0010:魔法少女の偽造防止技術
そして話は珍妙な方向へ進む事となった。
いや、雨音にしてみれば、この空間に来てから今の今まで、珍妙じゃ無かった事などひとつも無かったが、「特別な能力」とか「銃器」とかスーパーソリッドな響きが、まだ何かこう格好良さげな雰囲気を醸し出していると思ったのに。
◇
多少冷めていて、夢の無い現代っ子。とは言え、旋崎雨音もそれなりの変身願望や、特別な人間になる憧れというのは人並に持ち合わせている。
現実的で慎重、やや猜疑心が強い故に、この状況に拒否反応を催すのも止むを得ない事だとはいえ、何が正しいかも分からないのなら、甘い餌に釣られてみるのもまた一興。
その前に散々ゴネて見せたが。
「こうやって並べて見ると……本当に犯罪以外に使い道が無い能力ね。誘惑に勝てるか心配だわ」
「ご、護身用とかでも良いじゃない。物騒な世の中なんだし」
先ず、趣味的で実用価値はゼロに近い――――――雨音曰く――――――銃器の形成能力。
そして、その社会性ステルス能力。
これ以外思い付かないと言うのが、どうにも救い様が無いと、リクエストしている本人も言われるまでも無く自覚していた。
「ちょっと思ったんだけど……他にもあたしみたいに特別な能力を貰った人間、ってのがいるのよね? そのヒト達って、例えばどんな能力を貰ってるの?」
『対人偽装能力は特に人気の能力となっております』
「あとはお金を作る能力とか?」
『不可能ではありませんが、物理現実領域では通貨、貨幣はシリアルナンバー、ウォーターマーク、精緻なプリントパターンによって管理されております。再現構成、複製には貨幣毎に異なる再現データを用意する必要があり、能力者個人の持てるリソース許容量的に非効率的と思われます』
「あーなるほど」
「お姉ちゃん分かってないでしょう?」
つまりお金を作るなんて夢が無いという事か。そんな感じで、雨音は納得しておいた。
額面通りなら、この能力には金には代えられないほど価値があるし、その気になれば、幾らだって稼ぐ事も出来るだろう。
雨音はそこまで迂闊な事は考えないが。
警察も軍も諜報組織も、特別な能力ひとつで出し抜けるほど甘くはないだろうし。
「魔女狩りに遭うのもヤダし……なんか特別な力って言っても世知辛いわね。ステルス系が人気ってところが特に」
幼い少年の声のガイダンスプログラムとやらは、雨音は何をしても良いし、逆に何もしなくても良いと言った。
その真意は結局雨音には理解しかねたが、目一杯性善説に則って好意的に解釈して、楽観的に考えたならば、あるいは雨音の望む通りに力を振るえるのではないかと、考えてしまう。
危うい考えだと雨音は頭を振るが、一方でニルヴァーナ・イントレランスへの注文は、細かいモノになっていた。
「銃っつっても古今東西今昔に、それこそ人類の歴史分は数があるのよ」
『物理現実世界における人類のローカル・アーカイブから参照。貴女の存在する時間軸でリミッタを設けます』
「ただ見えなくなるだけじゃ赤外線とか水とか粉とかブッかけられたりして見つかりそう」
『理論擬装、光学擬装を併用し、擬態変化による視覚隠密性、社会隠密性を高めます』
「『とらんすみみっく』……? 変装? どんな??」
『貴女のデータストレージ内アーカイブより内容は最適化されます。これはトランスミミックによる自己存在への認識に齟齬を持たせず認識ストレスを抑える為となっております。ご希望でしたら新規に擬態データを作成できますが、自己認識とかけ離れた姿である場合、強い心的ストレスがかかる恐れがあります』
「…………なんか脳に変なストレスがかかるのはヤダな」
『賢明な判断と思われます。そのお歳でストレスを考えるのもどうかと思いますが』
「現代人にはストレスが多いんですー」
「銃を持ったお姉ちゃんの変わりようを見てると心からそう思うよ」
「あんたの心無い一言にあたしの心は傷ついた。心しか無さそうな癖に」
その他、細々とした能力の仕様を話し合うと、ニルヴァーナ・イントレランスがアーカイブ内から最適のエレメント、ファウンデーションの両アドバンスド・コンポーネントを選択してくれるとの事だった。
物理現象の揺らぎを波動で利用するとか、形而上概念の観測誤認とか言われても、高校一年生の雨音には手に余り過ぎる。
ここに雨音の、最後の油断があったと言えた。
『では、ニルヴァーナ・イントレランスへの正規アクセスIDを発行いたします。登録名をどうぞ』
「………旋崎雨音」
名乗るまでの僅かな溜めが、聞いている約2名(?)を緊張させたが、ここに来て初めて雨音は自分の名を名乗った。
知らないヒトに名前を教えるのは抵抗があったが。
『ご注文は銃器形成、銃器分解、弾道計測、着弾演算、非殺弾頭、擬態偽装、限定慣性制御――――――――――――――――――――――以上の指定条件よりアーカイブ内を検索。最適プリセットを検出。ID名「旋崎雨音」の情報コアにオーバーライドします。よろしいですか?』
一瞬雨音の天の邪鬼が『絶対にNO(N)』と言いたくなったが、状況的
に天丼もいい所なので、そこはYES(Y)と言っておいた。
どうせこの期に及んではどうにもならないという心境であった。
そう、始めから、どうにもならなかったのだろう。
『最適化されたアドバンスド・コンポーネントをオーバーライドします』
後になって後悔しても、雨音はそう思うしかなかったのだ。
『プリセット名「魔法少女変身成形」の初期構築を開始します』
その科白の意味をうっかり聞き流しそうになった雨音は、脳裏で全てが手遅れであったのを理解しながらも、聞き返さずにはいられなかった。
「……ちょっと待って、今何て?」




