0004:果たして釣られているのはどちらなのか
防波堤に繋がる道路は、その前後がコンクリートの高い堤防で海と隔てられている。身長160センチの雨音で、丁度頭のてっぺんの高さとなるだろうか
変身状態――――――プラス10センチ――――――の雨音でも堤防越しに防波堤を見るには至らず、コンクリートの壁の向こうで一体どんな事が行われているのかと、防波堤入口から恐る恐る顔を出して様子を窺う。
「ヒャァア!!? ぼ、ぼぼ暴力だぞ暴力! 訴えるぞ! 警察呼ぶぞ!!」
「立ち入り禁止場所に押し入って、追い出されたら被害者面か!? 盗人猛々しいとはこの事よ!!」
そこで二人の魔法少女が目撃したのは、槍の先端に釣り人を引っかけ海の上で振り回している、馬に乗った勇ましい鎧武者の姿だった。
◇
「ちッ……チクショー!! こ、こんな事で釣りバカ魂を挫けると思うなよー!!」
「貴様ら如き釣り人の風上にも置けぬ厚顔無恥の恥知らずが釣りバカの名を口に出すでないわぁ!! あと釣り道具を持って行かんかぁ!!!」
海の上から防波堤へと投げ捨てられた釣り人は、負け惜しみか何だか分からない捨てゼリフを吐きながら、竿もクーラーボックスも置きっ放しで防波堤から逃げ出してしまう。
どうやら最後の釣り人だったらしく、防波堤の先まで見ても、馬に乗った鎧武者以外誰もいない。
防波堤は陸地から海に突き出る作りになっており、長さ約70メートル、幅は約7メートルだが、外海側が台形状に70センチほど高くなっている。先端に小さな灯台があり、周囲には消波ブロックが敷き詰められていた。
青黒い海へ真っ直ぐ伸びる、白いコンクリートの堤防。空には季節の移り変りを示す高い雲が。
その風景に、時代錯誤の騎馬武者が収まっているのが、何故かやたら絵になっている。
「……………フゥ」
一仕事終えた鎧武者は、逞しい栗毛の馬から降りると、海風に向い合い身体を晒す。
甲冑の隙間から風が入り込み、身体の熱を徐々に冷ましていった。
当初は、無法釣り人を追い払った後に暫く防波堤に止まっていた鎧武者だが、鎧武者が去れば性懲りも無く、狙い澄ましたかのように無法釣り人が湧いて出て来る。
そのようなワケで、先々週からは朝以外に一日数回、不規則に防波堤を強襲するようになっていた。
大半の無法釣り人はそれで姿を現さなくなったものの、それでも頑なに侵入禁止の場所に入り込み、文句あるかと言わんばかりに踏ん反り返って釣り糸を垂れる釣り人はいる。
鎧武者の彼女としても、無法釣り人の変わらない性根には我慢ならず、例えどんな問題が付随的に持ち上がろうとも、こうして合戦の場に馳せ参じるのだ。
時々、私何やってるんだろう? という気持ちにはなるが。
「…………参るぞ、剋天号」
しかし、始めてしまった以上は中途半端に投げ出す事も出来ない。
鎧武者は馬の手綱を引くと、首を撫でつつ向きを変えさせる。
海も潮風も嫌いではないが、これでも鎧武者は暇ではない。一旦自宅に戻らねばならないという事もあり、来た時同様栗毛の馬に跨り防波堤を去ろうとした、
その時。
「…………お!?」
鎧武者の彼女は、釣り人の置いて行った釣り竿の変化に気が付いてしまう。
大型のクーラーボックスに角度をつけて固定されている釣り竿は、その先端が大きく撓り、釣り糸が目一杯張って遠くの海中に消えている。
それだけならば鎧武者も放っておく所だが、事もあろうにクーラーボックスが釣り竿と釣り糸に引っ張られ、なんと台形の段差を乗り上げつつあるのだからさあ大変。
「え? なに??」
思わず、それまでの凛々しさを忘れた少女が、ポカンとした声を漏らす。
つまり、アタリである。
それも、氷の詰まったクーラーボックスに70センチの段差を越えさせ、釣り竿諸共海中に引きずり込もうとする、超大物のアタリだ。
