?」

「まだ分かんないけど……最悪で言うと街の二つ三つ消えるかも」


 という雨音の言葉には、マイペースな文学少女も絶句せざるを得なかった。

 更に、この後の昼休みに聞いた先日から今朝にかけての出来事には、それ以上に驚かされたが。


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