0010:眼下のおっかない敵
全長で600メートル以上あろうかという巨大な影は、海面直下にまで浮上して来たかと思うと、大きく身体を捻り飛沫を巻き上げる。
大量の海水が壁となり、その中から飛び出してくる直径2メートル前後の物体。
真横から秒速300メートルで飛来する物体を、イージス艦の前後に据えられた近接防御火器システム20ミリガトリング砲と、艦首砲Mk.45、127ミリ速射砲が空中迎撃。
近接防御火器システムは自動で弾道補正を繰り返し、6連の回転砲身から秒速1100メートル、毎秒50発で20ミリ弾を撃ち出し、飛来する物体を粉々に。
艦首砲Mk.45は毎分20発、3秒に1発の速度で127ミリ砲弾を発射。秒速約1050メートルの砲弾で飛来物体を爆砕する。
イージス艦と海面下の巨大物体との距離は、1.5キロから2キロで増減している。
飛来物がイージス艦に到達するまでは、ほんの5~6秒。
艦の目の前で爆炎が広がり、機関砲弾が数百という曳光弾が光の筋を作り出す。
ドンッ! と砲をぶっ放し、ヴゥウウウウ!! と2機の6連砲身機関砲が砲弾をバラ撒きながら、海水を斬り裂き突き進むイージス艦は、大きく舵を切り艦体を傾斜させ敵影へと喰らいつく。
文字通り、水際での殴り合いだった。
「ジャック、もっと切り込めない!?」
『もうサイドスラスターも一杯だよ! 右のスクリューを逆回転させればもっと小さく回れるけど、速度は半分に落ちるよ!』
そうなれば、イージス艦に対して回り込むように動いている相手に、後ろを取らせる事になる。
イージス艦中心の戦闘指揮所に居る黒アリスは、艦橋のジャックに「舵、速力そのまま」と指示。
直後に、対艦ミサイルで反撃に出る。
射撃指示管制に捕捉中の不明機“1”へ向け、艦中央の4連筒から白煙が噴き出し、飛び出した2発のミサイルは6秒後に海面で大爆発を起こした。
膨大な熱と凄まじい衝撃が海を抉り、巨大な影の主を真上から直撃する。
そして数十秒後、回復したソナーには変わらず巨大な影が映り込み、対空レーダーが新たな飛来物を探知していた。
「おーのーれー…………!! このままだとCIWSとか弾尽きる。…………核弾頭でも用意しとけばよかった」
イージス・ディスプレイ・システムのコンソールを腹立ち紛れにブッ叩く黒アリス。
その後ろに居る巫女侍としては、今の発言が冗談であるのを祈らずにはいられなかった。
色々極まると、この黒アリスさんは手段を選ばなくなるが。
とは言え、核でも何でも使って、この状況を打開しなければならないのは確かだ。
相手は近づいても離れてもこず、そしてイージス艦の速力を以ってしても追い付けない。
作り出した時点でフル装備だったイージス艦も、既に残弾は5割を切っていた。これでは『プランB』にも差し支える。
(こうなったら一旦離脱して……いや、もう一隻出してる余裕なんか多分ないし……それならせめて不発覚悟で『プランB』を……)
考えながら火器管制のトリガーグリップをガチガチ引きまくっている黒アリスだが、イージスシステムはきっちり仕事をして、対空ミサイルやら対潜ミサイルをブっ放していた。やはり、巨大な影には効いた様子は無かったが。
「……ちょっと危ないかもしれないけど、ジリ貧ってのもね。ジャック、速力落としてもいいから旋回半径絞って距離を――――――――――――」
詰めるのを最優先。と、言おうとしたところで、同じ艦橋に居るお雪さんから報告が入る。
『黒アリスさま、方位1-9-5より接近する船がございます。速度は22ノット。現在の距離は1.4キロ。自衛隊の船と思われますが…………』
問題は、それがどうして近づいて来るのか、と。
「お仕事熱心もほどほどにッッ!!」
