0025:ハダカのお嬢様ラリアット
本来は、静かな誘拐計画の筈だった。
その初動で銃を使い強引な手を使って見せたのも、娘の父親に対するアピールのつもりだった。
警察は政治的外交圧力で抑え込み、あくまでも合法に娘を某国に移し、権力を持つ父親への人質として利用する。利用し尽す。それが、党と軍の計画だった。
ところが、計画は日本の警察の想像を超える動きによって変更を余儀なくされ、保険として後方に控えていた戦力を引っ張り出す事になり、それでも想定外の抵抗を受けて全く先の見えない物となってしまった。
装甲車を持ち出したのは誘拐犯の方だったが、武装攻撃ヘリのMi-24VM「ハインド」――――――NATOコードで――――――が乱入して来るなど、一体誰が想像できただろう。
出来るワケが無い。
全長17メートルを越える巨体に、コクピットを特徴的な丸いキャノピーが覆い、機体に比して小さな翼には、対戦車ミサイルとロケットランチャーを吊り下げている。
航空機としては異様に頑丈な装甲を持ち、豊富な武装は圧倒的な火力を生み、装甲車並みの兵員輸送能力も持つ、一機で戦場を支配し得る戦術兵器。
言うまでもなく高価で、運用も難しく、存在するだけで監視の対象となるこの兵器が、空白の中にあらゆる法則を完全に無視して、まさに魔法の如くポイッと放り込まれたものなのだから。
空域を制圧していない状況にあっては、戦闘ヘリは歩兵と戦車にとって、悪夢以外の何者でもない存在だ。
手が届きそうなほど低空でホバリングする重装甲ヘリ。9トンに近い重量を浮かせる強烈な下向き気流は、それだけで重装備の歩兵を吹き飛ばしそうになるほど。
ドカドカと空気を叩くローター音は、戦場を睥睨するハインドの哄笑のようだった。
地上で爆風と恐怖で釘付けにされている兵士達同様、事務所で睨み合いをしていた警官隊と犯人グループも、窓のすぐ外に見える大型ヘリの姿に目を剥いていた。
装甲車も大概ではあるが、重武装重装甲の攻撃ヘリまでが、何の前触れもなく乱入して来る。これはもはや、警察の手に負える事件ではない。
皆殺しにされかねない事態に警察官たちの全身が強張るが、一方の犯人グループも、自分達の預かり知らぬ兵器の出現に、浮足立ち始めている。
そして、拉致誘拐されていた当人、雅沢女子学園高等部生徒会長の荒堂美由は、既に逃げ支度を終えていた。
後ろ手に親指を縛っていた結束バンドは、クツ下に仕込んでいた8センチほどのブーツナイフで切断済み。その際に親指も切ってしまったが、脳内でアドレナリンが出まくっているので痛みは無い。
事務所内に居る全員の目が、ほんの僅かでも自分から外れる瞬間。荒堂美由が待っていたのは、そんな一瞬だ。
その好機が、誰も想像しなかった戦闘ヘリの強襲でやって来た。
「エドッ! いらっしゃい!!」
「ハッ――――――――――――!?」
「说什么的!?」
頭に銃を突き付けられていた少女は、叫びながらヘリの居る方の窓へ弾かれたかのように走り出す。
完全に少女の狙い通り、反応が遅れた犯人グループと警官隊が止める暇もなく、荒堂美由は割れた窓から躊躇なく外へと飛び出した。
ちなみに、5階の事務所は地上20階の高さ。普通の人間が飛び降りて、無事に済む高度ではない。
その時、攻撃ヘリのおかげで大混乱に陥るコンクリート工場へ、甲高いスタッカートを響かせて一頭の白馬が走り込んで来る。
それは、ヘリの生みだす暴風にも揺るがず、巻き起こる砂煙と兵士、警官達の間を駆け抜け、事務所のある建物へ向けてまっしぐらに突き進み、砂山を蹴って飛び上がった。
ダイナミックに飛んでいく先には、身体一つで落下中のお嬢様生徒会長が。
スカートが全開になり、薄い青のショーツが丸見えになっていても気にもしない荒堂美由は、見事な足からの落下姿勢で馬に飛び乗り。
「んにゃぁああああ!!?」
「ブルヒッ!?」
少々合流位置を誤り、お嬢様で生徒会長なのに馬の頭の上に尻から搭乗。着地する馬から振り落とされないように、身体全体で馬の頭にしがみ付いていた。
「い、いけない……私とした事が……!?」
