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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-05 話とか色々大きくなり過ぎたのは誰のせいか
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0005:悪落ち魔法少女ではなく手段を選ばないだけでした

 遭難信号からの第一報によると、船は何か(・・)に激突したらしい(・・・)との事だった。

 東京から350キロ、同地点の水深は500メートル。例え船が丸ごと海中に没したとしても、船底を()るような物は、そこには無い。

 貨客船、ヘイヴン・オブ・オーシャンの規模からみて、クジラにぶつかった程度ではそれほど大事にはならない筈。ならば、どこかの潜水艦にでも突き上げを喰らったのか。

 超豪華貨客船の乗員乗客合わせて7000名という大人数を救助する為でもあるが、特に海上自衛隊は万が一の状況(・・・・・・)を想定して護衛艦を出動させていた。

 しかし、


「こちら海上自衛隊、海上保安庁救援隊、『つしま』の梅枝艦長であります。ヘイヴン・オブ・オーシャン、どうぞ」

『一刻も早い救助を願います! 最重要区画(バイタルパート)にまで浸水が――――――――――何かが激しくぶつかって――――――――――没します! 繰り返します、こちら――――――――――オーシャン! 一刻も早い救助を――――――――――』

「こちらは後10分の位置に来ています。ヘイヴン・オブ・オーシャン、何か攻撃を受けていますか? すぐに到着します。もう少し頑張ってください」


 救助艦隊旗艦のひゅうが型三番艦『つしま』艦長、梅枝一豊(うめえだかずとよ)一佐は、この任務がただの救助任務に止まらないであろう事を感じ始めていた。

 衛星通信システムも搭載している貨客船だけあって、遭難した時点からヘイヴン・オブ・オーシャンとの通信が途切れた事はない。

 その全てをリアルタイムで聞いていたが、ヘイヴン・オブ・オーシャンからの通信は、最初は冷静に、次に動揺と困惑が起こり、焦りと混乱がそこに混ざり、今は恐慌ただそれのみとなっていた。


「副長、対潜、対水上戦闘用意。僚艦にも通達を……」

「は!? 艦長!!?」


 100年前の第三次大戦以降、海上自衛隊が実戦を行ったという記録は公式には(・・・・)存在しない。

 当然、艦長である梅枝一佐も副長も、実戦経験など持ち合わせない。

 とは言え、副長が艦長の言葉に驚いたのは一瞬の事。

 遭難した貨客船からの通信を聞いていた副長以下全ての艦橋(ブリッジ)クルーは、艦長の判断を固いもの(・・・・)だと考えた。


「……了解(アイサー)。全艦、対潜、対水上戦闘用意。戦闘配置(バトルステーション)

「対潜、対水上戦闘準備了解(アイ)

戦闘指揮所(CDC)、砲雷長了解。対潜、対水上警戒開始します』


 船ごとに間隔を開けた菱形陣形を取り、旗艦である海上自衛隊のひゅうが型ヘリ搭載護衛艦『つしま』と海上保安庁のましゅう型を中心に置き、20隻を超える救助の艦隊が目的海域へと接近する。

 そして間もなく、哨戒ヘリのスポットライトに照らされ、大きく傾き船尾を浸水させた巨大な船体が見えて来た。


 直後、救助艦隊はヘイヴン・オブ・オーシャンを襲ったものと同じ、凄まじい衝撃に襲われる事となる。


                        ◇


 その1時間前。

 やや湯あたり気味に()で上がった雨音が、同じく幸せそうに湯気を上げているカティの髪を乾かしていた。放っておくと濡れたままで寝てしまうのだ、この(むすめ)さんは。

 ここ一カ月ですっかり世話焼きお姉さん――――――同い年――――――が板に付いてしまった感のある雨音だったが、まんざらでも無かったりする。妹のようなものだ。

 とりあえずは、それ以上の関係になるつもりもないが。

 ないのだ。多分。


「オ? 『オーシャン』が事故ってマスねー」

「え? なに??」


 雨音にタオルの上から頭を揉まれ、猫のように喉を鳴らしていたカティだったが、テレビで流れているニュース速報を見て人間に戻って来た。お帰りカティ。

 そして、何の事かと雨音がカティ越しにテレビを見ると、そこには『世界一の豪華客船遭難。海自、海保が緊急出動』とのテロップと、そこに被る『中継(LIVE)』の文字が。

