0013:最初の反省会
月曜日、午後4時55分。
「あー、そりゃー災難だったねー……。お巡りさんたちが」
「………………そうかもね」
ちょっとクールな女子高生、旋崎雨音の姿は、室森市内の駅前に近いジェラートショップ二階客席にて見る事が出来た。
ただし、その姿は前日の防波堤で見せたものとは、まるで違う。
金髪は黒髪に、背丈も10センチほど低くなり、相対的に体型も控え目になっている。決して貧相というワケではないが。
服装も、極端に短い屈んだら見えてしまいそうなミニスカートのエプロンドレスではない。高校生である雨音が、日常的に身に着けている制服だった。
雨音はふたりの少女と一緒にいた。
ひとりは、膝に届きそうな天然の金髪を持つ、雨音より頭半分ほど背の低い小柄な少女。北米西の古米から留学して来た、『カティ』ことカティーナ=プレメシス嬢。
もうひとりは、普段から眠そうな半眼をした、見た目は地味目で大人しそうな少女。ヒトの読まない書籍ばかり選んで読み漁る、マイノリティー系文学少女の北原桜花。
どちらも、雨音と同じクラスの友人だ。
学校終わりで放課後を友人と過ごすのも、学生時代の醍醐味の一つだ。
だが、この日の雨音は浮かない顔。というか、今にも死にそうな顔をしている。
生来気の小さな少女には、昨日の件が重く圧し掛かっていた。
◇
日曜日、午前7時07分。
東京某所の防波堤。
陸地から細長く突き出た、長さ約70メートル、幅約7メートル、3方を海に囲まれた空間。この場所には今日の大捕物の為に、魔法少女刑事を筆頭に20人上の機動隊員が攻め込んで来ていた。
そして、色々あって返り討ちにされかかっていた。
「後退しろー! こうたーい! こうたーい!!」
「こうたーい!!」
「後退だ! 退がれぇ!!」
「早くッ……退けぇ!」
盾を構えて姿勢は低く、密集陣形を取っている機動隊は、最前列から後方に向け退がれ退がれと叫んでいる。
だが、その叫びは無数の爆発音に紛れ、隣の人間にすら聞こえない。
前列の屈強な機動隊員が構える盾は、今にも吹き飛ばされそうになっている。
何故ならば、1秒間に7.62ミリ弾を100発という、鬼の様な機銃掃射で滅多打ちにされていたからだ。
「この腐れ暴力警官どもがぁぁああああああああ!! 木っ端微塵になりやがれぇエエええええええええええええええ!!!」
黒いミニスカエプロンドレスという格好の少女が、全長約1メートル、重量約20キロ以上の6連装回転砲身機関銃を振り回している。
怒りの黒いアリスと機関銃が吼え猛り、撃ち放たれる弾丸の津波。
集団で動きが鈍く、逃げ場も無い機動隊は、全面でその津波を受け止めるハメになる。
あまりにも絶望的な状況だった。
中距離から身を隠す遮蔽物も無く、ポリカーボネートの防弾盾は超高速のライフル弾を何発も止められるようには出来ていない。
何より、実際に盾で銃弾を受け止めた事のある経験など、誰一人としてありはしなかったのだ。
「下がれって言ってんだろうが後列ぅううう!!」
「ギャァァアアアア!! 死ぬゥうウウうウウ!!」
「トリアちゃんを防御ぉおお!!」
それでも、彼等は機銃掃射を耐え切って見せた。
ガーッ!! という一連の発射音が唐突に止む。
1000発にも及ぶ斉射はその実10秒程度の事だったが、死の嵐を耐え忍んでいた機動隊員には、それこそ何時間にも感じられた。
だが、それが終わるという意味する所。
つまり、弾切れ。
唯一無二の機会。これを逃したら次は耐えられない。
最前列で、弾膜に盾を真っ白にされた年嵩の機動隊員が、力の限り声を張り上げた。
「と……突撃ィイいいい! 距離を潰して制圧しろぉおおおお!!」
銃撃を受けたのは初めてでも、全員が厳しい訓練を受けて来たプロの機動隊員だ。年嵩機動隊員の号令の意図を察する事の出来ない者はいなかった。
約一名、キャリアの魔法少女が混じっていたが。
「おっしゃぁぁああああああ!!」
「突撃ィイいい!!」
「突っ込めぇえ!!」
