0054:レスタトの名は伊達ではない
悪魔に何かお願いするときは、その結果を綿密に脳内で想像してからにするのをお勧めする。
軽い気持ちで願いを口にしようものなら、どんな悲惨な結果が待ちうけるか分かったものではないからだ。
もっとも、相手は人知の及ばぬ超常の存在であるが故に、浅はかな人間がどう知恵を巡らせたところで、全ては徒労に終わるだけかもしれないが。
ちょっとクールでヘソ曲がりな小賢しい女子高生、旋崎雨音が、神とも悪魔とも知れない存在に願ってしまったのは、好きな銃器を自由に手に出来る特殊能力だった。
どういうワケかこの少女は、人類の忌むべき戦争の発明に、強く心を惹かれてしまう傾向にある。
部屋の中には、高校生のお小遣いにはちょっと重たい本格派の電動モデルガン――――――SIG SG550フルセット、35,000円也――――――が飾られていた。
恥ずかしくて、ちょっと人には言えない。
だが他にも、M4A1やSCHR-H/LやM249やG3SG/1や、欲しい物は数え切れなかった。
だからと言って、血迷って実銃を作り出す能力など願わず、せめて電動銃の方にしておけばよかったと、今になって後悔しなくもない。
反面、電動銃では実戦に耐えない事を考えると、痛し痒しである。
おまけに、願ったのは銃を作り出す能力だけなのに、何故か魔法少女への変身能力などという酷いオマケまで付いて来てしまった。
雨音は今年から高校生なのである。
魔法少女の対象年齢は、最大限大きく見積もっても、小学生低学年までだろう。
しかも、変身後の雨音の姿は、どう見ても『魔法少女』といった感じではなかった。
見た目年齢が2~3歳上がり、黒髪がやや長い金髪へ変わり、やたら短いプリーツスカートの黒いエプロンドレス姿に変わってしまう。
その姿が誰の趣味かと訊けば雨音の趣味だと言うのだから、本人は断固否認していた。
雨音はただの子供だ。
少々冷めた所があるのも、自分の程度を知っている――――――つもりになっている部分がまさに小賢しい――――――からだ。
特別頭が良いワケでもなく、絶世の美少女というワケでもなく、愛想の良い方でもない。
熱心に取り組むスポーツも無く、運動神経は並み以上ではない。
趣味以外は平凡な、一般的な家庭に育った、ただの少女だ。
そんな雨音が、何の因果か銃砲兵器系魔法少女に化け、廃墟のような洋館を舞台に吸血鬼の集団と大戦争を演じている。
それも、相手は魔法少女と根っこを同じにする、感染する吸血鬼能力者ども。
冷静に考えてみると、巻き込まれている雨音にはいい迷惑だった。
◇
「押し込めぇ! 銃なんかで我々は死にはしない! いずれ弾は尽きる! あの女に喰らい付け!!」
吸血鬼の統率者、ジョセフの号令で無数の吸血鬼が魔法少女に飛びかかる。
統率されていると言っても、所詮は身勝手な個人の群れ。
組織だった連携や波状攻撃が出来るワケでもない。
しかし、凄まじきはその身体能力。
以前は横断歩道を小走りするだけで息が上がっていたような手合いまでもが、山を駆ける野犬の如き躍動感でもって向かってくる。
そして、それらは片っ端から無数の弾丸でボロボロになって吹き飛ばされていた。
雨音の装備、軽機関銃の2丁持ち。
100発装填の2連装ドラムマガジン装備。
発射速度は毎秒約16発。
ダダダダン! と密な炸裂音が打ち鳴らされ、5.56ミリの弾膜が空間に敷き詰められる。
これまでの事で、雨音も色々反省していた。
どれほどの大火力があっても、中てられる技術が無ければ宝の持ち腐れ。
距離を区別しての戦い方も知らない。
いつも肝心な所で弾が切れる。
そんな反省点を踏まえ、雨音はもはや難しい事は考えない。
シンプルが最強。
戦闘は火力。
あらかじめ弾をフル装填の火器を、加えて予備弾倉も山ほど用意し、立ち回りなど考えずにベタ足でひたすら撃ちまくるのみ。
軽装甲機動車の傍で、膝立ちの雨音は対空戦車の如く重機関銃を並べて斉射。
高速で動く相手は追えないが、狙いそのものは寸分の狂いもない。
雨音の精密射能力は、散布界までをも正確に把握していた。
「ちょ!? おまッ!!? ふざけヴァアア!!?」
「ギャァ!!?」
仲間を盾に接近してきた吸血鬼二人へ、雨音は集中砲火。
だが、5.56ミリ弾は――――――距離にもよるが――――――人間ひとりくらいは簡単に貫通してしまう威力がある。
雨音がひとつの目標に気を取られた隙に、吸血鬼が軽装甲機動車を挟んで左右から急接近した。
左右の目標へ、雨音も2丁持ちの軽機関銃で同時に迎撃。
ひとりは足を掠めて動きが鈍った所に直撃弾をお見舞い出来たが、もうひとりは火線を擦り抜け雨音へと掴みかかり、
「ほーむらんッッデース!!!」
「ごッッハァァアアアアアアアア!!!?」
カティの大刀で、文字通り空に打ち上げられていた。
軽装甲機動車の上に付いている、12.7ミリ重機関銃の架台による牽制射。
