0010:警官なので合法です
今日こそは、4度目の正直と無法者の鎧武者とカウガールを確保しに来た、魔法少女刑事率いる神奈川県警機動隊。
これまでで最大の人数を投入し、鉄壁の防御で押し包み、相手の機動力を殺す作戦。
その作戦通りに騎馬の動きは止める事が出来たが、カウガールの想像を超える機動力に翻弄され、戦闘状況は混乱する。
その上、警察側から見れば、とんでもない伏兵まで現れてしまう。
誰の事かと言えば、初めからそこにはいたが、その格好から脅威とみなされなかった某猪武者の巫女侍である。
「逃げるなら追いはせぬデスが、死にたいヤツはかかって来るが良いデース!!」
「なッ!?」
「ぐぁあああああ!!?」
「ちょ!? 待て! 警官への暴うべぇええええええ!!?」
不審者を拘束に来た完全装備の機動隊員に対して、巫女侍は何も考えずに大刀をフルスイング。ポリカーボネートの盾の上から、力任せに叩きつける。
機動隊員は、たかが少女の攻撃など、簡単に跳ね返せると考えていた。
どころが、最初のひとりが何メートルも宙を舞い、悲鳴とともに海に消えたその瞬間に、認識を改めさせられる事となる。
「こッ!? 後退しろ後退ー!!」
「なんだコイツはー!?」
それまで、鎧武者とカウガールのやり様をウズウズしながら見ていた巫女侍は、雨音によって放たれた矢のように、三尺三寸の大刀を振り回しながら警官隊の壁に突っ込んで行く。
まさか警官隊も、防弾盾ごと大の男を吹き飛ばしに来る巫女さんの存在など、想像もしない。
突如怪物が出現したに等しく、警官隊後方は大混乱に陥り、対鎧武者の前線までが乱れ始めた。
「さぁて参るでゴザール!!」
「勝左衛門……怪我させないようにねー」
そして現状役立たずの黒アリスは、落ちていた機動隊の盾を拾い巫女侍の後を付いて行った。
「斬り捨てッッゴメーン!!」
「ぎゃぁあああああああああ!!」
「うわッ!? ちょッッ!!」
「落ちる落ちる落ち――――――――――――!!」
巫女侍、秋山勝左衛門も、馬に乗る二人の魔法少女に負けてはいない。
巫女侍となったカティの最大の魔法は、そのバカげた馬鹿力だ。あまりにも常識を外れているので2度言った。
素手で車の衝突事故並みの破壊力を叩き出し、斬れ味不明の大刀による一撃は、大型観光バスから5階建の百貨店まで一刀両断して見せる。
雨音から見て、いまいち威力が安定せずにムラがあるようだったが、これは性格に因るものだろうと考えている。
だが、どれほど不調であっても、人間くらいならば楽に吹き飛ばせる巨大な力だ。
巫女侍は大刀を機動隊員の盾に触れさせるや否や、
「セイ、バーイ(成敗)!!」
その後方の機動隊員まで巻き込んで、一度に2~3人を防波堤から海に向かって弾き出す。
今度は先ほどまでと違い、防波堤の狭さと自分達の密集具合が、機動隊側の仇となっていた。
「な……なによあのコー!? また悪い仲間を増やしたのー!?」
「あの方々は偶々ここに来ていただけでござる! 拙者と違い徹す意地があってここに踏み止まっているワケではござらん! 見逃されよ!!」
「もう遅いよー! 警察官に対する暴力で逮捕だよー!!」
ちょっと(見逃してくれないかなぁ)と、鎧武者とプラチナブロンドの魔法少女の会話を聞いて、期待してしまった雨音であった。
大きな瞳を吊り上げた縦ロールの魔法少女は、槍を振るう馬上の鎧武者から、器用に機動隊員の鉄兜を足場に使って大きく距離を取る。
「しょうがない……これは使いたくなかったけど!」
幼い顔を苦そうに顰めるプラチナブロンドの少女は、微動だにしない機動隊員の上で手にした警棒を掲げ、クルクル回ってミニスカートを舞い上げたかと思うと、
「マジカル! ウェストタイトロープ!!」
警棒とは逆の手から、猛烈な勢いでヒモのような物を発射した。
「なっ――――――――――――!?」
ヒモが鎧武者の胴に巻き付くと、プラチナブロンドの少女の方へ引っ張られる。
更に、慌てる鎧武者の少女へ追い打ちをかけるように、プラチナブロンドの魔法少女が警棒を回すと、金属の擦れる音を立てて、何かがそこに纏わり付き。
「アーンド! マジカルワッパー!!」
警棒は鎧武者の少女の方へ振るわれ、飛び出した手錠が鎧武者の少女の片手を捕らえた。
「ッ!? 何と!!?」
「子供相手にこんな事はしたくなかったけど、これ以上罪を重ねない為にも強引にやらせてもらいます! 親御さんを泣かせない為よ!! 観念しなさい!!」