声を上げ、死に物狂いの機動隊員達が猛スピードで防波堤を進軍する。何もない空間からとんでもない重火器を引っ張り出し、機動隊を圧殺しようとした犯人へ向け、全速力。
その最前列に、弾切れで18キロまで重量を減らした鉄の固まりが飛んできた。
「うぉおおおお!?」
「ヤバいヤバい!!」
飛んできたのは、ミニスカエプロンドレスの少女が今まで撃ちまくっていた、全長約1メートルもある6連装砲身機関銃、M134ミニガン携行型だ。
ほんの一瞬、機動隊の進撃速度が遅くなり、否応なく全員の注意がその一点に集中する。
その一瞬で、黒アリスの雨音は魔法の杖、S&W M500を発砲。
機動隊の前に、新たな兵器を叩き出す。
地面に撃ち込まれた弾丸を種に、生えて来たのはM134ミニガンと同様の6連砲身を持つ機銃座だった。
ただし、全長は倍近く、砲口径は7.62ミリ弾の2倍以上である20ミリ。
戦闘機に搭載される機関砲を再設計した艦載兵器。
JM61-M、6砲身機関砲。
黒アリスが砲身を回転させ始めるも、機動隊員達も魔法少女刑事も一切の抵抗が出来ないまま、毎秒8発の圧倒的な威力を持つ20ミリ砲弾の前に、成す術なく蹴散らされていた。
◇
「もういいわよテロリストで…………」
せっかく注文したグレープジュエル・フロートは、頭を抱える雨音の横で溶けてしまっていた。
「カティは目が覚めたら、セカイが終わったかと思ったデスよ…………」
黒アリスによる機関砲の無差別掃射により、防波堤を封鎖していた高い鉄柵も堤防も機動隊も魔法少女刑事も、ついでに鎧武者とビキニカウガールの魔法少女まで吹き飛んでしまった。
そして、目の前にはいつか見たような瓦礫の荒野が広がるのみである。
破壊神モードから我に返った雨音は、カティを叩き起こして防波堤の出入り口とは反対側へ向かって猛ダッシュ。
走りながら、雨音は防波堤の端にある小さな灯台の向こうへ魔法の弾丸を撃ち出し、そこでM134機関銃と、それに付属するゴムボートの『ゾディアック』を作り出す。
作り出された時点で当たり前のように強面の大男、ジャックが既に乗り込んでおり、雨音とカティがボートに飛び乗ると同時に発進。
海に浮かぶ多くの機動隊員と魔法少女達を背後に、ひたすら――――――黒アリスは――――――謝りながら、防波堤から全速力で逃げ出した、と。
以上が、雨音が桜花に話した昨日の顛末だった。
何故こんな事に。いったい自分は何をしに行ったのか。
当初の目的は、他の魔法少女に対する偵察と情報収集の筈だった。
ところが結果を見れば、ある意味いつも通り。雨音が何もかもを破壊して終わっていた。
後に残ったのは、無数の人間が苦痛に喘ぐか失神しているかのどちらかという地獄絵図である。
「鎧武者の娘とすごいビキニのカウガールの娘と魔法少女刑事のチビッ子お姉さんと機動隊の皆さまに大変なご迷惑を…………」
「迷惑ってかさー……それー人死とかー…………大丈夫だったの?」
「オーカ、アマネの銃じゃヒトは死なないデスよ?」
「あー、そういやそうだったっけ」
確かにカティの指摘した通り、雨音の銃ではヒトは殺せない。それも、雨音の魔法の持つ特性のひとつだ。実にチート臭い。
殺せるように設定も出来るのだが、今の所雨音は殺傷モード設定で魔法を使った事は無い。
それに、今回はそういう問題ではない。
「警官に向かって銃を発砲……。しかも、多分思いっきり見られたわ、発動の瞬間……」
相手がどの程度まともな警官なのかは知らないが、自由自在に銃器を作り出せる雨音は、かなりの脅威として認識された事だろう。その上、そんな危険な能力で、堂々と警察に敵対してしまった。もはや変身して外を歩けない。歩く気も無かったが。
「あと……あの娘達にも相当流れ弾が行ったと思うし…………」
「サムライと…………あのカウガール、デスネ。でも、カティ達逃げる時、けっこう平気そうでシタヨ?」
雨音は最後ゴムボートの中で縮こまっていたので知らないが、カティが言うには、馬に乗った二人の魔法少女は海に飛び込み、難を逃れていた様子だったとか。
「でもさ……巻き添えにしちゃったことに違いは無いじゃん。怒らせたか……まぁ良い感情は持たれてないわ、きっと」
