0015:傀儡ではなく参謀とかそんな感じでお願いしたい
200年程前に戦争により没した戦艦『武蔵』。
魔法――――――特殊能力――――――により甦ったこの大戦艦は、甦らせた張本人である魔法少女の宮口文香と、魔法少女のマスコット・アシスタントである下士官の二人だけで運用されていた。
本来は一人や二人で動かせる船ではない。3000名を超える乗員数は伊達ではないのだ。
銃砲兵器系魔法少女の黒アリスも同様の物なら作り出せるが、操作するまではとても手が回らない。
7000人に近い人数を乗せた世界最大の豪華客船は、もはやどれだけ浮いていられるか分からない状態だった。
どこかの海賊船と魔法少女とは違い、基本的に本物の性能を踏襲している戦艦『武蔵』の速力は、約27ノット――――――時速約50キロ――――――。30キロ先の現場海域までは36分かかる。
「それじゃ……ホントに行くでありますかぁ?」
「状況は納得したでしょ? 死人が出るわよ……?」
「うぅー…………」
「コイツ……だいじょぶデスかね?」
以前海賊系魔法少女と撃ち合いをしていた時と違い、今の戦艦系魔法少女には覇気の欠片も無かった。
半眼の巫女侍の言う通り、頼りない事この上ない。
今すぐ救助に行かねばなるまいが、いざと言う時に問題が起こるのも困る。
と、黒アリスは思っていたが。
「それでは、タケゾウ先任伍長……抜錨と同時に機関低速。舵、方位1-7-5へ」
「全艦抜錨! 機関低速! 舵正面、方位1-7-5! 了解!」
艦長より号令が出て、マスコット・アシスタントの先任伍長が復唱すると同時に、巨大戦艦は目覚めたかのように大きく揺れた。
それまで錨によって押さえられていた艦体が、波によって浮き上がる。
12機の巨大ボイラーが生み出す150000馬力が4機4軸のタービンを伝わり、歯車がスクリューシャフトを回し、巨大な鉄の塊を力強く大海原へと押し出した。
艦長である軍服の魔法少女は艦長席に。『タケゾウ先任伍長』と呼ばれた子供のようなマスコット・アシスタントが、その前で舵輪を握っている。
「順次機関を全速へ。非常通信回線で海上自衛隊、及び海上保安庁の救助隊へ通信。『こちら、戦艦武蔵。我、救援要請を受けこれより当該海域へ急行す』、送れ」
「機関全速! 通信送信了解!」
ヘタレ艦長は既にそこにはおらず、背筋を伸ばして艦の進路だけを見ている軍服の魔法少女は、別人かと思うほど引き締まった表情だった。
あまりの変わり様に感心し、思わず横顔に見入ってしまう黒アリスだったが、
「痛ァッ!?」
突如、脇腹に、とんでもなく重い一発が直撃。
ド突かれた黒アリスは、艦橋の壁にかかる地図に激突し、べチャッと張り付いていた。
「ど……どうしたでありますか!?」
いきなり黒アリスが愉快な悲鳴を上げて壁に激突した、としか状況が分からなかった艦長の軍服少女は、席から腰を浮かせて黒アリスの方を窺う。
雨音だって、一体何が起こったのかと頭上に?マークを乱射しながら、痛む脇腹を押えて打撃の出所を見てみると。
「ムゥー…………」
巫女侍のカティがげっ歯類のように、頬をプックリと膨らませて雨音を睨んでいた。
「く……黒アリスさんは相手がチョット美人だとすぐ目移りしちゃうデスか!? いつまでもカティが浮気に目をつむる(瞑る)とは思って欲しくないデース!!」
「…………それが秋山勝左衛門辞世の句で良いのね?」
ちょっとした嫉妬からのお茶目な行為だったのだが、巫女侍のバカ力で、黒アリスへやった事が大問題であった。
顔に影を落とした非力な黒アリスが、片手だけで指関節をゴキゴキと鳴らし始める。
死の予感を覚えて一目散に逃げようとした巫女侍だったが、僅かに間に合わず首根っこを捕まえられると、そのまま艦橋の外へと引き摺られて行く。
直後に、巫女侍の「ギニャァアアアアア!!」という猫を絞めたかのような悲鳴が、戦艦の隅々にまで響き渡る事となった。
◇
戦艦『武蔵』は海上保安庁の巡視船『ほうざん』へ減速しつつ接近すると、最後に逆進をかけて、ピタリと静止して見せる。
見事な操艦だったが、戦艦系魔法少女は、と言うよりそのマスコット・アシスタントの先任伍長は、文字通り手足のように巨大な戦艦を操る事を可能としていた。
黒アリスが作り出す武器や兵器とは根本的に異なり、軍服の魔法少女は戦艦をそのまま作り出しているワケではなく、どちらかと言うと、呼び出している、に近い。
マスコット・アシスタントのジャックは黒アリスの能力の一部であり、それ故に黒アリスの魔法を限定的に使用する事が出来る。
だが、戦艦系魔法少女はもう少しそれが偏っており、マスコット・アシスタントの『タケゾウ先任伍長』が、能力――――――魔法――――――である戦艦『武蔵』と完全に一体となっていた。
艦全体がマスコット・アシスタントであると言い換えても良い。
