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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-05 話とか色々大きくなり過ぎたのは誰のせいか
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0006:某魔法少女のイージス

 最初の警報は、救助艦隊の先頭を往く海上自衛隊の護衛艦、『しもかぜ』による物だった。

 対潜ソナーに感有り。それも、至近の海底から急浮上して来る。


「僚艦に警報! どこに浮かぶ!?」

「艦隊進路の左舷かと思われますが…………お、大きい!?」


 ソナーに移る影は、あまりにも巨大だった。艦隊旗艦のひゅうが型――――――197メートル――――――の優に倍以上はある。


「まさか……気泡か!? いかん! 『つしま』と『ほうざん』に転舵を――――――――――!!」

「『つしま』より進路指示! 方位2-1-0へ進路変更!」

「了解した! 副長、進路面舵! 2-1-0!」

「転舵2-1-0、了解(アイ)!」


 魔の海域と呼ばれる海で、突如船が沈没してしまう原因は、海底から湧き上がって来る大量の泡にあるのではないか、という説がある。

 船が水に浮くのは、水圧が船を上向きに押し退けようとする浮力が働くからだ。しかし、船が気泡に捕らわれると、浮力を無くして真っ逆さまに落ちる(・・・)

 浮くように設計されている船が唐突に沈んでしまうのは、この泡のせいだと言われている。

 海底の空気溜まりや地殻変動、メタンハイドレートなどの海底資源により、海底に気体が溜まる要素は意外に多い。

 『しもかぜ』艦長、そして旗艦『つしま』の艦長はすぐにその危険性に思い当たり、何かが(・・・)浮上して来る地点を回避する進路を取った。

 20隻以上の船から成る遭難貨客船の救助艦隊は、菱形の陣形を維持したまま大きく右へと舵を切る。


 そして、艦隊を追うように、ソナーに映る巨大な影も移動方向を変えて来た。


「か、かか、艦長!? 浮上中の物体がし、進路変更! 進路、2-1-0!!」


 ソナーの報告に、『つしま』の艦橋(ブリッジ)内に動揺が広がる。

 海底から浮上して来る『つしま』の倍以上大きな物体。それが、艦隊に真っ直ぐ向かって来る。

 つまり、気砲などではないという事だ。

 だが、気泡でなければ何だというのか。

 世界最大の潜水艦でも、全長は約173メートル。生物で言えば、シロナガスクジラが20(から)30メートル足らず。

 つまりどう考えても、400メートルを超える移動物体など、存在している筈が無いのだ。


「…………気泡では、ないとすると……?」


 『つしま』艦長梅枝一豊(うめえだかずとよ)一佐も、一旦は豪華客船ヘイヴン・オブ・オーシャンの遭難した原因が、気泡による物だと想像した。

 だが、海に出て40年余りの経験が梅枝一佐に(ささや)く。これまでも海に出て、理屈で説明出来ない物と遭遇するような事だって何度もあった。

 重要なのは、それが危険か否かだ。


「副長……相手方に通信を。何でも良い。交信を試み所属と行動目的を確認してくれ」

「艦長!? この……これが艦影だと? これほど巨大な潜水艦など――――――――あ、いえ! 了解しました!」

「『しまんと』、『たかせ』、『すなおし』へ通信。未確認の移動物体後方に位置し、いつでも対潜攻撃に移れるよう準備を…………海保さんには先に行ってもらった方が良いかも知れんな。横須賀にも連絡を」