「んー……あのふたりなら、そんな事もないとカティは思うデスが」
「それにさー、聞いてると巻き添え喰らったのはせんちゃんとカティの方じゃない?」
「かもしれないけど……あたし撃っちゃったし…………」
「アマネはカティを守ってくれたデース。せいとうぼうえい(正当防衛)デスネー」
「相手は警察だっつーの」
問題が起こる前の危機管理に行ったのに、帰ってきたら問題が山と積まれてしまったというこの事実。得られた情報に対して割が合わなさ過ぎる。
防波堤の鎧武者とカウガール少女、この二人と今後接点を持つかは分からないが、警察は表だってか秘密裏にか、とにかく銃砲等不法所持の極みである黒いアリスを追うだろう。
「ヤバいよ、あのチビッ子お姉さん……。大人で、多分本物の警官で、おまけに魔法少女としても強いわ」
「次は負けんデース! 返り討ちネー!」
「その自信はどこから…………」
「でもイイなー、せんちゃん達はー、そんな愉快な連中と逢えてさー。やっぱりあたしも行けば良かったー」
表情が変わらない上に喋り方もマイペースなので分かり辛いが、マイノリティー文学少女の桜花は、割と本気で残念がっているらしい。マイノリティー系の、変なモノに興味を惹かれる性質なのだ。
そのせいで、以前はエライ目にあった雨音とカティだったが。
「そーは言っても、オーカ(桜花)の魔法は、昼間は使えないデース」
「それに北原さんの魔法、自分じゃ強くなれないでしょ?」
「んー、まーねー…………。ちぇー、あたしが自分で吸血鬼になれる魔法にすればよかったー。って、今更言ってもしょーがないけどー」
唇を尖がらせて、三つ編み文学少女は樹脂製のスプーンをガジガジと齧る。
雨音としては、こんな騒動に自分から首を突っ込みたがるのは、破滅に自ら突き進もうとしているようにしか見えない。
好奇心が猫を殺すとは、昔のヒトは上手い事言ったものだ。
そうでなくても、先の吸血鬼の騒動は、ここに居る北原桜花の無邪気な(?)願望に端を発した事件だ。
能力を自覚した今となっては暴走の危険は無いと思うが、時々雨音は桜花の性格に危うさを覚えないでもない。カティのように、闇雲に突っ走るのとはまた違う種の危機感である。
とはいえ本人は、自分の魔法を何かの役に立てたいと思っているらしいが、どうにも面白がっている風の印象も拭えなかった。
「…………ま、いずれは北原さんの魔法に頼る事があるかもね。強力な事に違いは無いし」
「いやー、せんちゃんの魔法ほどじゃないと思うけどね。地上に太陽を造られたらもう、吸血鬼がどうとかって話じゃ――――――――――」
「やめて…………警察どころか国家に追われそうだから」
追われる、と言って雨音も思い出したが、昨日の件ではマスコミらしき人間達も動いていた。
一時的に縛りはしたが、事が終わったら後から解放しに行く予定だったのだ。だが、後から確認したら、自力か他力かは知らないが、自由の身になってその場を離れた様子。こちらも雨音――――――目だし帽にエプロンドレスの女――――――に対する心証は良くないだろう。
「はぁ…………ダメダメだ。何やってんのあたし…………」
思い出して、雨音はまた自己嫌悪でへこんだ。溶けたジェラートもだだ甘いばかりで、胸の重みに嫌な色を付けるだけだった。
「アマネ?」
「う…………わ、分かってるわよ。考えすぎで潰れないように適度にやるから、そう睨まないの」
カティが崖に向かって突っ走り、桜花が破滅の淵を好奇心で覗き込むタイプなら、雨音は自重でブラックホールに化けるタイプだった。抱え込んで、潰れそうになるのである。
そんな時は、カティが雨音を慰めるか怒るか押し倒すかして、普段とは逆に、リードを握るご主人様を引っ張るようにしていた。
「肯定的に考えてみましょう。防波堤の彼女とそのお友達は危険人物に見えなかったし、魔法少女刑事のお姉さんも、治安を守るという意味では心強い存在よ。あたしは多分敵視されたけど」
