0057:一冊だけ抜けていた本を見つけた
舗装されていない剥き出しの地面を、エンジンを嘶かせた軍用車両が爆走する。
軽装甲機動車は、決して乗り心地の良いクルマではない。
シートは寛げる作りではなく、サスペンションが固く振動が大きく、重心が高いので曲がると大きく揺さぶられ、エンジン音はやかましく、窓が小さいので視界が悪く、おまけに純性オフロードカーに比べて悪路での踏破性能も良いとは言えない。
しかし、こうも言える。
エンジン音は大パワーの為、窓が小さいのは防弾面積を大きく取る為、重心が高いのはボディーが鉄板で覆われて重い為。
取って付けたようなシートも背凭れも、重装備の兵員が身動きし易い為だ。
つまるところ、これは戦闘車両。
戦う為のクルマなのだ。
頑丈な車体で兵士を守り、移動し、武装し、遮蔽物――――――盾――――――となる。
その為の機能にのみ特化した乗り物だ。
一見して強面の40代のオヤジ、ジャックは鉄板の箱に車輪とエンジンを付けたとでも言うべきこの乗り物の運転に、高い熟練を見せていた。
地面のデコボコを拾って右に左に飛び出そうとするのを抑え、車体が跳ねるのを利用して更に速度を上げる。
平気で車体を横滑りさせ、カーブ内側の木に突っ込ませる勢いでコーナーインし、カーブ出口の外側の木、ギリギリのコーナーアウト。
そして恐ろしい事に、ヘッドライトのみが明りの視界が悪い道で、アクセルはほとんど踏みっ放しであった。
そんな車内にて、三つ編み文学少女の北原桜花が、真っ青な顔をしながら死んだ目で言う。
「ね……ねー、吐いて良い? うゲッ!?」
「後にして今忙しい!!」
走り出してから僅か一分でこんな感じ。
弾避け以外の乗員保護をあまり考えていないクルマなので、桜花は天井で頭をぶつけ、固いサイドドアに慣性で押しつけられ、固過ぎるシートに尻を突きあげられ、前のシートの背凭れにぶつかり、ついには床に転がる始末。
控え目に言って死にかけである。
一方、桜花の助けを求める声を素気無く斬って捨てた雨音は、武器遠隔操作システムの操作装置に齧りついてた。
車体上部の架台を後方に向け、重機関銃の側面に付くガンカメラの暗視映像をモニターに映している。
緑がかったグレースケールの風景が、中央の一点に吸い込まれるように流れ込んでいた。
「お雪さん、空からの映像は?」
「はい、何かが追いかけて来ている様子はございませんが…………あ!?」
膝の上に無人攻撃機の操作機器を乗せ、航空映像を見ていたお雪さんが、その中に何かを見つける。
雨音とカティも助手席側の背凭れにくっ付き、お雪さんの見るモニターを覗き込んだ。
吸血鬼は赤外線映像に映らない。正確には映らないワケではないのだが、体温が無いに等しいので見辛くなってしまう。
だが、軍で使っているような観測機器に、その辺の隙は無かった。
温度がダメでも、移動している物体や飛翔している物体を、センサーが自動で探知して追いかけてくれる。
高度一万メートルからの暗視映像で、無人攻撃機のシステムが何かを捉え、標的指示マーカーで囲っていた。
「おいでなすったデスねー!」
「来なくていいわよもー……」
拳を掌に打ち鳴らすカティと対照的に、雨音は心底疲れた声で呻く。
当たって欲しくない予想ほど当たるものである。
映像からはよく分からなかったが、確かにセンサーは何かを捉えている。
吸血鬼が――――――あるいはマスコット・アシスタントが――――――このまま桜花や魔法少女達を逃がすとも思えなかった。
「ジャック、近場の教会に向かって! 多分安全地帯になる!」