 大岩の如く動じない梅枝一佐の命令の下、対潜能力に優れる『はつゆき型』護衛艦3隻が艦隊を離脱。大きく弧を描く進路で後方へ向かう。

 一方で、対潜能力を持たない海上保安庁の巡視船は、貨客船の遭難海域へ先行。

 速度を落とした『ひゅうが型』ヘリ搭載護衛艦『つしま』を指揮艦とし、海上自衛隊の艦は正体不明の巨大移動物体へ対処する事となった。

 そして、


「こちら日本海上自衛隊護衛艦『つしま』。現在海難救助の作戦行動中。接近中の大型潜水艦、応答されたし。そちらの所属、行動目的を明らかにせよ」


 あらゆる通信帯で呼びかけているにもかかわらず、応答はなく進路も変わらず、ソナーの巨大な影は真っ直ぐに自衛隊の艦隊へ向かって来た。

 進行速度も見る間に上がり、艦隊の後方に肉薄する。

 想定を超える未確認物体の速力に、後方へ回り込んで追撃する筈だった対潜護衛艦の3隻は作戦を変更。『つしま』と未確認物体の間に割り込む形で進出した。

 対潜ソナーで位置は分かっている。

 対潜護衛艦3隻は、それぞれ搭載してある哨戒ヘリを発艦させていた。

 ヘリは海面へ対潜水艦用音響捜索機器ソノブイを投下。より正確な目標位置を捉えると、同時に旗艦の梅枝一佐は攻撃を許可。

 命令を受け対潜護衛艦は、艦側面の68式3連装短魚雷発射管から97式短魚雷を一斉に発射。

 9発の魚雷は約50キロという速度で海中を突き進み、巨大目標の進行方向側面から直撃しようとした、筈だった。


「どうした!? 対象の動きは!? 撃沈したか!?」

「はッ…………」


 副長は自分で言っておいて、実戦で『撃沈』という言葉を使う事になるとは、海上自衛隊に入って以来夢にも思っていなかった。

 今まで、訓練以外で魚雷を使った事はない。それも、訓練用の模擬弾を使って、訓練標的へ向けてだ。それは海上自衛隊にいる自衛官の大半がそうであったが。

 それにしたって、魚雷が目標に命中したなら、爆発でも何でも無いとおかしい、程度の事は分かる。


「艦長……?」


 副長が動揺を抑え込み、艦長に視線で指示を求める。

 艦長にも副長や他の者の戸惑いは分かる。攻撃に対して反応が返って来ないというのは、艦長としても判断に迷う所だ。 

 やはり、船や生物ではありえないのか。たまたま自分達と同じ進路へ流れて来ただけなのか。


「…………目標の動きは?」


 梅枝一佐は進路を一度北に戻そうかと考える。それで、相手が通り過ぎれば良し。これまで何度かあった、不可思議な現象の一つと言う事だろう。

 魚雷を使ったのは大問題になるだろうが。


「はッ、依然進路そのまま、深度60メートルで我が方と同進路を…………あッ!?」


 しかし、レーダー監視員の上げた声で、即座に考えを変えさせられる。


「対象が進路変更! 進路1-8-5……た、『たかせ』へ向かいます!」

「『たかせ』へ警報! 回避行動を取らせ! 『しまんと』、『すなおし』に迎撃させろ!!」


 厳しい顔で押し黙る艦長に代わり、副長が通信士へ怒鳴った。

 その代わりに艦長は、次の行動を副長に指示する。


「『なるせ』は当海域より速やかに退避。『あかがわ』、『よね』、『かりの』を左舷へ、本艦及びその他の僚艦は右舷より転舵。進路0-8-5。副長」

「進路0-8-5了解(アイ)! 『あかがわ』、『よね』、『かりの』は対潜攻撃準備(スタンバイ)!」

「『たかせ』回避間に合いません! 『たかせ』、不明移動物体と接触!!」


 ソナーの巨大な影と、目一杯舵を切って逃げようとした僚艦の『たかせ』が交差した。

 真夜中という事で有視界距離はほぼゼロ。

 自らの船の機関音で、外の音など聞こえない。

 状況を知らせるのは、レーダーとソナー、そして、僚艦との通信だけだ。

 その通信も、


『こッ……! こちら「たかせ」! 不明物体と激突! 船底が破損! 艦操――――――――――!?』


 一瞬の絶叫の後、二度と回復する事が無かった。


「何があった!? 『たかせ』を呼び出せ!!」

