0003:内側と外側のリスクアセスメント
どうして新章始まっていきなり犯罪行為から入ってしまうのか。
危機管理しに来て自分で危機を作ってどうするのか。マスコミを暴力で排除するなんてどう見ても公共の敵です長らくの応援ありがとうございました。
と、そこで切ったら話が終わってしまう。雨音だって好きでテロってるワケではないのだ。
◇
世に溢れ返る特殊能力者が、今後何かどえらい事をやらかすかも。
そんな危機感を覚えた心配性の女子高生、自身もまた能力者――――――魔法少女とは極力言いたくない――――――である旋崎雨音は、危機管理という名目の下、その初手として他の能力者の情報収集に動いていた。
そんなもん国にでも警察にでも任せておけ、という意見には雨音も大賛成なのだが、残念な事に国も警察も先の事件の後処理で手一杯。雨音にも責任の一端があったりする。
それに負い目を感じないでもなかったし、何より先の吸血鬼騒動の様な誰得でもない事件は、もうたくさん。さりとて、魔法少女な以外はただの高校生でしかない雨音に何が出来るのか、という話。
とりあえず節約と貯金、非常食などの災害グッズの購入、いざという時の避難場所の確認、家族や友人との非常時の連絡手段の確認。等々の基本的な災害の備えをやってはみたものの、どれも事が起こった後の備えであり、雨音の不安をとりあえずでも払拭してくれるものではない。
やはり、吸血鬼でもゴキブリでもそうだが、恐いものを見て見ぬフリをしたところで、結局は不安ばかりを募らせる、雨音にとって胃に優しくない結果しか待ってはいないのだ。
そもそも小心者で心配性の雨音に、問題を無視するなんて器用な事が出来る筈なかったのである。
◇
午前6時8分過ぎ。快晴。目の前が海のせいか、風がやや強く吹き付ける。
防波堤の方は、早くも修羅場になっているようだ。
馬の嘶き、蹄の打ち鳴らされる音。
防波堤からは釣り人が転げるようにして逃げ出し、
「ええい散れ散れぃ無法者どもがぁ!! 此処で釣りをしたくば、この島津四五朗を力尽くで退けて見せるがいいわぁ!!」
という、勇ましく鐘の音のように良く通る女性の声が、釣り人の悲鳴に交じって響き渡った。
「…………女の子?」
犯罪行為にがっつり手を染め自己嫌悪に落ち込んでいた雨音は、予想外な怒声を耳にし我に返る。
とりあえず、他の能力者の情報を集めてみよう。
色々と考え込んだ挙句、ありもしない根本的解決策より、出来そうな事から、やらないよりはマシだろう、的な感じで手を付けてみる事にした魔法少女の雨音さん。
いかなる魔法を使うのか、その詳細は新章なので追々述べるとして、デバガメ――――――――――もとい情報収集と監視は、この魔法少女の得意とする所である。
他の能力者――――――男性もいるので魔法少女とは断定しない――――――の情報は、ネットでもテレビでも見れば、手掛かりはいくらでも得られた。
その中で、確実に本人を確認出来るであろう能力者として、毎週日曜の早朝に無法釣り人の屯する防波堤を強襲するという謎の鎧武者に、雨音は白羽の矢を立てたというワケだ。
まさかそれが女の子だとは思わなかったが。
「にしてもアレね…………サムライだとか武将だとかは女の子の名前じゃダメって決まりでもあるのかしらね」
「ムー! フムィー! フムムムゥ~~~~~~~!!!」
独り言のように言う黒アリスに、誰かさんが声にならない声で必死に助けを求めていた。
声は、雨音の横に停まっている、角ばった大きな軍用車の中から聞こえてくる。
「んー……………」
「ムー!!?」
ここでコイツを自由にしたら、もしかしたらこの後面倒な展開になるやもしれん。
考え込む雨音は、この際だから今日はこのまま、この娘はクルマの中に放り込んでおこうと思い、
「ム…………ムェ~~~~~ム!!」
そんな雨音の酷い企てを察した相手は泣きだしてしまった。
「わ……分かったわよ解くわよ解けばいいんでしょ。今解くから。ほらジャック、手伝って」
「うん」
流石にそれは酷過ぎたか、と雨音は自分の外道な考えを素直に反省。
反省はするが、ここでジッとしていて欲しいという考えに変わりは無かった。
角ばった軍用車は、防波堤の入口を挟んで取材班のワンボックスカーとは道の逆方向にある、細い横道の端に止めてあった。防波堤自体が工業地帯に位置し、日曜でなくてもほとんど人がやって来ない。
車内から荷物のように引き出された相手は、強力なスチルワイヤーで身体をグルグル巻きにされた挙句、口にはダクトテープを張られていた。取材班を拘束したのと同じテープだが、拘束の厳重さが半端ではない。
雨音はジャックと協力してその相手を地面に立たせると、本人をクルクルと回しながらワイヤーを回収していく。
「…………アマネちゃん、ワイヤーの方を消しちゃった方が早いよ?」
