0012:携帯電話から戦艦まで
超高層ビルで火災が起こってしまった時、ハシゴ車のハシゴが届かず逃げ遅れた人間を救助できない。状況はそれに似ていた。
世界最大の豪華客船、ヘイヴン・オブ・オーシャンは船体の半分が海中に没しており、海上保安庁の巡視船も既に救助活動を開始していたが、約7000名――――――正確に言っても6800名――――――という人数は、10隻ばかりの船ではどうやっても受け入れきれない。
本来は、海上自衛隊の艦を含めて20隻での救助活動。それでも、空きスペースに要救助者をギュウギュウ詰めにする計画だったのに、海上自衛隊の艦は補給艦『なるせ』を残して全て沈没。
とてもじゃないが海保の巡視艇と海自の補給艦だけで、7000名に近い人数は収容できない。
応援要請は送信済みだが、足の早い船でも到着までは4時間半から5時間かかる。沈没しかけた貨客船では、とてもそこまではもたないだろう。
海面下に巨大な何かがいる事は、海保の船も知らされていた。
特に、水中での救助活動も行う海保には無人探査機を備える船もあり、ソナーと併せて水中を警戒しつつ、急ピッチで要救助者の収容を続けていた。
それは、入り切らないと分かっているバケツに水を注ぐ行為だったが。
「可能な限り……収容するしかありません」
「……ですな」
海保側の救助隊指揮船『ほうざん』の船長と、沈没した『つしま』艦長の梅枝一佐は、船首舷側から救助作業を監視していた。
救助は静かに、誰もが息を殺したように進められている。
誰もが、姿の見えない海面下の巨影に聞かれない事を祈りながら、少しでも水から離れようと急いでいた。
イージス艦大爆発の事は知られていたが、そのおかげで一時的とは言え脅威が去った事など誰も知らず、要救助者は収容しきれず、貨客船は今にも沈みそう。
そんな状況で。
『船長、ブリッジに来てください! レーダーに巨大な艦影!! 方位0-0-0、距離約30キロ!』
レーダーに突然何かの影が映ったという報告で、現場で作業を行っている全ての人間に緊張が走る。
舷側から船橋へ戻った船長は、すぐさま各船に警戒を指示。
空にいて難を逃れていた海自の哨戒ヘリも、海面にサーチライトを向けながら船影の方へ急行し。
『方位3-5-0、現在接近中。間もなく目視距離に入――――――――――ち、ちょっと待て! 何の冗談だコレは!?』
そして7分後、哨戒ヘリのパイロットは海上にて、とんでもない物を目撃する事となる。
◇
のっぴきならない乙女の諸事情によりヘリ一機丸ごと作り直すことにした魔法少女の黒アリスは、すぐさまジャックに近場にあった有人の小島、『赤島』へ降りるよう指示した。
赤島北端の岬に降りるや、魔法の杖の弾倉を解放し、残弾と空薬莢を全て取り出して、空っぽのまま銃口を輸送ヘリに向け引き金を引き武器廃棄処分する。
これでもかと言うほど真っ赤な顔をした黒アリスは、巫女侍、ジャック、お雪さんが何かを口にするのを許さない勢いだった。
「クフフフ……お漏らしして恥じらうアマネもチョーカワいーデース♪」
「うぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
そして、完全に空気を無視したカティへ、雨音は全泣きになりながら殴りかかっていた。
「気にする事無いデスよー! カティはアマネがどんなになってても大好きデース! 泣いたりお漏らしたりするアマネは、ちっちゃい子みたいでカワイかったデスよ?」
「うわぁあああああ黙れ黙れ黙れぇえええええええ!!」
羞恥と憤怒でオーバーヒートしている黒アリスは、8.375インチ――――――約21センチ――――――のリボルバーの銃身を握り、巫女侍目がけてブンブンと振り回す。
対照的に、物凄く良い笑顔の巫女侍は、無駄に高い身体能力で駄々っ子の様な雨音の攻撃を掠らせもしなかった。
カティには、家に帰れば死刑確定の無謀すぎる行為に他ならなかったが、その心は晴れやかだった。やはり雨音はこうでなくては、と。
「元気出て良かったデース。ア……さっきのアマネ、写メに撮るの忘れてマシた」
「お、おのれぇえええええ!!」
余裕の体育会系巫女侍に、息切れを起こした文化系黒アリスは追い付けず、ギリギリと剥き出しにした歯を軋らせる。
そんな魔法少女二人を、セクシー和服女性のお雪さんは微笑ましく眺めていたが、根が生真面目なジャックは、こんなにノンビリ(?)していて良いのかと思わずにはいられなかった。
