0026:どこ牧場の決闘なのか
午後8時22分。事件発生から1時間57分が経過。
誘拐されたお嬢様生徒会長、荒堂美由を警察が救出してくれればよし。ダメなら邪魔にならない程度に手を出そう。
そんな事を考えていた銃砲系魔法少女の黒アリスだったが、コンクリート工場で進行している人質籠城事件は激しい銃撃戦へ発展し、犯人側の増援と思われる装甲車と装備で固めた兵士までが出現。警官隊へ向けて容赦ない攻撃を始めていた。警察組織上等な犯罪集団である。
それまで狙撃による援護射撃程度に留めていた黒アリスも、この事態は流石に傍観も出来ず、恐いので近づきたくなかったが、及び腰で参戦を決定。
とりあえず、思い付く限り強力な支援機を魔法で出してみたのだが。
流石に、重武装重装甲ヘリはやり過ぎたかと反省するものである。
◇
メガネの刑事さんと、生徒会長。
黒アリスのこの科白は、魔法少女刑事とカウガール魔法少女の変身前を知らなければ出てくる筈が無い科白だ。
「なぁ……!? ぅ……なんで……?」
「あら……まぁ」
当然というか、チビッ子三十路前魔法少女は、この世の終わりの様な顔をしていた。
その一方で、ハイレグビキニのカウガールは、それほど驚いた様子もない。それどころか黒アリスの言葉に、何故か面白そうな微笑を浮かべていた。こちらは特に知られても困らないようだ。
臆病な黒アリスが、例え重装甲の武装ヘリなんて物に乗った所で、そう簡単に戦場に足を突っ込める筈が無い。
例によって無人攻撃機による偵察から入ったのだが、そこで早々に魔法少女刑事の変身を目撃。それとは別に、拉致されている生徒会長を探っていた無人攻撃機からの映像で、ビキニカウガールの変身を目撃していた、というワケだ。
まるで、泣き出さんばかりのチビッ子少女そのままの有様で、膝を震わせた魔法少女刑事が空中に銃を泳がせている。危ないのでこっちに向けないで欲しいと思う雨音であるが。
「ッと!?」
「ひぃッッ!?」
魔法少女刑事が口を開こうとした瞬間、黒アリスが手にしていた軽機関銃を、跳ね上げるようにして正面に向ける。
「ちょ――――――――――待っ――――――――――!!?」
泡を食ったチビッ子魔法少女が脚を縺れさせてひっくり返り、同時に黒アリスがバースト発砲。
魔法少女刑事の立っていた場所のすぐ脇を5.56ミリ弾の群れが突き抜けて行き、後方でアサルトライフルを向けていた兵士を撃ち抜いていた。
「ヒュー♪ 早いじゃーん」
「…………フッッ」
ビキニカウガールが口笛交じりで褒め、黒アリスは涼しげな貌で鼻を鳴らした。内心は、心臓が洒落にならない程に打ち鳴らされ、漏らすかと思うほどビビっていたが。
「じゃ、こっちはわたしがッッ!!」
「ッなに!?」
言うが早いか、今度はカウガールが腰のガンベルトから古い銃を引き抜く。
と、思った時には、既に銃口は火を噴いていた。
一瞬で肩、腿、それに持っていたアサルトライフルを撃たれ、ダンプカーの陰から飛び出して来た兵士は地面に叩き付けられる。
銃口を撃たれたアサルトライフルは、内側から破裂していた。
「どうよ、わたしの早撃ちは!? ハッハー!!」
「それ実銃だったの!!?」
起き上がりこぼしのように、小さな体を転がして起き上がる魔法少女刑事は言う。
ビキニカウガールも、警官相手に銃を向けるほど弾けてはいないという事だろう。
◇
黒アリスが不意打ちをかまし、魔法少女刑事が三十路前後のコスプレがバレてガクガクブルブルしていても、現在は容赦なく戦闘中である。
一時的に武装ヘリの攻撃で追い散らされていた兵士達は、建物やタンクの陰に集結し、体勢を立て直しつつあった。
武装攻撃ヘリで地上を監視しつつ、ヤバそうな戦力がいたら援護射撃するように言われているジャックから、ミキサー車の陰に身を潜めていた雨音は報告を受けていた。
「で……どうなのメガネの刑事さん? 警察はこの戦況、ひっくり返せるワケ?」
雨音は背負っていた対物狙撃滑腔砲を手に、軽機関銃との2丁持ちに。
実戦ではまるで意味が無い組み合わせだが、この黒アリスに限って言えば、凶悪な装備となる。
「け……警察は軍隊じゃないの。戦車だ装甲車だ軍隊だと戦うようには出来てないもん……」
チビッ子縦ロールの魔法少女刑事は、黒アリスの問いに頭を振った。正体がバレているせいで、口調など若干キャラ付けに迷っているらしい。
「あのヘリに片付けてもらえば良いんじゃなくて? ドカーンと一発じゃん!」
「そのつもりならとっくにやっとるわ」
古い形の銃を上に向け、コンクリート工場上空を飛び回っている攻撃ヘリを指すビキニカウガール。
元々雨音は目立つ事をするつもりはなかったのだ。ただ、現場に強行侵入出来てあっさり落とされない装甲があって、そこそこの火力がある乗り物をアーカイブから検索したら、良さそうなのがコレだった、と。
普通の街中に持ってきたら、想像を絶するほど派手になってしまったが。
「警察が解決してくれるんなら、あたし達は手を出すつもりなかったわよ」
「ご、ごめんなさいね不甲斐無い警察で……!」