「何しに来たデスかコイツ!?」
まさか海上自衛隊が自分達を援護しに来たとは夢にも思わない黒アリスには、申し訳ないが邪魔者が接近して来るようにしか見えなかった。
まさにその時、接近中の護衛艦『しもかぜ』からは援護の打診が発せられていたのだが、最先端イージス艦の艦内には、無線機を使える人間がひとりもいない。
「チィ!? どうする……威嚇射撃でもして追っ払う……いやダメだこっちが沈められかねない!」
性能はともかく、海上自衛隊の護衛艦はイージス艦と同レベルの武装を持っている。
それに、間違っても自衛隊は敵に回せない。心情的に嫌だし、何より海上自衛隊には、同型のイージス艦が控えているのだ。もしも今後追い回されたりした日には、武装が同じなら素人の黒アリスが勝る要素が無い。
だが最大の問題は、
『未確認機進路変更します。方位1-9-5。あの船の方向です。45ノットまで速度を上げています』
新たな獲物に興味を引かれ、眼下の敵がそちらに向かってしまったという事だ。
色々文句は言いたかったが、黒アリスの頭の回転は速かった。
「ジャック追って!! 速力最大! 接触次第プランB、全員用意!!」
海面下の巨影が接近中の護衛艦に接触するまで、約45秒。
速力では劣るが、攻撃火力の射程ではイージス艦が圧倒的に上。
イージスシステムからは逃げられない。黒アリスは対潜ミサイルと巡航ミサイルで、先の宣言通りに巨影の尻を吹っ飛ばそうとし、
巨影の居る海面に水飛沫が立ち昇り、これまでで最大数の飛来物がイージス艦へ降り注ぐ。
「取舵15! サイドスラスターいっぱい!! ランダム回避行動!!」
『了解! つかまってて!!』
黒アリスが腹の底から怒鳴りながら、イージスシステムに全火力による自動迎撃を指示。
レーダーに捉えた標的群が至近の為、爆発したかのような勢いで全ての火器が火を噴いた。
艦首単装速射砲が船の舳先で標的を吹き飛ばし、近接防御火器システム20ミリガトリング砲でバラバラにした破片が降り注ぎ、対空ミサイルの至近爆発で、イージス艦が爆炎に包まれた。
◇
「不明艦に爆発炎確認! 損害不明!!」
「不明艦との通信は!?」
「未だ応答無し!」
「艦長、未確認物体なおも接近! 30秒で接触します!!」
護衛艦『しもかぜ』の艦橋にて。
状況の推移を見て、艦長は厳しい面持ちだ。
戦い方はメチャクチャだが、イージス艦の戦闘性能は圧倒的。それでも、未確認物体はダメージを負った様子が無い。
イージス艦が現れる前にも、海上自衛隊の護衛艦10隻が、同目標に対して対潜攻撃を行っている。
以上の事実を踏まえ、残念な事に、対潜ミサイルや魚雷は効果が無いと結論せざるを得ない。
「艦長、未確認物体の本艦との距離450! 接触まで20秒!」
「方位0-5-0より取舵25! Mk.45射撃準備!」
「は……か、艦長?」
では、どうやって僚艦を沈めてくれた敵に逆襲し、任務を果たすか。
艦長の命令に、部下の航海長や船務長が目を剥く。対潜魚雷が通用しないこの状況で、一体何故艦首砲の準備を命令するのか。
だが、
「復唱して命令を確認!」
「は、ハッ! 方位0-5-0了解! 面舵15!」
「艦首Mk.45、砲自動追尾準備完了!」
「未確認物体に対し右から回り込む! バウ・スラスター起動!」
確信を持った艦長の命令に、背筋を伸ばした副長以下乗組員は命令を復唱。
護衛艦『しもかぜ』は大きく艦体を振り、対空、水上戦闘用火器を海面下の巨影へ向ける。
◇
ジャックは操縦スキルを総動員して船を振り回し、飛来物に対して船を横滑りさせ、迎撃システムの撃ち漏らしを回避して見せる。
