0022:戦場ドミネーター
寂れた町外れのコンクリート工場周辺を、県警の警察官と警察車両が包囲していた。
包囲の端では、制服警官が騒ぎを聞き付けた野次馬を封鎖線の外に押し出している。
空からは警察のヘリがコンクリート工場を監視し、鉄兜に盾を装備した県警の機動隊が列を成して配置へ走り、工場側へ向けて盾を並べていた。
そんな状況の現場に、派手なエンジンサウンドを鳴らす2ドア2シーターの外国産スポーツカーを先頭にして、赤色灯を回したネイビーブルーのコンテナトラック数台が到着する。
スポーツカーとコンテナトラックから降りて来たのは、この件の解決を指示された三条京警視と、警視庁の特殊捜査班であった。
◇
『銃を持った怪しい集団が、縛られた制服姿の女の子を連れてクルマを乗り換えていた』
『その集団は、現在は県内にあるコンクリート工場に身を潜めている』
このような、非常に具体的な匿名による善意の通報を受け、警察はすぐさま周辺のNシステム――――――自動車ナンバー自動読み取り装置――――――の映像を取得。併せて、通報にあったクルマの乗り換え地点から、誘拐されたお嬢様生徒会長の荒堂美由を乗せた物と同じ、乗り捨てられていたクルマを確認。双方を突き合わせ、犯行グループと思われる男の顔を確認した。
すると驚くべき事に、クルマを運転していた男と助手席にいた男は、警視庁に情報が存在していた。
日本に近いアジア最大の国家。この国の対日工作員として、要注意人物リストに載っていた人物である。
ただの営利誘拐ではないと気付いた警視庁上層部は、すぐさま事件の担当を三条警視から別の者に代えようとした。
しかし、事件を聞き付けた公安部が主導権を寄越せと刑事部に対して高圧的に要求し、当然刑事部はこれに反発。主導権争いが始まってしまい、三条警視を止めるのを忘れてしまう。
こうして三条警視は誰にも止められる事無く、捜査本部を所轄の警察署に任せ、犯行グループの潜伏していると思われる現場、コンクリート工場へと向かった。
◇
「為回收部隊聯絡。馬駒子、確保。聯合地點從東變更為西」
誘拐犯のひとりが、外国の言葉で通信機に話しかけていた。
犯行グループの他の男達は、擬装冷凍車から運び出した大量の武器や装備を身に付けていく。捕まったまま部屋の片隅で放置されている荒堂美由には、まるで戦争の準備に見えた。
「我們被捉住的事不被寬恕。無論如何突破包圍、逃出」
「沒有問題。到軟弱的日本的警察把我們捕捉的事不可能。如果稍微脅做、馬上逃出」
物騒な武器を持ちあい、殺伐とした空気の中でも不敵に笑い合う誘拐犯達。
完全に明かりを落とした室内、十数台と集まっている警察車両のヘッドライトの光が、窓から差し込んでいる。
犯人達は窓の前には立たず、その脇に張り付いて外を見下ろす。
その時、前触れなく鳴りだす室内の電話機。
プルルルルル……という電子音が犯人達を呼び続けるが、誰一人、まるで出る様子を見せない。
つまり、そういう事ですか、と何となく犯人達の目的を悟った荒堂美由は、見張りにバレないような小さな動きで、逃げ支度を始めていた。
◇
交渉を行おうにも犯人達は電話に出ず、緊張で胃がひっくり返りそうになっている三条警視は、震える声を押さえて特殊犯(班)に突入を指示する。
特殊捜査班は、正式な名称を警視庁刑事部、第一特殊捜査、特殊捜査第一係という。誘拐や人質立て篭もり事件、航空機強奪事件などを専門に対処する係だ。
機動隊と違う、黒のヘルメットに防弾ベスト。機動隊よりも小型の室内戦を想定した小型の防弾盾を装備。火器には短機関銃(機関拳銃)のMP5と、拳銃のS&W M3913を携行している。
時刻は午後8時05分。事件発生から1時間35分が経過。
特殊犯(班)10名は犯人の位置を熱センサーで確認し、人質の救出作戦を開始。
コンクリート工場の建物、5階の事務所に居る熱源は、犯人グループと人質であると思われた。
特殊犯(班)は10人を3チームに別け、第1チームが下から攻めて犯人側の注意を引き、第2チームは建物上からロープ降下で犯人達のいる事務所を強襲し、第3チームは立て篭もり現場を狙える別の建物屋上から狙撃で援護する作戦だった。
その作戦は、犯行グループ側の放った対戦車ロケットランチャーによって瓦解する。
オフィスの入っている建物一階から、第1チームは罠に警戒しつつ階段へと向かっていた。
陽動である第1チームは、いつ会敵しても良い気構え。MP5の銃口を前に、暗視スコープを装備し真っ暗な屋内を進む。
その後方で、突如爆発が起こった。
犯人に狙い撃たれたのは、陽動でも本命でもない第3のチーム。狙撃で支援する為に狙撃手2名が潜んでいた資材倉庫に使われる建物が、事務所の窓から飛び出したロケット弾によって内部から大爆発を起こしていた。
「ッ――――――――――――!? 退避させて! SITは今すぐに撤退!!」
「辻島、早速、今すぐ後退しろ!」
『藤巻は!? 藤巻と五木はどうなった!!?』
爆発の炎で現場はオレンジ一色となった。
三条警視は即座に特殊犯(班)に撤退を指示するが、前線指揮所は大混乱となっており、犯人グループはのんびりと待ってはくれない。
