0007:初めて知ったがメガロフォビアと言われても
艦首が海を切り裂き、水面を荒らして突き進む。
4機のガスタービンエンジンが2軸のスクリューを回し、潮流も風向きも一切を無視して前進する力を、8000トンの排水量を持つ鋼鉄の船に与える。
強力な武装を持ち、戦闘管制をはじめとした高度な情報支援システムを備え、機動性能そのものも非常に高い船。
現時点で人類が持ちうる最強の戦闘艦は、未だ正体の分からない海面下の巨体と相対していた。
今の所は逃げの一手だったが。
◇
その1時間と少し前。
何か気になってしまうと眠れなくなる性質。
本来ならば、遠い遠洋で起こった海難事故など、一高校生である旋崎雨音の知った事ではない。
ところが、何の因果か雨音は魔法少女だったが。しかも、銃や兵器に関して、という縛りはあるが、応用を効かせれば概ね汎用型の魔法少女。
機動力も有る雨音の魔法ならば、遠い海の向こうで起こっている海難事故だって、どうにか出来てしまうかもしれない。
逆に、何もしないで犠牲者が出ようものなら、夢見が悪くなりそう。
少し魔法少女なだけで、雨音は自分に何の責任もないと、堂々言い切る事も出来る。
だが、理屈と感情は往々にして違う方向を向く。
感情は、結局理屈ではどうにもならないものなのだろう。
銃や砲を作り出すのが、黒いアリスである雨音の主な魔法だ。
そして銃や砲のおまけとして、それにくっついた車両やヘリ、挙げ句の果てに戦闘艦まで作り出すことが出来る。
雨音自身、こんないい加減で良いのかと思うが、魔法少女のマスコットキャラクターである厳ついタフガイに曰く、その応用規模こそが雨音の才能なのだとか。
現場海域には海上自衛隊と海上保安庁が向かっており、先行してマスコミのヘリも事故現場を撮影している。
そんな所にのこのこヘリで出て行くなど自殺行為なので、雨音はいつも通り、無人攻撃機を先行させる事とした。
しかし、衛星も中継機も無い、何のバックアップも無い違法魔法少女のする事。
最低限無人攻撃機を動かせるだけの小型操作機器の有効操作範囲など、高が知れている。
よって、兵員輸送ヘリで近場までコッソリ行き、同時に離陸させておいた無人攻撃機をヘリから操作して現場を観察する計画となった。
ちなみに、いつも簡単に飛ばしているように見える無人攻撃機だが、実はそれなりに滑走距離が必要で、毎回離陸場所を変えたりと、チート魔法少女なりの苦労はあったりする。
「いいカティ? 高みの見物で終わればそれで良し。魔法少女が国家公務員様の職分を侵害することはないんだからね。睡眠時間を削ってまで」
「わかってマース」
ヘリを作って飛んで行くというのも、そこに持って行くまでが、それなりに苦労がある。
誰にも知られないよう家を出て、誰も見ていない所で発砲音の凄い50口径の魔法の杖をブっ放し、作り出した車両で移動し、予め目星を付けていた広い場所でヘリを作り出す、と。
大変なのだ。存在丸ごと違法な魔法少女は。
そんな苦労も雨音の言う事も全然分かっていそうもないカティは、やたら嬉しそうにヘリへ乗り込んで行く。
雨音には、カティのお尻で激しく振られる犬の尻尾が見えるようだった。
散歩に行くんじゃねーんだぞ。
「危ないわよカティ! ヘリのローターが回っているんだから、頭の上に気を付けて!」
「ハーイ!」
正義の魔法少女として海難救助に行こう。そう言い出したのはカティなので、当然大人しく留守番している筈もない。
雨音が金髪ミニスカエプロンドレスの銃砲系魔法少女、『黒アリス』に変身するのと同様に、カティにも魔法少女としての、もうひとつの姿がある。
身長は黒アリスと同じか、少し高い程度。
起伏の激しい体型という点も同じだが、スレンダーな黒アリスとはやや異なり、所々覗き見える素肌には、引き締まった筋肉が浮いて見えている。
フワフワの金髪はストレートな黒髪へと変わり、容貌も勝気な瞳という特徴を残したまま、朱色のシャドーでアイラインを引き締める、大人びた美貌へと変わっていた。
そして、魅惑的な美女となったカティが纏うのが、肩、脇、腰を大胆に露出させた改造巫女装束。
これこそが、カティーナ=プレメシスの魔法少女形態、巫女侍の秋山勝左衛門である。
カティは日本文化愛好家であり、好きなのは『ヤマトナデシコ』、憧れるのが『サムライ』、切っ掛けとなったのは、故郷である古米国で愛読していた、誤った日本観満載のアメリカンコミックだ。
