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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-05 話とか色々大きくなり過ぎたのは誰のせいか
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0017:インディペンデンス魔法少女

 人間という生き物は存外(たくま)しいもので、つい数十分前には乗っていた豪華客船から追い立てられるという悲劇を味わったにもかかわらず、乗客たちは今は失われた戦艦武蔵を観光気分で見て回っていた。

 豪華客船に乗っていたのが全員セレブリティな方々であるというのも、おおらかにこの状況を受け入れている要因だろうか。

 自衛官は立場上この船を戦艦『武蔵』と呼ぶワケにもいかず『民間船』と呼称していたが、3000名以上――――――自衛官除く――――――の乗客の中には、船の正体を看破してしまう戦艦好きもいる。

 それも、艦橋構造体の形状と副砲の数の違いから『大和』ではなく『武蔵』だと区別してしまう気合の入ったお客さんもおり、自分達の乗る船が史上最大の戦艦だという事実は、早々に艦内全体に広がってしまった。

 今やセレブの方々は、艦のサービスが悪いとか入れない場所があるからどうにかしろだとか、自衛官を添乗員か何かと勘違いしたかのように文句を言いつつ、艦内各所を物珍しそうに歩き回っている。


「……なんか、始まっちゃったよ」

「黒アリスさん!? せい――――――――――ピュアッッ!!?」

「待て……オマエ今何言おうとした?」


 乙女としてとんでも無い事をサラッと口走りかけた巫女侍を、黒アリスが片手で絞め上げる。概念強化(フィジカル・ブースト)系に勝るとも劣らないパワーだったが、それよりも巫女侍は黒アリスの眼光にこそ震え上がる思いだった。


「乗客名簿の中に有名人がいましたな。東西米(アメリカ)EC(ヨーロッパ)で有名な……いや、日本でも有名だと言われましたが、私は聞いた事ありませんでした。ご存じですか? 確か、トレイン=マスターズ、とか……」

「へぇ……! あのお騒がせセレブが……」


 ヒトの良さそうなおじさんの世間話に、ついつい黒アリスも乗っかってしまう。

 だが、黒アリスの横で艦橋(ブリッジ)から甲板を見下ろしていたのは、断じてただのおじさんなどではない。

 今は亡き海自最大の護衛艦『つしま』の艦長であり、任務に対して実直一途を貫き通す、海自にこの人ありと言われた名艦長、


 梅枝一豊(うめえだかずとよ)一等海佐である。


 あまりにも自然体で忘れそうになる雨音だが、それこそが恐ろしく感じる。

 この状況において、冷静でいられる人間がどれほどいるだろうか。


「安心して気が大きくなっているのでしょう。安全上の問題、という事で止めてもよろしいが……」

「えーと……」


 黒アリスが艦長席へと振り向くが、士官帽で顔の見えない艦長の軍服少女は「こっちに振らないで欲しいであります!」と言わんばかりに首を左右に振りまくっていた。


「……艦長は問題ないと」

「そうですか。まぁ気も紛れるでしょうし。彼等も大変な経験をして来たワケですからな……」


 黒アリスの返答に梅枝一佐も、それが良いと、ヒトの良いおじさんの笑みで(うなづ)いていた。

 沈みゆく豪華客船からの脱出の際には手荷物など持たせていない筈だが、どういう経緯でそこにあるのか、世界を魅了するスーパースターは、ギターを片手にゲリラライブ・イン・ムサシを、46センチ3連装砲の前をステージにしてブチ上げていた。誰に許可を貰っているのかディレクター出てこい。


