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「人間は脆く儚い生き物。そして人間以外の命の重さを知らない。私はこの世界に存在する生きる物全てに平等の命があることを人間に理解してもらいたいの。けれど、私の姿が見える人間は数える程しかいなくなってしまったわ」
リリィは二人に背を向けたまま独り言のように呟いた。
左手を強く握りしめ、憎しみと怒りを押さえ込もうとしている。
「そうね。命に植物も人間も関係ないわ。みな同等。多くの文化を発展させたわたくしたち人間は物が作り出されるほど欲に溺れ、さらなる発展を求める。なかには自分の環境をより良くするためなら命も惜しまないような人もいるわね……妖精さん。なんのためにあなたはここを訪れたのかしら?ここは人間が少ないところよ」
人間の進化と共に発展した文化。
次第に欲が生まれ、心に闇が広がった人間は命からかけ離れた考えを持つようになってしまった。
空に雲があるように、地球に人間が存在するのは当たり前。
知能のある人間と無知な動物では地位が違うと勝手にペットとして動物を手元におき、我が物顔で自然破壊を進行させている。
私利私欲のために命の大切さを忘れて生きる人間が増えてきたこの世界にローザは不満と不安を感じていたのだ。
「何年か前に動物が北の森には魔王と勇者が住んでいると噂していたの。魔王の力があれば私の探している魔女の居場所が分かると思って来てみたのよ。偶然、勇者に出会ったから案内をしてもらおうとしたのに、シナリオのゲストとして迎えられてしまったわ」
────北の森には緑を闇に沈める恐ろしい魔王と生きる物全てを敵とし、攻撃する恐ろしい勇者がいるよ。きっとどちらも魔力が強い魔女に決まってるさ。
懐かしい記憶の中で話す動物はリリィを囲み、にこやかに笑っている。その記憶は森が消えた今では二度と現実になることがない。
リリィは悲しそうに苦笑いを浮かべると強く握りしめていた左手を力なくといた。
「その噂のお蔭でわたくしたちは助かったわ。誰も死なない物語となって本当によかった。フィルド、わたくしたちはこの城でルジュと共にあなたを見守っています。この先の生きる道は好きな道を選びなさい」
「…………母さん、ありがとう。俺は絶対にこの哀れな物語を忘れない。語り継ぐ気はないが忘れるわけにはいかないんだ」
フィルドは跪いたまま母の元へ振り向き、無表情だった顔が一瞬笑みを浮かべた。
いつの日か息子のように一瞬でも心から笑える子供が増えると信じてローザは親元を離れることを許したのだ。