「アマネちゃん、運転中はカーナビ使えないよ!」
「お雪さんお願い! カティ、北原さんに張っ付いて!」
「すぐお調べいたします」
「御意にゴザール!」
指示を出しながら、雨音も軽機関銃やらグレネードランチャーを車内後部から引っ張り出し、エプロンポケットから弾を取り出し装填する。
どう見ても、ペッタンコのポケットに入る筈が無いような鉄の箱が出てくるあたりが、魔法だった。
「あのー……せんちゃん? あたしはどうすれば………」
「最低限また浚われないようにして。出来れば吸血鬼を人間に戻す方法でも思い出しといて下さいな」
「えー………?」
黒アリスに思い出せと言われても困る桜花。そんなの見当もつかない。
しかし、他に何が出来るでもない桜花は、言われた通りに座席の端に縮こまり、激しい揺れに耐えながら記憶を掘り起こそうとした。
それなのに、車体はそれまで以上に激しく揺れ始め、とてもじゃないが記憶に没頭できない状態に。
だが、たった今車両を襲ったのは、ただの揺れではなかった。
車内にギーギーという酷く耳障りな雑音が響く。
何かが車体を外から引っ掻いている音だ。
この状況でそんな事をするのは、吸血鬼以外あり得ない。
「お雪さん、『深海Jr.』が欲しいデース!」
「こちらに」
助手席の和服美女から小太刀の様な刃物を受け取る巫女侍は、意外な器用さでもって、それを手元で回して見せる。
黒アリスは武装を軽機関銃から、短銃身化されたショットガンと短機関銃の二丁持ちに変更。
狭い車内で、カティと桜花のいる座席を背にして、車体に取り付いたと思しき吸血鬼を警戒する。
クルマの上を、または緩い『く』の字になっている側面を、鋭い何かが引っかき回す。
黒板に爪を立てるが如きその音に、桜花は顔を顰めてドアの側に背中を押しつけ、
そのドアが、外側から強引にもぎ取られた。
「………あぇ!?」
またしても、ドアに体重をあずけていた桜花は、開いた側に倒れ込む。
もう二度とドアに寄りかかるまいと切実に反省するが、それどころではない。
軽装甲機動車は現在時速100キロ以上で走行中である。
「アッハッハ!! 女王ってお前!?」
上半身が車外に出てしまう桜花を、車体側面に張り付いているボサボサ頭の吸血鬼が見下ろす。
笑ってはいるが、目は血走り、頬はヒクつき、青筋を立てている。
どこかの黒アリスに横合いから殴られ、よほど頭に血が昇っているようだ。
血が巡っていればの話だが。
「桜花動くな!!」
「え? ちょーっ!?」
吸血鬼に胸座を掴まれ引っ張られそうになる桜花だったが、その吸血鬼へ雨音が短機関銃をフルオート射撃。
「ってぇ!? おいクソオンナァ!!?」
「カティ! 桜花を引っ張って!!」
弾丸は桜花をギリギリで外れ、吸血鬼の腕へ着弾。
同時に、カティが桜花のロングスカートを引っ張り車内に連れ戻した。
「アマネちゃん!?」
一難去ってまた一難。今度は運転席のジャックが叫ぶ。
ジャックの目の前。フロントガラスの直前であり、ボンネットの上に、別の吸血鬼が降り立っていた。
髪をオールバックにした吸血鬼は、狭いフロントガラスを素手で砕き、ジャックへと手を伸ばす。
「わッ!? わぁぁああああああああ!!?」
見た目はタフガイな40代でも、運転や無人兵器の扱いに慣れていても、ジャックの中身は幼い少年だ。
驚いたジャックは急ブレーキを踏み、車体が左右に振れ始める。
雨音は短機関銃とは逆の手のショットガンを、運転席前のフロントガラスに叩き込んだ。
ガラスが割れ、時速100キロの風が車内に吹き込む。