「……『しまんと』、『すなおし』は進路2-2-0へ退避。『あかがわ』らに対潜攻撃を実行させる」

「待って下さい! 未確認物体再び進路変更!」


 ソナーの巨大な影は、全速力でその場から離れようとする『しまんと』、『すなおし』へ一瞬で追い付き、その2艦にも『たかせ』同様の衝撃が襲った。


『こちら「すなおし」! 舵がやられ操舵不能! 未確認物体への対潜攻撃効果無し!』

『「しまんと」より「つしま」! 艦を何かにぶつけられ浸水! 火器管制システム(FCS)ダウン! 本艦は継戦能力を失いました!!』

「対象が増速!! よ、40ノットを超えています! 進路1-0-0!」

「クソッ! 『あかがわ』の方へ向かっている!?」

「むぅ…………」


 基本的に対潜攻撃は、魚雷か対潜ミサイルを用いる事になる。

 しかし、現用の通常魚雷が約28ノットという速度。

 巨大な未確認物体の叩き出す40ノットという速度は尋常ではなく、魚雷すら振り切ってしまう。


「副長、横須賀に救援要請を。僚艦は直ちに対潜哨戒ヘリを発進。全力を以って対象を攻撃する」

「あ、了解(アイサー)! 哨戒ヘリ全機発進! 各艦は魚雷、並びに対潜ミサイル準備!」


 攻撃に向かっていた『あかがわ』、『よね』、『かりの』の3艦は、側面に大穴を開けられ、舳先を潰され、海中に没していく。

 残る『つしま』を先頭とし、『くしだ』、『きの』、『しもかぜ』は扇状に広がり、短魚雷を吊り下げた哨戒ヘリが先行する。

 未確認物体は蛇行しつつ、更に速度を上げて『つしま』艦隊に急速に近づいた。


「魚雷発射。対潜ミサイル撃ち方始め…………」

「魚雷発射了解(アイ)! 対潜ミサイル(うー)(かーた)始めぇ!!」


 梅枝一佐の命令を副長が復唱し、自衛隊の艦隊は一斉に迎撃弾を発射。

 暗い海面いっぱいに魚雷が走り、対潜ミサイルが魚雷を海中に落とすと、自ら探信音を発して目標へ突き進む。

 至近距離での爆発は、直ちに衝撃音を『つしま』へ伝える。

 何機もの哨戒ヘリが海面にスポットライトを当て、立ち昇る水飛沫が闇の中で白く浮き上がるが、


『「つしま」、何か見える……! な! 何だアレは!? 「つしま」!?』


 哨戒ヘリの1機が巨大な輪郭を浮き彫りにし、その影は魚雷の一斉攻撃をモノともせずに『つしま』へ向かい一直線に突撃。

 凄まじい巨体に合わない圧倒的な速度に回避の術は無く、『つしま』は正面から正体不明の存在にカチ上げられていた。


                        ◇


 深夜1時18分。

 遭難した貨客船ヘイヴン・オブ・オーシャンの救援に来た海上自衛隊と海上保安庁の艦隊は、救助作戦海域で謎の移動物体に遭遇。

 全長400メートル以上、そして40ノットを超える速度で移動する物体に攻撃され、海上自衛隊側の艦隊は旗艦の『つしま』以下、壊滅状態に陥っていた。


「……損害状況は(ダメージリポート)

「ッ……各部署、損害を報告!!」


 旗艦『つしま』の艦橋(ブリッジ)も、ひどい状況であった。

 レーダー監視員、操舵手、通信担当は機器や床に叩きつけられ出血し、副長も床に転がり脇腹を押えながら指示を飛ばす。

 椅子から落ちこそしなかったものの、艦長も息が出来ない思いだ。

 しかし、船全体の被害も相当なもので、各所で電装系の火災、油圧の漏れ、浸水、システムの不調、そして無数の怪我人が出ていた。


「か、艦長! 『くしだ』が……!!」


 まるで自分達の艦の対処も出来ない状態でも、現実は無慈悲にゴリ押しを続ける。

 『つしま』が艦首を潰された直後に、僚艦の『くしだ』が船底に大穴を開けられ横倒しになっていた。

 海上自衛隊側の艦で無事なのは、護衛艦の『きの』、『しもかぜ』と補給艦『なるせ』の3艦のみ。もはや救助活動どころではない。

 そして、残りの護衛艦だけで巨大移動物体を止められるとは思えず、海上自衛隊の艦船が全滅すれば、次は海上保安庁の巡視艇と、沈みかけている貨客船のヘイヴン・オブ・オーシャンだ。

 

