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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-05 話とか色々大きくなり過ぎたのは誰のせいか
146/592

0011:上書きとデータ消去

「あーん! ふぁーん!!」

「だいじょぶデスよー! 怖いのは行っちゃったデース!」

「アマネちゃん! 怪獣はもういないよー」

「ヤーダー!! 海嫌いー!! 怖いー!! えーん!!」


 太平洋上空を飛ぶ輸送ヘリ(ブラックホーク)の中、金髪にミニスカエプロンドレスと言う格好の黒アリスは、乗員席(キャビン)の床にへたり込み、子供のように泣きじゃくる。

 必死に慰めようとする巫女侍の勝左衛門(しょうざえもん)だが、黒アリスは巫女侍の太腿(ふともも)に抱きついたまま離そうとしない。

 自分がへたり込んだ床に水たまりを作っていても、お構いなしに泣き続けていた。


                         ◇


 世界最大の豪華客船(クルーザー)、ヘイヴン・オブ・オーシャン。

 約7000名の乗員乗客を乗せていたこの船は、東京より南350キロ地点で遭難。同船からの救難信号を受け取った日本の海上保安庁は、その要救助者人数と状況の不可解さから、海上自衛隊の護衛艦も加えた20隻と言う数の艦隊を編成して出動する。

 だが、問題の海域を目前としたその時、救助艦隊は海面下に潜む巨大な何か(・・)に襲われ、迎撃に当たった海上自衛隊の護衛艦隊は、補給艦と他一艦を残して壊滅状態に陥ってしまう。


 豪華客船の遭難をテレビの速報で知った黒アリスの雨音、巫女侍のカティは、その後現場海域近くの空に潜伏。

 海保と海自で十分救難活動は可能だろう。魔法少女が手を出す必要はない。そう思っていた雨音だったが、事態は全く想像もしなかった展開に。

 海面下の巨大な何か(・・)に攻撃を受けた海自の護衛艦隊を援護すべく、雨音は魔法によりイージス艦(・・・・・)を作り出して、これに介入。

 強力な武装にモノを言わせた攻撃と、高価な艦そのものを爆弾扱いした魔法少女ならではの戦術により、海面下の巨大物体に大打撃を喰らわせた。


 その直後、痛手を受けた海面下の巨影が、雨音とカティの想像を絶する姿を現す。


 海面から見せた実体は、全体の一部に過ぎなかった。

 のっぺりとした頭部に、無数の細かい歯が並んだ、(わら)った様に裂けた口。頭部の左右には、真っ白い目らしき円形の器官が無数に密集している。

 首から下の胴体らしき部分からは、胴体に比して骨と皮のように筋張った、関節のある長い腕が空中を()いていた。

 体表には海水が滝のように流れていたが、その下では歪んだ四角い無数の穴が、ビッシリと敷き詰められている。


 見えたのはそれだけだが、600メートル超の全体の一部だ。

 海水面から上空へと飛び出し、怒りと憎悪に()える巨大なその姿は、気の弱い黒アリスの精神を吹き飛ばすのに十分過ぎるインパクトがあった。


                       ◇


 それで、これ(・・)である。 

 7000人が海の上で遭難し、海上自衛隊が大損害を被っている戦場で、どこを切っても違法な戦闘(イージス)艦で、姿の見えない何か(・・)と戦う。これ状況(シチュエイション)だけで寿命も縮もうというもの。

 この時点で一般高校生である雨音の許容量を2000%ほど振り切っていたのに、トドメが正気を無くすような巨大生物のサプライズ。


「えぐ……えぐ……ひーん…………」

「え……えーと……お雪サン! さっきの怪獣、どこ行きマシタ?」


 普段は冷めた(かお)の雨音が、今はポロポロ涙を溢れさせている。

 抱きつかれているカティは、複雑な心境だ。

 泣いている雨音の有様はカティ的に()萌えるが、同時に何か言いようのないモヤモヤが、胸の中に渦巻いているのだ。

 とはいえやっぱり萌えるので、萌え過ぎて巫女侍は鼻血を吹いていたが。


「……無人機からの映像ですと、それらしい熱源は見当たりません。わたくしは監視を続けますから、勝左衛門様は…………」


 巨大な生物は、イージス艦の自爆攻撃が効いたのか、その後姿を消した。

 だがまだ死んではいない。

 あんな怪物が海の中にいると知れば雨音じゃなくても発狂しただろうが、幸運な事に(・・・・・)漂流中の自衛官も、沈没しかけている貨客船の乗員乗客も、その正体を知らないままだった。

 知っているのは雨音とカティだけ。

 そして、魔法少女部隊リーダの雨音が、現在使い物にならない状態。

 この後何をするにしても、先ず雨音に復活してもらわねばならない。

 それが出来るのは恐らく、カティだけである。


「アマネー…………」

「ヒゥッ……ウゥ……」


 イージス艦に乗ってからこっち、強気で冷静(クール)な雨音に破壊神の笑みを見せる雨音に一転してか弱い乙女の泣き顔を見せる雨音と胸をキュンキュンさせられっ放しのカティであるが、今この瞬間は、弱り切った親友へ優しげに顔を寄せ、


「ン~~~~~~…………」

「ヒぅ…………へ? ヘャァアアアアアアア!!?」


 唇に数ミリの所まで接近されていた黒アリスが、驚きのあまり裏返った悲鳴と共に、その場から飛び上がった。


「ぃいいいいいいったい何をしてるカティ!!?」

「えー? アマネの衝撃体験を甘い初体験で上書きしようと思いマシたのにー…………」


 唇を手で押さえ、黒アリスは背中から輸送ヘリ(ブラックホーク)の側面ドアに激突する。痛いとか考えていられない。我に返るのが後一瞬遅かったら、大変な事になっていた。

 そして、巫女侍は自分の乙女的蛮行を悪びれもせず、思いっきり残念そうに頬を膨らませていた。


                        ◇


 いつもならばそこでカティにキツイお仕置きを叩き込む所だが、残念な事に雨音も今は余裕が無かった。

 自分の情けなさ過ぎる現状を自覚するや否や、巫女侍を既に和服美女がいる副操縦士席(コパイシート)へ無理矢理押し込むと、「絶対にこっち見ないでよ!!」と真っ赤な顔で怒鳴り付けた。

 武器や兵器、救急(メディカル)キットの(たぐい)はあっても、輸送ヘリ(ブラックホーク)の中に代えの下着なんかない。

 所詮仮の姿なので、変身をやり直せば元通りになるのだが、雨音は濡れた下着を脱ぎ着するような気分の悪さを感じる。

 そこで、少し躊躇(とまど)った(のち)に手早く下着を脱いでしまい、そのまま輸送ヘリ(ブラックホーク)から放り捨てた上で、再度変身をやり直した。

 輸送ヘリ(ブラックホーク)のサイドドアを開け外を見た瞬間、雨音に一生モノの心的外傷(トラウマ)を刻んでくれた怪物の姿を思い出しそうになる。


 だが、直後に唇を寄せて来る巫女侍の美貌のドアップが脳裏に(よみがえ)り、怪物の姿を打ち消してくれた。


 カティの狙い通り、記憶の上書きは上手く行ってしまった(・・・・)らしい。

 これに関しては、雨音が家に帰ってからカティにお仕置きとお礼を同時に(セットで)かましてやれば良いとして。


 残る問題は、輸送ヘリ(ブラックホーク)乗員席(キャビン)に雨音が作ってしまった、恥ずかし過ぎる水たまりの処理方法であった。


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