0027:ここはどこかのウェスタン
兵員輸送装甲車の武装は、30ミリ機関砲に同軸の7.62ミリ機関銃を主武装として、自動投擲弾発射機に対戦車ミサイルと、対人、対装甲目標の武装が充実している。
そして、それらの武装は全て砲塔に搭載されていた。
つまり砲塔を引っこ抜かれると、兵員輸送装甲車は攻撃能力を喪失する。
無論、そんな事は誰も想定していなかったが。
それでも、起こってしまった事実は変わらない。
「セイッ(成)! バイッ(敗)! デース!!」
露出を増やした巫女装束の女、巫女侍の秋山勝左衛門は、怪しい日本語を口走りながら装甲車に向かって跳ぶ。
装甲車に飛び乗った巫女侍は、見上げる兵士が銃口を向けるより早く、手にした大刀を砲塔の根元に突き刺しフルパワーで捻り上げた。
すると、メギィッッ!! という聞いた事もないような、分厚い鋼のねじ切れる音が鳴り、武器を満載した砲塔が空中高く吹っ飛ばされる。
「是什麼!?」
「愚蠢的!? 做什麼的!!?」
口をあんぐりと開けた兵士達が、我に返って一斉に装甲車の下から銃を向けた。
だが、銃弾が放たれる直前に、巫女侍は再び跳躍。着地と同時に、兵士のひとりが持つライフルを叩き斬ると、返す刀の峰で隣の兵をホームラン。正義の巫女侍を自称するだけあって、本当にこういう使い方だと思っているらしい。
そして次に、自分に向いたライフルを掴み取ると、その手で別の兵士を殴り倒した。
◇
コルト・シングル・アクション・アーミー、通称「ピースメーカー」は、名の示す通りシングルアクション――――――引き金が撃鉄を引き起こさない――――――の拳銃だ。
西部開拓期にガンマンやカウボーイ(カウガール)に愛用され、現在に至るまで生産が続けられている。
撃鉄を起こし、撃鉄を落とす、この二つの動作を引き金を引くだけで行うダブルアクションの銃に比べ、シングルアクションの銃は自分で撃鉄を起こさなければならない分、連射力に劣る。
ところが、当時のガンマン達は熟練した技術によって、現代の拳銃を凌駕する連射速度を、この銃で実現していた。
ファニング・バーストショット。
銃の撃鉄は握る手の親指で下ろすのを想定しているが、この動作を逆の手で行うのをファニングと言う。
更に、この動作を親指、人差し指、中指と、指の数だけ連続して撃鉄を下ろし、高速連射を行う。熟練と必要が生んだ曲芸のような技だ。
最熟練者になると、連射が早過ぎて銃声が一発分に聞こえるのだとか。
兵士達は、古から伝わる技術をその身に受ける事となる。
銃声は一発。だが、同時に複数人が脚を撃たれてその場に転がった。
「ハハァッ!!」
そうでなくても高等技術なのに、それを激しく動く馬上から行い、正確に当てて来る。
悪路を疾走する白馬はアサルトライフルに的を絞らせず、5.56ミリ弾は尽く空を切った。
「追! 移动!!」
「打死! 别放跑!」
四角いコンクリートチューブの向こうへと走り去った白馬と騎手を追い、4人の兵士がバタバタと走って行く。
だが、コンクリチューブを回り込んだその時には、既に白馬は姿を消していた。
逃げられた、と思う一同だったが、直後に真後ろから響き渡るスタッカートが。
「是后面!?」
「ヘイッ! 喰らっときなさい!!」
馬のクセにドリフトして来た白馬は噴煙を巻き上げ、馬上のビキニカウガールは、またも一瞬でピースメーカーを連射。2人を倒すと、その上を白馬が飛び越えていく。
倒された2人は、それぞれ肩、腿、銃を撃ち抜かれていた。
しかし、これが通常のコルトSAAなら、6発撃ち切ってシリンダーに残弾無し。
仲間2人を倒されても、残る兵士はビキニカウガールの背中を撃とうとし。
鞍にぶら下げてあったソードオフショットガンで、振り返るカウガールは残る2名も、瞬きする間で倒していた。
◇
黒アリスと巫女侍が攻撃ヘリより降り立ってから、僅か7分。
後からやって来た30名近くの歩兵は、ほとんど全滅していた。
「ハー……ア゛ー……これで、全部……?」
銃を握り、盾を傍に浮かせ、警棒を握っていた勇ましい姿のチビッ子魔法少女は、疲れ切った大人の表情でしゃがみ込んでいた。
キャラ作りにまで気を回している余裕が無いらしい。
「あーらま! トーリアちゃーんは寄る年波には勝てませんか?」
コンクリート工場を駆け回りながら敵を倒して来たビキニカウガールは、馬を急停止させて疲れきった魔法少女刑事に陽気な笑顔で軽口を叩く。
とはいえ、裸に近い格好のカウガールも、疲労で肌の表面を、ジットリと汗で濡らしていた。
「あなたは……怪我は無いの?」
「おかげ様でね。あのタンク周りのファ×キンアーミーは、全員ふんじばって来たけど、他の奴らは――――――――――――」
銃のトリガーガードに指を入れ、クルクルとガンプレイを披露するビキニカウガールだったが、魔法少女刑事の足元を見て、銃が指からすっぽ抜けた。
