0002:もしやミスキャストではなかったのか
フと、「アマネの髪はキレイな黒髪で羨ましいデスネー」という級友の言葉を思い出す。
旋崎雨音も年頃の娘さんであるからして、部屋の中にも頭から足の先までを写す姿見が存在する。
ただし、写っているのは見慣れた部屋の主ではない。
「…………?」
ヒトは誰しも変身願望を持つ、と言うが、果たしてそれは事実なのかと、ここに至り雨音としても疑問を持たざるを得ない。
旋崎雨音は身長160センチで、肩の少し下まで来る長さの黒髪だった筈だ。
ところが、今写っている少女は身長170前後で、髪は胸ほどの高さに来る金髪。
頭にはガンメタルシルバーのリボンを着け、大きく胸元が開き、丈もギリギリなミニスカートのエプロンドレス(?)を着ている。
色はグレーと黒、エプロン部分のみ純白。地味だが、シャープでエッジの効いたデザインとなっている。
悪くないが、問題は服ではない。
「誰よ………」
と、鏡の中の美少女が呟く。
透き通った、落ち付きのある声だった。雨音に似ている、というか似ていて当然ではあるが。
よく見れば、顔立ちも雨音と似通った部分が多かった。
金髪のせいで大分印象が異なってはいるが、これが黒髪ならば、女子大生の姉と言っても通るかもしれない。
つまり、ここに写っていたのは紛れも無く雨音さんなのだ。
変身願望どころの話ではなかった。いざ自分の姿が全然違うモノになってみると、精神的な打撃は相当である。
雨音も、魔法少女のマスコットキャラクターに憧れていた悲劇のオヤジの事を言えなかった。
◇
思い出すのは、『ニルヴァーナ・イントレランス』との接触直後。
気が付いたら、雨音は自室のベッドの上で呆けていた。
頭が働かず、座り込んだまま、しばし無心で虚空を眺めていたが、自分の右手が何かを掴んでいるのに気が付くと、そこには魔法のステッキと銘打たれた、S&W製、既製品最強の50口径マグナムが。
衝動的に、雨音はそのまま自分の頭を撃ちたくなった。
その場では思い止まったが、つい出来心で『擬態偽装』を試してしまい、またちょっと死にたくなった。
特に、谷間がピッチリ閉じてしまうほどの、大ボリュームな凄い胸。
雨音は自分の胸にそれほど不満はないが変身後のアレは嫌味かこんチクショウ。
というか、変身した雨音は身長も手足も伸び、スタイルもメリハリが付いてクビれもくっきりしていた。
もはや、魔法少女ではない。
いやその辺のこだわりは雨音には無いのだが。
どちらにしても、とてつもなく面倒なモノを抱え込んでしまったと、雨音の心境はこの一言に尽きていた。
しかし、と雨音は努めて落ち着いて考える。
色々非常識な事態となったが、これに関しては能力を全く使わずに済ませば良いだけの事だし、使うにしても、自分の部屋で誰にも知られぬよう趣味的にこっそり銃器を作ってみる程度なら問題あるまい。
その程度に留めて、大っぴらに能力を使って暴走などしないよう心がけ、この社会の中で大人しくしていれば、大事にはならない筈だ。
雨音が日々熟睡するのに、今のところ何ら障害は無い。
そうやって自分に繰り返し言い聞かせ、
「アマネ、魔法少女と魔女て何が違いマスか?」
「――――――――ごッファッッ!!?」
花の女子高生が、盛大に鼻からコーヒー牛乳を噴き出していた。
回想終了である。
◇
「ワーオ! ハナからギューニュー! アマネ、芸にカラダ張ってマース!」
「の……ノーよカティ……、ちょっと気管に入っただけ……だから」
時刻は正午を廻っていた。
雨音は昨日の非日常を頭の中から振り払い、まるで見えない茨のトンネルを潜るが如き心境で、恐る恐る学校へと足を運んで来ていた。
学校は学生たる雨音の日常そのものだ。
自分からおかしな事をしなければ大丈夫。
特殊な能力も、魔法少女の「ま」の字も口にさえしなければ、自分はこれまで通りの、ちょっと無感動気味で冷淡な高校生でいられる。
と思ったら、校舎の屋上で一緒に昼食を取っていた級友の、「魔法少女と~」の今の一言である。
「あ゛~~~~……、ヤダもうカティ。急にま――――――――あ、いや、何? アニメの話??」
悲惨な事になっている鼻から下は速やかに処理し、ついでに鼻からコーヒー牛乳をブッかけてしまったバタージャムパンをそっと脇に除け、雨音は話を振った相手に向き直る。
「おー、チャイますがナー」
そう言って小動物のように首を振るのは、雨音よりも頭半分ほど小柄な少女だった。
カティーナ=プレメシス。
愛称は「カティ」
中学生の年頃に古米国から日本へ移って来た、本物の金髪娘だ。
強行的な対外政策で対処し切れなくなるほど敵を作り、債務不履行をやらかし国際的信用を無くし、国内の社会保障費は膨張を続け、不景気の極みは国内での不満を募らせ、政治的な内紛を繰り返していた所に、出所不明な核攻撃を北米大陸のど真ん中に喰らい、ついに旧合衆国は東西に分裂と相成った。
現在は東側がモダンアメリカ、西側がオールドアメリカと呼ばれている。
モダンアメリカは右傾化して旧アメリカと同じ路線を現在も継承し、オールドアメリカは古き良き自由の国アメリカへの回帰路線を歩んでいた。
ちなみに、実質的な分裂状態であるのをモダンアメリカ政府は認めていないが、北米大陸ど真ん中への核攻撃の影響は未だに濃く、モダンアメリカ政府は全土を掌握できずにいる。
カルフォルニア州ロサンゼルスは、オールドアメリカの首都となっていた。
そのような状況が、既に100年。
とはいえ大変だったのはアメリカだけではなく、アメリカ核攻撃を切っ掛けにして起こった第三次世界大戦を経験した、全世界が同じだったが。
カティには、入学して間もない頃から、何故か雨音は懐かれていた。
一部外国人の常か、カティも熱心な日本文化フリークである。
好きなものは「ヤマトナデシコ!」、とかつて日本に実在した絶滅動物が一番のお気に入りらしい。
だが何を勘違いしたのか、カティは雨音の中にその片鱗を見たのだとか。
単に地味な黒髪だったせいかもしれないが。
雨音は似非大和撫子だが、ある意味カティは本物だった。
どこぞの魔法少女モドキとは違う、膝まで届く黄金の錦糸で織られたような金髪。
愛らしさを求道して創られたような整った顔立ち。
折れそうなほど細く、華奢な身体。カティの場合は貧層とは言わない。
表情も仕草もコロコロと良く動き、マスコット的にクラスの皆や他のクラスの生徒にも可愛がられていた。
しかし、外見こそ子供っぽいカティだが(失礼)、今まで彼女からアニメや漫画の話題を振られた事は無かった筈。
別の話はスゴイ勢いで振られるが。
「昨日の夜に、なにかヘンなユメを見たデース。『魔法少女』って、魔女のオンナノコのコト思ってマシたけど、昨日見たユメだと違いマシたヨ。何て言うか真っ白な空間にサムライジャパーンにミコさんで京美人のようなビューティフルシスターが―――――――――――――――――――」
「…………あの、カティさん?」
時々、自分の想像というか妄想に浸るのが、この少女の可愛げのあるクセなのだが、しかし雨音は知っている。
今、カティが語っているのは、残念な事に想像や妄想の類ではない事を。