「アマネちゃん、カティおねえちゃん……あの豪華客船とか自衛隊の人とか、あのまま放っといていいの? それに、か……怪獣、の事だって…………」
「オォ……ジャックがマジメな事言いマシた」
「…………放っては……おかないけど」
頭に血が昇っていた所に冷や水をブッかけられた思いの黒アリスだが、ジャックの言う事はもっともな話。
またあの海に行くのは凄まじく抵抗があるが、今更一万人近い人間を見捨てていく気も起きなかった。
では、次にどうしようかと言う話になる。
「お雪さんは海の監視を続けてくれる? さっきのアレ…………怪獣だか突然変異だか知らないけど、それらしい熱源が出たら教えて。一本に絞っていいわ」
「承知しました、黒アリスさま」
発見したからどうと言う話でもないが、いきなり襲われるよりはマシだろう。
カティのおかげで大分心的ストレスが緩和できた雨音だったが、はやり例の怪物は、最も警戒すべき対象である事に変わりは無かった。
もう一回襲われたら、正直追い返す自信が無い。
覚悟はしていたが、実際にイージス艦ほどの大型戦闘艦があっさり沈められたのは、作り出した本人としてもショックが大きかった。
「気になるけど……優先度の問題で後回しよね」
深夜2時過ぎ。
黒アリスが潮風にミニスカートをはためかせて、岬から真っ暗な海を睥睨する。
怯えもそうだが、何より襲撃を想定した場合の確実な対処法が思い付かず、厳しい表情だ。
「もし……あたし達が相手しなきゃならないとしたら、これホントに冗談抜きで核兵器が必要なんじゃない?」
『後回し』と言っておきながら、現実の脅威として身近に捉えた黒アリスは、何か対抗手段を考えておきたいところ。
イージス艦は銃砲兵器系魔法少女である黒アリスの、持てる最大級の火器だった。
それを上回る火力となると、もはや選択肢はそう多くないワケで。
「でもー……あの怪獣、痛い目見てしばらくは来ないんじゃないデスか? その間に沈みそうなヒト達、助ければいいデスよ」
「まぁ、そうなんだけどね……。そっちも海保と海自が間に合ってくれればいいけど……船足りるのかなぁ?」
黒アリスの危惧している通り、遭難した貨客船の乗員乗客を収容する船のスペースはまるで足りていないし、また収容する時間も足りていなかった。
もう一回イージス艦を作り出そうかとも考えるが、収容人数的には足りないだろう。乗れても200~300人程度と思われるし、黒アリスと巫女侍とジャックとお雪さんだけで、イージス艦に乗せたヒト達のお世話は出来ない。
理想で言えば一挙に3500人――――――貨客船の要救助者の半分くらい――――――程度の人数が乗れて、その手の活動はお手の物な自衛隊のヒト達も乗れる――――――収容出来る――――――船。
雨音の思い当たる所では海上自衛隊の大型補給艦が考えられるが、イージス艦に比しても大き過ぎる事で操作が困難な事や、搭載火力が弱過ぎる――――――皆無ではない――――――事に強い抵抗を感じる。
万が一襲われようなら、対抗手段もなく沈められてしまいそうだ。
大量の人間が乗れる、頑丈で、手をかけずに動いてくれる船。
そんな都合の良いモノが無いかと、自身の武器兵器アーカイブを検索する雨音たが、
「――――――――――――あ……」
「何お雪さん!?」
「出たデスか!!?」
何かに気付いた様子のお雪さんの声で、雨音とカティは同時に飛び上がっていた。
雨音がお雪さんにお願いしたのは、例の怪獣の警戒だ。
それがまた出たとなれば、多少持ち直したとはいえ黒アリスさんがまた排水してしまう。
と思い、早撃ちのように携帯電話を胸の谷間から出した巫女侍が、カメラ機能を準備していた。
だが、
「いえ……申し訳ありませんが勝左衛門さま、先ほどの怪物ではございませんわ」
主の期待を裏切ってしまった申し訳なさで顔を伏せたお雪さんに、巫女侍は何もなかった風で携帯電話を胸の谷間に戻していた。
そして黒アリスは、荒んだ目でそれを目撃していた。
「でー……何だったの、お雪さん。何か見つけた?」
「はい、黒アリスさま」
「ヒーン! で、出来心デース!!?」
ここぞとばかりに尻をつね上げ巫女侍に悲鳴を上げさせながら、黒アリスは無人攻撃機の操作機器を見て。
「…………え!? こ……お雪さん、これどこ!?」
その画面に映っていた巨大戦艦、見覚えのある大和型戦艦2番艦の存在に、黒アリスは驚きの声を上げる。




