0056:目的さえ達せば吸血鬼の相手などしていられない
バンバン流れ弾が貫通して来る上、真っ暗闇な屋敷の中。
「こ……これは確実に吸血鬼関係無いねー……」
悪魔に浚われ吸血鬼の屋敷に閉じ込められるなど、なんかソレっぽくてゾクゾクする。
一瞬そんな事を考えていた文学少女の北原桜花だったが、ホラー映画は一瞬にして戦争映画に変じていた。
視界ゼロで走る愚をあちこち激突して早々に悟った桜花は、自然と四つん這いで移動するようになる。
実は元々運動が得意でもない。
非常事態なのでスカートが捲れていても気にしない。
三つ編み文学少女であるからして、『実は』でも意外でも何でもないかもしれないが。
出鱈目に逃げ惑う中で幸運にも階段に行きあたり、不運にも見えない一段目を踏み(?)外した桜花は、そのまま階段を滑り降りるハメになった。
「ウゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――――――――――!!!!!」
滑り降りると言っても、階段なのだから当然段差がある。と言うか段差しかない。
胸やらアバラやらを段差の角でイヤというほど痛打し、桜花は階段の麓で痙攣していた。
満身創痍。
身から出た錆を現在進行形で味わう文学少女だったが、一頻り痛みに悶えた所で、ようやく外からの明りが入って来ているのに気が付く。
闇に目が慣れ過ぎて、少しの間光を認識できなかったのだ。
壁に開けられた無数の丸い穴より、オレンジ色の光が筋となって差し込んでいた。
外は風が強いのか、屋敷が揺らされて軋んでいる。
桜花は再び四つん這いになり、うっすらと判別できた扉へ向かった。
扉に張り付くと、手探りでドアノブを探す。
だが、内側から開く観音開きの扉には、ドアノブが最初から付いていない物も多い。
「おわっ……!?」
体重をかけたせいでドアを押し開いてしまった桜花は、その勢いのまま外に飛び出し、
「わっ! わっ――――――――――――んぎゃ……!」
屋敷の内外を別ける段差から、地面へ向かって正面からダイブしていた。
◇
思わず、地面に大の字でへばり付く少女を、二人の魔法少女が凝視する。
その行為は戦闘中にはどう見ても致命的な隙だったが、吸血鬼達もつられて同じモノに注目していた。
「あ゛ーう……」
見事に顔面から墜落していた桜花が、皆の注目する中唸りながら四肢を動かす。
「…………もー……最悪ー……う?」
項垂れつつも身を起こし、顔と前髪に付く土を落としているところで、桜花は自分に集中する視線に気が付いた。
「あ……あれ?」
吸血鬼達は一部を除いて、桜花が何者かを分かっていない。
食事として囲われている女のひとりが迷い出て来たかと思ったが。
しかし、
「ご主人様を守りなさい吸血鬼達ー!! その娘に何かあったらー、あんた達もおしまいって言うかー!?」
「カティー! 確保ー!!!!」
二人の怒鳴り声が同時に発せられる。
ひとりは、たった今まで吸血鬼達を虐殺する勢いで撃ちまくっていた、黒アリスこと旋崎雨音。
もうひとりは、屋敷の屋根から戦場を見下ろしていた悪魔のような姿の女、カミーラだった。
吸血鬼は、カミーラが喋ったのを初めて聞いた者がほとんどだ。
第一印象は、変な喋り方のコスプレねーちゃん。
その上、自分達の溜まり場から転がり出て来た少女を、突然守れと言われてもワケが分からない。
単に、ジョセフやソロモンといった声の大きな吸血鬼に急き立てられて、魔法少女と戦っていた者ばかりだ。
当然、困惑する吸血鬼よりも、雨音達の方が遥かに早く状況を把握していた。
「らじゃデース!!!」
真っ先に動いたのは、雨音の忠犬と化してきたカティだ。
吸血鬼以上の力と速度を誇る巫女侍は、事態を飲み込めずに呆然と座り込む文学少女へ突撃した。
「――――――――――――お? え? ノー!!」
突撃した筈だったのだが、何故か巫女侍は桜花から外れて斜め方向へダッシュ。
桜花の横を突風のように走り去ったカティは、壁をブチ破って屋敷の中に消えてしまった。
どうやら、まだ三半規管が回復していないらしい。
「勝左衛門のアホー!!!」
吸血鬼達が自爆する巫女侍の有様に目を丸くする一方で、雨音は涙声で相方を罵倒していた。
この一番大事な場面で一体何をやっているのかこの娘は、と。
「ジャック!!」
桜花だけではなくカティまで回収しなければならなくなった雨音は、軽装甲機動車のジャックを呼ぶと同時に自ら動いた。
「桜花ちゃん! もー何してんの吸血鬼連中はー!! 自分達の女王様がヤバいってーかー!!」
爪を噛んで顔を顰めるカミーラも、吸血鬼任せに出来ず、屋根の上から桜花の下へと飛び降りようとする。
そこを、雨音がリボルバーで牽制射撃。
「ちょっ!!? 能力者がマスコット・アシスタントを攻撃するなんて反則っしょー!!?」
「知るかー!!!」
