0003:世界の大事よりもお風呂の超大事
謎の吸血鬼大発生が謎のまま収束した後、世間を騒がせていた数々の怪事件は、急速に人々の前から消えて行った。
人智を超えていた事件の多くを報道関係者が追っていたが、それら複数が、ある共通点を以って姿を消していた。
一部の人間の、知る人ぞ知る事実だ。
曰く、異常な事件消滅の影に、『黒いアリス』の存在あり、である。
そんな噂話の真相はともかく、ここ一カ月で多発していた事件など一時の夢の如く、今は何事も無かったかのように静かな夜が戻ってきていた。
とはいえ、それも表面的な話。
目立つ事はしないで立ち回る者。表に出辛い、または出る必要もない者。そもそも自分が能力者だと知らない者。
能力者達は、現在も変わらず存在している。
そして、その波動はすべての能力者達が等しく感じ取っていた。
◇
この日、世界の誰もが、この星のどこかで空気が変わったのを感じ取った。
動物達は一斉に耳を欹て、赤ん坊が全世界で一斉に泣き止み、全ての人間達はほとんど同時に、異和感を感じて辺りを見回す。
だが、どこを見ても異常なモノなど見当たらず、ほとんどの人間が自分の気のせいと自己完結させてしまう。
しかし、普通の人間とは違い、魔法少女達にはハッキリと感じ取れていた。
「…………なに、今の?」
「うぅ~!? なんか今ゾクゾクしマシた! 気持ち悪いデース! 前見えマセーン!! アマネー!!?」
「ちょっと待ちなさい流してあげるから。て言うか自分でどうにかしなさい」
その波動が通り抜けていった丁度その時、頭を洗っている最中のカティが、目を開けられず泣き声で助けを求めていた。
いったいウチに泊まりに来るまでどうしていたのかと雨音は思わずにいられないが、聞いてみると、頭を洗う為だけに美容院に行った事も二度や三度ではないとの話。
道理で、ズボラな生活をしていたくせに長い金髪にも隙が無い筈である、と溜息混じりに思う雨音は、『自分でやれ』と言いながらも、カティの頭のシャンプーを洗い流してあげていた。
つまり、カティの願望通りに、雨音はカティと入浴中である。
女同士だし何の問題もない。ないのだ。
「うー……ありがとうデース、アマネー。ウップス! カオが濡れて前が見えまセンね……タオルタオル」
「タオル? ほぅら喰らいなさい」
「オウチッ!?」
胸に伸びる手を掴むと、雨音はカウンター気味にカティの顔面にタオルを擦りつけていた。読めないとでも思ったのかアホめ。
「むー…今日もアマネはスキ無しデース……。今日のトコはアマネのヌードだけでヨシとするデスよ」
「せめて本音は隠さんかい」
呆れ顔で言う雨音に、カティは明日に希望を繋ぐニヒルな微笑で湯船に潜った。リンスインのシャンプーなので、トリートメントしていないのは良いとして。
雨音はカティの熱視線を素知らぬフリで、手早く身体を洗ってしまうと頭に移り、シャンプー中で見えないのを良い事にイタズラしようとするカティへシャワー攻撃をかまし、自分の事はさっさと済ませて湯船に入る。カティの世話も焼いていたので、いい加減寒い。
「あ゛ー……カティ、大人しく入ってないなら『アイスエイジ』の刑よー」
「ま、まだ水冷たいデース!?」
湯に浸かり気の抜けた顔で絶対零度の予防線を張る雨音に、こっそり背後に回って乙女コミュニケーションという名のセクハラを働こうとしていた小型金髪娘は、文字通り脊筋に冷や水をブッかけられる思いだった。
『こっそり』と言っても、雨音の家は古米総領事の私邸と違って普通の家庭に普通の家だ。風呂や湯船の大きさだって、二人で入ればどうしたって軟肌同士が触れ合う。カティにとっては本当にありがとうございマース、と言ったところ。
とにかく、雨音にはカティの動きなど丸分かりである。
「はうぅ……せっかくアマネとハダカのお付き合い……。後ろから密着したりオッパイ揉んだりオンナノコ同士でキャッキャウフフしたいデスのにー……」
あまりにも明け透けなカティの呟きに、流石に雨音も言葉が無い。しかもこの金髪娘、本気で落ち込んでいる。
「カティ……アンタあんまりヤバい事すると、ウチ出禁にするわよ……」
無いとは思いたいが、一線を超えないように釘を刺すつもりで言った雨音の科白。
だが、これには雨音も即座に反省する事となる。
「ふぁあああああああん! ごめんデース! 追い出さないデー!!」
「じ、冗談……じゃないけど追い出したりはしないわよ! ただ女の子同士でも過ぎた触れ合いは慎もうって話で――――――――――!!」
仮にも家出して来た娘に言う事ではなかった。
カティの交友範囲は決して広い方とも言えない。
資金力はあるし、いざとなれば魔法少女の巫女侍モードで危険も回避出来るだろうが、それでひとりっきりにしておいて良い少女ではないのだ。
高校一年生とは思えない子供の様な泣きっぷりに、泣かせた方の雨音は追い詰められた形。今回は非が無いとも言えないので、なおの事。
雨音は一人っ子だが、妹を泣かせるとこんな感じなのか。
「……悪かったわよカティ。ゴメン、あたしが悪かった」
「ふぇええ……アマネにキラわれたくなイィ……」
「どうしてそうなっちゃうのよ、もう…………」
「ヒーン……! グスッ……」
泣く子に処置無し、と湯船の中で項垂れる雨音は、是非もないと自分に言い訳し、カティの身体を抱き寄せる。
「…………へ? アマネ?」
「……こうしましょう。あたしが触る分には可、という事で」
雨音は脚を開くと、その間にカティを据えて自分に椅子のように凭れさせた。カティが雨音の懐にスッポリ収まる形だ。
当然、雨音の平均サイズな胸がカティの背中に当たる事に。
「フ……フォウ!? ま、まさか逆に当てて来るとは……流石はアマネ、どこまでも攻めてきマース!?」
「カティの好きな肌の触れ合いでしょ? このへんで我慢しときなさいよね……」
「ガマンなんてとんでもないデース……アマネダイスキー!!」
「ちょ!? こっち向くな!!」
色々と感極まった半泣き――――――今度は嬉し泣き――――――のカティが、振り向いて真っ正面から飛び付こうとするのを、慌てた雨音は強引に肩を抑えて湯船に沈める。
雨音だって、今顔を見られるのは拙いのだ。




