0014:参加資格はカタログ並びに漢のロマン
東京千代田区にある秋葉原。言わずと知れたホビーの街である。
第二次世界大戦の戦前戦後、そして高度経済成長期は電気の街として。第三次大戦時は、サバイバルの街として世紀末な電気製品や設備や装備が大量に並んだ。
そして現在は、世界で最も有名な遊びの街として世界に知れ渡っている。
常に時代の流行と需要を反映させてきた街であった。
そんな秋葉原の中でも特に目立つ、ガラス張りの高層ビル内、多目的会場。
ここでは3連休の内2日を使い、あるアニメに限定されたファンイベントが行われていた。
一階と二階の会場を使った計1000平方メートルの空間に、大小様々な個人サークルが売り場を形成している。
規模としては中程度の会場だったが、今最も熱いタイトルのイベントとあって、動員数は事前予想の倍。
内部は人でごった返し、初夏を前に蒸し暑いほどの熱気が籠っていた。
◇
「おー……ネッドちゃんエロス! エロス! エロス! 大事な事なので3回言った」
「このクオリティー、サンプルにも劣らない! やるなクラリスベル!?」
2000のサークルが参加する中のひとつ、壁際のサークルスペースのひとつで、テンションを上げている漢達がいた。
会場の熱気に負けない、暑苦しい空気を纏う彼等の前には、腕ほどの大きさの人型が鎮座している。
それは春の新作アニメ、漫画原作の『妹より優れた姉など存在しねぇ!!』に登場するサブヒロインの、10分の1スケールフィギュアであった。
「しかしこのサイズ……重さがイイ感じじゃね?」
「うむ……ネッド姉さんの崩れかけたボディースタイルが見事に再現されてるでゲス……BBA結婚してくれ!」
「どうなのよ、やづ氏!? これは買いでしょう!」
そんな熱気激しい漢達の中に、背丈の割にやや痩せ過ぎな男がいた。
服を着ていても細さが目立ち、腕といい脚といい首といい、全体的に針金のようなヒョロ長い体型をしている。
だが、フィギュアを矯めつ眇めつする手つきは、あたかも国宝クラスの陶芸家の如し。双眼に宿す光も、無駄に鋭かった。
「…………ちょっと造形師の意が入り過ぎでござるな」
「なんと!?」
全員が30代中盤の女性のフィギュアを絶賛する中、ただひとりひょろ長い体格の男だけが異を唱える。
「それは何故でござるか、やづ氏!?」
「うむ、ネッドちゃんはJKの妹のお子様パンツを勝手に借りて伸ばしてしまう常習犯でち。よって、こんな欲求不満のBBAが履くようなエロ下着を履く事はあり得んでござる」
「それは同人として許される部分では!?」
「いや! やづ氏の言う通り、アレンジと同人は似て非なる物!!」
オーソリティーのヒョロ長男の言葉に、いきなり白熱の議論が始まってしまった。
個人アレンジは好き好き。だが同人でも、あるいは同人であるからこそ作品として守るべき枠がある。そんな所から、同人作品におけるキャラ性の改変、オリキャラ介入の是非、オフィシャル原理主義から、作品の送り手受け手の共有思想まで。
ことアニメジャンルにおいては引く事など出来ず、また対等な相手だからこそ自分の意見を譲るワケにはいかないアニメおたく達。
無数の人間がひしめくイベント会場の一角。サークルスペースの前で、むさ苦しい野郎どもが唾を飛ばして激論を交わしている。
そんな彼等を横目に行き交う、一般参加者やコスプレ姿の参加者達。
その多くが、大声を上げるアニメオタク集団から距離を空け、ヒトの流れがサークルスペースから離れて外向きに膨らんでいた。
だが、
「うわぁ……スゲェ。ね、ねぇ見て勝左衛門、これ食い込み過ぎじゃない?」
「ヤロウどもは女の子にこんなポーズさせたがってるデスねー。でもショーツに関しては、せっしゃもこんな感じデスよ?」
「あんたのアレ…………アレはどうやったってこうなるでしょうが」