単に糸を切られ、仕掛けを持っていかれるくらいならば、無法釣り人の自業自得で済ます事が出来る。
だが、鎧武者の彼女も値段は詳しく知らないが、クーラーボックスや釣り竿やリールといった物は、非常に高価な品ではなかったか。
たしか某国民的釣り映画でも、会社の社長――――――後に会長――――――と平社員で釣りバカの師匠がそんな会話をしていた気がする。
ついでに、今は亡き社長役――――――あえて――――――のスーさんには、心からのご冥福をお祈りしたい。
そして助けて釣りバカの師匠、こんな時どうすればいいの。
「あ…………あう、ど、どうするの剋天号!? これどうすればいいの!!?」
とりあえず、クーラーボックスを持って行かれないように、恐る恐る手で押さえてみる赤備えの鎧武者。
しかし、クーラーボックスが移動しなくなった事で、引っ張る力はそのほとんどが釣り竿と糸にかかってしまう。
キリキリと不吉な音を発し始める釣り糸と、メキメキと嫌な音を立てる釣り竿の先端。
実際の釣り竿の強度など知らない鎧武者の少女は、拙いこれ折れるかも!? と恐さのあまり身動き出来ずに涙目になり。
「とりゃーデース!!」
「ッ~~~~~~~~ぉあ!?」
そこに、お姫様だっこされた黒アリスと、抱っこする巫女侍が、高い鉄柵を飛び越えて登場した。
◇
ある晴れた日曜日。午前6時20分過ぎの、東京某所の防波堤。
「リールよリール! リール回してリール!!」
「ま、回す!? どこを回せばよいのだ!!?」
「そこのハンドル回すデスよきっと!」
「勝左衛門クーラークーラー!! 竿立てると折れる!!」
「は、はんどる? これは…………?」
「うわぁ!? なんか動きだしたぁ!!?」
「勝手に糸巻いてるデスよ! オマエどこのボタン押しマシたかー!!?」
「これ電動!? リールって電動なの!!?」
「あわわわわおおおお折れる折れる! 竿が折れてしまう!!」
「勝左衛門クーラーボックス寝かせて!!」
黒いミニスカエプロンドレスの黒アリスと、改造巫女装束の巫女侍と、赤備えの鎧武者がパニックになっていた。
巫女侍がクーラーボックスを持ち上げ、黒アリスと鎧武者が一段高い所から釣り竿に取り付き右往左往する。この中に釣りに詳しい者はいないらしい。
鎧武者が落ち着いたのを見計らい、カティの身体能力を頼みに高い鉄柵を飛び越えて来た雨音だったが、何故か目が合うなり「お、お助けぇえええええ!?」と、情けない声で鎧武者から助けを求められた。
クーラーボックスに手を突いて何をしているのかと思えば、魚が針に掛ったらしく、クーラーボックスごと釣り竿まで持って行かれそうとの事。
そんなバカな、と食卓に乗るアジの開き~ホッケの塩焼き基準で考え、首を傾げた雨音だったが、いざ近づいて見てみると、どうやら洒落や冗談ではなかった様子。
鎧武者の少女のうろたえっぷりに、雨音とカティも慌てて釣り竿とクーラーボックスに取り付いた、と言うワケだ。
だが、雨音もカティも釣りなんてどうやって良いのか分からない。
糸はともかく釣り竿なんて早々折れる物ではないのだが、90度に近い湾曲を見せつける釣り竿に、少女達は揃って青い顔をしていた。
「巻くの止めないと折れるって! ストップストップストップボタン!!」
「停止ボタン押すデスよ! さもなくばさっきのボタン押すデース!!」
「え? え?? でもどれ…………!?」
「あ、止まっ――――――――――あ、いや、動いてる!? え、でもまた止まった!!」
「オマエ今度はナニ押しマシたか!!?」
一定のテンポで動静を繰り返す電動リールに黒アリスが目を白黒させ、巫女侍が吠え、鎧武者は面具の奥で泣きそうになる。