「今までのは……本気ではなかったという事でござるか……」
鎧武者の少女が焦りを滲ませる。今まで手を抜かれていたという悔しさもあった。
だが、不利に追い込まれたとはいえ、まだ勝負が決まったワケではない。
「若いうちならやり直せるんだから、お願いだから大人しく捕まってね!」
「なんの……ならば拙者も本気を出させてもらうだけの事! トリア殿を幼子と侮っていたのを謝るでござるよ!」
鎧武者の少女はヒモで繋がれたまま、槍を背負うと腰の鞘から刀を抜いた。
プラチナブロンドの魔法少女は「んもー分からずや!」と頬を膨らませて、鎧武者の少女を繋いだロープを持つ手にも、もうひと振りの警棒を握り、
「『幼子』……ってか、お姉さん、お幾つ?」
何故か、良く響いた黒アリスの科白に、その姿勢のまま硬直してしまった。
◇
やや舌ったらずな幼い声色。だが、その口調と語る内容には、かなりギャップがある。始めは、子供が大人ぶって喋っている様なものだと思っていた。
だが、落ち着いてよく聞くと、実際には大人が子供の口で喋っている様な印象を受ける。
現場の混乱の最中で雨音が感じた違和感は、その後の鎧武者の少女とのやり取りを見ているうちに、確信へと変わっていく。
事によっては、この科白は残酷なものになると雨音には分かっていても、鎧武者の少女が形勢不利となれば、その問いを疑惑の少女に質さないワケにはいかない。
つまり、残虐非道の精神攻撃である。
雨音だって身につまされる。その気持ちはよく分かる。だから、こんな事言いたくない。
でも、どうやらこのチビッ子魔法少女をどうにかしない事には、全員で逃げるのは不可能なようで。
「……20代から30代、って所ですか。そんな大人がその格好……後で我に返った時に、死にたくなったりしません?」
可能な限り相手を思い遣った(?)優しい口調が、黒アリスの問いを、返って歴史上類を見ないほど、残酷なものとしてしまった。
「なぁ……ぐ!? ってぇ……ぉお……!!?」
年齢の予想は、完全に当てずっぽう。大体この辺と言っとけば当たるだろう、程度の考えだった。
ところが、雨音の予想を遥かに超えたダメージが入った様子で、プラチナブロンドの愛らしい魔法少女は、その顔を真っ青に染めて小刻みに震えている。酸素欠乏状態である。
「トリアちゃん!?」
「大丈夫かトリアちゃん!?」
「と、トリアさん? 大丈夫!?」
行動不全に陥ってしまった我らが魔法少女刑事を、動揺する機動隊員達が見上げていた。一部若い警官からは、既に『さん』付けなのが、またダメージが大きい。
そして、そのトドメに、
「ぶはははははは! なにアンタそんなブリブリな変身して三十路越えてんの!? 痛タタタタタタ!! アハハハハハハハハハ!!!」
警官を引き摺りながら馬を疾走させるハイレグビキニのカウガール魔法少女が、器用にもその状態でプラチナブロンドの魔法少女を指差し、爆笑していた。
プラチナブロンドの魔法少女は、追い打ちを喰らい顔色を青から白へと変えてしまう。
雨音の予想外過ぎた。ちょっと動揺を誘って、鎧武者の魔法少女の援護が出来るくらいで良かったのだ。
「と……トリア、殿?」
一騎討ちの相手が完全に固まってしまい、鎧武者の少女も対応に窮す。まさか斬りかかるワケにもいかない。縄を解かないのが、鎧武者の少女らしいが。
「これは……いかんかも」
「どうしてデス?」
向かって来る警官がいなくなり、手持無沙汰の巫女侍が、黒アリスの呟きに首を傾げていた。
確かに、雨音の狙い通りに相手に心理ダメージを与える事には成功した。
繰り返すが、ちょっと動揺を誘うだけのつもりだったのである。
だが、結果は動揺どころの騒ぎではない。うっかり急所に入ってしまったのか、相手は精神的に死にそうになっている。
ここまで相手を追い詰めてしまった場合、この後に予測できる展開と言えば。
「こ…………こ…………この…………!!」
小さく、可憐で、愛らしい少女の唇が小刻みに震え、耳を疑うような低い声が、防波堤に響きだす。
切っ掛けを作ってしまった雨音は、ポリカーボネートの盾に隠れるように縮こまり。
「この小娘どもぉおおおおおおお!! わたしはまだ三十路前だぁアアああああああ!!!」
プラチナブロンドを豊かな縦ロールにした愛らしい魔法少女は、その場の全員の胆を潰す程の怒声を吐き出していた。




