0002:魔法少女詐欺にご注意ください
旋崎雨音は、この4月に進学したばかりの高校一年生だ。花も羨む咲きかけ女子高生である。
身長160センチ程。体型は発展途上。3サイズは黙秘。取り立てて不満は無いが、素の状態でも少しメリハリが欲しいと考え出した今日この頃である。
オシャレは手間も時間もお金もかかってメンドクサイと言って憚らず、髪は天然そのまま真っ黒な、肩の少し下まで伸びるストレート。
化粧などもほとんどしない。容姿含め素材は良い方なのだが、いかんせん本人に磨く気が無い。
ちょっと危ない趣味を持っており、ファッションなどより専らそちらに力を注いで、いた。
性格は淡泊というか、熱くなる前に醒めてしまう現代っ子。慎重で小賢しい小心者だった。
そんな彼女が、『魔法少女』などというヤクザな稼業――――――雨音曰く――――――に足を突っ込んでしまったのが、約ひと月前の事。
ニルヴァーナ・イントレランスなる声だけの存在によって、試供品かサンプルの如く無料でバラ撒かれる特殊な能力。
そして何の因果か、雨音だけではなくクラスメイトの『カティ』ことカティーナ=プレメシスに北原桜花も、その能力を授かってしまっていた。
能力を与えられる際に『適性』がどうとか言われたので、試供品ではなく『お客様が選ばれました』詐欺の類かもしれないが。
特殊な能力を与えられたのは雨音、カティ、桜花だけではないらしく、この時期を境に世間では妙な事件が頻発し始める。
無数の犬に占領される千葉のテーマパーク、SLが暴走する山手線、海賊船と大和級戦艦による東京沖海戦、手口不明の銀行強盗、同じく手口不明の窃盗や破壊行為、自衛隊首都防衛部隊のクーデターに、国会議事堂爆破事件、無差別発砲テロ、そして吸血鬼の大量発生。
なお、国会議事堂爆破と無差別発砲テロは雨音の仕業であり、吸血鬼の大量発生は桜花のせいである。その節は大変申し訳ございませんでした。
そんな二人の少女がやらかしてしまった事件は一旦脇に置くとして、他の怪事件も雨音やカティ、桜花同様の特殊能力者が引き起こしているのは、間違いないと思われる。
こう言っては桜花が可哀想かもしれないが、直近にあった吸血鬼の大量発生は酷い事件だった。
経緯は割愛するが、結論から言ってしまえば、完全に能力の暴走によって引き起こされた事件であった。
突然、物理法則や常識に外れた能力を放って寄越され、付いて行けない能力者本人の手を離れて、能力だけが勝手に独り歩きする。
その結果、数千からの人間の人生に、大小様々な影響を与える結果となってしまった。
雨音とカティはこの事件の解決に尽力した、と思ったのだが、後から冷静に振り返ってみると、あまり大した事もしてない事に気が付く。
桜花が吸血鬼を作り出した張本人だと知れたのも、その後の解決も、偶然と幸運による部分が大きい。雨音がやっていたのは、自身の能力を振り回した事だけだ。
放っておいても桜花が望みを果たせば、その時点で被害の拡大は止まっていたかもしれない。それまでにどれだけの被害が出ていたかは想像もつかないが。
正直に言って、雨音は特殊能力者になったのを喜んではいない。問われるままに望みを語ってしまったのは雨音本人だが、ニルヴァーナ・イントレランスの遣り口は押し売り以外の何者でもなかったし、その後は何があってもほったらかしである。
挙句、自分が能力者である事自体を忘れたまま、能力を暴走させる桜花の様な被害者まで出てしまう始末だ。
しかも、最後の最後になって雨音を『魔法少女』にするとか言い出すニルヴァーナ・イントレランス。契約書の片隅に、読めないような小さな字でこっそり契約者に不利な約款を書いておくよりも、性質の悪い手口だった。
こうして能力者――――――あるいは魔法少女――――――は乱造され、被害を被る人間も山ほど生み出される。
雨音はそれら全てを自分の手で解決しようなどとは思っていない。出来るとも思わないし、首を突っ込むべきでもないと考える。
能力者も吸血鬼も、結局は人間以上の何者かではなかった。魔法少女以前に成り立て高校生でしかない雨音は偉そうに口を出せる立場にないし、違法行為ならやっぱり警察に頑張ってもらうべきである。その理屈でいうと、雨音と桜花は大ピンチであるが。
