0008:公権力アサルト
相手の縄張りにお邪魔したのは雨音の方だし、いちいち相手の軽口に目くじらを立てるつもりも無い。相手にもよるだろうが。
カウガール系魔法少女との遭遇は想定外だったが、こちらも戦国武将系魔法少女同様、悪い人間ではなさそうだった。カティと鎧武者との斬り合いだって、本気で望んでいたワケではないだろう。
無論、この短か過ぎる時間で結論を出す気はないが、相手の魔法の詳細含め、雨音は今すぐに全てを知ろうなどとは考えていない。拙速に過ぎれば、相手の警戒心を煽る事にもなるだろうし。
それに、相手が猫を被っていたりした場合、突っ込み過ぎるのは雨音達の身を危険に晒す。要するに、雨音が相手を恐がっているのだが。
本日の黒アリスの目的は、言うなればただの挨拶だ。
遠目に見て危険人物なら観察だけで済ますつもりだった事を思えば、魔法少女二人と面識が持て、ある程度どんな相手かが分かっただけでも十分な収穫であると言えた。
だが、
「ごめーん黒アリスガール、キミの恋人に危険な事をさせる気は無いのさー。だから怒らないでーん♪」
「…………怒ってないので胸突くの止めてもらえます?」
プニプニと人差し指で胸を弄ばれ、雨音はカウガール少女の人物評価を『やや注意』から『超危険』に書き換えていた。備考欄に『セクハラ』と書き加えるのも忘れない。
そして、また別の意味の『超危険』が、今度はカウガール少女へ襲いかかろうとしている。
勘違いカウガールによって蹂躙される、黒アリスの軟肌。
目の前で、この世が終わるかと思うほどの蛮行を見せつけられた巫女侍は、小刻みに、やがて腕に抱きついている雨音ごとガクガクと震えだし、
「ファッ×××××××××ッチ!! ユー×××××!! ××××××××!!」
鞘に入ったままの大刀を振り上げると、英語で罵詈雑言を吐きながら、カウガール魔法少女に突撃しようとした。
「ど、どーどー! 落ち着きなさい勝左衛門! なによ、あんたの胸触られたワケでもなし――――――――――――」
「同じ事デース! カティのオッパイをオモチャにするなんてバンシ(万死)に値しマース!!」
だからお前のじゃないだろう、と雨音はカティを押し留めようとするが、どうやった所で、銃砲特化型の黒アリスが、素手で猪武者を止められる筈もない。
「あぁぁ秋山殿!? ひ、平に! 平にご容赦を! ストーン殿とて決して悪気があったワケでは…………ゴザいませぬな!?」
「…………わたしのは水風船だけど、黒アリスのはフワフワマシュマロって感じが…………」
「ムギャー!?」
「四五朗そいつ海に叩き込んどいて!!」
鎧武者の少女も黒アリスと同意見であったが、巫女侍を抑えるのに手いっぱいで、カウガールを東京湾に叩き込む事は出来なかった。
◇
午前7時ちょうど。
仕舞には悔し涙まで溢れさせる巫女侍だったが、「後で同じ事をしていいから」という黒アリスの尊い自己犠牲によって、どうにかその場は収まるに至った。
ちなみにカティはノーマル状態の雨音を御所望である。
「いやーゴメンゴメン、重ね重ね。だってさー、気合入れて来てみたら、なんかキレイカワイイのが二人もいるじゃん? ストーン姉さんチョットテンション上がっちゃって。今の四五朗には色気の欠片も無いし」
「拙者のせいでござるか…………?」
低い声で、構えた槍で地面を突く鎧武者に、「おっとっと」と舌を出して言いながら、カウガールが黒アリスの後ろに避難して来た。
今すぐ突き出してやろうかと思った雨音だが。
「そう言えば、お二人はいつから? 一緒に暴れてたって言うんなら、ネットにもどこかに書いてありそうなものだけど」
ダイナミックな乱入と、その後のあまりの馴れ馴れしさにアッサリ飲まれていた平凡JK魔法少女であったが、改めて良く見なくても、鎧武者の少女とカウガール少女は随分気心が知れているように見える。
カウガール少女のテンションに付いて行けない黒アリスや巫女侍とは違い、生真面目な鎧武者の少女は慣れている様子。
「拙者とストーン殿は、先に吸血鬼が跳梁跋扈した頃に知り合った次第でござるが」
「ま、実際それほど深い仲というワケでもね。吸血鬼を追い回してた時に馬繋がりで知り合って、ちょっと協力みたいな事して、それから此処にも先週と先々週、二度ほどお邪魔したくらいね」
やはり、カウガール少女の人懐っこさに占める部分が大きいようであった。
雨音には少し苦手な相手かも知れない。胸で遊ばれたからではなく。
「それじゃ、島津さんがさっき言ってた、もうひとりというのも?」
「『もうひとり』って?」
ワイルドに跳ねてる金髪を揺らして、カウガール少女が鎧武者の少女へ振り返る。
鎧武者の魔法少女は、雨音とカティが訪ねて来る以前に2度、魔法少女に遭遇したと言った。
情報収集に来た黒アリスとしてはその辺も聞いておきたいと思い、軽い気持ちで尋ねたのだが。
「……そう言われれば、そろそろ刻限かも知れぬでござるな」
何故か鎧武者の少女はカウガール少女へ、俄かに緊張を浮かべた顔――――――面具で見えないが――――――で、意味ありげに言う。
