0009:下を見せて上を撃つ
高度な対空迎撃能力を持つイージスシステム搭載艦は、国のミサイル防衛網の構築において重要な役割を果たす。
100年前の大戦ではその力を遺憾無く発揮し、世界の滅亡を防いだとまで言われる戦闘艦だ。
何故なら、もしもイージス艦――――――をはじめとするミサイル防衛兵器――――――が存在しなければ、核ミサイルは妨げる物無く降り注ぎ、失われた100年程度では済まずに人類史が終わっていただろうと。
本当の所は、一般大衆には秘せられていたが。
戦争の影響で情報通信全盛の時代は一時終わり、幸か不幸か人類は再び成長期を繰り返す事となった。核爆発による強烈な電磁波が、情報ネットワークや記憶装置を破壊した為だ。
だが、高度な対電磁波防御性能を持っていたイージス艦は、100年前から変わらない技術を伝える数少ないハイテク兵器のひとつだ。
再び人類が自力で作り出せるようになるまで、やはり一世紀近い時間を要した。
先の戦争で生き残ったイージス艦は、それだけで一世紀の間、最強無敵の兵器として大洋に君臨する事となる。
今となっては流石に全て退役してしまったが、旧統合自衛隊の海上戦力旗艦『あめふらし』などは長く日本の領海を守った守護神として、退役後はお台場に記念艦として保存されている。
巨大かつ重装甲の戦艦に代わる軍艦の主力であり、例え一隻でも世界の軍事バランスを担うのがイージス艦だ。
その数や配備場所は多くの目によって監視されており、当然、所属不明などという事があってはならない、筈だった。
「先ほどより、不明艦からの応答は有りません。対象は東米国の『エヴァーグレイス』と特徴は一致しますが、横須賀からの照会によると『エヴァーグレイス』が動いている情報はないとの事です」
「うむ……不明艦と未確認物体の現在位置は」
「はッ、不明イージス艦は本艦より方位0-0-8、距離約1000の位置より方位0-9-5へ35ノットで移動中。
未確認物体は本艦より方位1-0-1、距離800の地点から方位0-7-0へ転舵。速度は25ノットより35ノットへ。なおも増速中であります」
「……不明艦を追っている……いや、不明艦が引きつけてくれている、か?」
遭難した世界最大の貨客船、ヘイヴン・オブ・オーシャンの救助に駆け付けた海上自衛隊並びに海上保安庁の艦隊。
しかし、海面下に潜む巨大な何かによって、対潜装備を備える海上自衛艦は、尽く航行不能に追い込まれる。
海上自衛隊側の旗艦、同隊最大の規模を持つ『ひゅうが』型ヘリ搭載護衛艦『つしま』は海上保安庁とヘイヴン・オブ・オーシャンの要救助者を守る為に、復旧不能のダメージを艦に負いながら、相討ち覚悟の体当たりを敢行。
だが、激突の寸前に所属不明のイージス艦から援護を受け、九死に一生を得ていた。
『つしま』の沈没は免れず、現在乗組員は内火艇と救命ボートで退艦の最中だ。
その最中、艦長の梅枝一佐以下艦橋要員は艦に残り、横須賀や海上保安庁の船と連絡を取りつつ、所属不明のイージス艦と未確認物体をモニターしていた。
「艦長! 不明艦より発射炎“4”を確認! 進路0-9-5で変わらず!」
「未確認物体進路転舵0-7-――――――――あ、いえ、蛇行しています! 未確認物体、回避運動しつつ増速! 不明艦に接近中!」
「むぅ…………」
通信、レーダー手からの報告を受け、40年という船乗りとしての経歴を持つ老練の艦長は沈黙する。
横須賀へは救援の要請を出したばかり。艦艇が到着するのは早くても6時間後だが、それまで未確認物体が大人しくしてくれる保証は無い。
海上保安庁の船には対潜装備が無い。巨大な上に恐ろしく早い未確認物体に襲われたら、抗う術は無いだろう。
そうなれば、内火艇や救命ボートで漂流中の海上自衛官はともかく、今にも沈もうとしている貨客船の要救助者には、どれほどの犠牲者が出るか分からない。
「…………『しもかぜ』はまだ航行可能だな」
目を伏せていた梅枝艦長の双眸が鋭く光る。
補給艦『なるせ』以外、ほとんどの護衛艦は致命的なダメージを被っていたが、その中で『しもかぜ』だけは船底を擦られ、多少浸水しただけで済んでいる。