続けて放たれる対戦車ロケット弾は、コンクリート工場入口を封鎖する警察車両の一台に直撃。車体の下から爆発し、炎の固まりとなった警察車両が宙を舞った。
「退避ー! 退避しろー! 退避ー!!」
所轄の機動隊隊長が、全警官に後退を叫んだ。
そこに追い打ちをかけるように、犯人グループから激しい銃撃を加えられる。
更に徹底した事に、銃撃が警官隊の頭を押さえている隙に、再び放たれる地対空ミサイル。
上空から現場を照らしていた警察のヘリに当たらなかったのは、単なる幸運と偶然以外の何ものでもなかった。
当然、警察のヘリは大慌てで空域から離脱。
鼻っ柱を思いっきりへし折る形で警察を翻弄した犯人グループは、人質、と言うよりも道具である荒堂美由を引っ張り上げ、変更した予定通りに移動を開始。建物正面から敷地内を抜けて、工場の裏手から包囲を突破する腹だった。
機動隊や警官隊は、犯人グループの火力を警戒して包囲すらままならない。それでも執拗に、警官達に銃撃を加える犯人達。
隊列を組み、お嬢様生徒会長である荒堂美由を中心に囲い発砲しながら、犯人グループは建物から工場の敷地中央へと向かう。
その前に、運が良いんだか悪いんだか、資材倉庫の屋上から砂山の上に飛び降り、対戦車ロケット弾の爆発から辛うじて逃げていた特殊犯(班)隊員が倒れているのを発見されてしまった。
無理なダイブで脚を痛めて動けない隊員は、発見された事を悟り舌打ちをする。
犯人側として見れば、ここまで警官達に銃口を向けておいて、今更発砲を躊躇う理由もない。
「不結束。使不感到痛苦因為做容許」
「何言ってんのか分かんねーよ……」
犯人のひとりが、ライフルを無造作に隊員へ向け、何の感慨もなくその引き金を引こうとし、
黒アリスが対物狙撃滑腔砲を発砲。
500メートル離れた丘の路上から15.2ミリAPFSDS弾を直撃させて、銃を構えていたのを含めて犯行グループの二人を吹き飛ばした。
「…………ッし!」
伏射姿勢でスコープから目を離さず、小さく呼吸する雨音は、そこで再び息を止める。
スコープの照準線上には、狙撃にも驚く事無く、即座に建物へと戻ろうとする犯人グループの姿が。
そこを目がけて、機械のように表情を無くした黒アリスが、手元の砲をセミオートで連続発砲する。
ズバギンッッ! というアスファルトの地面を振るわせる発射音に、銃口とマズルブレーキから噴き出す炎。
本来は人に向けてはいけない(?)口径の砲弾は、掠めただけで2~3人を簡単に吹き飛ばす。
雨音の砲口は敵を追尾し向きを変え、最後の一発は擬装冷凍車を撃ち抜き爆発炎上させていた。
「…………おっと」
「『おっと』じゃないよせんちゃん……関係無いのブッ壊してるじゃん」
自分でやらかしておきながら、スコープから目を離して目を丸くする黒アリス。
そんな黒アリスに、ガードレールに腰を下ろす三つ編み文学少女が、ジト目で突っ込みを入れていた。半眼じゃない事がほとんど無い、マイペース文学少女ではあったが。
「まぁ……アレよ。これで逃走は出来ないわ」
「えー……どうなの、でも? 犯人も生徒会長もまた引っ込んじゃったじゃん?」
黒アリスの取って付けたような弁解に、狙撃銃のスコープだけで現場を見ている桜花が言う。
確かに言われた通り、犯人グループの姿は見えなくなってしまい、今の位置からではもう狙撃出来ない。
犯人達も、狙撃手の存在を警戒して、もはや自ら姿を晒す事は無いだろう。
こうなると、追い詰められた犯人達とお嬢様生徒会長の荒堂美由を一緒にしておくのは、今まで以上に危険かもしれない。
「っても仕方ないじゃん。撃たせるワケにはいかなかったし…………」
「まーそりゃそうか…………」
とはいえ止むを得ぬ理由はあったのだ。どうせ、むざむざ特殊犯(班)のお巡りさんを撃たせるという選択肢など、初めから有りもしなかったのだから。
「そーデース、黒アリスさんは悪くないデスねー。テロリストに振り回されてるケーサツ(警察)のヘマデース。お礼言われても、怒られる筋合いじゃないデスよ」
「でー、秋山ちゃんは黒アリスさんの何を撮影してたの?」
「北原さん、そいつの携帯取り上げといて」
携帯に手を伸ばす桜花に対し、巫女侍は携帯電話を天高く掲げて抵抗する。忌々しい事に、変身後のカティは背も手足もスラリと伸びて、平均的身長の桜花では届かなかった。
ちなみに、撮影内容は狙撃時にプルプルする黒アリスのお尻、リベンジである。
「さーて移動するよー。警察が来る前に狙撃位置変えるわ。ジャック」
雨音が無線に話しかけると、道路の少し離れた位置から、クルマのヘッドライトが3人の魔法少女を照らした。
アスファルトの地面にうつ伏せになっていた黒アリスは、胸やお腹のホコリを払いながら、身長よりも長い対物ライフル――――――旋条を切って無いので実際は滑腔砲――――――を抱えて立ち上がる。
カティが携帯を胸に抱いて逃げるように軽装甲機動車に乗り込むと、口を△にした桜花が追うように乗り込んだ。
そして、黒アリスの雨音が遠くの戦場を一瞥してから乗り込むと、走り出したクルマは曲がりくねった丘の道に消えていく。
戦闘は未だ継続中であった。
『いまさら魔法少女と言われても』はフィクションです。
登場する組織、国家、人物等は現実のものと一切関係ございません。