黒アリスと違って作り出せるのも戦艦『武蔵』ただ一隻――――――付属の零式観測機や内火艇はまた別――――――であり、マスコット・アシスタント特有の制限もあったが、その代わりにタケゾウ先任伍長ひとりで、全てを回す事が出来た。
無論、全ては戦艦系魔法少女の魔法あっての事だが。
そんな説明が戦艦系魔法少女とマスコット・アシスタントのタケゾウ先任伍長から行われたが、巫女侍と黒アリスはほとんど聞き流していた。
「ヒーン……! ヒドイれす黒アリスさん……。黒アリスさんの前ではかわいいカティでいたいデスのにー…………」
「手遅れよ、諦めなさい」
乙女心に致命的な傷を負った巫女侍は、緋袴の前を押さえ、プルプル震えて泣いていた。
一方の鼻息荒い黒アリスは、巫女侍に追い打ちをかけながら、艦橋から賑やかな海を見下ろしていた。
予想はしていたが、哨戒ヘリや巡視船からのスポットライトが、様々な方向から戦艦『武蔵』へ向けられる。
飛び交う通信を傍受する通信機からは、目の前の巨大戦艦の存在自体を疑うかのような、興奮と混乱交じりの声が聞こえていた。
「艦長! 巡視船『ほうざん』より通信! 『貴艦の救援の申し出に感謝す。ついては、要救助者受け入れについて話し合いたく、貴艦への乗艦許可を願う。宛て、武蔵艦長殿。発、日本国海上自衛隊護衛艦『つしま』艦長、梅枝一豊一佐』、以上であります!」
無線通信もマスコット・アシスタントのタケゾウ先任伍長が把握しており、海上自衛隊側のトップと思しき人物から通信が入ったとの事。
その内容を聞いた瞬間、艦長席の軍服魔法少女が片眉を跳ね上げていたが、黒アリスは気付かない。
「じゃ、はじめましょうか艦長。時間も本気で無さそうだしね」
「じ……自分はどうすればいいでありますか、黒アリスさん?」
「『どう』って……そりゃ責任者が出なきゃしょうがないじゃない」
「…………は?」
こうして黒アリスは、艦長席を離れてヘタレに戻った軍服魔法少女を担ぎ出し、乗艦して来た海自側責任者への対応に出た。
◇
「『つしま』艦長の梅枝です。責任者は、貴女ですかな…………?」
「はッ! あ、の……ですね!?」
『武蔵』前甲板で相対した海自の護衛艦『つしま』艦長の梅枝一佐は、海自の青い作業服に白いライフジャケットと言う姿ではあったが、50代くらいの普通のおじさんに見えた。
ただし、非常時にあって大岩のように動揺せず、ただひとりこの場で地に足を付ける姿は、ただのおじさんとはとても言えない圧倒の貫禄。
黒アリスは自身も平静を装うのが大変だったが、何よりヘタレた艦長がボロを出さないかが心配であった。
無いとは思うが、舐められて海自による戦艦『武蔵』の強制接収、とかは避けたいところ。何せ魔法少女は、一事が万事違法な存在である。
ここは当たり前の顔をして、要救助者を乗せ、どこか安全な場所に下ろして立ち去るまでは、海自や海保と対等の立場であるのをアピールしておきたい。
と、その辺はきちんと巫女侍にも軍服少女にも言い含めておいたのだが。
肝心の『武蔵』艦長の軍服少女が、いきなり本職で本物の艦長相手に気押されている辺り、どうにもダメっぽい。
対面させたのは黒アリスなので、責任を感じなくもなかったが。
「ようこそ『武蔵』へ、梅枝一佐殿。こちらが本艦の宮口艦長です」
「ッ……ちょっと!? 黒アリスさん!!」
しかし、容赦なく腰の引けた艦長を前に押し出すノーマーシー黒アリスさん。
目深に被った士官帽の奥で、軍服の少女は酷く情けない半泣きの顔になっていた。
雨音だって今は余裕はない。とりあえず敵意が無いのを示す為にライフルは構えていないが、いつ何時自衛隊や海上保安庁の銃口が自分に向くか分からないのだから。
「かの戦艦『武蔵』の甲板をこうして踏めるのは光栄であります、宮口艦長。自分と他2名、乗艦許可をいただきたいのですが」
だが、トップの艦長が敬礼を示してくれる以上、とりあえずはいきなり逮捕拘束される、とかいう流れにはならないようである。
一応黒アリスの想定通りか。
「ほら艦長……乗艦許可だって……」
「じ、乗艦許可? 乗艦許可って誰にお願いすればいいのであります??」
「『誰』ってこの船で一番偉いのはあんたでしょうがー……!? あんた以外に誰がいるの……!」
想定通りではあるが、ヘタレ艦長が一番のネックと言うのが泣き所である。
小声で泣き事を言う軍服少女に、黒アリスも必死の小声で海自の方々に気取られないように指示を出していた。
「じ、乗艦を許可します、オジ……う、梅枝一佐殿!」
「ありがとうございます、宮口艦長」
海自の梅枝艦長と護衛の自衛官が揃ってヘタレ宮口艦長へ敬礼し、短く黒アリスに促がされ、軍服の魔法少女も敬礼を返す。
そして、軍服少女の横で直立不動の黒幕アリスとしては、悪くない流れに思えていた。




