0020:オペレーション クレーンキャッチャー
自分から荒事にする気はないが、やられっ放しでもいられない。何せ正体を知られているのだ。傍観も出来ない。
飽くまでも、仕方が無く。
そのようなワケで、相手のお誘いに乗ってこちらから出向く腹を決めた雨音だったが。
「おい……キサマら何を持っている?」
「え? いやーせんちゃんって、いつもあんな擦り落ちそうなパンツ履いてんのかと思ってー」
「普段からあんなの履いてて欲しいデスネー」
その前に、処理しなければならない敵が雨音の部屋にはいた。
真面目な話をしている横で、いつの間にやら雨音の下着を物色していた友人二人。
普段はクールJKの下半身をピッチリと守っている純白やらストライプやらの伸縮布地を、引っ張ったり広げたりして遊んでいるカティと桜花へドぎついお仕置きをすべく、殺す目をした雨音はゾンビのように立ち上がった。
◇
雅沢女子学園高等部生徒会主催による留学生との交流会は、今週土曜の午後からを予定されていた。
雨音とカティの学校に多く在籍する留学生を招き、外国人との接触に乏しい雅沢女子学園の生徒が英語等の外国語混じりで親交を持つ会らしい。具体的な所は、当日のお楽しみとの事。
そして、大胆不敵にも魔法少女としてのカティを呼び出した雅沢女子生徒会長の荒堂美由。雨音の予想では、彼女もまた能力者――――――あるいは魔法少女――――――だろう。
何故カティの前に姿を現したのか。目的は何か。
不明な事ばかりではあるが、雨音としては相手の予定に従う義理も無いのである。
「というワケで、いつも通りな感じで行くわよー」
「イエー! ってせんちゃん、泣いてるー!?」
「ど、どうしたデスかアマネー!? まだ何も始まってないデスよ!!?」
雨音のミニスカエプロンドレス、魔法少女モード。そして、いつもは冷静な瞳の端に、今日はキラリと光るものがあった。
自分で提案しておいて何だが、今からやろうとしてる事が、誘拐以外の何ものでもない事実。
アウトロー系魔法少女まっしぐらなのだから、泣きたくもなる真っ黒アリスである。
提案したのは黒アリスの雨音だが。事実なので2度言った。
「せんちゃーん……いや狙いは良いと思うんよ? 相手何考えてるか分からないしー、狙いは不明だしー、何か上から目線でムカついたから、いっちょビビらせて何もかも吐かせようって作戦」
「ハードボイルド系魔法少女のほんりょーはっき(本領発揮)デース」
「やめて北原さん事実だけど言わないで! あたしだって考えたの! もっとこう平和な方向で行けないかなって! でもダメだったー……万が一を考えたら先手必勝、絶対先行、一撃必殺でカタを付けないと…………」
事に到れば、躊躇わず初撃で首を落とすのが雨音の信条である。
半泣きで項垂れる黒アリス。その手には、スコープにレーザーサイトにグレネードランチャーに拡張マガジンを追加した、フル装備の大口径アサルトライフルが。
小心者の黒アリスは常に最悪のケースを想定する。
つまり、相手がド外道のファ×キン魔法少女であった場合、正体を知られているのは致命的なハンデとなり得る。
そして、何の保証もない以上は、雨音達が自らの安全保障の為にアドバンテージを取るしかないのだ。
どう言い繕っても、やろうとしているのは誘拐拉致監禁だったが。
事の成り行きによっては多分、脅迫とか拷問も付く。
人間同士の不信と疑心暗鬼から成る戦争は、多分永遠に無くならんなー、というのが雨音と桜花の共通の思いだった。
「だったら勝ちに行くしかないねー。でも……せんちゃん、あたしの方は?」
「予定通り、当面様子見ね。無いとは思うけど、生徒会長さんの能力と北原さんの能力が相性悪い可能性もあるし」
「慎重だねー……。もはや百戦錬磨の風格?」
「カティとアマネはいちばん暴れてる魔法少女ではあるデスネー、きっと。それで黒アリスさんは、いちばん敵にしちゃいけない魔法少女デース…………」
と、以上の理由で拉致誘拐オペレーション決行である。
現在時刻午後6時30分。
例によって雨音の戦術は、無人攻撃機で情報を収集し、機動力のある乗り物で強襲するというもの。
そして今回は、桜花も参加。後詰という事で戦闘状況には参加しないが、いざとなったら手段を選ばなくて良い事になっている。
◇
拉致目標は雅沢女子学園から毎日、クルマでの通学を行っている。学園と荒堂美由の自宅の場所は確認済み。だが、登下校時のクルマの通行ルートは、調べた3回が3回とも異なっていた。
クルマでの移動における襲撃対策としては初歩で基本だが、この日本で実行しているのは、よほど狙われる心当たりがあるという事だろう。家も古米総領事の私邸以上の豪邸である。