魔法少女のイージス艦は、艦体を傷だらけにしながらも、爆炎を引き摺り威風堂々とその姿を現していた。
そして、艦内の戦闘指揮所では。
「クッ……ジャック、お雪さん、そっちは!?」
『ガラスが割れたけど大丈夫!』
「カティ!?」
「耳キーンしマスねー……」
座席に尻を打ち付け赤い顔をする黒アリスが歯を食い縛り、巫女侍が耳を押さえて目を細めていた。
至近距離からの不意打ちはどうにか迎撃出来たが、その対処のせいで敵本体への攻撃が遅れた。
全員の無事――――――カティが目を回してくらいで――――――を確認した黒アリスは、ソナーで敵位置を見る。
すると、敵影は既に海自護衛艦の目の前に。
まさか、今の攻撃はこちらへの足止めか。それだけの知能がある相手なのか。
一瞬で、それだけの疑問が黒アリスの頭に浮かぶ。
だとすれば目論見は大成功、というヤツで、黒アリスは間に合わないと予想しながらも、巡航ミサイルの発射を指示しようとするが、
そこで、海自の護衛艦が意地を見せる。
護衛艦『しもかぜ』は接近する巨影に対して側面を見せたかと思うと、舵を切り回り込む軌道を取って、内側に艦を傾斜。
イージス艦と同じ艦首砲Mk.45の俯角を目一杯下げると、なんと海中へ向けて艦砲射撃を開始していた。
「スゲー!? 流石本職!!」
そりゃカメラで見ていた黒アリスも思わず叫ぶ。
対空、対水上戦闘用兵器であるMk45、127ミリ砲は、最大俯角―15度。対水上目標への攻撃を想定しており、当然水中にブチ込むなんて仕様外である。
しかも、護衛艦『しもかぜ』は接近状態で俯角の外の目標に対して、艦そのものを傾ける事で海面下の敵を射界に収めるという荒技を披露していた。
操艦と砲雷の連携と、高い技術が無ければ不可能な芸当。日本の国防を司る、海自の底力である。
46センチ徹甲弾じゃあるまいし、127ミリ砲弾の水中での弾道特性は、ハッキリ言って怪しい。
だが、密着状態に近い距離で、ほぼ真上からの砲の連射により、127ミリ砲弾は全弾が直撃。
海面下の巨大な射撃の的は、初めて苦しそうな大暴れを見せていた。
「ッ……! よし! 面舵30! 機関最大!!」
「面舵30了解! 機関出力最大!」
艦長は引き際を見極め、即座に命令を出す。
『しもかぜ』は艦を振り、舵を正反対に切り急速転舵。何かが破裂したかの様に荒れる海域から、全速力で離脱しようとした。
だがその時、巨大な柱とでも言うべき物が海中から聳え立ち、真上から『しもかぜ』を直撃する。
「…………はッ!!?」
「…………シット!!?」
黒アリスも巫女侍も、見ている物が信じられない。
全長約150メートル。5000トンクラスの護衛艦が、まるでアルミのオモチャのように拉げてしまった。
だが、暴れる巨大な影はそれだけでは飽き足らんと言わんばかりに、『しもかぜ』を蹴ってイージス艦の方へ向きを変える。
その泳ぎ方も、海面を荒立て激しく蛇行し、明らかに機嫌が良くない様子。
「ジャック! 転舵、2-7-0! あの船から離れるコースで自動操舵!! プランB、実行!!」
黒アリスの雨音は、海面下に居る相手の強烈な意志を感じ取ったような気がした。
それに、次は間違いなく、自分達の方へ向かって来る、と。
イージスシステムの自動モードにより、艦は目標に向けて自動攻撃を開始。同時に、『しもかぜ』の轟沈海域から一目散に逃げ出す。
そのイージス艦を、怒れる巨影は50ノット――――――約92キロ――――――以上と言う凄まじい速度で追い上げ、今度こそ難なく追い付いて見せる。
もはや対潜ミサイルやMk.50対潜短魚雷など僅かにも効果が無く、2軸のスクリューを噛み砕かれたイージス艦は、航行機能を失ってしまう。
