0016:お尻は反動吸収システムを兼ねていますウソです
旋崎雨音としては、正義を行っているつもりなど欠片もなく、全ての行動は自分の為と言って憚らない。万人に共通する普遍的正義など存在しないと、この歳で理解してしまった小賢しくもドライな少女であった。
正義なんて口に出す奴は、『正義』という言葉を自己正当化の免罪符に使っている、碌でもない手合いがほとんどだ。正義には漏れなく、責任と罪が付いて回る。これらは不可分なものなのだから。
この話を掘り下げていくと、行為自体の正当性や、必然として犯してしまう罪の購う方法論、正義を行う事自体の是非など、堂々巡りの議論となるので深入りはしない。
ただ、室盛市に住むいち少女の意見として言わせてもらえば、突き詰めると全ての行為はやった者勝ちになってしまい、問われるのはその動機と信念であると。
我ながら何とも精神論的な結論に至ってしまい、ならば全てが利己的な動機からだと最初から言っておいた方が、後から余計な言い訳をする必要もない。
本当の意味で、犯した罪を購う事など出来やしない。だが、そこで足を止める事も、また罪を犯している事と変わらない。
何をやっても変わらないのなら、自分の信念とか利己心とかとにかくそんな動機で、信じた道をビビりながら進んで行く以外に無いのだ。
「いかん……無限ループに入ったかも」
「く……黒アリスサンはいつもじゃないデス?」
時刻は午後9時44分。
所は、あるオフィスビル屋上。そのエレベーターボックスの上。
衝撃波でひっくり返った巫女侍からごもっともな突っ込みが入り、うつ伏せになっている黒アリスは、そのままコテン、とコンクリートの地面へ顔を伏せた。
◇
吸血鬼が大量発生した件は、その顛末を含めて雨音の心に強い懸念を焼き付けていた。ただでさえ心配性な小心者なのに。
ある時期を境にして生まれた特殊能力者――――――あるいは魔法少女――――――は、現在進行形で様々な怪事件、怪現象を引き起こしている。
銃砲兵器系魔法少女の黒アリス、怪力猪巫女侍の秋山勝左衛門、騎馬武者の島津四五朗、ビキニカウガールのレディ・ストーン、吸血鬼の女王である北原桜花、自律稼働フィギュア遣いのヒョロ長男。
と、その他大勢の能力者達。
そして、これらは氷山の一角に過ぎず、今後も吸血鬼の大発生と同程度か、あるいはそれ以上に重大な危機が、未知の能力者によって引き起こされかねないというのが現状だ。
旋崎雨音は、魔法少女な以外は少し変わった趣味を持つだけの、ごく普通の女子高校生でしかない。
世界の平和や人類の存亡を口にする気は無い。そんな事は、どれほど大きな力を持ったとしても、一個人が語る事ではない。
普通の少女である雨音が心配するのは自分の事だけであり、それで良いと思っている。
目一杯手を伸ばし、限界まで背伸びしたとしても、届くのは家族や友人までというのが関の山だろう。
こうして考えた挙句、雨音は自分の生活と人生を守る為、先手を打つ事にした。
先手といっても大した事が出来るワケでもない。危険な人物を消す、なんて事もしない。雨音の場合は、実に向きな能力ではあったが。
つまり、どんな能力者がいるか、危険な能力を持っていないか、能力を持っているのはどんな人物か。その辺りを予め調べておけば、いざという時に何かしら対応もし易いのではないか、と。
最後の最後で結局出たとこ勝負なのが泣かせる。
能力者と魔法少女を訪ねて三千里。メートル換算だと、だいたい一万一千キロメートル。実際にはそんなに移動してはいないが。
個人が当たり前に情報発信と映像記録が出来るようになった時代の為か、能力者の中に身を隠そうという意識が低い者がいるせいか、それらしい人物を探すヒントは、ネット上に山ほど発見出来た。
それらの情報をもとに雨音は、防波堤に出没するという鎧武者を始め、同じ場所で偶然に遭遇したビキニカウガールと魔法少女刑事、謎のひとり用全翼機で空を飛ぶ能力者、手から炎を出す放火魔、生きた猫型バスの運転手、輸送の警備員を返り討ちにする力自慢の現金輸送車強盗、銀行を荒らしまくっていた透明――――――正確には体色変化だった――――――人間、フィギュアに命を与える能力者、その他にも数名の能力者を目撃。情報を収集していた。