                        ◇


 救助と収容の作業を一時終えた梅枝一佐は、その後『武蔵』艦橋にて、艦の進路を見守っていた。


「あ、あの……梅枝一佐殿、よろしければこちらに……!」


 士官帽を目深に、顔が下半分しか見えていない軍服少女の『武蔵』艦長は、それでも鯱張(しゃちほこば)って梅枝一佐に席を勧める。

 だが、


「せっかくですが宮口艦長……その席は、この艦を指揮し、乗員を守る責任を持つ者が座るべき席です」


 と、このように梅枝一佐は辞して、艦長席(・・・)に着く事はなかった。

 いくらなんでも「そりゃそうだろう」と、横で聞いていた雨音だって呆れる。

 自分がかなりやってしまった(・・・・・・・)と気付いた軍服少女は、それからどう言って良いか分からず、縮こまって小刻みに震えていた。

 事前に「フォローする」と言ってしまった黒アリスは、


「立ち見席でよろしければ」

「ええ、ありがとうございます」

「よろしいですね、艦長?」

「ふぁい………」


 魔法の杖(リボルバー)をミニスカエプロンドレスのポケットにしまい、艦橋(ブリッジ)の風防――――――窓――――――の前を示す身振りで梅枝一佐を(まね)く。

 そして、たったそれだけの事で、『武蔵』艦長は燃え尽きかかっていた。


                       ◇


 八丈島まで、あと1時間という距離まで来ている。 

 前部甲板は(にわ)かに(にぎ)やかになっていたが、前方の海は未だに真っ暗闇の直中(ただなか)

 見ている高さにもよるが、地球の丸みで陸――――――島――――――の光が見えて来るのは、30キロ以内から、というところだ。


「これが……世界最大の戦艦から見る海……か」


 しかし、艦橋(ブリッジ)の梅枝一佐は真っ暗な海を前に、何やら感慨深げに呟いていた。


「あなた方が何か特殊な事情を抱えているのは分かります」


 そして、前を向いたままで、梅枝一佐は本題(・・)を切り出す。

 黒アリスとしても、このままで終わるとは思っていない。


「私は年に半分以上は海の上にいましてね、テレビや芸能の話にはとんと(うと)くて、さっきの芸能人も部下に聞いて初めて知ったという様な有様です」


 楽曲の認知度の高さ故か、甲板上では歌手と観客の大合唱が始まっていた。

 芸能関係に興味が無い雨音だって、テレビのCMで良く聴くその曲は知っている。


「国会議事堂が崩れた頃、自分と自分の船は長崎におりました。艦の改修の為もありましたが、国内の混乱に乗じた有事(・・)に備えるように()からの指示もありまして。その頃は日本で何が起こっていたのか……不確(ふたし)かで混乱した情報ばかりが飛び交っている、と思ったものですが」


 ひと月と少し、それだけの期間で、世界はメチャクチャになってしまった。

 日本で異常現象や非常識な事件が起こる一方で、同じような事は世界中で起こっていた。

 それらは全て、『ニルヴァーナ・イントレランス』を名乗る謎の存在により、常識外れな特別な能力者が世に溢れたせいだ。


「部下のひとりがこの船の噂を知っておりました。他にも大型の木造船が、東京湾やその周囲で目撃されているとか。都市伝説の(たぐい)かとも思いましたが、こうして実在している以上、他の噂もその多くが事実である、と考えた方がよさそうですな」

「仰る通りだと思います。でも、私はあんな怪物の話……聞いた事が無い」


 怪物や怪獣の目撃談もインターネット上にはいくつかあるが、海を回遊する超巨大生物の話は見た覚えが無い。

 勿雨音としてもアレ(・・)が誰かしらの能力(・・)だと考える方が、無理が無いと思う。

 だが、そんな事は正直どうだっていい。

 現実にそこに存在する脅威であり、多くの人を襲って殺しかけ、国防の戦闘集団である自衛隊に喧嘩を売った以上、排除されてしかるべき存在であるのは間違いないのだ。

 もはや魔法だとか特殊能力だとかいう次元ではなかった。


「梅枝一佐、私達の事をお尋ねになりたいのは分かります」


 下腹に力を入れ、臆病な黒アリスが老練の艦長と指し向かう。

 巨大怪獣の前に、こちらの方を片づけなければならない。


「私達は事故的に(・・・・)、特別な能力を手に入れました。これが危険な物だという認識はあります。ですが、基本的に私達は日々を平穏に過ごしたいだけなのです」

「特別な……『能力』、と?」


 梅枝一佐は僅かに怪訝(けげん)な顔をするが、直後に何かを悟ったような表情に変わった。

 超能力の存在など平時なら(かぶり)を振って否定するところだろうが、この状況、この戦艦の存在、そしてたった今話していた数々の噂に絡み、『能力』という非現実的なただ一言が、全てを繋ぐのは事実なのだ。