 一瞬、真っ暗な画面でそれ以外に何も映っていないかと思ったが、カメラのアングルが左右に振られると、真ん中に船の一部らしきものが写り込む。

 ヘリからの中継映像らしく、被写体に焦点が合わず、映像がブレて細かい部分まで見えない。

 それでも、カティにはその船が何であるか分かるようだった。


「『ヘイヴン・オブ・オーシャン』デース。前に、乗った事ありマシタ」


 総領事として派遣されるほどの人物ともなれば、本国でも当然それなりの地位に居る人間という事になる。

 その娘さんであるカティーナ=プレメシス嬢は、れっきとしたお嬢様なのだ。最近の好物はテンプラ蕎麦だが。

 政治家(イコール)資産家、というワケでもないのだろうが、カティの家は私邸を見るまでもなく裕福である事が分かる。

 カティが言うには、2~3年前に太平洋を回るクルーズで、家族でその船に乗ったのだとか。


「クソつまんなかったデース…………。あの時アマネが一緒だったら、きっとサイコーだったデスねー」

「そうなの……?」


 何やら目を細めて達観したように言うカティに、雨音は多くを語らない。

 プレメシスさんの家庭事情は複雑だ。


「普段はほーたらたかし(・・・・・・)のクセに、その時はずっと一緒に過ごすように言われたデス! 話す事なんてねーデス! スゲー白々しくて息詰まりマシタ! せめてヒトリでお散歩だけでも出来れば、それなりに楽しいとこだったデスよ」


 面白くもない事を思い出し、頬を膨らませたカティは、その船がどれだけ巨大で魅力的だったかを語ってくれた。

 だからこそ、楽しめなかったのが余計に無念であった、と。


「へー、あたしみたいな庶民から見たら別世界ね。いくらかかるか知らないけど、チケット代出せても勿体なくてキャンセルしそうだわ、あたしの場合」


 本心から別世界の話だと思う雨音には溜息も出ない。映画か何かの話のようだ。

 カティの長い金髪の水気を取りつつ、首を傾げて見ているテレビの映像も、背景が暗い事もあってスケールがまるで掴めない。

 総じて、現実感に乏しい話に思えた。恐らくは一生乗る機会はあるまい。

 カティと一緒に船旅、というのは、想像するに少し楽しそうではあるが。

 ただこの件に関しては、海上自衛隊に海上保安庁が出ているのなら、雨音は遭難した人達が全員救助されるのを祈るだけであった。



「むっ!?」

「こ、今度はなに……?」


 少々恥ずかしい事も考えていた雨音は、カティの上げた唐突な声にビクリと背筋を震わせてしまう。

 カティはそんな後ろの少女の内心に気付かず、キッと表情引き締め。


「思ったデスけど……もしかしたらコレは魔法少女の出番じゃないデスか……?」

「…………へ?」


 突然何を言い出すのかと。

 少々面食らう思いの雨音だったが、すぐにカティの言わんとする所を理解出来た。

 無論、承服するという意味ではない。


「カティ……あのね、吸血鬼が出た時とは違うのよ。こう言っちゃなんだけど、アレはただの船の事故じゃない。自衛隊だって海上保安庁だって出てるんだから、あたし達が出しゃばる場面じゃないのよ」

「んゆ~~…………」


 (たしな)めつつ、雨音はカティの髪にドライヤーを当てる。当て過ぎると熱で綺麗な金髪が痛むので注意。本人より気を使っている。

 そしてカティは、じんわりとした熱を心地よく感じながらも、微かに不服そうな声を漏らしていた。


「それに、あたし達に出来る事って無くない? なんかあの船、6千とか7千人とか乗ってるって言ってるじゃん。あたしのブラックホークじゃ11人、この前みたいにイージス艦出しても300人くらいしか乗らないのよ?」

