0017:天災は知らない方からやって来る
「死ぬかと思った……」
教室の日常風景の中、心底疲れた顔のクールJK、旋崎雨音がマイペース文学少女の北原桜花へ呟く。
時刻は昼休み。
最初は古米産金髪娘も同席しての昼食だったが、ダウナー系長身少女のクラスメイトの魔の手から逃げ惑っていた所を教師に呼ばれ、哀れ昼食抜きで連れて行かれる事となってしまった。
先日の話を桜花にする分には、雨音ひとりで不足無かったが。
「あんた達、なんか楽しそうよねー」
「今の話のどこに楽しい要素が!? ドア開けたら目の前におっかない年齢不詳チビッ子魔法少女刑事が…………とか、ちょっとしたホラーだったわよ」
いつものように、三つ編み文学少女が眠そうな顔で相槌を打つ。カップのうどんを啜りながらも、片方の手は文庫本を持って離さない。
また変な本ではないのかと、雨音は内容が気になってしょうがなかった。
それはともかく。
「でも良かったんじゃん? 今回も捕まらずに済んだんだしー。てか、カティとせんちゃんのチームに勝てる魔法少女なんているのかねー?」
「いや昨日のは運が良かっただけだって……。ホントあの魔法少女刑事シャレにならない……」
雨音の魔法がどんなものか、多少知っていた桜花は目を細めて思い出す。
ハイテク兵器を搭載した軽装甲機動車に、高度なセンサータレットを装備した無人攻撃機。状況に合わせて次々と、それこそ無数に造り出される各種重火器。
いざその火砲が放たれれば、数の不利をひっくり返して一方的に殲滅する。雨音の魔法は、そういった類の超攻撃型能力だ。
雨音本人は、ちょっと実銃を手にしてみたかっただけなのだが。
とはいえ、所詮桜花の考えは、身内贔屓か素人考え、あるいはその両方でしかない。
◇
昨日の事。
能力者の情報収集を進めていた雨音とカティは、リアルタイム型のチャットコミュニティーで能力者と思しき強盗――――――本人は怪盗を自称――――――が犯行予告を出しているのを知り、遠くから予告に指定された場所を観察していた。
堂々とネットに公開されていた情報なので、当然、警察も野次馬も犯行予告にあった場所に集まっていた。
そんな衆人環視の中で、怪盗能力者は予告通りに盗みを働き、警察を嘲笑いながら逃走して見せる。
それだけなら、基本的に観察と情報収集のみが目的だった雨音も手を出すつもりはなかった。
だが、結果的に怪盗能力者を狙撃し、警察に逮捕させる事となる。
狙撃距離、約一キロメートル。怪盗能力者に集中していた警察に、狙撃地点を知られたりはしないだろうと雨音は考えていた。
しかしこれは、少々甘い考えだったと言わざるを得ない。
用心して早々に退散しようとした雨音の判断に、誤りはなかった。
だが、度重なる怪盗能力者の犯行に、警察が待ち伏せ用の別働隊を動かしている可能性までには思い至らなかった。
おまけに悪い事は重なるもので、雨音が怪盗能力者へ対物狙撃銃の皮を被った超高初速の小型戦車砲をブッ放したその瞬間に、雨音のいるビルの足元では、ちょうど魔法少女刑事率いる警官隊が移動している真っ最中だったのだ。
そして、屋上に急行して来た魔法少女刑事と、撤収しようとしていた黒アリスがばったり遭遇。
散歩中に別の犬と鉢合わせて大喧嘩になるかの如く、相手を認識した瞬間に、全力で突っ込んでしまう巫女侍。年齢不詳のチビッ子魔法少女も、正面から馬鹿力の巫女侍と打ち合う。
雨音は他の警官に――――――泣く泣く――――――短機関銃による牽制射を行い、どうにか巫女侍を魔法少女刑事から引っ剥がすと、全力でその場から逃げだした、と。
我ながら、よくも逃げられたものだと思う。
◇
「そんなに強いのー? その年齢詐称魔法少女ってー」
「まーねー……。何て言うか動きがね、違うのよ」
見た目は愛らしいチビッ子魔法少女。その中身は年齢不詳のガチ警官。剣道か何か武道の心得があるらしく、巫女侍の素人剣術では相手にならない。加えて、手錠や腰ヒモを出現させて相手を拘束する能力や、盾を出し防御する能力と、『攻』『防』『支援』系が揃ってバランスも良い。
雨音の火力なら押し切れるのだろうが、あの場面では無理だ。そもそも警官に銃なんて向けたくない。
