0055:吹き荒れろ魔法少女タイフーン
思慮深そうでいて実は何も考えてなかったり、格好付けたつもりでハズしていたり、空気を読まない発言で男女を問わず引かせていたとしても、レスタトは最強の吸血鬼だった。
「あ、あんた――――――――――――ッテメー離せよ!!」
「構わないが?」
圧倒的に腕力は上がった筈なのに、ボサボサ頭の暴力吸血鬼は、一瞬たりとも抵抗出来ずに放り投げられる。
掴まれていた腕は、レスタトの握力によって骨が折れていた。
「ッ……!? クッソがッ!!」
無様に地面を転がされた暴力吸血鬼のアダムは、自分の腕の有様に顔を歪める。
痛みよりも、やられた事自体にハラワタが煮えくり返っていた。
「大丈夫かい、魔法少女のキミ?」
たった今自分で行った暴力など素知らぬ風で、涼しい顔のレスタトは倒れた雨音を抱き起こす。
雨音は痛いやら目眩がするやら大変な事になっている頭を振り、どうにか5割の稼働率で復旧させた。
その時目の前に居たのは、クラスメイトの従兄である美形の吸血鬼。
その名は、吸血鬼レスタトこと嘉山・S・治郎。
雨音のクラスメイトで今回の吸血鬼騒動の中核に居る、北原桜花の従兄だ。
「……ッう!? え……え? 治郎兄さん!? あんた北原さんはどうしたの!!?」
雨音は目を瞬かせながら掠れた声で言う。
レスタト・S・治郎兄さんは、吸血鬼の巣窟になっている洋館の中へ桜花を迎えに行ったはずだ。
「ああ、桜花ちゃんが何処にも見あたらなかったんで戻って来たんだ」
「い、いやそれで戻ってくるな……」
何の為にこんな所まで来たと思っているのか。
事件のカギを握る桜花を確保する為、レスタトが屋敷の中に単身赴くと言うから、それを支援する為に雨音達が暴れていたのに。
危ない所に戻って来てくれて、雨音が助かったのも事実だが。
「…………何するんですかーレスタトさん。その女敵ですよ? 知ってますよね? どうして助けてるんです? 裏切りでしょそんなの、俺達への…………」
あっと言う間に折れた腕を治したボサボサ頭の吸血鬼は、身に着けている貴族の礼服に付いた土や枯れ葉を叩き落としている。
自分をボールのように放り投げ捨ててくれたレスタトを見ず、抑揚を抑えて淡々と言葉を重ね、
「――――――――――ん何やってんだよテメーは!? スカしたツラして好き勝手やりやがってよぉ!! いーよブッ殺してやるよクソヤローがよー!!!」
爆竹に火が付いたかのように、一転して悪意に満ちた叫びを上げた。
表情の無かった顔も、醜悪に変貌している。
吸血鬼だからどうというものではない。
ただのヒトでも、怪物には変身できるのだ。
「アダム……ボクはキミのやり方に口を出す気は無いが、彼女達に手を出すのは許せない」
「調子こいてんじゃねーぞ勘違いヤローがよぉ!! テメーだけが特別じゃねーんだよ、もうなー!!」
だが、どれほど恐ろしい顔を作って吠えても、涼しげな表情のレスタトは小揺るぎもしない。
その時点で、雨音には既に雌雄が決しているようにも見えた。
◇
急遽戻ったレスタトが、大ピンチだった雨音を背中に庇っているというシチュエイション。
強力な吸血鬼二人に挟まれ、助けに行きたくても身動きが出来なかった巫女侍のカティはといえば、
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアス!! カッコ良くアマネを助けるのはカティのポジデース!! 退かんかいこのミュージシャン崩レー!!」
「まだ崩れてねぇ!? なんて事言うんだこのファッキンビーッチ!!」
美味しい所をぽっと出の吸血鬼に持っていかれて猛り狂っていた。