「あ、そうそう。だからわたしも四五朗の応援に来たんだって」
「『応援』? 『そろそろ』って、何が?」
主語抜きで言われても何の事か分からず、雨音は鎧武者の少女なりカウガール少女になり問おうとした。
しかし、
「黒衣アリス殿、今日の所は早々に退散したほうが良いでござる。間もなく厄介な敵が現れます故」
「は!? 『敵』って!!?」
「カワイーけどおっかないのがねー」
「どう『おっかない』の!?」
「合戦でゴザルか!?」
それより前に、鎧武者とカウガールは再び馬に跨ると、片や槍を掲げ、片や腰のロープを取り出す。
状況は分からないが、『敵』と言う単語に反応する巫女侍。
その言葉に鎧武者は力強く肯き。
「いかにも、戦が始まる! でござる」
「オォー…………!」
「え? いや、ちょっと待って」
多少トラブルはあったが、概ね平穏無事に事が進んでいる。
と思ったら、何やら雲行きが怪しくなり、冷や汗をかく黒アリス。
巫女侍もテンションを上げている場合ではない。さっきまであらゆる意味で一触即発だったくせに。お願いだからあたしを置いていかないで欲しい、というのは黒アリスの切実な願い
想像するに、つまりこう言う事か。
「ま、魔法少女が、攻めてくる?」
「簡単に言っちゃうと、そう言う事になるわね」
あっけらかんと言う馬上のカウガールに、黒アリスさんはまん丸に目を剥いていた。
平穏無事どころではない、いきなり開戦前夜の空気である。
それも、想像し得る可能性で最悪のパターン。能力の内容によっては、本気で世界が滅ぶ。
詳細は相変わらずサッパリ分からないが、カウガールはともかく鎧武者の方は、冗談でそんな事を言うとは思い辛い。
そうと判断すれば、小心者の黒アリスは三十六計逃げるに如かず、早々にトンズラするだけであった。
「な、なんのこっちゃ良く分からないけど、そう言う事なら…………。お暇するわよ、勝左衛門!」
「えー!? スケダチ(助太刀)せんデス? 悪の魔法少女が襲って来るデスよ!?」
助けないのかと問われてしまうと、それはそれで雨音としても後ろ髪引かれる思い。
だが、事情も背景も分からないまま、戦いに巻き込まれるのはゴメンだ。
ところが、カウガール少女は逃げようと言う雨音には何も言わず、カティの科白にこそ面白そうに笑い。
「アッハッハ! 正義か悪かと言えば、どっちかと言うとわたし達の方が悪じゃない?」
「左様でござるな」
生真面目そうな鎧武者の少女も、自らを『悪』としながら神妙に肯いていた。
「ど……どういう事?」
「四五朗から聞かなかった? つまり、わたし達のワガママって事よ」
「ストーン殿こそ拙者に付き合う事はござらんぞ」
「えー? だって楽しいじゃない」
「だからどういう事かお願い説明して下さい!!」
逃げる事も戦う事も出来ず、見えないタイムリミットを背中に感じる黒アリスが悲鳴のように言う。
そんな雨音に、ストーンは面白そうに防波堤入口を差し示し、
「ほーら来た来たぁ!」
「む……少し遅かったでござるな、黒衣殿」
「なに…………が?」
いつの間にか、そこには黒い制服のような物とヘルメットを身に着けた集団がいた。
先頭のひとりが手早く鉄柵の鍵を解除すると、開け放たれた鉄門から制服の集団が一気に入り込み、堤防の左右いっぱいに展開する。
無駄な動きが無い、組織的に訓練された動き。
整列した制服達は、その最前列が雨音達に向け、一斉に透明な盾を構えて姿勢を低くする。
そして、その後列。
がっしりとした制服姿の男の肩に、目を疑うような姿の少女が仁王立ちしていた。
オレンジ色の、フレアミニスカートになっているワンピースと、その上から羽織る金の刺繍が成された白いマント。濃紺の手袋に、同色のブーツ。
小さな身体を覆い隠してしまいそうな大ボリュームのプラチナブロンドは、幾房もの縦ロールを形作っている。その内、後頭部の一際大きなロールには、これまた大きな黄色いリボンが花弁のように広がっていた。
顔立ちは幼く、目はクリクリと大きく、頬はほんのりと赤い。
服の上から垣間見える四肢も折れそうなほど細く、華奢だ。
つまり、どう見てもこの上なく愛らしい幼い少女が、何故か威圧感全開の男達の長のように、その内の一人の肩の上で踏ん反り返っていた。
愛らしい少女は大きく息を吸い込むと、手にした黒い棒を雨音達へ向かって突き付け、
「警視庁よ! 今日こそ逮捕してやるんだからね! 島津四五朗! レディーストーン! それにそこの二人も署まで同行しなさい!!」
この時、何を言われたのかまるで理解出来なかった黒アリスは、恐る恐る馬上の二人へ視線を向ける。
口を開くも言葉は出ず、まるで魔法少女のようにキラキラした小さな少女を指差し、そちらとこちらを何度も振り返る。
いよいよ雨音は混乱の極みにあり、そんな心境を知ってか知らずか、ストーンは何でもない事のように、またしてもあっさりと言い放った。
「うん、魔法少女刑事と神奈川県警機動隊の皆さん」
直後、雨音は「しまったぁぁああああああああああああ!?」と魂からの悲鳴を上げていた。
その科白じゃまるっきり、悪の魔法少女である。




