0001:だって気になったから
今年高校生になった旋崎雨音の前には、自分より一回りも二回りも大柄な男が立っていた。
目の前に立たれると、洒落にならない威圧感のある巨漢。
こう言っては何だが、まるでギャングかヤクザのように見える。
男は大柄だが、筋肉質というよりは恰幅が良いと言った方が、表現としてしっくりくる。
身長は高いが手脚は短い。平たく言うと、中年のオヤジ体型である。
ワイシャツに黒い上下のスーツ、サングラスといった装い。
ワイシャツの首のボタンが外れているのは、太い首に対して首回りが窮屈だからか。
髪も姿相応に、後ろに撫でつけオールバックにしてある。
その威圧感のあるギャングかヤクザ、二者択一な男が雨音を見下ろし、重々しく口を開くと。
「な……なんでボク、こんななのさ!? 魔法少女のお友達のマスコットって言ったら、もうちょっとこう……愛らしい小動物とかデフォルメされたヌイグルミみたいなものじゃない? それがどうしてこんなバイオレンス映画に出てくるマフィアか殺し屋みたいなオッサンになっちゃうのさ!?」
「そんな事いまさらあたしに言われても…………」
見た目相応の渋い声色。
なのに、小学生低学年の男の子のような語り口調。
サングラスの向こうで、厳つい強面が泣きそうに歪んでいるが、泣きたいのは雨音も同じであった。
◇
事の起こりは10分前。
ある夜の事。
高校に入学して半月後の事である。
入学からこっち、高校生活にも慣れ始め、友達もぽつぽつ出来、ひと段落といったところ。
雨音は久しく、入学してからは初めて、下校途中にあるレンタルビデオ屋へ寄っていった。
借りて来たのは、SF映画が一本にアクション映画が一本、計二本のBD。
ところが、家に帰ってレンタルショップの袋を空けて見ると、何故かBDは三枚ある。
(はて…………? もしかして袋に入ったままだったのかな? これまでレンタル料払ってないよね?)
首を傾げながら、雨音はレンタルショップのレシートを参照。
しかし、レンタル商品として明記されているのは、2本分だけである。
パッケージも通常のBDに見られる半透明ケースとは違う。
DVDのパッケージのように黒いのに、ジャケットが入って無いので、タイトルも何も分からない。
サイズは間違いなくBDのケースなのだが。
雨音はすぐにでも自分が借りて来たBDを見たかったが、この謎のBDの正体も気になる。
都市伝説に謂われる怪しいBDでもなかろうが、もしかしたら見てはいけない類の内容かもしれない。
ケースを開いてみると、中にはしっかりディスク本体も入っていた。
しかし、やはりというか何というか、ディスク表面にはレーベルも何も印刷されていない。
個人制作にしたって、表面にはタイトル名なりメモなり何かしら書いてありそうなものだが。
「んー………」
ベッドに座る雨音はディスクを持ち上げ、矯めつ眇めつ裏表と見るが、内容に関する手掛かりは何も無い。
(こういうのって……映画とかじゃ、見たら大変な事になったりするのよねー。でも―――――――――――――――――――――――)
好奇心は猫を殺すが、さりとて好奇心に勝てる人間もそうそういない。
ならば人間は猫と同列か、危険を予測しながら足を踏み入れてしまうそのしょうもない性は、あるいはそれ以下なのか。
好奇心も人並な雨音もまた、その誘惑には勝てず、ひとまず他のBDを机の上に文字通り棚上げし、謎のBDディスクを自室のプレイヤーの中に入れ、視聴してみる事にした。
後になって「止めておけばよかった」なんて、それこそ後の祭りであった。