不安定な姿勢で馬に縋り付いているので、後ろから見るとお尻丸出し。そんなはしたない自分の姿に気付くと、荒堂美由は馬の首から背中の鞍へ滑り降り、そそくさとスカートの裾を直した。戦場にあってもお嬢様の心得は健在だ。澄ましていても、顔は若干赤かったが。
他に服装に乱れはないか確認したお嬢様生徒会長は、鞍に引っ掛かっていた煤けたテンガロンハットを掴み上げる。
乗馬はともかく、お嬢様学園の制服に対してそのテンガロンハットは、どうにもミスマッチだ。
荒堂美由は両手でテンガロンハットをクルリ一回転させると、暴風に飛ばされないように深くかぶり、
「さぁ……ルール変更よ! ヒャッハァアアア!!」
整えたばかりの制服の胸元を鷲掴みにすると、お嬢様の品性と一緒にかなぐり捨てた。
通常、切れ目などを入れておかない限りは、少女の腕力で制服を引き裂いたりは出来ない。
だが、お嬢様学園の制服は簡単に身体から引き剥がされ、その下に隠されていた10代の少女の瑞々しい肌が露わにされる。
ただし、ある意味肌を晒していても、問題の無い姿ではあった。
薄い青色のブラとショーツは、いつの間にかビキニ水着(旧古米国旗柄)に変わっており、その上から皮のジャケットを着こんでいた。
腰のサイドと太腿から下は皮のカウボーイレギンスに覆われ、拍車―――――踵の金属環―――――――の装着されたウェスタンブーツを履いている。
腰にはガンベルトと束ねられたロープ。背中には古風なライフルを背負っている。
頭の上には煤けたテンガロンハットが乗り、その中身はワイルドに乱れる金髪。
健康的なナイスバディを惜しげもなく曝け出し、お嬢様生徒会長はカウガール系魔法少女のレディ・ストーンへと変身していた。
◇
荒堂美由が囚われていた鬱憤を脱ぎ捨てるかの様な変身をしていたその頃。
5階事務所の警官隊と犯人グループは、最も肝心要な人物が突然不在となってしまい、皆揃って呆然と窓の外を見ていた。
人質に逃げられた誘拐犯と、保護すべき対象を無くした特殊犯(班)並びに機動隊。
彼等は束の間、悠々と浮かんでいた攻撃ヘリを眺め、どこからか響く馬の嘶きを耳に素通しさせていたが、
「か……確保ぉおおおお!!!」
「排除! 排除无论如何脱离!!」
誰かが叫んだのを火種に、密閉された箱の中で爆竹に火を付けたかのような乱闘が始まった。
◇
武装ヘリが突如現れ、所属不明の兵士達が動揺を見せた瞬間、魔法少女刑事のトリア・パーティクルは2名の兵士を新たに無力化していた。
「マジカルッ! ライアットシールド!!」
数テンポ遅れ、周囲の兵士達が魔法少女刑事へ攻撃を再開。しかし、直前で魔法少女刑事の取り出した防弾盾に、ライフルによる攻撃は弾かれる。
「逮捕しちゃいますマジカルワッパー!!」
魔法少女刑事の反撃。手にしている魔法警棒で空を切ったと思いきや、放たれる手錠が兵士の脚を拘束し、
「アーンド! ジャスティスマグナム!!」
光の固まりの中から現れた魔法の拳銃――――――形状はニューナンブM60――――――で両肩を撃ち抜く。
仮にも警察官である。女子供魔法少女にいきなり銃を向けたりはしない。
だが、相手が銃を持った重装備の犯罪者なら話は別である。
仲間が撃たれ、血を流して倒れたとあっては、当然兵士達は気色ばむ。
一部兵士は冷静さを取り戻し、射撃をしつつ装甲車の位置まで後退。飛び回る小さな魔法少女へ、手榴弾を放ろうとした。
ところがその腕は、振り上げた姿勢で動かなくなってしまう。
手榴弾は、とっくに安全ピンが外れていた。
慌てた兵士は自らの動かない腕を見ようとして、
「ッハァー! 一本釣りぃ!!」
突然、何か凄まじい力に引っ張り上げられて宙へと放り投げられる。
「ッ――――――――――――イアッッ!?」
「ハッハー!! さー走れ走れぇえ!!」
地面に落ちても、兵士の腕は解放されない。コンクリート工場の砂だらけの地面を、猛スピードで乱暴に引き摺られていた。
兵士の腕を捉えていたのは、これと言って特徴の無い麻縄のロープだ。
