0014:戦艦『大和』と呼ばないで
目を疑わない人間など誰一人いない。
5機の哨戒ヘリと巡視船のスポットライトに照らされ、真っ暗な海から徐々にその姿を現し、接近して来る巨大な艦影。
沈みかけの豪華客船に乗る乗員乗客はもちろんのこと、実は海上自衛隊や海上保安庁の人間だって、海戦史に明るいワケではない。
それでも、多くの人間がその戦艦を知っていた。
『これ、やまと…………戦艦『大和』か!? 何でこんな所にこんな物があるんだ!!?」
『まさか……!? 引き上げられた、なんて話は聞かないぞ!?」
『こちら「かもめ」……「ほうざん」へ……これは……何と言うか、お、恐らく大和型戦艦の「大和」、あるいは「武蔵」と思われますが……』
『どっちだぁ!? 誰か分かる人間はおらんのか!!』
混乱した無線が飛び交っていたが、『大和』と『武蔵』の2艦はそっくりな姉妹艦だったので、当たらずとも遠からず。
どこに沈んだか分からない『武蔵』とは違い、『大和』は沈没した姿が確認されており、引き上げも計画された事が過去に何度もある。
だが、それは艦体全ての引き上げ計画ではないし、しかもそれを復元しようという話でもない。
そもそも公的な事業ではなく有志が寄付金を募ってやろうという計画なので、実現の目途も立っていない。
とは言え、『大和』の『引き上げ』という噂話だけでも他に思い当たる節が無いのだから、目の前の巨大戦艦と関連付けて考えられるのも、仕方のない話ではあった。
改めて言うならば、その戦艦は『大和』ではなく『武蔵』の方だったが。
「梅枝さん……海自さんの方で『大和』を復元したという話は……」
「聞きませんな……」
海上保安庁の持つ世界最大の巡視船、『ほうざん』の全長が150メートル。
今は沈没してしまった海上自衛隊最大級の護衛艦『つしま』の全長が197メートル。
大和型2番艦『武蔵』は全長263メートル。
海保と海自の両船(艦)長は、巡視船の船橋から、間近に迫った雄大で巨大な艦を見上げる思いだった。
護衛艦を襲い沈めた海面下の巨大な影。所属不明のイージス艦。その極め付けが、この大和型戦艦である。もうワケが分からない。
その艦も、外から見る限り人影一つ見つからず、天を向く大量の砲口に、周囲の海自と海保の人間が喉を鳴らした。
15万馬力の機関音こそ聞こえるが、ヒト気もなく静かな佇まいに、「幽霊船」という単語が見る者の頭を過る。
だが、
「船長! 大和……いえ、訂正。不明大型艦より緊急用周波数に応答あり! き、救助活動の応援に来たとの事ですが…………」
通信士からの報告に、目の前の戦艦の実在にも驚かされたが、何より通信の内容に驚かされる両船(艦)長であった。
◇
『どこへ行く』って、そんなもの決まっている。
旋崎雨音、カティーナ=プレメシスと魔法少女のマスコット・アシスタントがこんな遠い海まで来たのは、イージス艦で怪獣と殴り合う為ではない。
人命救助に来たのだ。
その救助がちょっと手に余りそうな感じだったが、こうして幸運にも3000人以上を収容出来る船を押さえた以上、やる事は一つである。
「……え? ち、ちょっと待って欲しいでありますよ? だって現場にはオジ……いや海上自衛隊と海上保安庁の方々がいるのに…………」
だと言うのに、同じ目的で近場の海域に居た筈の戦艦『武蔵』の主、白い軍服の魔法少女は顔色を青から白に変え、黒アリスにストップをかけていた。
「無線で聞いたんでしょ? 船は足らずに応援も間に合わない。この状況なら海自と海保のヒト達も、乗り込む船を選り好みしないわ。どんなに怪しい相手でも、日本の公務員ならいきなり撃ったりはしないと思うし」
「そ、そういう問題じゃなくて…………貴女が行けばいいじゃありますせんですか!?」
よほど動揺しているのか、目を白黒させた軍服の少女が、言葉づかいをおかしくしていた。
黒アリスだけではなく、海上自衛隊や海上保安庁も恐いのだろうか。それはそれで仕方が無い気がするが。
その気持ちは黒アリスだって分かるし、行けるものなら黒アリスだって自分で行きたい。人任せにするのが、そもそも好きではないのだ。
「あたしが作れて操作出来る船だと2~300人が限度だもの。この船みたいに3000人も乗っけたりは出来ないし。あたしがこの船を作っても、操作なんてとても手が回らないし」
高度にオートメーション化が進んでいるイージス艦ですら、マスコット・アシスタントのジャックが艦内を駆け回って、ようやく動かせるのだ。
オートメーションどころか電子制御が有るのかも怪しい大昔の大戦艦を、操作方法が分かるとはいえ黒アリスとジャックの二人だけで動かすのは不可能である。