「それだけは…………自衛官として阻止せねばならんな」

「は……艦長!?」


 梅枝一佐はズレたメットを被り直すと、真っ暗で艦橋(ブリッジ)から海が見えないのを、少し残念に思う。


「副長、ここは最低限操艦が出来る人員だけ残し、全艦の退避を。退避後はキミが指揮を取ってくれ」

「……どうされるおつもりですか、艦長?」


 問うまでもなく、梅枝艦長の考えが分かった副長だったが、それでも聞かずにはいられなかった。


「……デカイ図体の船だ。(おとり)くらいにはなるだろう」


 確かに大きな船というだけはあり、正体不明の巨大物体にぶつけられても、他の船のように致命的なダメージを受けたりはしない。 

 艦首に大穴を開けられても、もうしばらくの航行は可能だった。


「艦長、自分も――――――――――!」

「すまんが、後を頼む……副長」


 副長が何か言うのを先回りして抑え、梅枝一佐は艦長席(キャプテンシート)へ沈み込む。

 言いたい事全てを飲み込んで、敬礼した副長が去った後、艦橋(ブリッジ)には負傷して運び出された艦橋要員(ブリッジクルー)以外の全員が残っていた。


「……すまんな、皆」


 今からこの『つしま』が行うのは、正体不明の相手に喰らい付き、少しでも時間を稼ぐ事だ。

 故に、『つしま』も残る自衛官も、命を捨てるつもりでかからねばならない。

 彼等は自衛官なのだ。この国の人々を守る、(ホコ)無き盾なのだ。


「……機関全速。方位1-8-3。残った魚雷と対潜ミサイルは全て撃って良い。()を本艦に引きつけ、もう一度正面からぶつけてくれる」

戦闘指揮所(CDC)了解。魚雷、対潜ミサイル、Mk41垂直発射機(VLS)準備(スタンバイ)


 ここに到っても一切感情を見せない艦長に、戦闘指揮所(CDC)に残った砲雷長が応えていた。

 『きの』の艦尾が喰い千切られ(・・・・・・)、後部から海中に沈んで行く。

 『しもかぜ』が船底を擦られ横滑りし、ソナーの巨大な影は再び大物である『つしま』へ向かう。

 ダメージを負い半分も速力が出ない『つしま』と、倍以上の大きさと速度でうねる様に突っ込んで来る巨大な影。

 二度目の激突は、いかなこの船でも耐えられはしないだろうと。

 誰もが悲壮な覚悟を決め、ありったけの火力を解放する護衛艦(・・・)と何かにしがみ付く乗組員(クルー)の海上自衛官達は、今まさにソナー上で巨大な影と接触しようとし、



 その直前に、超音速で何かが海中へと突き刺さり、大爆発を起こしていた。



「うっ……ぬぅう!?」


 ただでさえダメージの色濃い『つしま』の艦体と梅枝艦長の身体が、至近での爆発で軋みを上げる。

 しかし、


「か、艦長!? 移動物体が逃げていきます! いえ、本艦から急速で離脱します!!?」


 これまで何十発と魚雷を喰らって効いた様子の無かった()が、ここに来て初めて逃げに回ってた。

 更に、ここで哨戒ヘリからの報告が入る。


『梅枝艦長! 「つしま」へ! 後方6時、距離は約1キロ! 方位3-5-5に艦影! これは……!?』


 『つしま』の外部カメラが、対潜ヘリが投光する方へと向いた。

 そこにいたのは、特徴的な斜めに傾斜した平面で構成される船体上部と、2面ある六角形のフェイズドアレイレーダーを持つ、最新鋭ミサイル駆逐艦(・・・)


「イージス艦だと!? もう来たのか!?」

「今のは……あの船からの攻撃か!?」

「…………」


 艦橋要員(ブリッジクルー)が驚きの声を上げる。艦長も同感だった。

 イージス艦は物にもよるが、速力は30ノット――――――約55キロ――――――と言ったところ。

 最寄りの横須賀からこの海域までは約350キロメートル。6時間半はかかる計算となる。

 応援要請を出してから、まだ10分程度しか経っていない。

 イージス艦が訓練航海に出ていたという話は聞かない。ならば外国(よそ)の船かと、艦長は照会を指示するが。

 これに、通信士が興奮した様子で報告を入れる。


「識別に応答無し! あのイージス艦は所属不明です!! 海自の船ではありません!! 東西米国艦にも該当なし!!」


 全長165メートル。全幅20メートル。

 高度な情報通信、迎撃システムである『イージス』を搭載。

 各種ミサイルを発射可能な100に近い垂直発射システムを備え、対潜攻撃火器も充実し、たった今巡航ミサイル(トマホーク)で水中の敵に一発喰らわせて見せた、最新鋭戦闘艦。

 その戦闘指揮所(CIC)では。


「さーてこっからよー……。ジャック、方位0-9-0へ全速力。お雪さん、ソナー監視、よろしくー」

『了解しましたわ、黒アリスさま』

『まっすぐでいいの、アマネちゃん?』


 金髪ミニスカエプロンドレスの黒いアリスが、火器のトリガーグリップを握って、イージス・ディスプレイ・システムの画面を睨んでいた。


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