「それが本当ならば……『危険』と言う言葉では済まされません。あなた方自身も、その周囲も、この社会の全てが……」

「はい、犯罪行為に走る『能力者』が出ているのは事実です。私もそれを、何人も見てきました」

「でも、あなた方は違うと?」

この国の(・・・)法に()れているという自覚はあります」


 キッパリと言ってしまう黒アリスに、艦長席の軍服少女は口から胃が飛びださんばかりだった。

 そんな事を法を守る側の海上自衛官で自分の祖父に言うなんて、引っ込みが付かなくなるのが当たり前ではないか、と。

 だが、雨音はそれも五分(・・)と考え、更に我ながら大胆過ぎると思わざるを得ない領域に踏み込む。





「ですが、法を担保するのは警察とあなた方自衛隊です。では、警察とあなた方を上回る力を我々が(・・・)持っていたとするならば、日本という国と社会が、我々を拘束するなんて事が現実的に可能でしょうか?」





 この発言には、黒アリス以外の艦橋(ブリッジ)に居る全ての人間が仰天させられた。無論、黒アリスが一番ビビっていたが。


「…………暴力で法を(くつがえ)す、と?」

「そうは申し上げませんが……法も正義も最も強い者が定義する。というのは、現状や歴史を見るまでも無く、厳然たる事実だと思います」


 まさかの、俺が法律(ルール)だ、発言。

 逮捕出来るもんならやってみんかい、と治安維持組織に宣戦布告する勢いである。

 しかし、


「あなたの仰る事も分かります」


 またも驚くべき――――――聞いていた自衛官と軍服魔法少女――――――事に、梅枝一佐は(いきどお)る事も無く、黒アリスの科白(セリフ)に頷いていた。


「確かに、どれほど平和である事を強調し、法治国家である事を誇りにしても、その根底には警察や我々自衛隊と言う実力行使の為の『武力』があります。ですが、この社会を維持していくのは、それだけではありません。最も大事なのは、お互いにこの社会(フォーマット)を必要としている、という前提です」