雨音による大規模広範囲の掃射攻撃。
カティによる近接防御。
洋館へ向かって12.7ミリ弾を雨のように撃ちまくる戦車を避け、黒アリスの魔弾から逃れられても、巫女侍の怪力で返り討ちにされる。
死にはしなくても、派手にやられた吸血鬼は白目を剥いて気を失い、容易には起きられそうもなかった。
徐々に動ける吸血鬼の数は減り、頭に血が上った吸血鬼は、それでもガムシャラに突っ込んでくる。
このままいけば、魔法少女パーティーの方が有利かと思われた。
が、しかし。
「ッ……なに!? わッッ――――――――――――!!?」
「なんデス!!?」
何かの気配を感じた雨音がヘッドライトの方を見ると、一瞬だけ、光の中に飛んで来る何かの影を捉える。
飛んで来た何かは、軽装甲機動車上部の重機関銃架台を直撃。
壊れはしなかったが、牽制射の砲火が止んでしまった。
「なんデス!?」
「いや、分かんない……何これ?」
吸血鬼の猛攻は続いていた。
軽装甲機動車の武器遠隔操作システムが復旧するまでは、吸血鬼達は真っ正面からも攻め込んでくる。
手が離せない雨音に代わり、カティが飛んできた物体を起こしてみると。
「んん……?」
それは、黒いギターケースのように見えた。
吸血鬼が適当にブン投げて来たか。
そう考えたカティは、第2、第3と何かしら飛んでくるのを警戒し、雨音にも警告しようと向き直り。
今まさに、雨音をエレキギターで一撃しようとしている吸血鬼の姿を発見した。
「――――――ット!! アマネ! しゃがむデス!!」
「は!? ――――――――ッキャァアア!!?」
何事かと刹那にカティを見た雨音は、自分に向かって大刀を振りかぶっている巫女侍を見て足を縺れさせる。
カティの気合だけで、雨音は尻もちを突かされてしまっていた。
同時に、雨音の頭上で激突するエレキギターと大刀。
散らされた火花が、目を丸くする黒アリスに降り注ぐ。
「ッく!? か、あ、勝左衛門!?」
「グヌヌヌヌ!!!」
雨音の上でカティの大刀と鍔迫り合うのは、ギターを棍棒か何かのように扱う吸血鬼だ。
それも、服装こそは他の吸血鬼と同じ中世貴族の礼服だが、髪は頭半分剃り落して顔にメイクを施している。
ピエロの様でドクロの様なメイクの吸血鬼だった。
「ッシャーラァ!!」
「っせーデース!!!」
大刀とエレキギターが何度も激しくぶつかり合う。
パワーはカティの方が上か。
大刀はエレキギターを弾き飛ばすのだが、その度に相手の吸血鬼は身体ごと退き、角度を変えてギターを叩きつけてくる。
動きは吸血鬼の方が軽い。
「ヤッベーおっかねー! でもおもしれー!!」
派手なメイクの吸血鬼は、巫女侍との打ち合いを楽しんでいた。
単純な力ひとつとっても、単なる吸血鬼とは思えない。
「カティ!!」
転がり出るようにその場を離れる雨音は、立ち上がりざまカティと打ち合う吸血鬼に照準する。
一対一の勝負なんかさせる気はない。
障害は排除するのみ。
相手が強いのなら尚更だ。
だが、引き金を引いた瞬間、雨音は何者かに襟首を掴まれ、背後の軽装甲機動車に叩きつけられた。
「ゲッ――――――――――――フッ!!!?」
「弱ッ! んだよザーコ」
背中と後頭部を強打し、雨音の息と思考が止まった。
そのまま膝から崩れる黒アリスを、猫でもぶら下げるように、ボサボサ頭の吸血鬼が引っ張り上げる。
「アマネ!!?」
「あっちはアダムに取られたか。じゃこっちのトロフィーは俺が貰ったぜオラァ!!」
魔法少女のひとりを仲間(?)が捕らえるのを見て、メタル吸血鬼が一人息巻いていた。
だが、カティは目の前の敵などそっちのけで、雨音へと走ろうとする。
そこで立ち塞がるのが、よりにもよって相性が最悪の相手だった。
「ちょあー!!」
走り込んで来たのは、以前にカティをキレさせた、相手をおちょくるようなカンフーを使う小柄な吸血鬼だ。
「ッ!!!? オマエらなんかに構ってられんデース!! 後にするネー!!」
メタルのギタリスト、ソロモンと、カンフー吸血鬼に挟まれ、カティはその場に釘づけにされてしまう。
「俺さー、この前お前にメチャクチャ撃たれてんだよねー。だから仕返しするわー。100倍返しするわーマジで。ザマーみろ」
「う………ッぅ!?」
雨音は乱暴に髪を掴まれ、今度は正面から軽装甲機動車のサイドドアに叩きつけられる。
意識が混濁する雨音には、何がどうなっているのか分からなくなっていた。
悪意を以って雨音の頭を軽装甲機動車に押し付けるボサボサ頭の吸血鬼は、ポケットから取り出したバタフライナイフを弄ぶように振り回し、折り畳まれていた刃を剥き出しにする。
その刃を真っ直ぐに黒アリスの首筋に当てると、ジワジワと嬲るように力を入れ、切っ先を乙女の軟肌に喰い込ませ、
「無粋な。レディーへの振る舞いというものを知らないな、アダム」
何処からともなく姿を現した吸血鬼レスタトに、凶器を持つ腕を取られていた。