「あたしの魔法ならどうかなー?」
「北原さんの……って、どうやって?」
「にーちゃん突っ込ませる」
「…………うん、いや、やめとこう」
桜花の魔法、吸血鬼紅書による吸血鬼契約。
これによって生み出される吸血鬼なら、あの魔法少女刑事に対抗出来るかもしれない。
だが、吸血鬼化させる対象含め、諸々問題があり過ぎたので却下である。
「てーか『魔法少女刑事』って何なのかねー? どーして本物の警察が協力してんの?」
「さて……そういった能力なのか、警察公認の魔法少女なのか……。とにかく一般魔法少女じゃ分が悪過ぎるわ。これからは現場で出くわさないように気を付けないと」
「いっそー、もう全部魔法少女刑事とやらに任せとけばー? せんちゃんだってその方がイイんじゃね?」
「そりゃまぁ…………そうなんだけどね」
紙パックのバナナオレをズルズルやりつつ、雨音は桜花に生返事を返す。
桜花の提案には大賛成だが、多少強いだけの魔法少女ひとりで、今後の事態全てに対応出来るとも思えない。
かと言って、雨音や他の能力者の協力など、恐らくは先方もお断りだろう。
それどころか、悪辣な予想をしてみれば、警察が能力者の逮捕にどんな手を使って来るか分からないのだから。
「ま……アレだ。例えば、北原さんが本気で世界を大混乱に陥れようとしたら、魔法少女刑事に止められるか、って話よ」
「えー…………? せんちゃんはどう思う?」
桜花が遠慮も手加減も無しに吸血鬼を作り出したら、アッという間に世界は吸血鬼が、そして桜花が支配する世界となるだろう。
止める方法は桜花を押さえるか、吸血鬼だけを倒すような都合のよい能力者を探すしかない。
少なくとも、桜花の存在を知らない直接攻撃系の魔法少女刑事だけでは不可能だ。
という、雨音の見解を述べた所で、桜花の中で煮え滾るものが。
「ヤバい、何かこー……漲って来たかもー! あたしなら、今こそ世界をこの手にー――――――――――ってー、冗談だからそんな諦めた目で見ないでー。せんちゃんの場合、洒落にならないー」
しかし、雨音の、じゃあ仕方ない撃ち殺すか、とでも言いたげな目に見据えられ、吸血鬼の女王は早々に野望を引っ込めていた。
先の事件の反省もあり、本気でもなかったが。
「にしてもー、カティ、遅くね? 昼休み終わってまうわー」
「そういえば先生、『留学生代表として~』とか言ってたけど……今に思うとカティには荷が重い話だった気も……」
さり気なく失礼な事を言いながら、雨音は今更ながらに事の奇妙さを思い眉を顰める。
古米総領事のひとり娘、カティーナ=プレメシス嬢は色々と特別な少女だ。出席日数や成績面で色々と配慮されているが、逆に学校側から何かを求められた事はなかった筈。
そのカティが呼ばれたのが、昼休みが始まって間もなくの事だ。そして、そろそろ昼休み終了の予鈴が鳴る時刻。このままでは本当に食べる時間が無くなるが。
「むぅ……それならそれで授業中に食べるか、どうせ。……今の内に飲む物買っとこう」
「相変わらずマメだねー、せんちゃんはー」
弁当自体は、最近は雨音の母が『ついでだから』という事でカティの分も作ってくれている。
なので雨音は、授業中に弁当と一緒に飲むドリンク類でも調達しておこうかと、自動販売機に行く為教室を出て、
「ぉわ!? カティ!?」
「………………アマネー」
廊下に出た途端、雨音は小柄な金髪娘とぶつかりそうになった。
そしてどうした事か、日頃から元気の固まりのようなお嬢さんが、何故か背中を丸めて切羽詰まった表情をしている。
「ど、どうしたのカティ? ご飯ならまだ食べる時間あるわよ? 突貫になるけど」
「ン……ゥ」
スカートを抑えるように拳を握り、雨音の科白にも応えず言い淀むカティ。
「カティ……?」
その様子に、ただ事ではないと察した雨音が、俯き気味のカティの顔を覗き込んだ。
するとカティは、珍しく雨音にも言い辛そうに口を開き。
「アマネ……魔法少女、バレたかもデース……」
「…………マジか」
予鈴が鳴り生徒達が教室へ戻っていく廊下にて、流石に雨音も言葉を無くしていた。