しかし現実を見て、現実的に考えると、警察は能力者に対応出来てないように見える。
先の吸血鬼騒動の折には魔法少女刑事なる者が吸血鬼逮捕に貢献したそうだが、冷静に考えてみれば、警察が怪しげな能力者の協力を受け入れるとは考え辛い。
魔法少女刑事とは、何かの例えか渾名だったのだろう。それはそれでどんな刑事だと言いたいが。
とにかく、警察は元々特殊能力者を相手にするのを想定した組織ではないし、吸血鬼騒動の影響で、未だに機能を回復しきってはいない。通常の治安維持で手いっぱいだ。
能力者は今も野放し。欲望のままに突っ走っている能力者もいれば、桜花のように無自覚の能力者もいるかもしれない。また吸血鬼が大量に発生し、世間を大混乱に陥れるような事件が起こらないとも限らない。
雨音が望むのは、平穏な生活、ただそれだけだ。カティのように魔法少女としてやる気があるワケでもないし、危ない事、恐い事は御免蒙りたい。本来は気の小さい、ただの娘さんなのだから。
だが心配性な雨音さんは、今後の事が不安でしょうがないからこそ、事態を見て見ぬ振りなど出来ないのだ。
いつものパターンである。
いつものパターンなのだが、今回はその辺を踏まえて、事前の危機管理など考えてみようと動く事にしたのだ。
後ろ向きな性格が極まるとこうなる。
◇
無法釣り人の出入りする防波堤へ取材に来ていた取材班は、いざ取材対象を追って突撃取材に挑もうとした矢先、顔面に銃口を突き付けられていた。
平和な日本で銃を見る事など、そうありはしない。
「な……なんだよあんたら? ハハ……モデルガンか、これ?」
ヒゲ面の担当Dは目の前の銃を指差し、引き攣った笑みを作る。
その直後、銃口は目先を変え、パパパッ!! と乾いた音をさせて、アスファルトに弾丸を撃ち込んでいた。
取材班は、全員揃って声にならない悲鳴を上げる。本物の凶器が発するキナ臭い空気に縮こまってしまった。
「大変申し訳ないけど、全員車内に戻ってもらえます? ジャック」
「OK…………」
取材班を襲ったのは二人組の男女、と思われた。
『思われた』、というのは、銃を持った二人組がどちらも黒い目だし帽を被っているので、顔が分からないのだ。
女性の方に「ジャック」と呼ばれた大男は、ディレクターとカメラマンを次々と車内に押し戻す。
レポーターも、目だし帽の女性に銃口を向けられ、車内へ入る様促された。
「え……? ま!? ちょっと待って逃げないから!!?」
「な、なにをするだー!? モガー――――――――――――!!」
「あ……いや、待って! 髪が巻きムゥ~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
車内に戻された3人の取材班へ、大男はダクトテープをビーっと引き出して見せる。
3人は何をされるかその瞬間に察する事が出来たが、銃を持った女とゴツイ大男を前にして、ただの一般人が抵抗できる筈も無かった。
◇
そうして取材班3人をダクトテープでグルグル巻きにしたまま、銃を持った男女二人はワンボックスカーを離れる。
「ウフフフフ……どうよジャック、犯罪者っぽさが板について来たと思わない?」
消音機装備のアサルトライフルを抱えた女性は、自嘲気味に呟きながら自分の目だし帽を毟り取った。
顔こそ笑っているが、その目は完全に死んでいる。
「あ、アマネちゃん……そんなに自分を追い詰めないで」
同じく目だし帽を取った身長190センチを超える大男は、厳つい顔の割に優しげな声で女性を気遣っていた。
この、平和な国で銃などブッ放し、監禁行為だって楽勝(?)でクリアして見せる女性――――――――――と言うよりも、少女。
身長は170センチ前後で、髪は胸ほどの高さに来る金髪。
手足が良く伸び、細身でありながら出る所は出て引っ込む所は引っ込むメリハリボディーを、胸元が大きく開き、丈もギリギリなミニスカエプロンドレスに包んでいる。
顔も美少女と言って十分通るのだが、今は少々残念な事になっていた。
身長が10センチほど伸び、スタイルも一気に良くなり、実は顔はそれほど変わっていないが、この少女こそ旋崎雨音の魔法少女形態であった。