だが、その変動ルートには、毎日変わらない2か所のポイントが存在した。意味ねぇ。
◇
交流会を明後日に控え、一応、生徒会長の荒堂美由は準備を進めていた。
ほとんどの準備は生徒会役員がやってくれているが、メインゲストのお迎えは、会長が自らやらねばならない。
その目的は完全に遊び半分だったが、今まさに彼女を襲おうとしている事態は、遊び半分どころの騒ぎではなかった。
今日も帰り際――――――といっても一時間以上――――――に剣道部に寄り、打ち合わせがてら友人で遊んだ後、荒堂美由は迎えのリンカーン・タウンカーに乗り家路へとついた。
23区にある荒堂家までは、高速道路を使って片道約45分。その間、車内で荒堂美由は読書(漫画)かゲーム(携帯機)という、唯一と言っても良いプライベートを楽しむのがお決まりとなっている。
しかし今日に限っては、出発後間もなく中断させられる事となった。
高速の入口に差し掛かった瞬間、突然脇道から飛び出してくる大型車。
熟練の運転手は、即座に急ブレーキをかける。
「キャァッッ!!?」
常に快適な乗り心地を提供されてきたお嬢さまは、想像もしない急制動に座席から転げ落ちてしまった。
一瞬、運転手は後部客室の主人を気遣うが、それよりも重要なのは、主人の身の安全を守る事。
何が起こったのかは分からなかったが、こういう事も有り得る、と理解していた運転手は即座にクルマを後退させ、その場から離れようとする。
ところが、またしても道路の横からトラックの荷台のように角ばった大型車両が飛び出し、2車線の狭い道路は完全に封鎖されてしまった。
正面では、大型SUV、後方にはトレーラーが。
そして、クルマの横にはアサルトライフルの銃口を窓に押し付ける、目だし帽のテロリストが。
コンコン、と銃口がサイドドアのウィンドウをノックし、窓を開けるように促す。
車内のお嬢様と運転手は、状況に頭が付いていかずにノーリアクション。
相手が従わないと思ったテロリストは、徐にアサルトライフルの先端を揺らすと、運転席側へ向けて発砲する。
「ぅおあ゛あぁああああああ!!?」
「キャァアア!? 金田さんッッ!?」
ガラスが砕け散り、その破片が運転手の金田を切り裂いた。
「出ろ……! お前は殺さない」
「あなた達……!?」
低い声で、目だし帽の大男がウィンドウ越しに言う。
荒堂美由は、普段の穏やかさの欠片もない苛烈な目で目だし帽の相手を睨むが、この状況での抵抗や反抗は危険過ぎた。
「行くわ……行きます! だから金田さんには手出ししないで。狙いは私でしょう!?」
不承不承に目だし帽の大男に従う荒堂美由は、乱暴に腕を掴まれ前方のSUVへと連れ込まれる。
直後、SUVはガラスの砕けたリンカーン・タウンカーと負傷した運転手を後ろに、タイヤとアスファルトの擦れるけたたましい音を立て走り去って行った。
◇
そして、軽装甲機動車の中から無人攻撃機の監視映像で一部始終を見ていた黒アリスの雨音は、思わずマイクに叫んでいた。
「んなアホな!?」
まさか自分達以外にお嬢様生徒会長の誘拐拉致を目論む手勢がいるとは。どれだけ運が悪いんだ、お嬢様と自分達の両方。しかも同じ日に、同じタイミングで。
『これはー……せんちゃんと、モノホンの誘拐犯が同じ思考回路って事で――――――――――――』
「北原さんあんた対空砲で撃ち落とすわよ!!?」
『アマネちゃんボクは!!?』
この非常時に能天気かつ酷い事を言われ、黒アリスさんは無線越しに牙を剥いた。ついでにちょっと涙目だった。
「んー……ちょっとイイ気味デース。でも、カワイそうかもデスねー」
後部座席から身を乗り出して黒アリスと同じ映像を見ていた巫女侍は、猫のような糸目になって複雑な胸の内を語る。件のお嬢様生徒会長にやられたのを腹立たしいとは思うが。
『どうするのアマネちゃん? このままあっちのクルマを追う?』
桜花を横に乗せ、攻撃ヘリを飛ばすジャックからは困惑した声で問われる。
混乱しているのは雨音も同じだ。計画が丸ごと台無しである。
「んー…………」
『助けないのー?』
「魔法少女なら、テメーでどうにかするかもデース」
眉間にしわを寄せて唸る黒アリスさん。桜花の意見も巫女侍の意見も、もっともな話。
誘拐犯の狙い、お嬢様生徒会長の身の安全、今回の計画の目的、行動に打って出た場合の危険、警察を呼ぶ事のリスクとメリット。
それら諸々を、黒アリスの雨音は頭の中で、足したり引いたり割ったりした上で。
「……ジャック追跡して。お雪さん、無人攻撃機代わって。ギリギリまで様子見て、警察が間に合わないようなら、あたし達でやるわよ」
黒アリスはギヤをドライブに入れ、アクセルを踏み込み軽装甲機動車を発進させる。




