0028:ハインドと共に去りぬ乗っていなかったが
当初、その報告は全く本気にされなかったが、近隣住民からの「ヘリが空から撃ちまくっている」、「戦争しているみたいな音がする」、「爆発音が何度も聞こえる」等の通報が山ほど寄せられたことにより、県警と警視庁、それに警察庁の上層部はようやく、「コンクリート工場にて国籍不明の軍隊から攻撃を受けている」という現場からの報告が事実であるのを理解していた。
しかし、なぜ誘拐事件がそんな事に。
そうでなくても公安部と刑事部の主導権争いやら、警察庁が出てくるわと指揮が混乱しまくっていたところなのに、ここで軍隊がどうとかいう話になれば、今度は自衛隊まで絡んできかねない。
結局、対応の協議で揉めて遅れたくせに、応援は各方面が「最大限に派遣する」という何とも曖昧な方針と相成り、最寄りの警察署が署員を総動員してコンクリート工場へ派遣していた。
「フハハハハ侵略者どもめぇええ! この那珂多浩史が現職でいる限り! 日本の土地を踏ませはせぬわぁ!!」
「那珂多さん!!」
「巡査部長!!」
とっくに踏み込まれているのだが、それを突っ込む無粋な警官は、そこにはいなかった。
県警割桐署。
現場であるコンクリート工場を目前にして、警察の応援第一陣を率いるのは、同署の那珂多巡査部長だ。
普段は穏やかで気の優しい町のお巡りさんだが、その心には警察に入る以前からのヒーロー願望がフツフツと煮え滾り、爆発する機会を常に窺っていた。
そして今回は、既に臨戦態勢。
こうなると頼もしいと皆が知っており、士気の高い警官たちも、ベテラン警官(ハードモード)に続いて行く。
過去の事件と名誉の負傷、その活躍から、那珂多巡査部長は鉄火場でのカリスマと化していた。
その中にあってただ一人、直属の部下である古家だけは、リミッタの外れた上司の姿に、乗り気ではない顔をしていたが。
「よーしひとり残らずブッ叩きに行くぞぉおお!!」
「オオオオ!!」
「逮捕だぁあああああ!!」
防弾チョッキにヘルメット、拳銃、ショットガン、警棒、さすまた、防弾盾。
重武装の那珂多巡査部長は警官達を率い、映画でやるようにショットガンに弾を送り込んで、コンクリート工場へと走り出す。
直後、超低空を掠めるように飛んで来た攻撃ヘリの暴風によって、警官一同は地べたを転がっていた。
◇
念の為に砲塔を引っこ抜いておき、装甲車は3台全て攻撃能力を失った。
装甲車に乗ってコンクリート工場に攻め込んで来た歩兵は全滅。最初に荒堂美由を拉致誘拐した犯人グループも、コンクリート会社5階事務所で警視庁特殊犯(班)と県警機動隊と殴り合いの上に共倒れになっていた。
「大丈夫ー!? メガネ刑事さん!」
ミニスカエプロンドレスがくたびれ、シルバー混じりの金髪もホコリで汚した黒アリスが、防弾盾を被って亀のように蹲るチビッ子魔法少女に駆け寄る。
「なんちゃってカウガール、討ち死にしたデス?」
装甲車の上に座っている巫女侍は、胡散臭そうに地面に大の字になっているビキニ姿のカウガールを見降ろしている。初めて会った時から、何やら古米国出身のカティーナ嬢は日本産カウガールに物申したい事があるらしい。
「に、二階級特進する所だった……」
7.62ミリ弾を防弾盾の上から山ほど喰らったチビッ子魔法少女は、抱き起こされて雨音に寄りかかっていた。カティ(ノーマル)よりも更に小さいので、黒アリスの胸にスッポリ収まる。
「む……ぐぅ……」
巫女侍がジェラしく頬を引き攣らせるが、ご主人様大好きで嫉妬深い子犬系金髪少女も学習したのか、いつかのように雨音に飛び付いたりはしなかった。
だが
「黒アリスガール……戦いに疲れ切ったわたしも、そのマシュマロオッパイで癒してー!!」
「なー!? ぎゃー!!?」
「ぐムゥ!!?」