問題はその先端を掴んでいる相手で、馬に乗り、テンガロンハットを被るビキニ水着のカウガールという、目を疑う姿の女だった。
「放掉! 放掉!! 畜生!!?」
「何て言ってるか分からないけど何となく分かるわヤーハー!!」
ビキニカウガール、魔法少女のストーンは、手綱を引いて馬の進路を鋭角に変化させる。
引き摺られていた兵士は遠心力に負けて外向きに転がり、ビキニカウガールが手を放すと、鉄のタンクに激突してしまった。
散々自分を煩わせてくれた誘拐犯の仲間を痛い目に遭わせ、少しだけ溜飲を下げるお嬢様生徒会長のビキニカウガール。
「ナイッシュー! って、おんやまぁ?」
そして、馬を走らせた先に見つけた小さな人影に、馬の脚を止めていた。
「あ……あなたがどうしてこんな所に!?」
「お仕事ご苦労様でありますよーん」
そこにいたのは、防弾盾を自分の前面に移動させ、兵士達と撃ち合っていたプラチナブロンド縦ロールの魔法少女刑事だ。
その姿にも驚いた――――――ようには見えなかったが――――――ビキニカウガールだったが、魔法少女刑事が両手に持っていた拳銃を見て目を丸くする。
「銃なんて持ってたの? 何でわたし達の時使わなかったのよ?」
「今はあなたに構ってる暇はないのよー! それに、子供に銃を向けられるワケないでしょう!? 魔法少女でも警察官なのよ、私は!」
「へー、子供にやさしいロリおばさ――――――――――ってイージー! イージー!!」
「まずアンタから撃ち殺すわよ!!」
前の恨みもあり、ビキニカウガールの発言に魔法少女刑事は5秒で前言を撤回していた。
「こいつら全員逮捕したら次はアンタですからねー!?」
「んならまずこいつら逮捕しなさいな!!」
こんな事をしている場合ではない。
魔法少女二人が脚を止めて固まってしまった事で、所属不明の兵士達は二人を完全に包囲していた。
同時に、装甲車の砲も魔法少女刑事とビキニカウガールの方へと狙いを定める。
「ヤベッ!? こんなことしてる場合じゃないわ……」
「ッ…………! 退がってなさい!」
兵士はともかく、装甲車は二人の魔法少女の手に余る。
とにかく装甲車の砲から逃げようと、ビキニカウガールは馬を回して離脱しようとし、小さな魔法少女刑事も宙を蹴ってその場から逃げようとする。
装甲車の砲は仰角を変え、30ミリ機関砲を小さな少女とカウガールと白馬へ放とうとした、その時。
ゆったりと移動していた重装甲重武装ヘリ、Mi-24VMが、巨人のように振りかえると、機首を装甲車の方へ向けていた。
兵士達と装甲車が一斉に、銃口の目先を上空の攻撃ヘリに向ける。
だが、その銃口が火を吹くよりも、攻撃ヘリが攻撃に移る方が一瞬早かった。
機首の下部のタレットに装備された23ミリ連装機銃、GSH-23L。
連なる二つの砲身が交互に、秒間60発の発射速度で弾丸を撃ち放ち、装甲車と歩兵を薙ぎ払う。
歩兵はその一撃で半数以上が吹き飛ばされ、表面装甲を弾の跡だらけにされた装甲車は、大慌てで後退して行った。
「…………戦争でも始める気なの?」
「いやー……あの娘は敵に出来ないわ。恐くて」
頭上からの機銃掃射に、呆然と目の前の惨状を眺めるビキニカウガールと魔法少女刑事。
そして、頭上でホバリングする攻撃ヘリの側面ハッチが開くと、そこから二人の少女が飛び出して来る。
「黒アリスさん、ハシる棺桶、まだ生きてるデスよ!?」
「23ミリなら装甲抜けると思ったんだけどな…………まぁいいわ」
魔法の装甲ヘリから地面に降り立ったのは、長い黒髪に改造巫女装束の巫女侍、秋山勝左衛門と、彼女にお姫様だっこされた――――――為にローライズパンツ丸出しの――――――金髪ミニスカエプロンドレスの黒アリスだった。
黒アリスは巫女侍の抱っこから解放されると、呆気に取られた様子の魔法少女刑事とビキニカウガール――――――は見当が付いていたようだが――――――へ、敬礼の様なジェスチャーで挨拶しながら。
「どうも、メガネの刑事さんと、生徒会長」
いきなり、二人にとって聞き捨てならない事実をぶっちゃけて見せた。