「エアクラフトキャリアーはどうデス!? アレならいっぱい乗りマース!!」

「無理よ、動かせないから。この前のイージス艦だって、オートメーション化が進んだ最新鋭艦だったからこそ、ジャックひとりで動かせたの」


 その時雨音は火器管制(FCS)のある戦闘指揮所(CIC)に居たので、機関やら操舵やらの操作はジャックが艦内を駆けずり回って行ったのだ。本当に便利である、マスコット・アシスタント。

 だが、その辺が限界であろう。

 空母エアクラフトキャリアーとなれば規模が違うし、いくらなんでも雨音だって、原子力機関のある乗り物なんて作り出したくない。


「だから、今回は海上自衛隊の皆さんにお任せするの。魔法少女とか能力者案件なら出る事も考えるけど、それ以外の事件ではあたし達は異物でしかないしね」

「んぅ~~! デモー! デモー…………!!」


 落ち着きのある調子で諭され、反論のしようが無いカティはベッドの上で身体を上下させる。

 以前からカティの英雄(ヒーロー)願望には危機感を持っていた雨音は、素知らぬ顔でこれを黙殺した上で、少しズルイ手に出る事にする。


「ほら、髪乾いたからもう寝よ」

「うー……まだ0時前デース。アマネ、そんなら『フロンティアハンテッド』やるデス」

「ヤダ、もう眠い」

「え? ……オゥ!?」


 手早く電気を消してしまうと、雨音はカティを布団の中に引き摺り込んだ。

 そのまま有無を言わせずカティを抱き枕にし、寝る体勢に持ち込んでしまう。

 枕元にあったリモコンでテレビも消し、翌朝には事件が解決するか、解決の目途が立っているのを期待したいところだ。カティがまたやる気を出す前に。


「ん……んぅ~~~~!! ここ、こんな色仕掛けにカティは惑わされんデスよ!! アーでもアマネ、超イイ匂いしマスー!?」

「うるさい。もう寝なさい……よっと」

「モムー!!?」


 胸の間で騒がれると、くすぐったくて仕様が無い。

 カティの気持ちを利用するようで雨音としても気が引けたが、何よりカティの為である、と自分を納得させての女体攻撃。

 柔らかくて温かくて優しい匂いの谷間に囚われ、これまでにない大ピンチにハマる猪武者(うりぼう)カティである。

 雨音の想定外に、粘りの抵抗を見せたカティであったが、どれほど悶えても結局は――――――自力で――――――頭を動かす事が出来なかったらしく、力無き抵抗は早々に終わってしまった。


(ごめんねカティ……でも、あんまり危険な事もさせたくないし)


 最近は、異常な事件や能力者に関わり過ぎて、少し危機感が薄くなって来たと雨音自身反省するところ。

 雨音だってこうなのだから、元々魔法少女の力を振るいたくて仕方が無いカティなど、完全に危機意識など、どこかに飛んでしまっている。元々カティは英雄気質であったとは思うが。

 だが、それは破滅への道であるのを雨音は知っている。

 ならば、どんな手段でもカティの気を紛らわせる事が出来るのなら、それも良いだろうと雨音は考えていた。

 その方法が根本的に、何かが変な方向に間違っている気がしなくもなかったが。

 


