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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-05 話とか色々大きくなり過ぎたのは誰のせいか
139/592

0004:文字通り水面下で進行中である

 世界最大級の超豪華貨客船、ヘイヴン・オブ・オーシャン。

 全長約360メートル、全幅約65メートル、高さは水面より約70メートル。乗員定数5000名。乗組員2000名。

 総客室数は約2700。ほぼ全室が海側に面しており、眺望を楽しめる。

 樹木のある船上公園を始め、上部甲板を丸々使った遊歩道(ボードウォーク)露天映画館(オープンシアター)、複数種類あるプール、遊園地、ゴルフ場、多目的スポーツコート、各種アクティビティ、ショッピングフロアやレストランフロアには種類も数も多様な店舗が有り、まさに海上に浮かぶ街といった様相を呈している。

 

 ヘイヴン・オブ・オーシャンは現在、世界一周クルーズの最中だ。

 ECヨーロピアン・コミュニティーから地中海を抜け、パナマ運河を通り、ハワイに寄った後、次の目的地である日本の神戸へと向かっていた。

 この時の乗客数は4800名。

 例外なく生活や仕事に不安を持たないセレブリティな人々であり、航海の度に当たり前のように大富豪や著名人が乗っている。

 特に今回は大富豪()著名人、歌手で俳優で大スターのトレイン=マスターズが乗船しており、東米国(モダン・アメリカ)のテレビ局も取材班を密着させていた。

 太平洋を往く豪華客船で、4800名は銘々に贅沢な船旅を楽しんでいる。

 海は静かで風も穏やか。空は雲ひとつ見られず、荒天の予兆も無い。

 プールでは子供が歓声を上げ、初老の男性がランニングコースで汗を流し、友人同士でアクティビティに熱中し、家族が美しい景色を見ながら食事を楽しみ、恋人達は全部そっちのけで客室にしけ込んでいる。

 この素晴らしい時間が続く事を、乗客も乗組員も誰一人として疑っていない。

 航海はこの空のように、向かう先に暗雲の欠片もない順調な物となる、筈だった。


 故に、それまさに青天の霹靂(へきれき)


 全く何の前触れも無く巨大な衝撃に突き上げられ、船内の人間達は例外なく空中に放り投げられた。

 鈍い轟音が響き、振動が巨大な船体構造全体を駆け抜けていく。

 電装系は一斉にショートし、あちこちで火の手が上がり、浸水警報の警報(アラート)が点滅し、悲鳴と怒声が船の中をいっぱいにした。


「何か……ぶつかったのか!?」

「れ、レーダーには何も……!?」

「船長! 船尾側左舷区画に浸水警報!」

「隔壁閉鎖! 内部の人間には今すぐ退避させろ! 保安部に全乗客の退避準備を指示! 遭難信号と救難信号を今すぐ発信! 全船内に非常放送を!」


 艦橋(ブリッジ)でも乗組員に怪我人が出ていたが、皆世界最大の貨客船を任された一流のクルーである。自分の怪我などよりも乗客の事、そして船の事を優先する。

 船長も即座に、万が一に備えて乗客を船から脱出させる事を考えていた。

 とはいえ、慌てて、しなくてもいい脱出をさせたりもしない。

 陸まではまだ遠い大洋の最中(さなか)。最大の豪華客船という事もあって救命ボートも屋根付きの立派な物が(そろ)っているが、ひとたび海に出れば命の危険が付きまとう。

 まだ状況が把握出来ていない事もあり、船が沈没を免れるのであれば、船上で救助を待った方が安全なのは言うまでもなかった。


『船長、こちら第5デッキ。クライミング中の乗客が落下。応急措置を受けていますが危険な状態です!』

「船長、浸水は止まりましたが船体が傾斜します!」

「排水ポンプを全機回せ! 救命ボートの準備は!?」

『船長、セントラルガーデンのエレベーターが停止! ヒトが閉じ込められてるとの事です!』

「副長! 船内で救助を指揮してくれ!」

「了解!」

『機関長より船長! 主機2、4、5番に異常! 一旦止めないと危険です!』


 そして、救助が一刻も早く来てくれるのを祈るばかりである。

 海上の楽園は一瞬にして修羅場に。艦橋(ブリッジ)も荒れていたが、多くの乗客がいたデッキの方は、それ以上の荒れ様だ。


「沈没する! 沈没するぞ!!」

「急いで救助ボートに乗れ! 全員は乗れないぞ!!」

「ママー!?」


 非常事態にあって流言飛語はアッという間にパニックを作り出し、セレブな方々は我先にと、ボートへ向かい走っていた。

 保安部員や船内アナウンスが冷静さを求めても、命の危機を前に信じられるのは自分だけという事なのだろう。


「落ち着いてください! まだ沈むとは決まってません! (いたずら)に脱出するのは命の危険があります!」

「救命ボートは全員乗れます! ですが乗り込むのはクルーの指示に従ってください!!」

「我々は皆さまの安全の為に全力を尽くします!」


 白い制服の上から黄色いライフジャケットを着込んだクルーが、大声で乗客に自制を求めていた。

 クルーの言葉は事実だったし、実際問題救命ボートは乗客だけでは動かせない。それに、改めて脱出する段となれば、目の前には見渡す限りの青い海が広がっている。

 行き場を無くした乗客たちの怒声が、ひとつトーンの落ちたどよめきへと変わり、救命ボート前に詰め掛けている乗客達へ波及していく。


 そこで、衝撃の第二波が船を襲った。


                        ◇


 日本時間午後4時56分。

 貨客船、ヘイヴン・オブ・オーシャンからの信号を受け、東京から約350キロ、八丈島から約100キロの海域へ、海上保安庁の沿岸警備隊と自衛隊の艦艇は救助の為出動した。

 海上保安庁は『しきしま型』巡視艇、海上自衛隊は『ましゅう型』補給艦、『ひゅうが型』ヘリ搭載護衛艦といった持てる最大サイズの護衛艦を中心に、20隻を超える救援艦隊を編成していた。

 遭難した船の7000名という人数を救助する為の大編成である。


 そして8時間後。日付が変わって翌日の深夜1時。

 

 現場海域に到着した沿岸警備隊と海上自衛隊は、誰一人想像も出来なかった異常事態に襲われる事となる。


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