ヒートアップしているアニメオタク達を恐れず、そして珍しい事に、コスプレ姿の少女達がサークルスペースの前にやって来た。
アニメキャラのコスプレを熟知していたオタク達は、自分達の近くに来た二人のコスプレ少女の格好を見て首を傾げる。
片や極端に短いミニスカートのエプロンドレスに、太腿に絶対領域を作り出すニーソックス。マントの様な裾の長いジャケットを羽織り、頭のやや横には、鋭く翼を広げたガンメタルシルバーのリボンを着けている。
片や、肩、脇、腰の部分の露出を増やした改造巫女装束で、足元は朱塗りの一本下駄という姿。
『妹より優れた姉など存在しねぇ!!』に、こんな格好のキャラクターは出ていない筈だ。
ところが、二人の少女の顔を見た瞬間、オタク達の頭の中からは、そんな疑問は吹っ飛んでしまっていた。
エプロンドレスの方は、やや冷たさを見せる理知的な美貌の金髪少女。巫女装束の方は、勝気で挑発的な美しさの黒髪少女。
どちらも、お目にかかった事がないような、ド級の美少女なのだから。
そんなコスプレ美少女二人が、男の夢全開のエロフィギュアを前に顔を赤くし、または訝しげな表情を作っている。
アニメオタク達もサークルスペースの参加者達も、何故か落ち着かない気分を味わわされていた。なんの羞恥プレイだ。
「……や、つまり、ほら、同人って言うのはお祭りだから…………」
「うむ……完全オフィシャルならメーカーに作ってもらえばいいのでござる……」
「嫌いなら買わなければいい、って事でゲスよね、やづ氏?」
突然の場違いな美少女達の出現に、意識しまくったオタク達の声は尻すぼみになってしまう。
全員がチラチラと横目で美少女達を窺い、会話の内容など上の空。議論もうやむや。結論は出ず終い。それは別に、美少女がいなかったとしても、いつもの事だったが。
「胸……すごいなぁ。お雪さんよりスゴくない?」
「てか、前はコレどうやって留ってるデス? さきっぽにでも引っ掛かってるデスか? こんなのチョット動いたらポロッとイッちゃうデスね。考えたヤツはバカデース」
バッサリと遠慮なく言う巫女装束の少女の言葉に、誰もが居た堪れない気持ちだった。
だが、その場から離れる事も出来ない。
「そ、そういえばやづ氏!? 『恐怖の姉』、映画化再始動でござるな! コラボで『セルファン』に同時企画進行とか…………やづ氏?」
気を紛らわせるように、ワザとらしくヒョロ長いフィギュアのオーソリティーへ、違う話題を振るオタクのひとり。
ところがリアクションは得られず、オタクのひとりは、先ほどからただひとり何も喋らない知人の方を見てみると、
「あばばばばばばばばばばばばばば………………!!?」
「や、やづ氏!?」
ヒョロ長い男は、針金のような身体を『く』の字に折り、股間を抑えて激しく震えていた。
「ハフハフハフハフハフ!!?」
「やづ氏!? やづ氏!!?」
「どうしたやづ氏!? 便意か!?」
更に、激しく息をし出すヒョロ長男の『やづ』。
尋常ではないその様子に、アニメおたくの友人達はどうして良いのか分からずに慌てふためく。
そんな所で、不意にミニスカエプロンドレスの美少女がサークルのフィギュアから目を離し、ヒョロ長男の『やづ』の方へと向き直ると、
「ども、お久しぶりです」
「ここであったがセキガハラ(関ヶ原)ネー…………」
始めから『やづ』の存在を知っていたかのように、軽く片手を上げて挨拶していた。
そして、ミニスカエプロンドレスの少女と目が合い、巫女装束の少女に剣呑な微笑で睨まれた瞬間、ヒョロ長男は動きも息も、ついでに心臓も、その一切を止めてしまい。
次の瞬間、
「ッぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
細すぎる身体の中から全ての空気を振り絞り、イベント会場全体に響き渡るほどの悲鳴を上げていた。