「キャァア!? アブッ……危ないわよ!? てか銃砲刀類所持違反! 没収!!」
撃鉄が下りなくても、撃針が何かの拍子に弾丸の雷管を叩いてしまい、暴発に到るケースはままある事。
特に魔法少女刑事は警察での訓練の際に、その危険性を十分に教え込まれていた。
ビキニカウガールのコルトSAAが目の前に落ちて来た日には、そりゃ飛び跳ねて馬に飛び乗ろうというものだった。
だが、ビキニカウガールは悪びれもせず、銃を回していた指を地面に向け、そこに倒れている連中を指し示す。
魔法少女刑事の足元には、アサルトライフルを真っ二つにへし折られ、装備も中身もボロボロにされた、半死半生の兵士達が転がっていた。
折り重なるように放置されているのは、10人程だろうか。全員手錠をされているのを見ると、きっちり逮捕しているという事らしい。
「こんなに逮捕に抵抗されるなんて……現場の刑事は大変なのね。初めて知ったわー」
「よく知らないけど……こんなにハードな現場がそうそうあってたまるか、って感じだけどね」
コンクリート工場の反対側では、未だにハードな現場が継続中の様子だった。
クレーンやベルトコンベアの向こうでは攻撃ヘリが機関砲を撃ちまくり、それとはまた音の異なる爆発音が、不規則に鳴り響く。
時折地上から空へ向かって光の筋が走り、ヘリの表面で火花が散っていた。
「わたしのピースメーカー返してよ。あっちの応援に行かなきゃ」
カウガールはショットガンに弾を込めると、魔法少女刑事の持つコルトSAAに手を伸ばした。
だが、
「没収だと言ったでしょう! あと背中のライフルとか、あと斧とかナイフとか……よく見たら危険物だらけじゃないの! こんの歩く不法所持ガール!!」
「そんならせめて危機を脱してからにしてちょうだいヨー! そんな事言ってる間に黒アリスガールとか巫女ちゃんガールが死んじゃったら――――――――――――!!」
「それなら私が行くから! あなたは逮捕されろとは言わないからせめて安全な場所に――――――――――!!」
当然、警官が違法な銃を渡せるワケが無い。
馬の背の上でギャーギャー言い合うカウガールとチビッ子魔法少女刑事。
そして、戦闘は続いているのに、明らかに油断し過ぎであった。
歩兵はほとんど片付いたが、装甲車2台が黒アリス、巫女侍に攻撃ヘリと、交戦中。
そのうち一台が激しい砲撃から逃れてコンクリート工場を回り込み、偶々そこに居たビキニカウガールと魔法少女刑事の前に出て来てしまった。
「ウゲェ!? ヤバいこっち来ちゃった!!?」
「だッ……出して出して!」
「やだトリアちゃんったら『出して』なんて流石オトナのオンナ――――――――」
「バカ言ってないでウマウマウマぁッ――――――――――ワッッ!!」
ふざけていても、言われるまでもない。
ビキニカウガールは脚で馬の胴を絞めると、「エド!」と馬に声をかけて走らせる。
それと同時に、装甲車が主砲の30ミリ機関砲を発砲。
直撃こそしなかったものの、間近を突き抜けた砲弾が発した衝撃波に、馬に乗ったビキニカウガールと魔法少女刑事は、前のめりに吹き飛ばされてしまった。
「ッキャァ――――――――――!!」
「くぅッッ!?」
浮く事の出来る魔法少女刑事は、姿勢を崩しながらどうにか着地。しかし、ビキニカウガールは馬ごと派手に地面に墜落する。
装甲車は倒れた少女相手でも容赦なく、砲塔に内蔵された主砲の同軸7.62ミリ機銃を発砲。
弾丸が二人の少女と馬へ向けてバラ撒かれるが、これを魔法少女刑事の防弾盾が受け止めた。
「ッ~~~~~~~~~!!?」
秒間10~11発。初速825m/秒で弾丸が突き刺さり、見る間に真っ白になっていく防弾盾。
何分も持たせられるものではないが、警察官として倒れている少女を見捨てて逃げる事など、断固として出来ない。
小さな体で歯を食いしばり、カウガールと馬を背にし、死力を振り絞って踏ん張る魔法少女刑事、トリア・パーティクルの三条京警視。
そんな正義の魔法少女を押し潰そうと、機銃射撃を続けながら装甲車が突っ込んで来て。
その真横から、ミニスカエプロンドレスを翻して来た黒アリスが、立射で対物狙撃滑腔砲を撃っ放す。
ズバガキンッッ……ン!! と、中距離から放たれた小型戦車砲弾は、ロケットが補助ブースターを切り離すかのように、弾丸を覆っていた装弾筒を空中で分離。
直撃した弾丸は装甲車内の人員を、装甲ごと撃チ抜いた。
「止まれッ! 止まれッッ!!」
だが一発では終わらせず、叫ぶ黒アリスは大砲を連射。
自分の持つ兵器のアーカイブ情報を参照し、装甲車の乗員スペースを割り出すと、弾倉装填の5発全弾を集中して叩き込む。
「勝左衛門!!」
「イエッサー!!」
そして、乗員がこれ以上ないほど悲惨な目に遭っても止まらない装甲車を、巫女侍がタイヤを潰してトドメを刺した。