故に、誇張や偏りのあるその知識が、巫女侍の秋山勝左衛門に、コレでもかというほど反映されているのはご覧の通り。
実際に日本に来てから、その辺の情報齟齬は少しずつ解消されているらしいが、先日、本物の侍を目にして、自分の存在意義が消失の危機とうろたえていた。
その後、吹っ切れたとか、まだ迷ってるとか。
スタイル抜群の美人さんに変身したカティではあるが、中身は全然変わっていない。
大好きな雨音と夜中のお出かけとあって、キリッと引き締まった美貌を童女の様に緩め、輸送ヘリの中から手を振っている。
「自分で何しに行くか分かっとるのかな、この娘は……」
呼ばれるまでも無く、急いで移動しなければと思っている黒アリスも、冷ややかな瞳を半眼に細めて輸送ヘリに乗り込んだ。
◇
単なる海難事件。自衛隊も海上保安庁も大挙して現場に向かっている。
自分達に出来る事は無く、現場近くの空域で、無人攻撃機で高みの見物をしていれば良い。
というか、そうであって欲しい。
そうなる筈だ。
それ以外ない。
心配性の黒アリスは自分にそう言い聞かせるが、不安を拭い去る事は出来ない。
時刻は深夜1時過ぎ。
救助の艦隊は、もう現場海域に到着しただろうか。
不安に苛まれるのは、ここが海のど真ん中で、周囲が真っ暗闇だからか。
上空は雲が厚く、月明かりも星も見えない。
ヘリの操縦は、黒アリスのマスコット・アシスタントであるジャックが行ってくれている。
有視界飛行の出来ない夜間は計器のみを頼りに飛ばねばならないが、ジャックは危なげなく闇の中で機体を進めていた。
魔法少女、黒アリスの持つ武器と兵器のアーカイブに、マスコット・アシスタントであるジャックもアクセス出来る為、操縦の方法は容易に学習できる。
だがそれだけではなく、魔法少女を助けるマスコットとして、ジャックは兵器類の操作に自ら熟練しようと努めていた。
見た目40代の渋いタフガイに相応しいスキルであるが、その中身が幼い少年である事を思うと、雨音としては申し訳ない気もしていた。
「もそろそろ着くデスかー?」
「着かないわよ。だいたい10キロくらい手前で止まる予定だしね。ジャック?」
「うん、もうこの辺だと思うけど……」
「じゃここでホバリングして。燃料注意してね。危なくなったら近くの島に行ってもいいし、あたしが足場を作ってから、ヘリ出してもいいけど」
「えー……近くまで行かんデスー?」
10キロ程度離れた所で、海上自衛隊の艦のレーダーなら簡単に探知されてしまうだろう。それでも、いきなり撃墜される事はないだろうが。
いざという時逃げ出す事を考えれば、10キロという距離は雨音の許容できるギリギリの所だ。
無人攻撃機は中継用にもう一機飛ばして、操作範囲いっぱいいっぱいである。
巫女侍は不服そうに頬を膨らませているが、黒アリスは澄まし顔でこれを無視し、目的海域へ無人攻撃機を向かわせる。
問題の豪華客船は、真っ暗な大海原の中に、ただ一本の蝋燭の様に浮かび上がっていた。
船を中心に、船の方へ光を向けて飛び回っているのは、報道のヘリだろう。
自衛隊や海上保安庁の船は、その海域には見られない。
「……まだ来てない、って事かな」
「……さっきより船、沈んでマスか?」
黒アリスの腕に抱き付き、身を乗り出すようにして無人攻撃機の操作機器モニターを見る巫女侍。
確かに言う通り、雨音とカティ二人で中継を見ていた時よりも、船尾の沈み方が大きくなっている気がした。
「ちょっとやめてよー……このまま救助が来る前に沈んだりしたら気分悪いじゃん。何で脱出しないのかな?」
「ジャック、無線で何か聞けないデス?」
「え? うーん…………」
黒アリスである雨音と、黒アリスの一部であるジャックは武器と兵器のアーカイブを参照する事で、その使い方を理解できる。
特にジャックは使い方を一瞬で頭にインプット出来るらしく、初めて操縦するような乗り物でも、雨音が出した物なら何でも操って見せた。
現在ジャックが操る兵員輸送ヘリも、雨音がアーカイブを参照して作り出した物だ。当然、ジャックも扱いは熟知している。備え付けの無線機も操作できる。
だが、無線機というのは、実はそれだけでは使えない。