と、雨音は思うのだが。
「そもそも艦長はコレどうやって動かしてるの? 勝手に動くの、この船?」
つぶさに見て来たワケではないが、黒アリスも巫女侍も、艦内では白い軍服の少女とお付き(?)のマスコット・アシスタントらしき少年以外を見かけた覚えが無い。
しかし、黒アリスの雨音は以前、大量の人形をひとりで動かす能力者と出会っている。
能力者――――――魔法少女――――――が『ニルヴァーナ・イントレランス』に与えられる能力に規則性や共通項など無いに等しいので、どんなカラクリがあっても驚かないが。
「自分の船は命令通りに動かせますが……貴女は手動で動かしているのでありますか? あのイージス艦を? 自力で、でありますか!?」
「ハイテクの有難さを噛み締めるわね」
呆れが混じる軍服少女の科白に、黒アリスは肩を竦めて見せた。
◇
深夜2時05分。
豪華客船、ヘイヴン・オブ・オーシャンが救難信号を発してから、約9時間が経過していた。
指揮する船を失い、ある意味身軽になってしまった護衛艦『つしま』艦長、梅枝一豊一佐は、舷側から下ろされていた舷梯を昇り、巨大戦艦へと乗り込む。
例え現代の戦闘艦でも、甲板には担当科員の人間がいる筈だ。第二次大戦中の戦艦なら尚の事だろう。
ところが、広大な甲板には人っ子ひとり見られない。
「か、かんちょう……こここコレはやはり幽霊船なのでは……?」
「ならば会ってみたいものだ。旧帝国海軍の幽霊だとしたら、組織は違うが我々の大先輩だからな…………」
護衛として同行した2人の海上自衛官は小銃を握り締め、緊張のあまり顔には脂汗を浮かせている。
だが、海に出て40年の筋金入りの自衛官、梅枝艦長は、僅かな動揺も見せなかった。超いぶし銀である。
乗艦の旨は無線で伝えたのだから、例え幽霊でも何かしらの出迎えがあるのでは。
そう考えてしばらく甲板上で待ちながら、海の男か自衛官の性か、艦橋構造体周りに山ほど突き出た銃砲座を観察してみる。
今はミサイル兵器復権の時代だが、梅枝一佐はそれ以前の時代も知っていた。
その熟練の自衛官の目から見て、46センチ3連装砲をはじめとする武装群が、決して張りボテ等ではない事を察する事が出来る。
では、何故こんな実用艦が、存在してしまうのか。
第3次大戦後の『五号艦計画』が進行していたのか、密かに『大和』か『武蔵』が引き上げられでもして復元されていたのか。
何にしても、これほどの戦艦を運用する相手だ。とんでもない力――――――権力とか財力――――――を持つ相手なのだろうという梅枝一佐の推察は、全く理に叶ったものだった。
だが、まさかこの戦艦が特別な力――――――特殊能力とか魔法――――――によって作り出され、しかも艦長が自分の孫娘などとは想像もできなかったが。
艦橋構造体から甲板に通じる水密扉が音を立てて開き、中から誰かが出て来るのが見えた。
艦長の護衛に付いている自衛官はもちろんの事、哨戒ヘリや、そのカメラの映像を見ている自衛官、海上保安庁の人間に緊張が走る。
出て来たのは、4人の人影だった。
一名は旧帝国海軍の士官帽を目深に被り、同じく白い軍服を着用している。
その少し前を、子供のように小柄で下士官の二種略帽を被った人影が先導していた。
そして、何故かミニスカエプロンドレスの金髪娘と、やたら大柄な黒いスーツにサングラスの男が、ライフルを肩に乗せて士官帽の人物の左右に付いて歩いていた。
「ちょッと……黒アリスさん!? なんなんでありますかこの配置……!? 視線が何か視線がスゴくなんか視線が痛い気がするでありますよ!!?」
「そりゃーあなたの戦艦で、あなたは艦長でありますよ? 堂々としててくださいな、宮口艦長」
小声で必死に立ち位置についての不服申し立てをする魔法戦艦『武蔵』艦長、宮口文香。帽子の下は、当然涙目だ。
何故ならば、その配置ではどう考えても、中央の士官帽に白い軍服の人物が『ボス』である。気が付けば物凄い祭り上げられている。
しかし、兵士のようにライフルを肩に担ぐ黒アリスは、普段の冷静な澄まし顔を取り戻し、泣き言を言うヘタレ艦長を突き放していた。
実は宮口艦長に負けないくらいビビっていたが、他に取り乱している人間がいると、自分は落ち付けるものである。
そんな水面下の事情などおくびにも出さず、魔法戦艦『武蔵』艦長以下3名はいかにも泰然とした態度で、『つしま』艦長梅枝一佐らと対面していた。
『いまさら魔法少女と言われても』はフィクションです。
登場する組織、人物、その他は実在のものとは関係ありません。
また、登場人物のセリフは作者の意思を反映させるものではありません。