だが、猛り狂うのは微妙に痛い事を言われたメタル吸血鬼の方も同じである。
メタルで死と退廃を謳っていても、結局ファンに飽きられれば、ミュージシャンはそれまでなのだから。
「くたばれや似非日本人がぁ!!」
「メリケンかぶれは非国民デース!!!」
メタル吸血鬼のソロモンがエレキギターを振り上げると、薪割でもするかのように振り下ろした。
迎え撃つカティの大刀と激突し、ギター本来の響きが周囲に広がる。
「アッチャー!!」
メタル吸血鬼の反対側からは、カンフー吸血鬼がヒットアンドウェイで打撃を繰り出し、カティの動きを妨げて来た。
「邪魔ッて! 言ってマース!!」
だが、以前と違って今のカティは二刀流だ。
大刀を細腕で軽々と振り回し、カンフー吸血鬼を間合いに入れない。
しかし、それだけでは勝つ事は叶わない。
「おーら歌えよぉらッッ!!」
「ちゃちゃちゃぁあああああ!!」
「フッ!! クッ!?」
横薙ぎ、縦、と単純なギターの殴打を弾き返し、大刀を盾にカンフー吸血鬼の打撃を受ける。
攻勢に出ないとだめデース。
カティは集中し、本能的に流れを変える一瞬を狙い澄ます。
未だカティも、魔法少女、巫女侍の力の全てを引き出しているワケではない。
というか、自分で『ニルヴァーナ・イントレランス』へ願っておいて忘れている部分も多い。
今のカティは、その忘れている部分を無意識に引き出していた。
概念強化による身体能力強化は、単純な筋力の増強に止まらないのだから。
「ッ………!!」
「うォッ!!?」
「フォウッッ!!?」
そして、カティはその隙を見事にこじ開けた。
攻撃を見切ったカティは、ギターの一撃を受けると見せかけ流し、カンフー吸血鬼の打撃には身体ごと突っ込み打点をズラす。
体勢を崩す吸血鬼二人。
やおら二刀を、翼のように広げるカティは、
「ひっさつ!! エンゲツサッポー(円月殺法)デース!!!」
自身を軸に、ヘリのローターブレードのように高速で回転し始めた。
「なッ!? なんだこの頭のワリー攻撃は!!?」
「ホアッ!!?」
まるで小学生が休み時間にふざけてやるが如き必殺技。
しかもそれ円月殺法違う。
違うのだが、雨音はそれを見て目を剥いていた。
悪ふざけの様な必殺技も、巫女侍の身体能力でやると、洒落にならない事になってしまったからだ。
「え? あ!!? ち、ちょっと待――――――――――――!!?」
「あ、ああ、アイヤー!!!?」
それは、真夜中の大竜巻であった。
初めは電動丸ノコのように。
それだけで既に近づく事も出来なかったのに、更に回転を早める巫女侍は、周囲のあらゆるモノを巻き込みだす。
回転方向の側面、つまり上から襲えば良いと気を利かせた吸血鬼もいたが、どういうワケかカティには相手の動きが見えており、間合いに入った瞬間に角度を変えた回転ブレードに直撃され、全身打撲の憂き目にあった。
やがて、巫女侍トルネードは本物の大竜巻に成長。
しかもそれが、ゆっくりと吸血鬼達を追い始めたのだから一大事であった。
間近にいたメタル吸血鬼は逃げ出せたが、小柄なカンフー吸血鬼は竜巻に飲まれ、出て来た時には雨音にやられる以上に悲惨な姿に。
恐らく、吸血鬼でなければ死んでるような有様。
「ヤベェ逃げろぉおおおお!!」
「バカなのが来る!!!」
「バカっぽいけど洒落んなんねぇ!!!」
「誰がバカデース!!?」
怒りの巫女侍トルネードが吸血鬼を追いかけ、残っていた吸血鬼の半分が巻き込まれた。
巻き込まれた吸血鬼は大刀を思いっきり喰らい、骨をへし折られ、刃に刻まれ全身ボロボロに。
おまけに暴風に巻き上げられ、地に落ちた時には人型との判別するのさえ難しい、惨憺たる姿となっていた。
