0001:突撃隣の魔法少女
月に一度くらいのペースで、夕方のニュースの特集コーナーに『困った人間大集合』なるものが放送される事がある。
もはや珍しくなくなった、家の中にゴミ――――――個人的価値観にもよる――――――を溜め込む隣人。
河川敷で禁止されているゴルフの打ちっ放しを行う会社員。
砂浜で禁止されている花火を打ち上げる若者。
ブレーキの無い自転車でアーケード街を突っ走る子供。
進入禁止の通学路を我が物顔で押し入ってくるダンプカーと運転手。
と、扱われるヒトの迷惑行為は、枚挙に暇がない。
それこそヒトが犇めき合う社会であり、また人間に自由意志と自由な行動が許されている以上、利害の異なるヒトとヒトとの間で摩擦や衝突が起こるのは必然だ。
つまり番組制作サイドがネタに困る事も無いのだろう。
そんな特集にあって、定番ネタとでも言えるものがある。
『あのーすいません! ここって立ち入り禁止ですよね? 看板に立ち入り禁止って書いてありますよ?』
『…………』
『入ったら危ないですよ!』
『…………』
『ここの鍵ってどうやって手に入れられたんですか?』
『…………』
『すいません――――――――――――』
『あー邪魔だ邪魔邪魔! 何様だお前らブッ殺すぞ!!』
『でも入っちゃいけない所ですよねー?』
レポーターがインタビューを試みるも、顔にボカしを入れられ声も変えられている男性はインタビューを無視し、レポーターがしつこく食い下がろうとすると、ついには声を荒げて恫喝する。
そして男性は悪態をつきながら、鉄の門や有刺鉄線で封鎖された防波堤へと様々な手段で潜り込み、危険な立ち入り禁止区域で堂々と釣り針を投げるのだ。
その防波堤を管理してる東京都は、波に浚われたり海に落ちたりする危険性があるとの理由で、防波堤への立ち入りを禁止している。
しかし、大物が釣れる魅力的な釣り場である防波堤には、禁止されても無視して入り込み釣りをする、所謂『無法釣り人』が後を絶たない。
当初は単なる柵だけの封鎖が、そのうち鍵が付き、鎖が巻かれ、有刺鉄線が張られ、鉄の門が出来、更に門が二重になり、と大仰になってゆき、そして釣り人は何が何でもそれらを掻い潜って防波堤に入り込み、釣りを愉しんで来たのだ。
なお言うまでも無いが、釣り人の阻止行動には税金が使われている。
この、行政と釣り人のイタチごっこが、『困った人間大特集』の最右翼として、長くコーナーの取りを飾って来た。
ところが、このコーナーはある日を境に急激な方針転向を迫られる。
◇
ある日曜日の午前6時。
昇りつつある太陽の光を反射し、海が真っ白に輝いている。
東京某所の防波堤には、今朝も早くから釣り人の姿を見る事が出来た。
そして、防波堤入口に近い道路の路肩には、一台のワンボックスカーが停車していた。
「…………今日も来ますかね?」
「そりゃ来るだろう。毎週来てるんだから」
ワンボックスカーの中には、3人の男女を見る事が出来る。ワンボックスカーはテレビ局が借りた物であり、乗っているのは局の人間。担当D一名、カメラマン一名、紅一点のレポーター一名だ。
彼等は夕方のニュースで使う映像素材の取材班であり、件の『困った人間大集合』も彼等が受け持っている。
カメラマンは機材の確認がてら、車内から防波堤の入口を撮影していた。カメラの前でまたひとり、蛍光色のベストに釣竿と言う格好の釣り人が、防波堤の中へと消えていく。
しかし、今となってはテレビクルーの被写体は、彼ら無法釣り人ではなかった。
「おい丈井、しっかり見張っとけよ? 来たらすぐ出るからな。」
後部座席をリクライニングさせ、半ば寝そべりながらタバコを吹かすヒゲ面の男は、ダルそうな口調で前席のレポーターに言う。
「で、でも古浦さん……相手、馬で来るんですよね?」
一方の前席、レポーターなのに運転させられている新米レポーターの丈井女史は、緊張に顔を強張らせていた。
無法釣り人へ体当たり取材するにあたり、暴力を振るわれる可能性も十分にあったレポーターやカメラマンには、普段からそれなりの備えがしてあった。
だが、今回の備えは今までの比ではない。
丈井女史は『安全第一』と書かれた工事現場ヘルメットに、トラックに踏まれても痛くない安全靴という装備。カメラマンも似たような格好だったが、ただひとりディレクターだけは無防備な普段着だった。
◇
ある放送回から、立ち入り禁止の防波堤を巡る報道は、完全に趣の異なるものとなってしまった。
撮影した直後は、『こんな絵(映像)使えねー』と言われてお蔵入りになりかけたが、制作局トップの『イケる!!』というツルの一声で放送に使われるのが決まり、実際に電波に乗るや、大きな反響と物議を醸し出した。その後の『吸血鬼報道』によって吹き飛んでしまったのも事実だが。
だが、今回の取材は、その第二弾。
取材対象は毎週のように防波堤を襲っているのが確認されており、取材班は対象が現れるのを今か今かと――――――ディレクターだけかもしれないが――――――待ち受けていたのだ。
来ないと取材にならない。放送素材も撮れない。仕事にならない。
しかし、今回の放送対象のスゴさは無法釣り人の比ではない。
来て欲しいような来て欲しくないような。
レポーターの丈井女史は複雑な想いに下っ腹を痛くし、ハンドルに顔を突っ伏させていた。
その時、丈井女史の耳に入る、微かだが小気味良いテンポのスタッカートが。
「…………あ?」
「あ、お!? おい来たんじゃないの?」
「あ、はい、音入ってます」
何かを打ち鳴らす乾いた音は、徐々に大きくなってくる。音の主が、取材班のクルマに近づいて来ているのだ。
3人がそれぞれ、運転席から前を、後部から後ろを注視する。
発見したのは、後部ハッチの窓から道路の先を見ていた担当ディレクターだ。
「おい来た来た来た来た!! カメラカメラカメラカメラカメラ!!!」
「ハイハイハイハイハイ!!」
車内が慌ただしくなり、3対の目とカメラがワンボックスカーの後方へ向けられる。
その直後、赤備えの鎧武者が逞しい栗毛の馬を駆り、彼らの真横を駆け抜けていった。
「おーし来た来た来たぁ!! 行くぞ取材行くぞ!! 亀さんいいとこ取り逃がすなよ!!」
「はーいはいはい、丈井さん行くよー」
「分かりましたー…………」
ディレクターとカメラマンが車外に飛び出していく。
レポーターという立場上残る事も許されず、丈井女史は不承不承に返事をすると、運転席から外に出て、
「どうも申し訳ございません…………」
いきなり謝ってくるミニスカエプロンドレスの少女(?)によって、その鼻先に銃口を突き付けられていた。
『いまさら魔法少女と言われても』はフィクションです。
登場する人物、場所、出来事は、実際のものとは一切関係ありません。
第4章開始です。お付き合いいただければ幸いです。