ビキニのカウガールが馬を起こしたかと思うと、黒アリスと魔法少女刑事へ向かって、良い笑顔で飛び付いてた。
「ムギャー!? お前何してマスかー!!?」
「アハハハハハ! ヤべー面白かった!! これだから魔法少女止められんわい! ヤーハー!!」
黒アリスに抱き付き、大笑いするビキニカウガール。
それを見てリミットを振り切った巫女侍が引き剥がしにかかり、チビッ子魔法少女は4つのオッパイの中で断末魔状態だった。
「ワァアアアン! 離れるデース離れるデース! 黒アリスさんはカティのものデース!!」
「ん~? 良いわよー、ストーン姉さんは一度に2人でも3人でも」
巫女侍が半泣きでビキニのカウガールに掴みかかると、ニヤリと腹黒い笑みのカウガールは、早撃ちの如しハンドスピードで巫女侍の腰を、というかその下を捉えた。
「ピャア!? き!? き、キサマどこ触ってやがるデスか!? 黒アリスさん以外は不許可デース!!」
「ほうッ!? これはなかなか食べ応えのあるオシリで……!」
「いい加減にしなさいお前ら! 刑事のお姉さんがヤバい!」
胸の中で危険な痙攣を始めたチビッ子魔法少女の様子に、黒アリスは強引にビキニカウガールと巫女侍を押し返す。
「ちょ!? お姉さん!!? せっかく生き残ったのに腹上死とか止めて!!」
一体どれほど呼吸停止状態が続いていたのか。魔法少女刑事の可愛らしい顔が青紫になっていた。
「ヤダもー黒アリスちゃんたら腹上死だなんてヤッターエロいー!!」
「お黙りエロガール!」
黒アリスも混乱していたのだ。今もだが。
エロガール呼ばわりされてなお一層の爆笑を見せるビキニカウガールを他所に、少々可哀想だが背後からヌイグルミのように抱き絞めて離さない巫女侍も放っておき、必死な黒アリスはチビッ子魔法少女の頬をペチペチ叩いて引き戻す。
せっかく軍隊相手に生き残ったのに、今死なれたら雨音が自分の胸で殺したようなものではないか、と。
「――――――――――ハッ!? ちょーさんが……!!?」
だが、その甲斐あって魔法少女刑事のお姉さんは、見事に蘇生を果たしていた。黒アリスも一安心である。
どうにか無事(?)に生き残った黒アリス、巫女侍、ビキニカウガールにチビッ子魔法少女刑事。4人は、あちこちで炎や煙を上げ、兵士が無造作に倒れている戦場となったコンクリート工場を見回していた。
一帯を威圧感と盛大なローター音で支配していた攻撃ヘリは、コンクリート工場を離れた後に雨音によって消されていた。あんな派手な物では逃げる事だっておぼつかない。
「これは……後片付けが大変ね。あなた達、怪我はない?」
チビッ子魔法少女が大人びた顔で、他の魔法少女のメンツを見る。大人びるも何も、中身は最年長であるが。
「生きてます……今回は流石にアカンと思いましたけど」
終始いっぱいいっぱいで無我夢中な黒アリスだったが、どうにか一発も喰らわずに生き延びた。
とはいえ、危ない場面は何度かあったし、エプロンドレスもあちこち薄汚れている。
「勝左衛門は? 怪我無い?」
「だいじょぶデース」
火力ばかりで機動力に乏しい黒アリスとは違い、巫女侍はほとんど汚れていなかった。当然、怪我もない。
「オバサンのおかげで死なずにすんだわ。いーやー感謝感謝」
「……何故かしら、全然感謝されてる気がしない……」
「あれー? わたしは別にトリアちゃんの事だなんて言ってへんよー」
ニヤリと笑うビキニカウガールに、中身は大人な魔法少女刑事は努めて平静を装っていた。震えるその手はリボルバーに伸びていたが。
約一名が撃ち殺されそうになっていたが、全員怪我も無く生存。
よくもまぁ軍隊相手に素人がほとんど無傷で生き残ったものだと黒アリスの雨音は思うが、映画などではこんな場面で、敵の生き残りに撃たれたりするのだ。