雨音やカティが使っている、プリセットされたチャンネル設定のある簡易通信機とは違い、プロ仕様の無線機を使おうと思うと、電波法を熟知していなければならない。
法的に免許を要するのは発信側だけであるが、受信する方も、受信する電波の周波数を知らなければならない。
これがまた用途や特性でとんでもなく細かく設定されており、例えば非常時に自衛隊と連絡を取る為の周波数4630kHzなど、知らなければチューナーを合わせようもない、という有様だ。
あるいは雨音が電波系魔法少女ならその辺もフォロー出来たかもしれないが、生憎黒アリスは銃砲兵器系魔法少女である。
そして、秋山勝左衛門は純粋なパワー型。当然、無線通信の事など知らなかった。
「ふむ……ま、いいわ。ジャック、適当に弄ってみなさい」
「うん、分かった」
とは言え、現状他に出来る事もない2人の魔法少女。
雨音は無線がややこしい物だという事だけ知っており、特に何かを期待して、ジャックに無線を弄らせているワケでもない。
黒アリスは無人攻撃機を報道ヘリにぶつけないよう高度を上げ、カティはフンフンと犬の様に鼻を鳴らして黒アリスの横から映像を見て、ジャックは無線のツマミを言われたまま素直にグリグリと回す。
その時、
『――――――――――B――――11X――――発信中! また――――――――が! 現在の位置は北緯――――――東経――――――メーデー!!』
無線のノイズの中に、一瞬だけ英語らしきヒトの言葉が混ざった気がした。
「なに……? え? 何か拾えたの??」
「ジャック、もいっぺん今のチャンネルに合わせてくだサイ!」
見た目は露出の多い巫女さんだが、カティは英語圏の生まれである。当然、英語の通信内容も分かる。
ジャックの横の副操縦士席に着いた巫女侍は、機内通話用のヘッドセットを手で押さえ、ジャックが再び周波数を探り当てるのを待つ。
慎重にジャックがチューニングのつまみを探ると、間もなく、たった今偶然に探り当てた4630kHzに戻る事が出来た。
『――――――――15分! もう浸水が止まらない! 船体を擦る音が――――――――もたない! 助けて――――――――こちらヘイヴン・オブ――――――――』
その通信は、恐怖と混乱でいっぱいだった。
言葉の意味が分からない雨音にだって、心臓が縮み上がる程の絶望が伝わってくる。
その点、カティは気丈だった。
「間違いないデス、あの船デスねー。でも……これ……何かにブツけられてる言ってマス……。それで船に穴あいて今にも沈みそうっテ……。恐くて外も出られないデスって」
「……『ぶつけられてる』? って…………何に?」
厳しい顔のカティが通信を訳してくれるが、日本語であるにもかかわらず、雨音は一部を理解しかねる。
無人攻撃機からの映像を見る限りは、沈みかけの巨大な船以外には何も映っていない。
それでも、助けを求めている通信が、ウソを言っているとは思えなかった。
ならば。
雨音は頭をからっぽにし、無意識に何も考えないようにしながら、無人攻撃機の映像を赤外線モードに変えてみた。
そこに映っていたのは、巨大な船を中心にして周囲をゆっくりと泳ぐ、水面下の超巨大な熱源だった。
「…………………………はい?」
目をまん丸にし、呆けた声を漏らした黒アリスは、咄嗟に映像を光学に戻していた。
「アマネ? どうしました??」
「アマネちゃん?」
黒アリスの雨音は、思考停止状態であった。
副操縦士席から雨音の横に戻ったカティは、首を傾げて黒アリスと操作機器を交互に見る。
たった今、黒アリスが見たのは、とても受け入れられるような映像ではなかった。
理解出来ないし、したくもない代物だった。
考えてしまったら、もはや取り返しがつかない気がした。
そして、見て見ぬ振りなど出来ない現実だった。
黒アリスは巫女侍と顔を見合わせると、無表情なままに映像を赤外線に戻す。
「オー……………………ワッツ!? 何デスこれ!!?」
「ねー……何だと思う?」
再びモニターに映る、沈没しかけの船の周囲を泳いでいる、世界最大の豪華客船よりも遥かに巨大な熱源映像。
その、あまりにも生物的な挙動に、真っ青になった黒アリスは巫女侍にしがみ付いていた。
『いまさら魔法少女と言われても』はフィクションです。作中の法律や設定は現実の物とは異なる場合があります。鵜呑みにしないで下さいますようお願いします。
電波はルールを守って正しく使いましょう。