 梅枝一佐は演説するでもなく、訴えるでもなく、ただ当たりまえの事実のように黒アリスへと語る。

 横で聞いてる巫女侍は何故か不敵な笑みで、連絡と警備の自衛官達は息を潜めて2人の会話を聞いていた。


「それについては私としても異論はありません、梅枝一佐」

「ですが、あなたは法に従う気はないと言っているように思えますが?」

「私達は既存の社会システムを壊す気なんかありませんし、貴国の法は(・・・・・)、当方としても可能な限り尊重するつもりです」

「国に属するのではなく、国と対等であると主張される?」

「私達にも(ゆず)れない一線と言うものがあります。それを貴国が侵害しようと言うのであれば、我々は我々を守る為に、防衛権を行使するしかありません」


 考えるまでも無く、一個人が国と同等の権利を主張するなど、誰が聞いたって一笑に付すだろう。

 ところが、黒いアリス達は正体不明、人数不明、規模不明、戦力は有り、と言葉を裏付けるだけのものがある。

 それはまさに、黒アリスの社会秩序と法を担保する、実際的な『力』に思えた。


「では、あなた方は日本における特権的な物を求めると?」

「いいえそんな……我々は日本に特別何かを求める気はありません。私達のやる事が気に入らなければ攻撃すればいいでしょうし、そうでないなら放っておいて欲しいだけです」


 自分の立つ場所は自分の力によって成す、と

 いっそ清々しいほど控え目にも唯我独尊で突き放した黒アリスの物言い。

 そんなもの認められるワケが無い。個人の戯言として、警察でも自衛隊でも総動員して抑えつけてしまえば良いだけではないか。

 梅枝一佐以外の自衛官は、内心でそう思っていたのだが、


「それに、これが終われば我々は公海上に出ちゃいますから」


 ここで、ポンっと会話のハシゴが外された思いだった。

 確かに、公海上なら日本の法律も何もない。出られた時点で、自衛隊には相手がどれほどの巨大な戦艦だろうと最先端の兵器だろうと銃砲等不法所持だろうと、逮捕も罰則も何もする権限が無いのだから。

 そもそも、かつて日本帝国海軍が建造した戦艦『武蔵』に乗り、日本語を喋っているからと言って、日本人とは限らなかったりする。雨音もカティも文香も全力で日本在住だったが。

 そんな事は知らない海上自衛隊と、海上保安庁。

 問題は、遭難した豪華客船の乗客を救助するのに手を貸してくれた所属不明の戦艦(・・)を、領海を出ていくのに危険を冒して戦闘覚悟で引き止めるか否か、という話になる。


 武装した戦艦、とは言え領海侵犯ではなく海難救助。おまけに国籍を示す旗も掲げてない。

 正体不明で、得体が知れなくて、日本の法律に従う気が無いという相手。

 それでもリスクを冒して拘束して見せるか。

 どうしてもと言うのであれば、最終的には戦争である。



 これら全部ひっくるめて、黒アリスさんのハッタリでした。合掌。



 とは言え、半分は本気だ。

 捕まらないのが大前提であれば、実力行使は最後から二番目の選択肢である。

 それでも、自衛隊は基本的に専守防衛の組織。仮にも平和な出動をして来たボランティア戦艦を相手に、ただでさえ規定の難しい交戦行動には出ないだろう、との雨音の読みがあった。

 全部裏目に出たら、と思うとまた漏らしそうになる黒アリスさんだったが。


「…………お話は良く分かりました」


 少し長い沈黙を経て、気の良さそうなおじさん艦長が口を開いた。

 限界を超えた緊張の連続に、黒アリスは気の遠くなる思いだったが、頑張って表面上のクールな美貌を維持する。


「では?」

「上もあなた方を無理に引きとめようとは思わないでしょう。領海の外に出るのであれば、そうされた方が良いと思います。ですが…………」


 一瞬、ホッとしかける黒アリスが、どうにか緩みかけた表情で踏み止まる。

 

もしも(・・・)日本での活動を続けられるのでしたら、その力を国に帰属させる気は有りますか? それでしたら、私にも協力出来る事があるかと思いますが」


 踏み止まった、と思ったのだが、梅枝一佐の提案が少々意外だった為に、緊張感のある(かお)がポカンとしたものになってしまった。

 梅枝一佐はともかく、そんな柔軟な対応が日本という国に可能だとは思わなかったのだ。

 あるいは、黒アリスが小賢しいだけで現実を知らなかったのか。


「あー……有難いお話だとは思いますけど、生憎そこまで国と政府を信じられませんので。私達の力は、自分の意思で、自分の責任において使用したいと思います」


 何にしても、正体を明かして国の手先になるのはゴメンだった。

 どんなふうに使われるか分からないし、人権が保障されるとは思えない。

 梅枝一佐もその返答を予想していたのか、「そうですか」と強くは勧めて来なかった。


 いつの間にか、船上のゲリラライブはハイテンポのロックから、落ち着いたバラードに変わっていた。

 フと黒アリスが振り返ると、「どうなったでありますか!?」と士官帽を持ち上げた軍服少女が無言で問いかけて来る。

 無事に解放してもらえそうなのは結構な事だし、一番逃げ出すのに苦労しそうな『武蔵』艦長の軍服少女には、なるべく早くその辺の事を伝えておきたい。

 だがその前に、黒アリスにはどうしても、梅枝一佐に確かめておかねばならない事があった。


 雨音には、ここからが本題である。


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