まだまだ油断出来ず、放っていた対物狙撃滑腔砲を拾い上げる。
「じゃ、警察の方ももう大丈夫そうだし、あたしら帰るんで。行くわよ勝左衛門」
「お……みんなはどうやって迎えに行くデス?」
「え? あ、ちょっと待って!」
ちょっと目的を忘れかけたが、そもそも雨音は黒アリスの――――――また巫女侍の――――――正体を知っているとわざわざ言いに来た、雅沢女子学園の生徒会長の狙いを吐かせるべく拉致誘拐しに来たのだ。改めて振り返ると酷い話である。
しかし、なんの冗談か雨音に先んじて、どこかの誰かさん達が生徒会長の荒堂美由を拉致誘拐。そして、誘拐犯を逮捕し荒堂美由を保護しようとした警察を、誘拐犯グループは大胆にも力で排除しようとした。
雨音は警察に犠牲が出ないよう、そして荒堂美由を保護させるべく、超長距離から犯人グループを援護狙撃。ところが犯人グループは飽くまでも力で障害を排除しようと、軍隊に装甲車まで持ち出してくる始末。
このままでは大量の死傷者が出ると予測した雨音は、自身の魔法で武装ヘリを作り出して直接現場に殴り込む。
そして、現場に来ていた魔法少女刑事と、誘拐された本人がカウガール系魔法少女の『レディ・ストーン』となって誘拐グループと仲間の軍隊へ応戦。
奮闘の末、全ての脅威を排除するに至ったワケだ。
となれば、もはやこんな所に用は無いのである。
「なんかもうそこまで警察の応援来てるみたいだし。悪いけどあたし達は失礼するわよ」
雨音だって警察には捕まりたくない。
いそいそと武器を背負ってその場を離れようとする黒アリスと巫女侍だが、その前に、チビッ子魔法少女のお姉さんが全速力で回り込んで来た。
「む!? なんデス? 逮捕する言うなら、せっしゃ達はさっきの軍隊より手ごわいデース」
「刑事さんの立場は分かるけど……」
「い、いえ……逮捕とかはしないけど…………」
身内の警官隊を助けてもらったのは分かっているし、とりあえず今は逮捕する気もない。
だが、どうしても聞いておかねばならない事があり、魔法少女刑事は苦い顔で、言い辛そうに絞り出す。
「ど……どうするつもりなの?」
「……と、仰いますと?」
主語抜きで言われても、雨音だって困る。
「だって……見たんでしょう? 私が……魔法少女になる前……」
「……あ! ああ…………」
その後の戦闘に全精力をつぎ込んでいたので忘れていたが、確かに雨音は、魔法少女刑事の正体を知り、それを本人に仄めかしていた。
しかし、それは非常事態において話の主導権を握る為、一時的に利用させてもらっただけであって、相手の正体を知った所で雨音は何をどうする気もない。
ヒトにやられて嫌な事はやりません。
「それを……信じていいの?」
魔法少女刑事の中のヒト、三条京警視としても、黒アリスの言葉を信じたい。
だが警察官として、何の保証もない言葉を、そのまま信じる事も出来ず。かと言って、黒アリスをどうにも出来ずにアウアウと両手を空中に彷徨わせていた。
見た目に合ったリアクションだが、中のヒトの年齢を思うと、雨音も少々哀れになる。
「信じてもらうしかないんですけど。考えてみてください。仮にあたしが刑事さんの身元を突き止めたとして、です。それってそんなに重大な事ですか?」
「えー…………?」
正体を知られれば、それはもう大問題だと誰もが思う。雨音だって、銃を持って暴れているのだから、正体を特定されれば即逮捕だ、とは思う。
「でも、今のところ証言だけで、物証とか無いですよね? 訴え出た所で、変身シーンでも映像に撮られない限りは決定的な証拠にはならない。証拠を握られたくないなら、二度と変身しなければいい。あたしが刑事さんの身元を調べて、誰かに『魔法少女刑事だ』って言っても、信じる人はいないでしょう?」