誰がどう見ても、こんな有様で釣りなんか出来る筈が無い。
3人娘もテンパったまま、糸を切れば良い事にも思い至らず、ギャーギャーと悲鳴を上げるしかなかった。
ところが、そんな3人だからこそ知る由も無かったが、昨今の釣り道具は釣り人の存在意義を問いたくなるほど、高度な仕組みになっている。
最後の無法釣り人が残して行ったこの道具がまさにそれで、深度設定による糸の自動リリース機能から自動巻き上げ機能は言うに及ばず、海中で針――――――餌やルアー――――――を動かす『誘いアクション』機能、糸の号数(太さ)から強度を計算して巻き上げる力を調節する機能、魚の引きを感知し全自動で糸の巻き上げタイミングを『合わせ』る機能、等、聞くヒトによっては釣りの何が楽しいのかと疑問に思わざるを得ない機能がてんこ盛りだった。
鎧武者の少女が偶然押したスイッチこそ、全自動釣り機能とでも言うべき代物。
例え釣り竿を抱えているのがド素人の魔法少女であったとしても、11万5500円(税込)のリールはジリジリと、巨大な魚を防波堤へと引き込んで往き。
「え…………? アレ? あの……何か水の中に…………」
「え、ウソ!? ホントに!!?」
「なんデスかー!? 見えないデース!!」
陽光に反射する水面の下で、何か尋常ではないほど大きな魚影が瞬き始める。
最初に気付いた鎧武者は魚影の巨大さに絶句し、黒アリスは目を細めて水面を凝視するも良く分からず、クーラーボックスを抱えて全く前が見えない巫女侍が、持ち前の馬鹿力で持っている箱を大きく掲げた、
その瞬間。
3人の少女の前に、巨大な平たい魚が、水中より飛び出して来た。
「キャァアアアアアア――――――――――――!?」
「んなぁあああああああああ――――――――――――!!?」
「ォウシィイイイイイイイイット――――――――――――!!!?」
濃い茶褐色の背に腹は白く、目や口の位置が魚から見て左側に集中している。
左ヒラメに右カレイ。
雨音達が――――――というかリールが――――――釣り上げたのは、カレイ目カレイ亜目ヒラメ科に属する魚。
ヒラメである。
ただし、全長約2.2メートル。魚体重約20キロ。通常考えられる最大のサイズの、約2倍。
高性能なリールと釣り竿、そして、素人が選んだとにかく頑丈で太い釣り糸は、何の冗談か地方紙に特集で載せてもいいような、とんでもない怪物を釣り上げてしまった。
鎧「キャー! キャー!! キャー!!!」
黒「ちょ!? これッッ!!? どうすんの!!?」
勝「………………!!!?」
黒「勝左衛門戻ってこい!!」
勝「ハッ!!? そ、そうデース! オマエさっきの槍でそいつ刺して仕留めるデスよ!!!」
鎧「い、イヤです! 断る!! 拙者の槍はかような使い方をする為にあるのではござらん!!」
勝「こげな時に何言ってるデース!!」
黒「そうだ勝左衛門! 刀で糸切りなさい糸! 初めからそうしときゃよかった!!」
勝「な、なんか嫌デース!!」
黒「お前こそこんな時に何言ってる!!?」
鎧「糸だけ切ったら針はどうするんですか!? お魚が可哀想でござるー!!」
黒「あんたアレが可哀想ってツラか!!?」
あまりの恐ろしさに、3人の少女は釣り竿――――――カティはクーラーボックス――――――を握り締めて右へ左へと振り回す。
その内、誰ともなく釣り竿を目一杯立ててしまい、左に寄ったギョロ目に凶悪なギザギザの歯が並ぶ恐過ぎる顔が、振り子のように振られた挙句に少女達に突撃し。
午前6時30分。
東京湾に、3人の乙女の絶叫が響き渡った。
作中の無法釣り人の方々への意見は島津四五朗さんの意見です。作者の赤川の意図を反映させるものではありません。