それでも、ジャックは叩きつける風を堪えて目を開き、懸命にクルマの挙動を制御していた。
「ジャック、大丈夫!?」
「だ、大丈夫……!」
ジャックはアクセルをベタ踏みに。細かくカウンターを当ててクルマの向きを立て直す。
だが、速度が緩んだその間に、別の吸血鬼が後部ドアに取り付いていた。
後部のドアを無理矢理にこじ開けるのは、全身を毛むくじゃらにしたオオカミ男だ。
「アマネ!!?」
「ごめんカティ、そっちを!!」
「アマネちゃんマズイよ、道路が――――――――――――!!?」
「なに!?」
カティが小太刀を逆手に構えてオオカミ男の爪を喰い止めた。
その直後、軽装甲機動車が大きく跳ねる。
剥き出しの地面から舗装道路に出る時に、盛り上がったアスファルトに車体が乗り上げたのだ。
「ッ~~~~~~~~~~~~~!!?」
「ぅわっ!? わっ!? わっっ!!?」
「くヌゥ!!」
「ギャァアアアウ!!!」
車内が大きく揺れ、次に浮遊感が襲った。
カティはオオカミ男と掴み合いになり、雨音はナイフを手に侵入しようとするボサボサ頭に短機関銃とショットガンを同時に発砲。
桜花は天井に浮き上がり、
ズンッと、墜落したかのような勢いでクルマが着地。車内の全員も一斉に下へと叩きつけられていた。
「あうッッ…………!?」
あまりの衝撃に、桜花の脳が激しく揺すられる。
目の前がかすみ、息が止まり、上も下も分からなくなった、その時。
『――――――この吸血鬼紅書がー、桜花ちゃん垂涎の吸血鬼コレクションになってー――――――』
『へー、スゴーイ、ハーレムじゃん。ヤベっ、身が破滅しそー』
積んで忘れていた本が転がり落ちて来たかのように、桜花の忘れていた記憶が手元に戻って来た。
「………………マジで?」
うつ伏せの桜花が、誰にも聞こえない呟きを洩らす。
軽装甲機動車は、ジャックの気迫漲る運転により、ガードレールに側面を擦りながらも、正面衝突を避ける事が出来た。
だが、ここでエンジンストップ。
「ジャック、どうしたの!?」
「あ、アマネちゃん……ガソリンもう無い………」
「うえぇ!!?」
言われて見れば、街中で吸血鬼を追いかけてから洋館まで、同じクルマで走り通しである。
大抵は燃料が尽きる前にクルマ自体を消してしまうので、ガス欠を気にした事が無かった。
「だ、だったら別に作るまでよ!」
そうは言う雨音だったが、自身でそんな暇があるとは思っていなかった。
燃料の尽きた軽装甲機動車は、ガードレールを離れて急速に減速。
やがて、完全に止まってしまう。
「デーイ! 降りるデース!!」
カティは上にから覆い被さっていたオオカミ男を、後部ドアから外に蹴り出した。
雨音は弾の切れたショットガンと短機関銃を投げ捨て、軽機関銃を構えて側面ドアから身を乗り出す。
後方からはオオカミ男が。
前方にはオールバックの吸血鬼。
そして、霧に変わっていたボサボサ頭の吸血鬼が、雨音の前に再び現れた。
新たなクルマで逃げ出すにも、雨音の魔法で造ってから乗り換えるまで、相手が待ってくれる道理も無い。
「ッ……ここでやるしかないかぁ……。カティ!」
「望むところデスねー!」
かなり良くない状況だったが、雨音もカティも是非も無く。
雨音は震えを堪えて引き金に指をかけ、カティは小太刀を口に、二振りの大刀を手に車外に出る。
3人の吸血鬼はジリジリと軽装甲機動車との距離を詰め、ナイフを、爪を、魔法少女達に向け、
「あ、あのー……ち、ちょっと待ってー」
間延びした文学少女の声に、全員が不意を打たれて動きを止めていた。