「ど……どうデースアマネー……? こっそり秘密の特訓してたカティの必殺技デスよー……」
そして恐ろしい事に、技を使った本人も無事では済んでいなかった。
カティは足元が定まっておらず、目は焦点を無くして、フラフラと彷徨い歩いている。
つまり、
「め……目が回るのがこの必殺技の欠点デスねー……」
黒アリスさんは後ろからショーツが見えてしまうのも忘れ、ガックリとその場で四肢を突いていた。
何をやっているのだろうこの娘は。
だが、やり方と結果はともかく、吸血鬼は大幅に数を減らす事が出来た。
雨音に痛手を与えてくれた吸血鬼は、レスタト兄さんが引き受けてくれている。
(ま……まぁチャンスか。どうする……? 治郎兄さんはこの際仕方ないとして、北原さんを連れてくる方法が無いし……身体痛いし……)
ここで一旦退くか、それとも一気に敵を殲滅してから桜花を探すか。
雨音は大急ぎで、どちらにすべきか痛む頭をフル回転させ、
「――――――――――ッカティ!!」
「ハイ……? イッッ!!!?」
気付いて、即座に思考を中断。
エプロンポケットからS&W M500を引っこ抜き、瞬時にカティの方へと照準すると、
ドドドカンッッ!!!! と、三連続で発砲。
この大威力のハンドキャノンにして有り得ない連射速度で、雨音はカティに喰らい付こうとしていたオオカミ男を吹っ飛ばした。
「ッカティー! あんた今後その技使用禁止!!」
「まじデスか!? せっかく練習したデスのに!!」
涙目で抗議するカティだったが、その方向に雨音はいなかった。
雨音は、カティの後方でリボルバーに弾を補充している。
やはり議論の余地無しである。
「ギャァウッッ!! イデッ!? クソッ! 痛てぇ!!」
カティに喰らい付こうとしていたオオカミ男は、脇腹を押えてのたうち回っていた。
三発中一発のみ直撃。
二発は外したが、それでも腹を抉られたかというほどのダメージが、オオカミ男を襲っていた。
ところが、痛みに耐えてオオカミ男は、どうにか立ち上がって見せる。
「吸血鬼に加えて今度はオオカミ男!? これ以上何か増えたら気化爆弾で辺り一面吹き飛ばすわ!」
そろそろ雨音も色々と限界である。
リボルバーをオオカミ男に向けたまま、黒アリスは巫女侍の隣に。
「アマネ! コイツさっきのギター吸血鬼デース!!」
オオカミ男の声と、頭部半分に毛が無かった事でカティが正体を察した。
雨音もすぐに理解する。確かに、吸血鬼の能力の中にはオオカミに化けるというものがあった。
オオカミ男になるとは思わなかったが。
「ったく……なん、なんだお前ら………? 吸血鬼より……よっぽど、じゃね?」
メタル吸血鬼、ソロモンはオオカミ男に変身する事により、吸血鬼の状態よりも高い運動能力を得る事が出来た。
しかしそれも、脇腹に50口径マグナムの弾丸を喰らって、もはや脚が動かない。
オオカミ頭の顎の端から涎を垂らし、震える毛むくじゃらの前足で、腹を押さえながら問うソロモンへ、巫女侍は朗々と名乗りを上げた。
いや、上げようと、した。
「問われて名乗るもおこがましいデース! 拙者産まれは古米ロスアンジェルス! 基本ダディからはほったらかしで、おかげでフリーダムに巫女侍を――――――――――――――きゃん!!」
「――――――――――――んぎゃ……!」
この非常事態に何をやっているのかと、雨音に尻を引っ叩かれてカティが悲鳴を上げるのと同時に、洋館の方からコミカルな呻き声が上がった。
魔法少女達には、どこぞで聞き覚えのある声。
練習してきた口上を邪魔されたカティと、無慈悲に邪魔した雨音が同時に振り向く。
声がした洋館の正面玄関前には、スッ転んで地面に張り付いている、北原桜花の姿があった。