そして、うち何人かを、雨音は自身の魔法で狙撃していた。
今もまた、全身黒尽くめのヒーロースーツに黒マントの能力者を、雨音はオフィスビルの上から狙撃したばかりだ。
警察に犯行予告を送り、美術品や宝石を厳戒警備の中から盗み出した怪盗能力者。
それだけなら雨音も、観察に留めて手を出す気など無かった。犯人が特別な能力者だろうと、逮捕は警察のお仕事である。雨音が手を出して逮捕したとしても、その後の起訴内容や量刑の内容に問題が出たら申し訳ない。
だからこそ雨音は、散々「カティも行きたいデース!!」と訴えて来る巫女侍の相棒を窘め、長距離狙撃用ライフルのスコープ――――――当然暗視機能付き――――――と無人攻撃機での情報収集のみに徹していた。
いたのだが、問題の怪盗が逃走の過程で、クルマの玉突き事故を故意に誘発させたとあっては話は別である。
そもそも怪盗とは言っても、映画などで見るような華麗な手口でスマートに盗みを働き、徒にヒトを傷付けないという、そんな紳士ではなかった。
自分を追い詰めようとする警官の手を、あと僅かといったところまで近寄らせておいて、からかいながらその手を擦り抜け、小馬鹿にしながら高笑いで逃げ回る。
本物そっくりの人形を能力で出し、混乱する警察を、聞こえるように陰から嘲笑う。
そんな事をしなくても逃げられただろうに、ワザと事故を誘発させて、警官の追跡の足止めに使う。道の向こうから、事故を放っておけない警官達を挑発するのも忘れない。
おまけにその手口が、塾帰りと思われる子供を車道に引き倒すという外道っぷり。
そのようなワケで、ズバガンッッッ――――――――――!!! と。
黒アリスは魔法で作り出した個人携行小型戦車砲とでもいうべき代物、対物狙撃滑腔砲、IWS2000で、初速1400メートル/秒超という速度の15.2ミリAPFSDS弾――――――小型戦車砲弾――――――を、約一キロ先の立体駐車場の屋上に現れた怪盗に叩き込んでいた。
◇
正義面をするつもりはなかったが、外道のやり口に我慢をする気にもなれなかった。褒められる事ではないし、間違った事かもしれないが、見逃すのも罪というものだろう。
やってしまった以上、これが良い結果を生むのを願うだけ。後は野となれ山となれ、というのは少々無責任に過ぎるだろうが。
「クッ……何と言う事デース」
「あ……ゴメンね勝左衛門、いきなり撃っちゃって。ビックリした?」
空気を叩く衝撃波にひっくり返り、尻もちをついた巫女侍が、お尻をさすりながら立ち上がる。
すぐ横で小型化した戦車砲と同じ物が爆発すれば、それは驚いて当然だろう。
だが、巫女侍が沈痛な表情を作るのは、実はそれとは全く違う理由であった。
「黒アリスさんが撃った瞬間……うつ伏せになってる黒アリスさんのお尻が反動でプルルン……て。分かっていればスマホで撮ってたデスのに…………ムネーン(無念)!!」
「…………次はアンタを狙撃してやろうか?」
IWS2000の装弾数は弾倉に5発、弾室に1発。まだ、弾倉一個分丸々残っている。
黒アリスさんが危険な目を向けた途端に、巫女侍は縮こまって震え出した。
小型戦車砲弾の直撃を受けた怪盗能力者は、その後ピクリとも動かなかった。
秒速1400メートルを超える運動エネルギーによって、元々立っていた場所から大きく吹き飛ばされ、着弾位置と思われる下半身が真っ裸になっている。スコープから見る雨音にとって、相手がうつ伏せになっているのは良かったのか悪かったのか。
「死なない筈だけど…………死んでないでしょうね? 服が吹き飛ぶのはいつもの事だから良いとして…………ホントにどういう原理なんだろ?」
「魔法だからきっと、物理関係無いデスねー」
雨音がライフルスコープで下半身真っ裸の怪盗能力者を見る横で、カティも手の平で額に庇を作り、約1キロ先に見下ろす駐車場を眺めていた。身体能力を強化している巫女侍には、どうやら見えているらしい。
雨音の銃では、人間は撃ち殺せない。フィギュア遣いや多くの吸血鬼を撃ってきたが、死んだ相手は誰ひとりいなかった。
とはいえ、未だに心配にはなる。
