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いまさら魔法少女と言われても  作者: 赤川
Wave-05 話とか色々大きくなり過ぎたのは誰のせいか
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0001:気が付けばFNG

 世間は、夏休みの最中である。

 見上げるほどに濃さを増す紺碧(こんぺき)の空に、数キロから十数キロいう高さまで立ち昇る巨大な積乱雲。

 ここ100年で数を増やしたアブラゼミが大合唱し、やる気を出した太陽が地上を真っ白に染め上げている。

 剥き出しの地面は溜め込んだ熱を返し、陽炎が景色を揺らしていた。

 気温は40度近く、湿度も非常に高い。

 緑が多く自然豊かな場所だが、何日も雨が降っていない為に、僅かな風でも砂煙を舞い上げる。

 そんな所に、何人もの戦闘靴(ブーツ)が駆け足して行き、更に細かい粉塵を蹴り上げていった。


 ところは山梨県南都留(つる)忍野(おしの)村、北富士駐屯地。富士裾野訓練地域。


 過酷な実戦を終え、損耗した自衛隊は未だに再編成の途上にあったが、危機は何時(いつ)また(・・)やって来るか分からない。


 陸上自衛隊東部方面隊第1師団第32普通科連隊第6中隊。

 その第1小隊は、現在部隊訓練評価隊、通称『富士訓練センター』での訓練の真っ最中だ。

 第1小隊を構成する3分隊28名は、()炎天下の中、剥き出しの地面を89式小銃――――――3.5キログラム――――――を両手で構えた姿勢でランニングしている。

 だが、


黒衣(・・)! 何をやっとるか走り続けろ!!」

「歩くな黒衣!」

「しっかり抱えろ黒衣! 小銃を下ろすな!」


 ここに、自衛隊員に混じって訓練を行っている29人目が居た。

 

「ヒッ! ヒィッ!? し、死ぬ……死んじゃうゥ……!」


 近年では女性自衛官の存在も珍しくはない。

 しかし、共に走る自衛隊員、そして(きび)しい目を向ける中隊長に叱咤(しった)され、今にも死にそうな様子で走っている女性は、自衛官ではなかった。


 身長170センチ前後で、周囲が黒髪の坊主頭ばかりなのに対し、彼女は胸の高さまで来る銀色混じりの金髪。

 手足は良く伸び、一見細身だが出る所は出たメリハリのある体型(スタイル)に、胸元が開いて谷間が強調され、屈めば見えて(・・・)しまいそうなミニスカートのエプロンドレスを(まと)っている、のだが、今はその上から迷彩色の防弾チョッキ3型(ボディーアーマー)を身に付け、更にその上からマントに似た黒いコートを羽織っている。当然、重ね着で殺人的に暑い。

 普段はガンメタルシルバーのリボンを着けている頭部も、同様に迷彩色の鉄兜――――――と言っても鉄製ではない――――――が(おお)い、ニーソックスの足元は、他の自衛隊員同様の戦闘靴(ブーツ)となっている。

 そんなチグハグな格好をしている少女(・・)

 普段は冷めた(クールな)眼差しの美貌を疲労と炎天下で汗だくにし、過酷過ぎるしごき(・・・)に耐え兼ね情けない泣きっ面になっているのは、


黒衣アリス(・・・・・)、遅れているぞ! もう一周追加だ!!」

「ぅぐッ!? ぅ……うわぁあああああああん!!?」

「泣くな黒衣ー! もう一周追加するぞ!」


 魔法少女、『黒い(・・)アリス』に変身した旋崎雨音(せんざきあまね)であった。

 

 これは吸血鬼の一件で自衛隊に酷い事をした(たた)りか何かですか。でも、先の怪獣騒動では目一杯貢献したじゃありませんか。それで許してくれませんかね。

 誰に懇願(こんがん)するでもなく、黒アリスは朦朧(もうろう)とした頭で思う。



 魔法少女と言ったって、雨音は普通の高校一年生だ。体力は恐らく、人並かやや下。

 と言うか、似非(エセ)魔法少女である。

 『ニルヴァーナ・イントレランス』なる謎の存在により、『コンポーネント』という特殊な能力を与えられた能力者達。

 その能力は、個人の希望と言うか欲望と言うか、そういったモノを肥大化させ、特化した特殊能力として発現させる。

 その為に万能なモノにはならず、場合によっては手品程度の能力に(とど)まっていた能力者も雨音は見て来た。その手品(・・)で、女の子達がえらい事になっていたが。

 他方雨音の能力は、ある意味で汎用性があるが、少なくとも超人的な体力や膂力(りょりょく)を授けてくれる、某巫女侍(ミコサムライ)の様なモノではなかった。

 体力的にはただの高校一年生でしかない黒アリスの雨音が、自衛隊の訓練なんかについて行ける筈が無い。


 ところが現実はこの通り。

 貴重な高校一年生の夏休みを、中隊長の三等陸佐殿の直々の監視の下、自衛隊の地獄の訓練で盛大にブッ潰しているとなれば、そりゃ泣きたくもなるだろう。

 

「ぅう……せっかく、生き残ったのに……なんで、こんな、事に…………」

「無駄口を叩くな黒衣! 集中しろ!!」

「い!? イエッサぁあ……!」


 おっかない鬼軍曹、ではなく三佐に怒鳴(どな)られ、小心者の黒アリスは泣き声で応えていた。

 やたら重い小銃(ライフル)を抱え、空気ごとローストされているかのような暑さの中、軍隊式に尻を蹴飛ばされて、デスロードに脚を引き摺る黒アリス。

 何故(なにゆえ)こんなヒドイ事になっているか。

 それを説明しようとすると、話せば長く、事の起こりから順を追って話そうと思えば、ひと月以上前にまで(さかのぼ)らねばならない。

 吸血鬼の大量発生とは比較にならない大事件。

 いや、災害や天災と言って良いその出来事の発端は、雨音や親友のカティがのほほんと過ごす日常から遠い所で、少しづつ進行していたのだった。

 その頃の雨音の日常は、とても『のほほん』としたモノとも言えなかったが。


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