0029:これでもまだ平和な方
存在自体が無法の能力者――――――魔法少女――――――との接触は、多かれ少なかれ波乱があった。
巫女侍、吸血鬼の女王、防波堤の鎧武者、ハイレグビキニのカウガール、チビッコ魔法少女刑事、それに黒いアリス自身。
法と社会が人間に与えてくれる、秩序とか信頼とか安心というものを、感じずにはいられない。
無法の荒野では自分以外に、信じられるものなどありやしないのだ。
友人はまた別として。
◇
お嬢様学園である雅沢女子学園。その高等部生徒会長の荒堂美由の拉致誘拐事件から数日後。
日本国内で邦人を拉致し、警官隊を攻撃した部隊だが、逮捕された兵士51名全員は取り調べに対して一切何も言わずに黙秘を貫いている。
公安部の持っていた誘拐実行犯の情報から国籍は分かっていたが、それを糾弾された某国政府は事件との関与を一切否定。どれほど明確な証拠を突き付けられても、態度を硬化させるだけであった。
知らぬ存ぜぬを決め込んで、兵士は使い捨て。国力と人口、政策を見てみれば、代わりはいくらでもいる、という事なのだろう。
小さな街のコンクリート工場で起こったド派手な事件にマスコミは加熱していたが、ほとぼりが覚めた頃に、いったいこの件が水面下でどんな動きをするのか。
所詮ただの高校生でしかない雨音には、政治的決着の結果など、知る由もないのだろう。
◇
事件から数日後の、雅沢女子学園での留学生交流会。
雨音たちの学校に在籍する留学生代表として、カティーナ=プレメシスは他の生徒と共に、この乙女の園を訪れていた。
純粋なお嬢様方に囲まれ、カティがどんな話をして何を聞いたのか。
留学生の一団とは別に雅沢に入った雨音はその場にいなかったので知らないが、その後のカティの居心地が悪そうな様子と、甘ったるい物を飲み込んで胸が悪くなった顔をみれば、おおよその見当はつきそうなものだった。
だが、
「いったいカティをどんな目に遭わせてくれた……んですか?」
実際に聞いた方が面白そう――――――――――ではなく、確実だ。
交流会の後、初めて雨音に素顔を見せた生徒会長は、交流会にて可憐な容姿と総領事のひとり娘というステータスをお嬢様方からお上品に褒めちぎられたカティの、一部始終を語ってくれた。
◇
雅沢女子学園高等部生徒会室。
生徒会長に用事。約束あり。という事で教員に案内されて来た雨音。
中で待つように言われ、誰もいない広い空間で所在なくうろつく事約10分。
交流会が終わる頃に合わせて来て欲しい、との要望通りに来たので、それ以上待たされることなく、生徒会長もやって来た。ふたりの女子生徒と一緒にだ。
ひとりは、何かひどく甘ったるい物を飲んで胸焼けでも起こしたような顔の、カティーナ=プレメシス。
もうひとりは、見覚えがあるようで見覚えが無く、やっぱり見覚えのあるような感じの、黒髪ポニーテールの女子生徒だ。
姿勢が良く、ついでにスタイルも良く、綺麗だが凛々しい顔立ちの少女だった。
妙な既視感を覚えて言葉に迷う雨音だったが、生徒会長に紹介されて合点が行く。
「……マジでか」
「コチラさんが、あのネイティブ侍デス?」
女子にモテそうな凛々しいポニーテールは、赤備えの鎧武者魔法少女、島津四五朗の武倉士織といった。
「こんな回りくどい事をせず、最初に素直に名乗っておけばよかったのです。そうすれば、あんな大騒ぎにお二人を巻き込む事もなかったのでは?」
「いやいやいや、わたしが悪女っぽい勘違いをさせたから、二人が助けに来てくれたのよ」
「ワケが分かりませんが。いっそお二人に確保されてふざけて怒られて撃たれれば、もう少し行動にも慎みが産まれたのではないでしょうか。普段の猫かぶりではなく」
呆れたようなポニテ少女の視線に射られ、生徒会長は淑女の笑みをイタズラ小僧――――――小娘――――――の顔に変え、舌を出していた。
まさかセットのように、ここで二人の魔法少女の正体を知らされるとは思わず、雨音も驚いたが。
「あれ? でも生徒会長と武倉さん、吸血鬼が大量に出た時に知り合ったって言ってませんでした?」
短いやり取りしか見ていないが、荒堂美由生徒会長とポニテ麗人の武倉士織は、随分砕けた仲に見える。
「ストーン殿と知り合ったのはその頃ですが、生徒会長とは少し前に…………」
「実は知り合ってから割とすぐに気付いてたのよね。四五朗が剣道部で一番人気の娘だって」
「じゃカティは?」
「去年の総領事館のクリスマスパーティーで、父と一緒に総領事にご挨拶したときに、お嬢様にもお目にかかってたから」
どちらも口調で分かったらしい。