例えば、吹き飛ばした後にどこかへ頭をぶつけた、などの場合はどうなるか分かっていない。魔法という事でフォローされるのだろうか。
警察は、雨音が狙撃する直前まで怪盗能力者を追っていたので、すぐに立体駐車場屋上へ突入して来た。
警官達が下半身を露出して倒れている怪盗を包囲し、慎重に近づいてゆくのを雨音も見守る。引き金だっていつでも引ける。
その後、手錠を掛けられた様子から、どうやら生きているらしい事が分かった。
死体に手錠は掛けまい。雨音も一安心である。
「余計な事しちゃったけど…………多分証拠持ってるだろうし、きちんと起訴まで行くわよね?」
「無罪になってまた何かやらかしたら、そん時はせっしゃが地獄を見せてやるデース」
どことなくしょんぼりして言う黒アリスに、むしろ巫女侍は望むところとばかりに拳を振り上げて言う。今日は特に暴れなかったので、力が有り余っているのか。
そんな親友を見て雨音は思う。自分の直感に素直に従い、信じるままに行動出来るのが、少し羨ましい。無論、暴走の危険性も孕んでいるだろうが。
ならば自分とカティ、ふたりでいるのが丁度良いのかも。
そんな風に思ってしまうのは、雨音の自惚れか勘違いなのか。
「…………何キュアだあたしらは」
「黒アリスさん、何か言ったデス?」
二人はなにキュア、とかではなく、魔法少女である。黒アリスとしては、その辺も断固拒否したい所ではあるが。
首を傾げる巫女侍へ黒アリスは「なんでもない」と頭を振り、全長1.8メートルのライフルを背負ってエレベーターボックスから屋上に降りる。
「狙撃位置がバレる事は無いと思うけど、長居は無用。今日はもう帰ろ」
「はいデース。帰り、コンビニ寄ってもらって良いデス?」
後に続いた巫女侍は弾む声で言った。
魔法少女として親友と一緒に駆け回るのも楽しいが、帰りにスイーツなどの買い物をしに寄り道するのも大きな楽しみだ。
テンションを上げた巫女侍が、黒アリスの腕に抱きつく。黒アリスも、少し赤い顔をしながら親友の好きなようにさせていた。
「……にしても、正直碌なのがいないわね、能力者。あたしが言えた義理じゃないけど、警察がかわいそう」
「そんなら黒アリスさんとせっしゃ、正義の魔法少女が世の為人の為にセイバーイ(成敗)するデス!」
「だーかーらー、やらんて。絶対に悲惨な事になるし。それに……今の警察には最終兵器がいるしね……」
黒アリスの科白は、語尾が小さくなっていた。
能力者だろうが何だろうが、犯罪捜査は警察のお仕事。つい先ほどは手を出してしまったが、雨音の基本方針は変わらない。
カティは自分の正義のままに力を振るいたいらしいが、雨音はどうにかそれを押さえている。
何度も言うが、世界の平和は軍(自衛隊)と警察に任せるべき。そして、魔法少女だろうが何だろうが、大刀や銃を振り回して破壊活動を行うのは、お巡りさんに逮捕してくれと言っている様なものだ。
それでなくとも、今の警察には魔法少女を狩る魔法少女がいるのだから。
もっともそれを言ってしまうと、一敗している巫女侍が興奮して収まらないので言えないが。
「あたしはね、カティ……出来ればこのまま平穏無事にカティと一緒に生活していきたいのよ。どうせ向こうから厄介事はやって来るんだから、なにも自分から突っ込んで行く事は無いわ…………」
そもそも、雨音が平穏な日常を送る為に始めた能力者達への先行調査。ところがフタを開けてみると、2回に1回程の割合で、面倒な事が起こっている。
不本意だが、恐らくはこれからも、厄介事はやって来るのだろう。
そんな諦観混じりの溜息を吐く黒アリスは、屋上から最上階へ降りる階段入口のドアを開き、
「あ…………」
「ン…………?」
「え…………?」
今まさに屋上入口の扉に手をかけようとしていた、プラチナブロンド縦ロールの魔法少女刑事と、超接近距離で遭遇していた。
噂をすれば、やって来た超ド級の厄介事。
お見合い状態で互いに静止する、目を丸くした魔法少女コンビと魔法少女刑事率いる地元警察集団。
そして、
「リベンジデース!!」
「マジカルスティーック!!」
「ギャワァアアアアア! 出たぁアアあああ!!」
爆発したかの様に、ヒトひとり通れる程しかない屋上出入り口で、突発的不期遭遇戦が始まってしまった。




