0023:鉄板なセメント勝負
予想はしていたが、黒アリスのぶちかました長距離狙撃によって、前線はもう大変な騒ぎで。
「どこからだぁあああ!?」
「頭下げろ頭!!」
「三条さん! 下がってください!!」
「ひょう!?」
機動隊員と同じ濃紺色の鉄兜を被せられた最上級指揮官の三条京警視は、その直後に思いっきり頭を押さえつけられていた。
空気が張りつめた息詰まる人質籠城事件が、アッという間に爆煙巻き上がり銃弾の降り注ぐ地獄の黙示録な光景に。
それまでコンクリート工場の出入り口を封鎖していた警官隊と機動隊は、誘拐犯グループのロケットランチャーを警戒して、特殊犯(班)のコンテナトラックの後ろに退避していた。
装甲車を貫く成形炸薬弾相手に、どれほどの守りになるかは怪しいものだが。
しかし、人質を取られ、日本の法と正義を真っ向から踏みにじる犯罪者を前に、逃げっ放しの警察官魂はありゃしないのである。
「突入しましょう警視ィ!」
「武装が違いすぎます! このまま距離を開ければジリ貧です!」
「特殊犯(班)が孤立しています! 救助も必要です!」
「警視!」
「警視!!」
「え!? ええ!?」
そして、高まる戦意は現場の最上級指揮官に集中した。日本人はこの辺真面目である。
三条警視のいるコンテナトラックと、別のトラックの後ろに待機している警官と機動隊員の熱い視線が、三条警視ひとりへ向けられる。
初の現場指揮で死ぬ程緊張し、銃撃にロケット砲に狙撃に漏らすかというほど怖がっている三条だったが、気持は皆と同じだった。
これこそが、彼女の憧れた現場である。少々過激過ぎだが。
自分は警官、現場に犯人、助けなければならない一般人。そして、何の因果か自分はキャリアで警視。
命令を出せるのは自分しかいない。
「…………ぁ」
考えると頭が真っ白になりそうになるが、5年以上耐えてきた警官としての精神力が、立ち眩みを起こした頭を強制的に立ち直らせる。
「だ、第1、第2チームはまだ中で待機してますね!? 予定通り人質救出作戦を決行します! 同時に県警2機を2班に別け、負傷した特殊犯(班)第3チームの救出と、第1、第2チームの援護にそれぞれ充てます! 総力戦です! 責任は私が取ります! 各位全力であたってください!」
現場を知らない偉ぶったキャリアは好かないが、メガネの美人さんにこうまで言わせれば、警官魂の滾らない野郎はいない。
「ぉおおし行くぞぉおお!! 2機の力見せろお前らぁ!!」
「おおおおおおおお!!!」
気合充填300%の機動隊員と警官の鬨の声が、コンクリート工場どころか辺り一体に轟いた。
◇
警官隊が頼もしくもテンションを上げていた、その頃。
黒アリスに巫女侍、吸血鬼の女王という魔法少女組は、軽装甲機動車で閑静な丘の上の住宅地に到着していた。
コンクリート工場を視界に収める位置取りだったが、先ほどまで居た狙撃地点より、距離は大分開いている。
それでも、黒アリスの射程距離内である。
「ワオ! こげなトコでコンビニ発見デーン! ハラが減っては何とやらデース!」
「おー!? ヤバイ、もうすぐ夏なのにおでん食いたくなってきたー」
「キミら遊びに来てるちゃうねんぞ」
住宅地の外れに存在するコンビニエンスストア、という珍しいモノを見つけ、買い食いが趣味の猪巫女侍は停車したクルマを離れてまっしぐら。間延びした口調で季節感まで間延びさせ、三つ編み文学少女も巫女侍の後に続いて行ってしまう。
そりゃ黒アリスさんもエセ関西弁で突っ込もうというものだ。
「……羨ましい。あたしなんか、さっきからお腹痛くてしょうがないってのに」
「だいじょうぶ、アマネちゃん?」
ハンドルを握るジャックが厳つい顔に似合わない口調で気遣ってくれが、雨音の方はとても「大丈夫」と言える気分ではなかった。
警官が撃ち殺されるのはギリギリの所で阻止出来たが、事態は全く好転していない。
お嬢様生徒会長である荒堂美由は、相変わらず誘拐犯達の手の中だ。
それに『誘拐犯』と言っても、その武装レベルは単なる犯罪者の枠に収まらない。警官隊を相手に平気でロケット砲をブッ放すのを見ても、筋金入りのテロリストだった。
「素人目に見ても軍人っぽいのよね……。あの生徒会長、一体何やったんだか…………」
カティや自分にやった様に、誰かの知られたくない秘密でも握って怒らせたか。流石に雨音も、今回の件がただの金銭目的の誘拐ではないという事くらいは想像が出来た。
ライフルから高倍率スコープ――――――暗視、赤外線、切換え型――――――を外すと、黒アリスは丘の上の駐車場から戦場であるコンクリート工場を見下ろす。
「でもさー、普通人質事件ってもっとこう膠着状態的な、気の長い展開にならない? 今更かもしれんけどー」
コンビニのビニール袋をぶら下げた桜花は雨音の横に並ぶと、湯気を立てているおでんのカップを取り出した。内容は、ダイコン、タマゴ、ハンペンらしい。
一緒に買い物に行っていた巫女侍は、お雪さんに「お土産デース」と『アイスモチ』を手渡していた。こちらは、お雪さんの好物なのだとか。
帰ったらジャックにも何か買ってあげよう。そんな事を思う雨音さんであったが、今は事件の話だ。