「ダメよジャック。いきなり手綱を放すのは危険よ」
「ムフゥ!?」
「…………アマネちゃん、テープ剥がしてあげていい?」
「ダメよジャック。いきなり大声出したら大変でしょ」
「ムー……!」
猛獣か何かの様な扱いに、縛られている相手が何やら物申したげな目で雨音を見るが、雨音の方はそれを努めて無視した。そして、ワイヤー回収を再開。
幾重にも巻かれたワイヤーは徐々に減じていったが、あと二回りか三回りという所で、雨音はその手を止めてしまう。
「ム!?」
ようやく解放されるかと思わせて、またお預けを喰らわせるような事を。
縛られている相手はつり目にいっぱいの涙を溜めて、縋るような眼差しを雨音に向けていた。
「…………いいことカティ、よく聞きなさい」
「ム! ム!!」
縛られている少女の頬を包むように両手で触れ、額を触れ合わせた雨音は囁くように言う。
「今日は相手の観察に来ただけ。出来てもちょっと話をして、どんな相手か探るだけよ。無用な争いなんか、まさに無用。相手から襲ってこない限りはこっちも手を出す必要なんかないんだからね? 分かってる? 『合戦でゴザルー!!』とか言っていきなり突っ込もうとした秋山勝左衛門さん?」
「ム………………」
「ええいそこで口籠るな」
縛られている少女は、ジト目の雨音から頑張って目を逸らす。どんなに逸らしても、息が吹きかかるほどの至近距離なので、あまり意味は無かったが。
そして口籠るも何も、少女の口はダクトテープで塞がれている。それでも、雨音には相手が何を言っているのか大体の所が分かってしまうのだが。
「……………………やっぱり置いて行こう」
「ム!? ムギュー!!」
無慈悲にも遠ざかろうとする雨音に、本当に縛られたまま置いていかれては堪らないと少女が大暴れする。
「あ……!? ま、まってカティおねえちゃん!!?」
ワイヤーの端を握っていた大男のジャックが慌てるが、縛られていた少女は飛び跳ねながら身を捩り、
「ッ~~~~~~ハッ!! ひどいデースひどいデースアマネー!! カティは放置プレイなんか好きくないデース! アマネに置いてかれるの寂しいデース…………フエェエエエェエエ!!」
既に残りも少なかったワイヤーを振り払い、口を塞ぐダクトテープを引っぺがしたかと思うと、しゃがみ込んで、また泣き出してしまった。
子供のように泣きじゃくるのは、雨音とほぼ同時期に能力者になってしまった、クラスメイトのカティーナ=プレメシス嬢。クラスの皆や雨音には「カティ」の愛称で呼ばれている。
諸々の事情で東西に分裂してしまった北米の西側、古米国と呼ばれる国からの留学生で、父親が古米の在日総領事。スケールの大きな家庭の事情である。
全体的に小柄で華奢な女の子で、身長も160センチの雨音よりも頭半分ほど低い。
どこぞのガンメタルシルバー混じりの魔法少女とは異なり、髪は膝まで届くほど長い、柔らかな錦糸の様な金髪。
顔立ちも愛らしく、コロコロと表情が良く動き、クラスメイトには子犬系美少女として可愛がられている。
だがしかし、今雨音の目の前に居るカティは、普段とは全く違う姿形をしていた。
身長は変身後の雨音と同じか、少し高い程度。起伏豊かという点でも同じだが、所々から垣間見える素肌から、引き締まった筋肉が浮いて見える。
フワフワの長い金髪は流れる様な直毛の黒髪へと変わり、容貌もツリ目などの特徴を残しながら、朱色のシャドーでアイラインが引かれた、大人びた美貌へと変じている。
そして拘りの服装は、本職の方が見たら殴りかかって来そうな、肩、脇、腰を大胆に露出させた改造巫女装束。
これがカティの、魔法少女形態。本人に曰く、巫女侍の秋山勝左衛門である。
雨音としては、自分もそうだが、一体どこに魔法少女要素を見出して良いか、皆目見当もつかなかった。
見た目こそ小型の愛玩犬から大型の番犬に進化していたが、中身は小さなカティのままであった。
大好きなご主人様に置いてきぼりを喰らったカティは、大きな身体を縮こまらせてさめざめと泣いている。
そんなカティを前に雨音は困り顔で。
「いや…………5分も離れてないじゃん」
「時間なんか関係ないデース!! 最近アマネ、カティへの扱いがぞんざいデスよ!? でもカティはDVハズバンから離れられないダメワイフの心境デース…………」
それを言うなら最近のカティは雨音依存が過ぎるのでは、と雨音本人は言いたかった。
「そもそもなしてカティが縛られにゃならんとデスか…………? アマネに縛られるのはいいデスけど、て言うかキライじゃないデスけど。だからってわざわざワイヤーガンまで出して…………その周到っぷりが流石過ぎてカティもびっくりデスよ!?」
雨音だってそこまでさせる巫女侍にビックリであった。ダクトテープだと力尽くで突破しかねないのだ。