8000トンの鋼鉄の戦闘艦が凄まじい力によって横殴りにされ、外殻に亀裂が入り内部に浸水。電装系が一斉にショートし火災が発生。機関が緊急停止し、不具合が出てバッテリーもダウン。艦は水平を保てず大きく傾斜。急速に沈みはじめる。
もはや戦闘どころか自走すら不可能な史上最強の戦闘艦は、その最後に海中から現れた巨大な柱に挟み込まれ、大量の泡に巻かれて海中へと没していき、
真上から巡航ミサイルが突き刺さり、取り付くモノ諸共に大爆発を起こしていた。
「ふぇええ…………上手くいったぁ…………!」
「ヤーフー!! えーが(映画)みたいデース!!」
そして、黒アリスと巫女侍、ジャックとお雪さんは、兵員輸送ヘリで揃ってイージス艦から逃げ出していた。
これでもかと言うほどド派手な大爆発で、カティは無邪気に快哉を叫んでいる。雨音の方は、とても喜べる気分ではない。
自分で計画しておいて何だが、一歩間違えば全員揃ってあの中で爆死である。それを思うと、腹の底から震えが込み上げて来た。
だが、自衛隊が勝てなかったものに、性能ばかり良いイージス艦を持ってきた所で、勝てるとは思わなかったのだ。
正攻法じゃ無理。雨音は自分の能力を鑑み、最も確実かつ強力な手段として、こういった自爆攻撃を第二案として用意したというワケだ。無論正攻法で撃沈出来れば、それに越した事は無かったが。
敵を引き付け、取り付かせ、直前に巡航ミサイルを自艦へ向け発射。着弾前に、艦の後部発着デッキから兵員輸送ヘリで逃げ出す、と。
後から改めて考えると、控え目に言って完全にイカれている。
いくらでも兵器を調達できる、魔法少女である黒いアリスだからこそ可能な戦術だ。
敵が距離を取って攻撃して来た時には、雨音自身計画倒れかと思ったが。
それも、援護しようとした海自護衛艦の犠牲によって達成出来たとなると、皮肉と言うか申し訳ないというか。
「これでダメならお手上げだわ……。てか、ホントのところ、アレ何だったのかしらね…………?」
「そりゃ怪獣デスよ。まさにラスト10分的展開デシた…………」
雨音はカティと二人、高度300メートルを飛ぶヘリの側面ドアから、恐る恐る真下の爆発を覗き見る。
イージス艦の主機を動かしている膨大な軽油に、各種兵装の弾薬。その全てが巡航ミサイルという火種により、艦を跡形もなく消し飛ばしていた。
「何にしても……もう出来る事もないし、一千億円オーバーの爆弾で海の藻屑になってくれているのを祈るばかり――――――――――ん?」
「ンン……?」
海面では、所々燃料や浮遊物が漁火のように燃えている。
他に動くモノなど何もなく、揺らめく水面にオレンジの炎が乱反射していた。
だが、その揺らぎが均一になり、まるで膨らむように海面が盛り上がると、鏡のようだった海面の下に何かの形が透けて浮かび、
「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――!!!!」
水面の膜を突き破った巨大な異形の頭部が、輸送ヘリの雨音目がけて飛び上がってきた。
「ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!?」
「ノォオオオオオ!? アマ――――――――――!? じ、ジャック! 高度を上げるデスよ!!」
「わわ、分かった! つかまってて!!」
しかし、海面から飛び出して来た巨大な何かは輸送ヘリの高度までは届かず、すぐに重力に引かれて落水する。
イージス艦を超える巨体は海水を巻き上げ、火災を消し去り海面を気泡で一杯にした。
そして、あまりに衝撃的な出来事に、真っ青な顔で震えている雨音は、カティに全力で縋りついたまま、耐え切れずに漏らしてしまっていた。




