0053:その頃女王様は真っ暗闇の中で流れ弾から逃げ回っていた
ようやく携帯電話という光源を持っていたのに思い至った北原桜花だったが、LEDの明りはあまりに頼りなく、真の闇が一寸先の闇に変わっただけであった。
それでも、有ると無いとではメンタル面での安心感が違う。
三つ編みの地味目な文学少女は、液晶画面が放つ淡い光を頼りに壁際をそろそろ進んでゆき、
手を突いていた数センチ先の壁が、突如爆ぜた。
衝撃と驚きで尻もちを突く桜花だったが、それだけでは終わらない。
「ののののののの――――――――――!!!!!!!???????」
次々と火花が散り、壁の建材が砕け飛ぶ。
手から零れた携帯電話が床を転がり、宙を舞う無数の木っ端をLEDの光が一瞬の中に浮き彫りにしていた。
何が起こっているのかワケが分からない。
心臓が縮み上がる思いの桜花は、四つん這いになり大急ぎで携帯電話を拾い上げると、その姿勢のまま走り出す。
屋敷の外から中にまで、激し過ぎる爆発の連弾が鳴り響いている。
桜花には、まるで戦争が始まったかのようにさえ思えた。
事実、外は戦場と化していたが。
◇
戦闘が始まる15分前の事。
あっさりと、簡単に、なんの苦痛も代償も無く、3人の吸血鬼は新たな力を手にしていた。
「お……おぉ!?」
吸血鬼の統率者たらんとするジョセフは、霧に変じた己の身体に驚愕していた。
「ヤッべぇ、ヘビーだ……!」
メタルバンドのギタリストであるソロモンは、獣のように毛皮を纏った自分の身体に唸りを上げる。
「ハハ……すっげ」
ボサボサ頭で危ない目付きのアダムは、湧きあがる単純な力を感じて笑いを噛み殺していた。
本当に、ほんの一瞬だった。
女の悪魔が、自らの前に跪く吸血鬼に軽い動作で手をかざした途端、各々が変化を自覚出来るほどの明確な力が備わってしまう。
悪魔とは気位が高く、吸血鬼以上に恐ろしい存在と聞いた。
だからこそ、3人は大げさな態度で願い奉ったと言うのに。
「か……感謝します、我が主よ……。この上は我が魂を捧げ永遠の忠誠を――――――――――――」
「そんなのいらないしー。資格者の情報コアでもあるまいしー」
ジョセフの言葉に、カミーラはつまらなそうに手を振り、つれない返事で返す。
吸血鬼になっても変に真面目な元会社員と違って、暴力的引き籠りとメタルバンドのギタリストは、悪魔なんかに忠誠を誓うつもりはない。
力さえ手に入れてしまえば何も恐れる必要が無くなり、後は好き勝手に他者を食い物にして、面白おかしく生きていくだけだ。
本物の悪魔なら、そんな本心は既に見抜いていただろうが。
しかしカミーラには、桜花以外の人間が何を考えていようと、そんなのは知った事ではないのだ。
「うーん……」
「……なにか、主よ?」
カミーラは跪く3人の吸血鬼の周りを歩き回りながら、その姿を上から下まで眺め回す。
屈んだりしゃがんだりする度に、コウモリの翼や豊満な胸の双丘が重たげに揺れていた。
3人の吸血鬼が訝しげな顔をするのもお構いなしに、カミーラは一通り新たな候補の品定めをした後、
「やっぱー、レタス君程じゃないっていうかー」
溜息をつき、カミーラは大げさに首を振っていた。
カミーラが今、誰と自分達を比べたのか、そのくらいは吸血鬼達も察する事が出来る。
特に、メタル吸血鬼と暴力吸血鬼には気分の悪い話だ。
勿論、カミーラには他意も悪意も全く無い、至極素直な感想でしかない。
それでも、第一候補が不合格であった以上は、残りの吸血鬼からから桜花の合格ラインに達すると思われる吸血鬼を選定するしかない。
魔法少女もカミーラの妨害に動いている以上、迎撃の戦力も必要だった。
「えっとー、とりあえずあんた達の持ってる潜在能力? みたいなのをー、ご主人様の許可範囲内で引き上げただけな感じなんだけどー。これってー、まだ全然先があったりするのよねー」
「………は?」
「………!?」
「………」
生真面目吸血鬼はカミーラの言葉の意味が分からず、女悪魔への興味を無くしかけていたメタル吸血鬼と暴力吸血鬼は、聞き流せないその発言に目を見張る。
「あ、主よ、その『ご主人様』というのは……?」
「だからー、あちしのご主人様でー、あんた達吸血鬼全ての女王様だっつーの。あんた達の能力ってー、結局全部あちしを通してご主人様から与えられるものだしー。まーそれもー、引き上げるものが全然ない人間だっているけどー、それに比べりゃあんた達は比較的マシ? って感じでー」
あっさり当たり前のように言うカミーラだったが、吸血鬼達には少なからず動揺があった。
悪魔の存在だって半分はまだ受け入れられてないのに、更に悪魔が『ご主人様』と崇める、自分達の女王が存在するなどと。
特に、暴力吸血鬼には、自分の女王だか王だかの存在など認められない。
吸血鬼になった自分は、好き勝手に生きてやるのだ。
だが、吸血鬼として更なる力があると言う話も無視できない。
「その、『女王様』という方は何処に……」
「まだ強くなれると? 悪魔様?」
生真面目な元会社員と、暴力性の強い、二人の吸血鬼。
両者の質問は同時だった。
「あちしのご主人様はー、ベストな吸血鬼を御所望なワケねー。『最高にイケててシブい、クールで寂しい慰めてあげたくなる、ダサカッコイイ奴』。でもー、雑魚を連れてってもガッカリさせちゃうだけだしー、あちしっから見て一番良さげなのだけー、ご主人様にお目通りさせよっかなーって? ちなみにー、ご主人様がマジになったらー、あちしの力とは比較にならないっていうかー」
つまり、最も優れた吸血鬼こそが女王に目通り叶い、より強い力を与えられる。
安っぽい話ではあるが、答えとしては分かり易く十分だった。
ジョセフが欲しいのは、吸血鬼の連帯と秩序だ。
自分がリーダーシップを発揮するには力が必要だが、女王が吸血鬼を統率してくれるのなら、それはそれでいいと考えている。
ソロモンは、強烈なメタルとクレイジーな日々の為に吸血鬼の力が欲しいだけだ。
だが、最強の吸血鬼の座を他人に譲って2番手に甘んじるなどロックではない。
ソロモンのはメタルだったが。
そしてアダムは、ただ強い吸血鬼と言うだけではない、誰にも舐められない最強の力が欲しいと渇望している。
「でねー、ちょーどメンドイ厄介者がー、こっちに向かってると思うのねー。この前のー、吸血鬼狩人の二人組ー。ご主人様を見つけられたらー、何されるか分かんないじゃん?」
まさに悪魔の様な裏のある笑みで、ニンマリと笑って見せるカミーラ。
言葉を濁すような言い方も、まこと悪魔らしかった。
こうして、鼻先に餌をぶら下げられた3人の吸血鬼が、自らの希望、欲望の為に動きだす。
丁度同じタイミングで、二人の魔法少女と一人の吸血鬼が、軽装甲機動車でこの洋館に到着していた。