だが、無論雨音だって意味も無くそんな非道を働かない。何と言っても可愛い無二の親友である。
その親友に、そこまでさせるだけの理由があるのだから。
再びジト目で溜息をつく雨音に、ドーベルマンの如き美女が居心地悪そうに後退る。
「な…………何デース?」
「だってカティ、あんた…………名前を言う癖治らないじゃんよ。マスコミ関係者の前じゃハッキリ言って絶望的過ぎるわ」
カティの悪癖というか何というか、未だに日本語に熟達していないせいかもしれないが、会話の中で自分を指す時『私』や『あたし』といった一人称代名詞を使わず『カティ』と本名を使う癖がある。
雨音は、魔法少女になっている自分なんて誰にも知られたくない。第一自分自身が認めたくない。
ところが、カティはお構いなしに、いつでもどこでも誰の前でも自分の名前を会話の中で堂々と名乗ってしまうのだ。何の為に『秋山勝左衛門』なんて名前を考えたのだろうこの娘は。
友人としてカティの今後やプライベートが心配でしょうがない雨音だったが、これに関しては他人事ではない。カティは変身中の雨音まで、平気で本名で呼びやがるのだ。他に呼びようが無いせいもあるだろうが。
防波堤に無法釣り人を強襲しに来る鎧武者の情報を集めるにあたり、雨音は自らの魔法で監視の目を空へと放っていた。
雨音の魔法によって造り出される現用の軍事兵器、ヘリ型無人航空攻撃機は、現地防波堤を先行偵察する。
その時点で鎧武者が来ていれば文字通り高みの見物、とさせてもらう所だったが、生憎まだご出勤の時間ではなかったらしく。
雨音の予定では防波堤の近くで待機し、無人攻撃機が鎧武者を捉えたら接近して観察するつもりだった。
ところが、何となく赤外線映像で現場周辺を見ていた雨音は、妙な物に気が付く。
排気ガスを長時間出しっ放しにし、防波堤の入口近くの路肩に停車する一台のワンボックスカー。釣りに行くでもなし、その場から離れるでもなし、中に3人も――――――熱反応で確認――――――居て何かをする気配も無い。
そこで、別角度からの映像で車内を覗いてみると、一名が民生用とは思えないハンディカメラを持っているのが確認出来た。
ヤバい。マスコミ関係者である。
即座に考えたのは、予定を後日に見送る事。何もマスコミの前に姿を晒す危険を冒してまで、どんな性格の相手かも分からない戦国武将の鎧武者と接触を持つ事は無い。やってる事を考えれば、間違いなく血の気の多いタイプであると予想出来たし。
だが雨音は、こうも考えた。
吸血鬼騒動のときは、一日で世間がひっくり返った。
のんびり来週まで待っていて、致命的な事になったらどうしよう。
雨音が夏休みの宿題を7月中に片付けるのは、8月に遊びたいからではない。宿題を残したままにするのが不安だからだ。
このような止むを得ない事情で、雨音はマスコミのワンボックスカーを制圧。ちなみに目だし帽は、姿を丸々変えてしまう魔法少女の変身能力、擬態偽装の応用だ。
そこまでして、変装に変装を重ねて正体を隠したのに、カティを連れて行ったらどんな事になったやら。
「情報のプロの前でうっかり名前なんて口走ろうものなら…………そこから辿られて早晩魔法少女だとバレかねないわねぇ、カティ?」
「……………」
リアリティのある想像に雨音は呆れた溜息をつき、カティは耳を伏せて項垂れる犬の如しだった。
反社会的マスコミ対応を決定した瞬間、雨音は起こりうるその辺の事態が容易に想像できてしまい、カティが感づいて暴れる前に、力尽く――――――半分色仕掛け――――――でスチールワイヤーまで使いグルグル巻きにしたのだ。
可哀想だが、判断は間違っていなかったと思う。
「そうでなくても北原さんには一瞬でバレてんのよ? いいわねカティ。名前厳禁。今から変身中は勝左衛門って呼ぶからね、勝左衛門」
「りょーかいデース…………でも、アマネの方は何て呼べばいいデス?」
「…………いいわよ黒アリスでもテロメイドでも」
「アマネ…………まだそれ引き摺ってるデスか」
暫定的に、雨音の魔法少女形態での呼び名は「黒アリス」(仮)となった。名付け親とも言えるカティは、こっそりご満悦である。
「それじゃ……行くわよ勝左衛門。いい、間違っても喧嘩売っちゃダメだからね?」
「か…………し、勝左衛門はアマ……く、黒アリスさんを守る為に行くデー、ご、ゴザール」
「…………あたしが喋るから、勝左衛門はあたしの用心棒ね」
「よーじんぼー(用心棒)!? みなぎって来たデース!!」
いつの間にか、防波堤の方は静かになってしまった。
表情を引き締めた黒アリスは深呼吸して動悸を抑え――――――ようとして失敗し――――――、喋り慣れないせいかぎこちない動きの巫女侍を伴って、鎧武者が陣取っている防波堤へと歩みを進める。