勿論、秘密裏に変身シーンを映像に撮られたりする可能性はあるし、それを考えれば変身はし難くなる。
警察以外にも、魔法少女の正体を知って何かしでかそうとする人間が出る可能性もある以上、やはり正体なんか知られないに越した事は無い。
だが、黒アリスの言う事も一理ある。
「あたしに知られた所で大した問題じゃありませんて。吹聴して回った所で、お姉さんが毅然としていれば、信じる人間なんかいやしません」
「そ……そうかしら?」
何故正体を知った黒アリス(大)の方が、相手(小)を宥めているのか。
黒アリスの言う事を頭の中で整理するチビッ子魔法少女を、とりあえずは納得してくれそうだと見た雨音は、次にビキニカウガールへやや低いトーンで言う。
「そんなワケで……変身した所とか、決定的瞬間の映像でも撮ってないと、脅迫とかは無理よ? あたし達も今後は警戒するから、撮るのは難しいと思うけど」
「え? ……え゛ぇえええ!? 黒アリスガールったらそんな事考えてたの? てかわたしがそんな事考えていると思ったの? どんな外道よわたしは!?」
「じゃ何であんな事言いに来たですかオマエは?」
さも「心外だ」と叫ばんばかりのビキニカウガール生徒会長へ、警戒する小型犬のように唸る巫女侍。
そして事情を聞いてみれば、カティを呼び出して正体を知っていると仄めかしたのは、単に同類として話をしたかったが故の事と、お嬢様生徒会長のビキニカウガールは仰る。
自分達の取り越し苦労だった、と脱力する思いの黒アリスだったが、安心してみうると、紛らわしい事をしてくれたお嬢様生徒会長を、対物狙撃滑腔砲――――――重量約18キログラム――――――の砲身――――――全長1.8メートル――――――でぶん殴りたくなった。
警察官の前であったのを幸運に思うが良いわ。
「それじゃ勝左衛門さん、 黒アリスさん、週末を楽しみにしていますわね」
警官の応援も来るという事で、黒アリスの言う事に一応の納得を見せてくれた魔法少女刑事。
黒アリスと巫女侍も早々に退散しようとした所で、口調を一変させたビキニカウガールの生徒会長に念を押されていた。ほぼお尻丸出しな健全エロ娘の姿でお嬢様口調。凄まじいギャップである。
それは良いとして、ビキニカウガールが何の事を言っているのかと、仲良く首を傾げる黒アリスと巫女侍だが。
「え? それやっぱり行かなくちゃいけないの? 行くのは勝左衛門であってあたしじゃないけど」
「やーん! 黒アリスさんも来てくれないとひとりじゃ寂しいデース! ……て、なして行かなきゃならんです? 用はもう済んだんじゃないデスか?」
お嬢様生徒会長曰く、留学生交流会の話は本当だし、魔法少女として会わせておきたい相手もいるのだとか。
そういう事なら無碍に断るワケにもいかず、やや警戒しながら、雨音とカティも改めて話を受ける事にした。
上空には警察のヘリが戻り、攻撃ヘリを警戒していた警官隊も、安全が確認出来ると再度突入して来る。
「おっと……そろそろ行くわよ勝左衛門」
「はいデース!」
「あ、あなた達! お願いだから犯罪には走らないでね!!」
最後に現職魔法少女刑事にも念を押されるが、それを言うなら魔法少女という存在が、ほとんど歩く違法行為である。
魔法少女刑事も、非道な行いをするな、と言う意味で言ったのだろうが。
雨音だってそんな行為で警察を本気にさせる気はない。
そして、いよいよ接近して来る警官隊。
カティに抱えられた雨音は、そのままコンクリート工場周辺に植樹された木々の向こうに消え、いつの間にかビキニカウガールも消えており、入れ替わりにお嬢様生徒会長の荒堂美由がコンクリート会社の事務所に現れていた。
そしてチビッ子魔法少女刑事が姿を消した少し後、三条京警視が、単独で人質を保護していた。