「アマネが心配するようなタイプの魔法少女じゃなかったデスネー。今のとこ、オーカ(桜花)が一番ヤバいデス」
「んー……まぁ、否定はしないけどさー。あたしの魔法は、吸血鬼ってテンプレートがヤバいワケよねー。同じようなタイプならー…………ゾンビとか?」
「どんな魔法よそれ」
呆れたように雨音は言うが、実は最も危惧すべき例のひとつであると、考えてはいた。
何故だか知らないが、『ゾンビ』というカテゴリーのエンターテイメントには信奉者が多く、尽きないゾンビ映画やゾンビゲームを見ていると、どうにも人類が現在の文明のリセットを望んでいる節や、止むを得ない状況という免罪符を得ての人間狩りをしたいという欲求を抱えているのが垣間見える。
うっかりゾンビウィルスを撒き散らす魔法(能力)を望んでしまった人間の存在も、決して否定は出来ない。
幸か不幸か、今のところそれらしい事象は確認できないが、もしも確認出来たなら、その時は本気で人類がヤバいだろう。
「どんな魔法か詳しく聞いたワケじゃないけど、最初の出会いとしては悪くなかったと思いたいわね、昨日の人達は」
「多分、それほど怒ってないってのは、あたしもカティ―と同意見かなー。今度お土産でも持ってもう一回行ってみなよ。あたしも行くから」
「オーカ(桜花)、それ自分が行きたいだけデスねー?」
「まそれは追々考えるとして、次はどこをあたるかな……。ちょっと気になる能力者もいるんだけど」
「ハイハーイ! カティは海賊船見に行きたいデース」
七転八倒の感はあるが、とりあえずは第一回の偵察を終え、雨音、カティ、桜花の魔法少女チームは次の作戦計画を練る。
カティが手を上げて言う『海賊船』とは、東京湾を始めとする日本近海で目撃される、謎の木造帆船の話だ。
そして信じ難い事に、本当に海賊旗を掲げているのを、多くのカメラが捉えている。
しかも最近では、どういうワケか巨大戦艦と大砲の撃ち合いをしているとの噂だった。
ワケの分からなさでは、昨日の雨音達と良い勝負である。
◇
取り合えず、防波堤の時同様に狙いを定めて偵察から。
そのような話に纏ると、時刻は午後6時を回っていた。
「うー……ヤバいー、調子こいて3個も食んじゃなかったー…………。ラーメン食べたくない?」
「無理。もうお小遣いピンチ」
「アマネ…………?」
「言わないのカティ。あのお金は遊びで使わないって話したでしょ?」
「でも、ミーティングで使う分にはけーひ(経費)と思うデス」
ジェラートの食べ過ぎで身体を冷やした桜花は、店を出る前にお手洗いへ寄る事に。カティは珍しく父親から電話があったらしく、携帯を手にそそくさと店外へ出ていった。
雨音はジェラートの乗っていたトレイを回収棚に置くと、店の1階へ繋がる階段を降りようとし、
「っと……すいません!」
「あ、ごめんなさい」
今まさに階段から2階に上がって来たスーツ姿の女性と、真っ正面からぶつかりそうになってしまった。
お互いに謝りながら左右に寄って道を空けるが、何故か双方進むでもなく、相手を凝視していた。
雨音がぶつかりそうになったのは、20代後半から30代手前に見える女性だ。
黒いスーツ姿に白い開襟シャツという地味な服装。髪は綺麗に切り揃えられたミディアムボブで、化粧は薄く、地味だがオシャレなリムのメガネをかけている。
全体的に派手さは無いが、雨音から見て美人で落ち着きのある、優しそうなお姉さんだった。
だが、こうジッと見られると居心地が悪く。
「あの…………?」
「あ、ああ、ごめんなさい。あまり制服姿で遊び歩くのは良くないわよ。警邏中の警官に見られたら、職務質問されるかもしれないし」
「そ、そうですよね……ごめんなさい」
「いいのよ。特別咎めるような事でもないから」
ほんの一瞬、お姉さんは不思議そうな顔をしていたが、それだけ言うと雨音に背を向け2階席の奥へと入って行った。
「せんちゃんお待たせー。どうしたん?」
「あ? ええと……いや、何でも……」
丁度、お手洗いで小用を終えた三つ編み文学少女の桜花が戻る。
その時の雨音は、お姉さんと同様の不思議そうな顔をしていた。