「ふえーん……アマネは悪女デース……。カティ、たぶらかされてマス……。でもそんなアマネもたまんネー……!?」

「まだ言うかこの娘は」


 抵抗を止めたカティは、雨音の胸元から頭を出して頬を膨らませる。

 本当に悔しそうなのがちょっと可愛いと思ってしまう雨音は自分が恐い。


「こ……コレで諦めたら……なんかカティ、正義の魔法少女として大切な何かがポッキリいっちゃいそうな気ガー……」

「いいじゃない。ほーらほら逃げられるもんなら逃げて見やがりなさい」

「むにゃー!!? あ、アマネそれは……ア゛~~~~~~~~!!?」


 輿が乗ってしまった雨音は、更に悪乗りしてカティの寝巻の中に手を突っ込んだ。

 ギリギリのところを繊細に絶妙に責められ、馴れない受け(・・)にカティは嬉し恥ずかし大ピンチで泣き笑いに。


「うぅ……ご、ごめんデース助けを待ってる皆サン……。カティは悪の魔法少女の誘惑に負けマシタ……。助けられんかったデース…………」


 そして、顔を真っ赤にしたカティは自身の敗北を悟り、その科白(セリフ)を一旦は聞き流した雨音は、カティを(さいな)む手を止めていた。

 その気にさせておいてお預けとは、あまりにも残虐非道な仕打ちに、カティは泣きながら文句を垂れる。


「あ……アマネ!? 今度は焦らしデス!? 寸止めデス!? な、何というまさにゲドー(外道)! どこまでカティを堕とすつもりデスか!?」

「い、いや…………」


 だが雨音は、カティの科白(セリフ)で冷静になってしまっていたのだ。

 我に返ると、今現在の自分が物凄く恥ずかしい。

 手を突っ込んでしまっている所もヤバ過ぎたが、この際カティの文句も無視である。とりあえず心の中で謝っておくが。


 ノリで言っただけかもしれないが、カティは『助けられなかった』と言った。

 自衛隊が動いた事で、雨音は完全に今回は出る幕が無いと決めつけてしまっていたが、果たしてそうだと言い切れるのか。


「ちょっと……カティ、ゴメン」

「ふえ……? な、何デス?」


 雨音は枕元のリモコンに手を伸ばす――――――――――のだが、何故か電源を消してから置いた筈のテレビリモコンが、その場にない。

 すぐにベッドの下に落ちているのを見つけたが、どうしてそうなったのかを思うと、また恥ずかしさが込み上げてくるので、考えないように拾い上げて電源ボタンを押す。

 すると、暗い部屋の中でパッと灯るテレビ画面の明り。

 映し出されたテレビ画面では、先ほどと同じように遭難事故の中継が行われていた。

 カティと二人で布団に入ったまま、雨音は中継されている傾いた船を注視する。

 ニュースでは海自と海保の救助艦隊が向かっているというが、まだ到着してはおらず、当然貨客船の乗客たちも救出されていない。

 海上自衛隊と海上保安庁の救助が到着し次第、乗員乗客の救助を開始する事となるのだろうが。

 

 もしも、『万が一』が起こり、救助が間に合わない、あるいは出来なかったら。


 気付いてしまえば、それは心配性な雨音にとって、無視の出来ない可能性だ。

 何かが起こった時、自分に何かが出来たかも、と雨音は後で後悔する事になるのではないか。

 そんなのどう考えても雨音が悪いワケではないだろうが、こうして考えてみれば、カティの言う事にも一理ある気がした。

 煮え切らない気分の悪さに、雨音はキュッとカティを抱き絞め、テレビ画面の映像を(なが)める。

 ()きあがった不安に、事故の映像を見ずにはいられない。

 その中に、漠然と何かしらの答えが無いかと探していたが、そんなモノが都合よく得られるとは、雨音自身思っていなかった。


 だが、その現場映像が引きの画(・・・・)になった時に、雨音は妙な(こたえ)に気付いてしまう。


「……これ、脱出ボートが出てなくない?」

「……そういえばそうデスねー」


 船の後部は、今にも海中に没しそうなほど下がっていた。

 船は浮くように作られていると聞いているし、雨音は船の事に詳しくはない。

 もしかしたら船の傾斜などが問題になって、ボートを海面に降ろせないのかもしれない。

 良く目立つ黄色の救難ボートは、船の横にズラリと連なって付いているままだ。

 避難誘導マニュアル的な理由で、脱出しないだけなのか、


 それとも、脱出出来ないワケでもあるというのだろうか。


 

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