それに、良い意味で馴れ馴れしいのは、どうやらビキニカウガールでなくても同じなようだ。
「それに、巫女侍ちゃんは自分で『カティ』って名乗ってたしね」
今度は雨音の射殺すような視線が、明後日の方向を向くカティの背中を撃ち抜いていた。
案の定、といった理由である。おまえだから散々気を付けろって言っただろうが。
「黒アリス殿と勝左衛門殿には感謝します。こんなのでも生徒会長なので、何かあれば悲しむ娘もいるのです」
「いやー……この気持ち良いくらいにバッサリ斬ってくれるのが、流石剣道部のアイドル」
「お二人の前で『アイドル』とか言うのはやめてください」
「ごめんなさい……あたしも、この格好の時に『黒アリス』とか言うのは許して下さい」
当然ではあるが、一同に会する魔法少女達は、全員が変身してない素の状態。
こんな状態で、『黒アリス』と呼ばれているのを他の誰かに聞かれるのは、すぐに雨音と関連付けられたりはしないだろうが、心臓に良い話ではない。
これ以上誰かに魔法少女バレするのはゴメンであった。
◇
先日の戦争のような拉致誘拐騒ぎは、自分ではなく父が本当の目的だったのだろうと荒堂美由は語った。
ひとつの国の軍隊に狙われるなんてどれだけ影響力があるのだと、一般的小市民でしかない雨音は溜息が出る思い。
そして、誘拐された当人は勿論だが、そんな現場に居合わせた雨音やカティと、魔法少女とぶつかる事になった某国の部隊。
誰にとっても不幸な出来事だった。いずれも自業自得とも言えたが。
そんな災難にブチ当たっていても、振り返れば、雨音には幾多も遭遇する事件のひとつに過ぎなかった。
法や秩序の安全装置が無い者同士が接触する時、そこには何の保障も存在しない。
食うか食われるかのサバンナ、あるいは無法の荒野か。
「こらー! 近所迷惑でしょうがー! 止めんかー!!」
ここは、サバンナでも荒野のウェスタンでもコンクリート工場でもない、海の上。
相模湾の南。伊豆半島の東にある、東京都の都心から南に約120キロ地点にある、東京の島。
大島。
ネットで噂になっていた『謎の海賊船』を追い、雨音とカティは魔法で出した兵員輸送ヘリに乗って、こんな所までやって来ていた。
そこで目撃したのが、超巨大戦艦と木造海賊船の海戦。
正確に言うと、大和型戦艦、全長約260メートルと、ガレオン戦船、全長約37メートルの、大砲の撃ち合いである。
片や鋼鉄の大艦巨砲主義、片や大航海時代の海賊船と、どれをとっても勝負になるとは思えないところ。
だが、どちらもまともな手段で生まれた存在ではない。
巨大戦艦から放たれる無数の砲火から、海賊船はあり得ない機動力で逃げ回る。
そして戦艦に肉薄すると、海賊船は近距離から舷側砲を一斉に放つ。
戦艦は逃げられず、その巨体に15.5センチ砲弾を大量に喰らうも、装甲が多少へこむ程度の被害に止まった。
「アハハハハハハハ! その程度でこの不沈艦大和級二番艦『武蔵』が沈むものか! 帝国海軍バンザーイ!!」
「うっせーノロマの鉄クズがぁ!! もいっぺん沈めッ!!」
「木造船なんて紙の装甲よ! 全砲発射ー!!」
「チキン野郎がー! ぜってー引っ張り出して沈めてやるからなウラー!!」
舷側に立ち高笑いを上げる白い軍服の女性と、マストの上から怒鳴る褐色肌の女性が喧々諤々とやり合っている。
そうしている間にも、巨大戦艦と木造船は砲を撃ち合い、結構な数の流れ弾が間近の大島にも飛んでいた。
最初は馬鹿馬鹿しくも壮大な海戦を呆気に取られて見ていた雨音とカティだが、流れ弾の一発が東京から大島への定期船近くに着水。
見かねた黒アリスは両者に接近し、拡声器――――――銃扱いだった――――――で軍服と褐色に怒鳴りつけたのだが。
巨大戦艦の12.7センチ連装高角砲、6基12門が一斉に雨音――――――輸送ヘリ――――――の方を向き、対空攻撃を開始した。
「ギャー! 撃って来たデース!?」
「ジャックー! 退避ー! 退避ー!!」
間近をヒュンヒュン飛んでいく対空火砲から、黒アリスの輸送ヘリ《ブラックホーク》は大慌てで転がる様に逃げ出す。
空中で姿勢を崩し、一時は墜落するかと思われたが、既にベテランパイロットの域に足を突っ込んでいるジャックの操縦技術によって立て直し、九死に一生を得た。持つべき者は、マスコット・アシスタントである。
そのまま輸送ヘリは一時大島へ。
振り落とされないように巫女侍に抱きついていた黒アリスは、輸送ヘリが海岸に着地するまで青い顔でそうしていたが、落ち着いて来ると、顔色は青から赤へ。
「止めろって言ったでしょうがボケどもがー!!」