屋根の縁が抉り飛ばされ、カミーラの前髪を弾丸が掠めた。
銃声に叩かれ我に返った吸血鬼達は、ワケが分からないなりに黒アリスへと桜花への二手に分かれて向かって行こうとする。
しかし、ここで軽装甲機動車の架台が復旧。
雨音の方に走りながら、吸血鬼へ向けて重機関銃を掃射。
突如沈黙を破った戦闘車両に、吸血鬼達は全く反応できなかった。
その間に、雨音は桜花の傍へと滑り込む。
「お? おお!? せ、せんちゃん!!?」
「北原さん! 今すぐあの吸血鬼どもをどうにかして!!」
「えー!? ど、どうやってー??」
「OK撤収ー!!」
やはり、桜花を捕まえた所で、そう都合よく全部解決とはいかない様子。
分かっていましたとも想定の範囲内である。
ヤケクソ気味に雨音が叫んだ直後、その背後に角ばった大型軍用車両が急停車した。
桜花を車内に押し込んだ雨音は、軽装甲機動車を正面入り口へ強引に突っ込ませる。
一瞬で拡張工事された屋敷正面入り口へ、残る吸血鬼が殺到しようとした。
その矢先、正面口の真っ暗闇の中から、炎を噴いて何かが飛び出して来る。
飛んできた何かは、吸血鬼達の足元に着弾。
大爆発を起こし、吸血鬼達を四方八方に吹き飛ばした。
そして、爆炎の中から軽装甲機動車が弾みながら後ろ向きに飛び出して来る。
「治郎兄さん! バッくれるわよ!!」
後部ドアから空の携行対戦車弾ランチャーを投げ捨てる雨音が、ボサボサ頭の吸血鬼をあしらってくれている、桜花の従兄の吸血鬼へ叫んだ。
「構わん、先に行きたまえ! 後から追いかける! 桜花ちゃんさえ取り戻せば、後はどうとでもなるのだろう!?」
桜花の従兄、嘉山・S・治郎。
最強の吸血鬼であるレスタトは、目にも止まらぬ速度で振るわれるバタフライナイフを、身体を霧に変えて流し、紙一重で躱わし、怪力で相手の腕ごと受け止めていた。
しかし、能力でいえばボサボサ頭の吸血鬼、アダムも対等か。
腕を取られた瞬間に霧に変身し、レスタトの背後に姿を現すと、再びナイフを振り下ろす。
「ッ……ジャックあっち! 治郎兄さんの所に行って――――――――――――」
自分を置いて先に逃げろ、などと言われて雨音に承服できる筈もない。
雨音は軽装甲機動車を、二人の吸血鬼が争う所に突っ込ませようとしたが。
「アマネ! 退くデスッ!!」
後部ドアの雨音に、屋敷の中で回収されたカティが怒鳴った。
カティは雨音のエプロンドレスの胸元を掴むと、力任せに自分の懐へと引き入れる。
雨音を抱きこむカティは、後部ドアへ向かって、
「ッチェストォオオオオオオオオオオオオ!!!!」
霧から実体化した直後の吸血鬼へ、渾身の左ストレートを叩き込んだ。
相手が普通の吸血鬼なら、カティの馬鹿力で派手に殴り飛ばされる所。
ところが、この吸血鬼もレスタトやアダム、ソロモン同様に普通の相手ではない。
「グッ………!? じ、女王を返してもらおうか!」
「ムゥッ!?」
吸血鬼ジョセフは後部ドアの縁を歪ませるほどの握力で握り締め、片手でカティの拳を受け止めていた。
カティの拳が吸血鬼に捕まる。巫女侍の力を以ってしても、容易には振り払えないジョセフの握力。
ジョセフはその体勢のまま、後部座席に目的の少女を見つけ、その瞬間に変身しようとした。
だが、
「何が女王!? 吸血鬼ごっこはお仕舞いよ!!!」
カティの胸の中で身を捻った雨音が、リボルバーキャノンを身体に引きつけて発砲する。
至近距離から.50S&W弾の直撃を受けた吸血鬼は、堪らず軽装甲機動車から弾き飛ばされた。
「ジャック全速力! ここを離脱するわよ!!」
「了解!!」
「カティ、あたしを押さえてて!」
「承知デース!!」
雨音の指示を受け、ジャックがアクセルペダルをベタ踏みした。
軽装甲機動車は、タイヤから土を巻き上げ急発進する。
車内で手足を踏ん張るカティによって固定された雨音は、車体を振り回して洋館に尻を向ける軽装甲機動車の後部ドアより軽機関銃を発砲。
吸血鬼レスタトと激しい戦いを繰り広げるボサボサ頭の吸血鬼へ、5.56ミリ弾の集中砲火を喰らわせた。
「お兄さん、ちゃんと逃げてね――――――――――――!!」
角ばった軍用車両が遠さかるとともに、黒アリスの科白も遠退いて行く。
行きがけの駄賃とリベンジ的に、真横から何十発もの弾丸を喰らい、吸血鬼アダムは派手に地面を転がされていた。
雨音の妙な義理堅さというか、心遣いにニヤリと笑うレスタトは、その行為を無駄にせず霧に変わって姿を消す。
「あ、主よ………!!」
「もー信じられないって言うかー!!! 早く追ってー!! あの魔法少女に桜花ちゃんが殺されたら、あんた達も全員終わりって感じだしー!!!」
口調はともかく、カミーラは焦っていた。
ほぼ吸血鬼は全滅していたが、最後まで残った強力な吸血鬼3人は、魔法少女達の軍用車両を追撃する。