戦闘行動も可能だった。
「『しもかぜ』へ連絡。不明艦を援護。未確認移動物体を引き付け、可能であれば撃沈せよ」
「はッ、艦長!」
厳格な法と規律の下でのみ任務を実行する自衛官として、援護されたとはいえ敵か味方かも分からない武装勢力を援護するなど、あってはならない事かもしれない。
それでも、梅枝一佐は人命救助を第一とする自衛官としてそれを決断し、また、全ての自衛官も同じ思いだった。
それが例え、船を失い漂流中の自衛官でも、離れた場所にいる『しもかぜ』の艦長以下乗組員であってもだ。
「海保旗艦『ほうざん』へ通信。海上自衛官の救助よりも貨客船での救助活動を優先されたし。『しもかぜ』へ、健闘を祈る」
以上を以って、護衛艦『つしま』からの通信は終了。最後まで残っていた艦長と艦橋要員も退艦する。
こうして『つしま』と梅枝一佐は出来る事をやり切ったが、魔法少女と最強の戦闘艦の戦闘は、今から始まろうとしていた。
◇
もともと、雨音自身海戦や艦隊運動が出来るとは思っていない。無線機同様、出せる事、使う事、使いこなす事は別問題である。
命をかけて戦う覚悟も、その技術もない。
銃砲兵器系魔法少女の『黒アリス』である旋崎雨音に出来るの事は、ただひとつ。
一切の手加減容赦を挟まない、全火力による全力での力押しのみ。
35ノット――――――時速約65キロメートル――――――の速力で波をかき分けるイージス艦は、艦の前後にある垂直発射装置よりミサイルを乱射。
Mk.46スタンドオフ対潜ミサイル。巡航ミサイル。挙句、本来は対空迎撃に用いるスタンダードミサイルを射撃指揮管制で無理矢理連動させ、他のミサイルと同時に叩き込む。
煙の尾を退くミサイル群が盛大に跳ね上がり、巨大な何かのいる海中で連鎖的に爆発した。
ところが、それほど激しい攻撃に晒されているにもかかわらず、ソナーでの動きを見る限り、効いている様子が無い。
攻撃に際しては、対潜攻撃能力で確実性のある対潜ミサイルを僅かに先行させている。少なくとも至近距離で爆発はしている筈だ。
ソナーの巨大な影は警戒しているのか、水中で蛇行して回避運動を取っているように見える。
雨音は、ソレが何ででどう動いているのか、想像すると漏らしそうになるので考えない。
『相手方の速度は50ノット。距離は1.5キロ。このままですと約3分で接触いたします』
「えーい当たってるんだか当たってないんだか…………!!?」
緊張で怒鳴りながら、イージス艦内戦闘指揮所に居る黒アリスが、火器管制のトリガーグリップを握り込む。
艦の左右にあるMk.32短魚雷発射管が解放され、計9発のMk50対潜短魚雷が海中へと放たれると、入力諸元に従い目標へと突撃。
魚雷の弾頭は近接信管に設定されており、目標の進路上で爆発して水柱を上げる。
直後に、RGM-84対艦ミサイルが中央甲板のキャニスターから2発発射。
僅かに足の遅くなった標的に、全長3.8メートル、重量約270キログラムの高性能爆薬入り弾頭が、斜め上から突き刺さり爆発した。
「お雪さん、どう!?」
『お待ちを…………目標不明機、進路変わらず。速度は少し落ちましたが、一時的なものかと…………』
『アマネちゃん……!?』
「ジャック、進路そのまま、機関いっぱい! どっちみち追い付かれたら、他の船みたいに沈められるわ」
希望を言えば、他の自衛隊艦艇には無い高火力で押し切りたかった。
しかし、雨音は海上自衛隊の対潜魚雷と対潜ミサイルが相手に通用していないのを見ている。
イージス艦からは、より高い威力の巡航ミサイルと対艦ミサイルも叩き込んでいるが、地上目標や水上目標を想定したミサイルは、水中の相手には効果が薄いのか。
それとも、直撃しておいてダメージが無いのか。
何にしても、このままだと一分前後で追い付かれる間合いだった。
「チッ……やっぱり『プランB』か」
苦い顔の黒アリスが呟く。
海上自衛隊への援護と、正体不明の巨大熱源を、貨客船の遭難海域から引き離す。これは、今のところ上手くいっている。