そして、イージス艦を作り出した怒れる黒アリスは、海賊船と巨大戦艦、隣接する双方へ迎撃ミサイルと対艦ミサイルの総攻撃。
イージス艦内の戦闘指揮所よりコントロールする黒アリスは、その全てのミサイルを目標の至近距離で自爆させ、白い軍服と褐色肌の馬鹿二人を海中へと吹き飛ばしていた。
能力の詳細やその使用に関して、雨音は何かを言う資格はない。正義の味方でも警察でも海上自衛隊でも沿岸警備隊でもないのだから。
それでも、イージス艦の大火力、というか、そんな兵器をいとも簡単に作ってしまえる凄まじい能力を背景に、黒いアリスは海中に叩き落とした二人にひとつだけ警告させてもらう。
「また人様に迷惑かける能力の使い方をしたら………………次はステルス爆撃機で海域ごと戦術爆撃するわ」
イージス艦の舳先で仁王立ちするミニスカエプロンドレスの黒アリスに、沈みかけた船に縋りつく褐色肌の海賊と白い軍服の女性は、白旗を上げポツダム宣言を受諾していた。
こんなものは一例である。
その後も雨音は、犬の国となった千葉県のテーマパークを解放し、首都高を暴走するスーパーカーのボンネットを撃ち抜き、総武線を我が物顔で走る蒸気機関車を装甲列車で砲撃。
途中から行動の趣旨を見失っていた感があったが、ハタ迷惑な能力者と能力を捨て置くのも気分が悪く、可能な限り穏便に――――――結局ド派手に――――――排除していった。
「おっかしいなー……単なる調査の筈だったんだけど。何か気付いたらあっちこっちで戦争している様な…………」
「戦争ちゃうデース。アマネも正義の魔法少女として、悪を倒してるだけデース!」
今夜も、黒いアリスは無人偵察機を従え、巫女侍と共に魔法の現場に出動中。
今回は、女の子が急にアマゾネス化する現象、の追跡調査中である。
何を言ってるか分からねーと思うが以下略。
『黒アリスさま、女性達が建物の中に入りました。住所は――――――――――』
「そこが当たりかしらねぇ……。インドアかー……ヤダなぁ」
吸血鬼騒動時を思い起こさせる変貌をした女性を追い、無人攻撃機が監視を続けていた。
カティのマスコット・アシスタントのお雪さんからの報告を受け、渋い顔の黒アリスは高層ホテルのヘリポートから現場を観察する。
「アレくらいなら何人来てもせっしゃの敵じゃないデース。黒アリスさんはガッチリ用心棒しマース」
「とりあえず、様子見だけだからね?」
巫女侍に変身したカティは、やる気十分と大刀を肩に乗せて踏ん反り返っていた。
どうにも、一連のアマゾネス化事件の裏には能力者らしき男の姿が見え隠れし、強く美しい女性を侍らせ、ギャングかマフィアのような集団を形成しているらしい。
脅威度で言えば吸血鬼の比ではないが、もしも戦闘状況となった時、雨音ひとりだと少し荷が重い。
カティがいると、こういう時本当にありがたかった。
「カティ」
「へ……!? どうしたデス?」
珍しく変身状態の所を本名で呼ばれ、巫女侍が勝気な吊り目をまん丸にしていた。
普段は雨音の方が、カティに気を付けるように口酸っぱく言っているのに。
「別に……ただ、危ない事はしないようにね、って。こんな事しといて、『しないように』も何もないと思うけど」
室内戦闘を想定し、雨音の魔法の杖が爆音を立てて、短機関銃を作り出す。
その他、拳銃のM8045を2丁、ソードオフショットガン、それにテイザーガン。
手慣れて来たなぁ、と思いながらも、雨音は不安を払拭できない。
それはそれで、本人は良いと思っているが。
「カティ、お願いだから……あたしから離れないで。絶対にあたしの所に戻って来て。お願いね?」
「そ、それはもちろんデース! カティはいつだってアマネの横にいますネー」
雨音に『お願い』されたのがよっぽど嬉しいのか、変身して大人の女に変身したクセに、雨音に抱きつくカティの笑顔は小さなカティそのままだ。
頼もしいと思えると同時に、一緒に居てホッとする。
カティが喜ぶなら、それだけでもこんな事に手を出す意味もあるのかもしれない。
無論、危険なんて無いに越した事はないが。
「じゃ、明日の平穏の為に今日無理するとしましょうかね」
「ハーイ! それじゃーアマネ、いっくデスよー!」
「は? あ、いや階段……階段使って降りるわよ。階段使うから! この高さはいくらなんでも怖いからちょっとカティィイイイイイ!!?」
最近の定番のせいか、巫女侍は当たり前のように黒アリスを抱き抱えると、制止も聞かずにホテルの屋上――――――10階建、約40メートル――――――から直で地面へと飛び降りた。
後で、きっちりお仕置きはした。