「…………日本の警察は、基本的に安全第一よね。間違いなく交渉から入ろうとした筈。なのに、いきなりドンパチ始まっちゃった、ってのはー…………」
「向こうから撃って来て仕方なく、だったたとかー?」
「でももう突撃しちゃってるし」
切っ掛けはどうであれ、とっくに交渉の段階ではないのは、高倍率スコープで見ていても一目瞭然。
一旦はコンクリート工場の事務所の入る建物から退避していた警官隊は、今はロケット弾や銃撃を恐れる事無く建物へと突撃している。遠目に見ても、えらい戦意の高さだ。
直接犯人グループへ攻撃を加えていると人質が心配だが、日本の警察がそう動いているという事は、他に選択肢も無かったという事だろう。
「またブッ放すデス?」
「あー…………いや、警戒されちゃってる。姿見せんわ」
巫女侍も雨音の横に来て、増幅された視力でコンクリート工場の決戦を眺めていた。
カティの言う通り、雨音としても先ほどと同じように、警察へ援護射撃を行いたいところだが、犯人グループが窓から姿を見せない。
犯人グループは射撃ひとつとっても正確で冷静。機械のように正確なタイミングで警官隊に銃撃を加えている。防弾盾の上からでもお構いなしだ。やはり、素人の集団だとは思えない。
だが、ここで本当に感心するべきは、警官隊の方かもしれない。
防弾盾を並べて隊列を崩さない機動隊員は、建物の中からライフルで何発撃たれても小揺るぎもせず、犯人グループの方を睨んで退かなかった。
窓や入口から僅かに垣間見える建物の中では、銃の発射炎と思しき閃光が間断なく瞬いている。機動隊員は、犯人グループと違ってアサルトライフルどころか短機関銃すら持っていないのに、だ。
舐めていないつもりで、雨音は日本の警察を舐めていたらしい。
その勇気と使命感に、言葉に出さず遠くから敬意の念を送る黒アリス。ついでに、今まで何度も撃っちゃってごめんなさい。
「…………無人攻撃ヘリを飛ばして中を探っても良いけど、今ヘタな事すると警察の邪魔になるかも」
「また移動するー?」
「でも、建物の中を確認出来るアングルは、多分ここだけよね……。今だったら地対空ミサイルが飛んでくる心配はないと思うけど、それでもー………………お?」
予断を許さない警官隊と犯人グループの攻防に、もどかしさを感じながら出来る事を探し、黒アリスが高倍率スコープを動かした。
その途中、高速で流れた視界の中で何か引っ掛かりを覚え、スコープを少し戻して見た所、とんでもない物を発見してしまう。
「なにー? 何かあった?」
黒アリスは問われるも一点を凝視したまま答えず、首を傾げる桜花は黒アリスが見ている方向へと自分もスコープを向け、
「…………せんちゃん、何アレ?」
見つけた物が何なのか理解できず、再び隣の黒アリスへと疑問を投げかけた。
◇
開き直ったような警官隊とは対称的に、犯人グループはどこまでも冷静だった。
最初に立て篭もっていたコンクリート工場の建物に舞い戻り、今度は各階に2名ずつ戦力を分散して警官隊を迎撃する。
狙撃手を警戒して建物からの移動は不可能だが、まだ犯人達には人質がいる。
それに、警官隊を排除してこのコンクリート工場から脱出する手段は、既に近くまでやって来ていた。
最初にその災難と遭遇してしまったのは、コンクリート工場の周囲を封鎖していた交番勤務の警官だ。
面白半分に見物に来た周辺住民や、コンクリート工場の前を走る県道を利用している大型トラック。そういった相手引き返させる、あるいは他の道を教えるなどしていた警官。
彼は新たに近づいてくるエンジン音に気が付くと、道を塞いだ警察車両を背にして、赤い光を放つ50センチほどの長さの停止棒を振り近づくクルマに停止を求めた。
だが、停止棒を振るその動きは、相手の姿を見た瞬間に凍りついてしまう。
見上げる様な鋼鉄の巨体は、警官も警察車両も見えていないかのように突き進み、
「ぉ……あッ!? おぁあああああああ!!?」
間一髪硬直から抜け出し飛び退いた警官の後ろで、道を塞いでいた警察車両は鋼鉄の巨体が持つ8つの車輪によって、グシャグシャに潰されていた。
そして、まるで何事もなかったかのように走り去る巨体を見送り、少しの間頭が働かなかった警察官だったが、すぐに我に返ると震える手で無線を手にし、悲鳴のように叫ぶ。
「ほ、ほほ本部! 本部!! 戦車……075号を霧須方面からコンクリート工場へ――――――――――――」
『戦車』と、そう表現するしかない、8つのタイヤが付いた鋼鉄の固まり。
それが向かった方向は、今現在人質を取った立てこもり事件が起こっており、県警の機動隊と警視庁の特殊部隊が来ていた筈。
そこで何が起こり、これから何が起ころうとしているのか。
最悪の想像に戦慄する制服警官は、腹の底から来る震えをそのまま、必死な思いで無線に怒鳴った。
「――――――――――せ、戦車が3台!! 移動中! 本部!! 人質事件の現場に戦車が3台向かっている!! 本部! 現場の警官に警告を!!」
当然、警察がそんな物を投入するワケが無い。
コンクリート工場では警官隊と犯人グループが一進一退。
そこを目指してとんでもない兵器が3台も急接近し、もはや「なるべく手を出さない」とか言っている場合ではないと、魔法少女は大慌てで援護の準備を始めていた。