欲を言えばイージス艦の鬼の火力で巨大熱源を沈めたかったが、生憎雨音はそこまで楽観的ではなく、一応もしもの時の第二案も考えておいた。
ただ、この案は不確定要素も多い。
特にタイミングが難しい。
が、やるしかなかった。
「みんな、手順は覚えてる!? 向こうが喰らい付いて来てイージスシステムを自動モードにしてからが勝負よ! 遅れないでね!!」
『うん、自動操舵準備しておく!』
「いざとなったらアマネ抱えてダッシュすればいいデスねー!」
ソナー上で巨大な影が、中央の船影、つまり魔法少女のイージス艦にかかろうとしていた。
黒アリスは前甲板の垂直発射機内にある巡航ミサイルを準備。
発射と同時にイージスシステムのモードを切り替え、次の行動に移ろうと身構えた。
ところが、
「――――――――――え゛!? あれ!!?」
直前で、巨大な影は身を翻し転舵した。
『黒アリスさま……! 不明機進路変更、1-6-0方向へ40ノットで移動中です』
「救助海域……に向かったんじゃないわよね? 逃げた……?」
『アマネちゃん、どうする!?』
てっきり我武者羅にぶつけて来るものだとばかり思っていた黒アリスには、完全に不意を突かれた形。
艦橋で舵を取るジャックが指示を求めて来るが、雨音だってこんな時どうして良いか分からない。
追いかけるべきか、様子を見るべきか。トリガーグリップを握ったままで迷っていた黒アリスだったが。
距離を取る、という相手の行動に対して、黒アリスの中に閃くものがあった。
「ジャック、面舵いっぱい! 艦首サイドスラスター出力最大! みんなスッ転ばないようにつかまって!!」
操舵のジャックは何も聞かず、即座に言われた通り舵を切る。
艦体が急激に右へ振られ、逆向き慣性で黒アリスの後ろにいた巫女侍が吹き飛びそうになった。
黒アリスは対潜戦闘だと思い起動していなかったSPY-3レーダーシステムを起動。
イージス艦本来の対空戦闘機能が目覚め、4面のフェーズド・アレイ・レーダーが空域の全情報を掌握した。
途端に、レーダ画面に飛来物が現れ、半自動モードのイージスシステムが脅威警告をブザーで鳴らしていた。
「ヤバッ……!?」
黒アリスが自律迎撃を指示するや否や、イージスシステムは「遅い!」とでも言わんばかりに迎撃行動を開始。
飛来して来る物体群は既に一キロ圏内に入っており、艦橋前の近接防御火器システム20ミリガトリング砲と艦首砲Mk.45、127ミリ速射砲がこれを空中で撃墜。
レーダー上の光点は現れた端から消えていき、その出現地点は、明らかに水面下の巨大な影だった。
「なに!? 何飛ばして来たの!!?」
「ろ、録画とかはしてないデスかね?」
まさか相手に遠距離攻撃の選択肢があるとは思っていなかった黒アリスは、思いっきり混乱していた。
そして今更、自分は一体何を相手に戦争の真似事などしているのか、という疑問を思い出す。
『黒アリスさま、不明機進路変更1-9-5、こちらからは距離1.5キロ、速度40ノットで移動中でございます』
艦橋でソナーを見張っているお雪さんからの報告によると、巨大な影はそのままイージス艦と距離を取り、旋回する進路を取る模様。
黒アリスもソナーを睨んだまま、パニックになりそうな頭の中を必死で抑え、
「フフ…………フ…………」
「あ、アマネさん!?」
自然と、巫女侍の恐れる、壮絶な破壊神モードの笑みになっていた。
「ジャック、お雪さん、カティ……予定変更、プランBは攻めで行くわ。いつでも動けるように準備しといて」
艦橋のマスコット・アシスタント2人からは、すぐさま肯定の返事が戻ってきた。
カティも、ご主人様の言う事に異存はないが。
「この艦と中距離で殴り合おうなんざお笑い草よ……もうコイツが何者なんてどうでもいい……散々ビビらせてくれたお礼をしてくれるわ…………」
戦闘指揮所の片隅で、豹変した黒アリスに怯えて巫女侍が縮こまっていた。
「ジャック、方位0-4-5から面舵30! 相手のケツに付いて! 思いっきり巡航ミサイルをねじ込んでやるわよ!!」
恐怖が極まり、精神的に追い詰められた黒アリスの意思を受たイージス艦と巨大な影は、尾を喰い合うよう、互いに旋回を始める。