「消費税払ってんのに役に立たねーわねー」
ビキニカウガールの物言いに、銃を持ってる相手を挑発しないで欲しい、と黒アリスは願わずにはいられない。案の定、銃を握り締めてプルプル震えているチビッ子魔法少女である。
「ま、想定通りではあるわ………。警察は軍でも自衛隊でもないものね」
黒アリスの諦観混じりの言葉に、本物の警官であるチビッ子魔法少女は、苦しいような、申し訳ないような、何とも言えない表情になっていた。
ビキニカウガールも死体に鞭打つ趣味は無いらしく、情けない顔になっているチビッ子魔法少女にそれ以上何も言わない。
黒アリスは傍らで静かに控える巫女侍に、視線で合図を送る。
すると、パッと表情を輝かせた巫女侍は大刀を抜き放ち。
「やるデスね! アクトー(悪党)の在庫イッソー(一掃)処分デース!!」
「本来は警察のお仕事だけど……この際しょうがないわ」
やる気満々の巫女侍に対して、黒アリスは若干青い顔をしていた。
丁度この時、攻撃ヘリのジャックとお雪さんから新たな報告が。
『アマネちゃん、装甲車が動いている! 兵隊もくっ付いてるよ!』
『3つの集団に分かれたようですわ、黒アリスさま。中心に勝左衛門さま、黒アリスさまがいらっしゃいますから、これは…………』
3方向からの挟撃であろう事は、素人の黒アリスにも想像が出来た。
「ストーン、連中は一体何? あんたって他にも誰か怒らせたの?」
「ちょ!? おまッッ!! 『他にも』って何!? それじゃまるで、わたしが誰かれ構わず怒らせているような物言いじゃない黒アリスガール!」
「さっきから聞いてると、オマエそんな感じデース……」
黒アリスが呆れたように問うと、変なテンションで憤慨して見せるカウガール。
だが、ビキニカウガールのお嬢様生徒会長に、とんでもない心労をかけさせられた巫女侍がジト目で唸る。
それに、以前からビキニカウガールの発言は、チビッ子お巡りさんに射殺されても文句が言えないレベルである。
「失礼ねー。わたしはいつだって和を重んじ、相手方を尊重しているのよ? 誰かを怒らせたりはしないわ」
「そりゃあんたあの学校ならそうでしょうとも」
「一体何の話? この軍隊は誘拐犯の仲間じゃなくて、貴女を狙って来たと言うの!?」
雨音と違ってビキニカウガールの正体を知らない魔法少女刑事が的外れな事を言うが、雨音は取り合っている暇が無く、カウガールはそもそも相手をする気が無かった。
カウガール系魔法少女の正体は拉致誘拐された荒堂美由なので、全く的外れというワケでもなかったが。
結局、相手がどういう素性で彼女の誘拐を行い、警察を排除しようとまでしているかは、誘拐された当人に聞いても分かりそうもなかった。
つまり、
「連中が何者にせよ、このままじゃ警察もあたし達も全滅するわ。だから……連中の全ての攻撃手段を無力化。その後、警察に全員逮捕してもらって、誘拐されている筈のどこかの生徒会長さんも保護してもらう。みんな良い?」
交戦は不可避。警官隊を見捨てるワケにもいかない。
一瞬、訝しげな顔をするカウガール魔法少女だったが、すぐに黒アリスの言わんとする所を察して手を叩いていた。
しかし、仮にも警察官であるチビッ子プラチナ縦ロールの魔法少女刑事には、おいそれと承服出来る話ではない。
「ま、待ってちょうだい! いくらあなた達が特別な力を持っているっていったって、武装した軍隊や装甲車を相手にさせるワケには――――――――――!!?」
「んなコト言ったって、実際にケーサツ(警察)は全滅してマース」
「それにね、お姉さん…………もう来た!!」
黒アリスは叫ぶと、ミキサー車から身を乗り出し軽機関銃を掃射開始。
一際大きな砂山から頭を出した装甲車と歩兵の頭を押さえた。
「ってーワケでジャック! 攻撃そのまま継続! 歩兵を牽制! 爆発しそうなのは撃たないで! あと落とされないようにね!! 勝左衛門は装甲車の砲塔を引っこ抜いて来て! 片っ端から無力化するのよ!!」
「了解デース!!」
軽機関銃の掃射を受けて一時的に動きを止めた装甲車だったが、即座に主砲の30ミリ機関砲で反撃。魔法少女達の隠れていたミキサー車を、僅か数秒で木っ端微塵に破壊してしまう。
だが、射撃が始まる直前に、魔法少女達はバラバラにその場を飛び出していた。
「装甲車はあたしと勝左衛門が! お姉さんとストーンは歩兵をよろしく!! なるべく殺さない方向で!!」
「私は警察官なのよ!」
「りょーかーい! いっちょやったりますかー! イーヤッハァアアアアアア!!」
巫女侍は抱き抱えていた黒アリスを下ろすと、大刀を肩に担ぎ、回り込みつつ装甲車へ突っ込んで行く。
カウガール魔法少女は空に向かって古い銃を撃ち放ちながら、馬を駆って歩兵の集団へと踊りかかった。
不承不承な魔法少女刑事も、盾を前面に構えて、警棒を振り上げ別の歩兵集団へと跳びかかる。
そして、
「ヤダもう絶対ネジ飛んでる…………」
今更ながら、死ぬほど恐がっている黒アリスも、震えを堪えて左右の大砲をブッ放した。




