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「フィルド。あまり驚いていないようね。気付いていたのかしら?ごめんなさいね。こんな狭い所に閉じ込めて……ルジュはわたくしが助けた子供。父親に取り付かれた哀れなただの少年。だから、殺すわけにはいかなかったのよ」
「別に気付いてない。父さんと母さんが魔王の一族じゃなくて嬉しいよ。だが俺は父さんを殺したお前を許せない」
黒い絨毯が赤く赤く、真っ赤に染まってゆく。
フィルドとローザの足元もゆっくりと赤く染まっていく。
怒っているのか、悲しんでいるのか分からない無表情なフィルド。
リリィはそっとルジュを抱き起こした。
「安心して。あなたの息子は死んだりしないわ。ちょっと壊れているだけよ。あなたのせいで」
「煩いな。言われなくても分かってる。分かってるさ。それでも僕は勇者だ。ルジュは勇者の息子。きっと僕の代わりに魔王を倒してくれる!僕のシナリオは永遠さ。キミはただのゲスト。それだけだ」
不気味なな青白い光が鎧の無いルジュを包む。
その表情は憎しみに染まり、醜い。
リリィは困ったように小首を傾げ、そっと髪を撫でた。
「私も人間が憎い。今もその気持ちは変わらない。でも憎しみだけを秘めていても何も出来ないわ。私はある小さな命に触れて、その温かさを知ったの。人間が全て憎い存在じゃないということを。小さくても意志を持っていて一生懸命生きている人間だっているわ。だから罪を認めて。あなたは勇者なんかじゃない只の魂よ」
光が強さを増して目を開けていられないほど眩しくなった。
リリィーは必死に目を開き、ルジュを見失わないようにしている。
「アハハハハハハハ!アハハハハハハハ!世界は僕の息子に滅ぼされる!必ずな。アハハハハ!クハハハハハハハ!」
狂った笑い声がこだまする。
まるで未来が見えているかのような、世界の終わりを見たような叫び声。
その不気味な笑い声は光が完全に消えるまで永遠と続いた。
「シナリオはゲストの妖精によって騒がしく永遠の幕を閉じました…………この青年はあなたが助けた少年のまま時が止まっているわ。だからローザ、青年とフィルドを連れて城を出て行きなさい。もう何もかも終わったの。生きたい所へ行くのよ」
リリィはそっとルジュを真っ赤な絨毯の上に寝かすと小さく溜め息をついた。
乱れた自分の長い髪を耳にかけると優雅に立ち上がり、上ってきた螺旋階段へと向かう。
「なら俺はお前に着いて行く。母さんはここに居てくれ」
階段を下ろうとしたリリィにフィルドは声をかけた。
横目で母親を一瞥すると一歩リリィに近づき、跪く。
家来が王様に頭を下げるようにとても丁寧に。
両肩に付いているカーテンのような長い飾りがしなやかに絨毯に広がり、カチャリ、小さな音を立てて腰に差していた剣の先が絨毯に触れた。
「三人では暮らせない、と言いたいのかしら?それても興味があるの?この妖精の行き先に」
ローザは左手に持っていた扇子を強く握りしめ、悲しそうに息子の後ろ姿を見つめている。
「着いて行けば何かあるかもしれない。こいつが父親に取り付かれた原因はさっき知った。だが、世界にはこいつの父親以上に愚かな人間が哀れなシナリオで狂っているかもしれない。だから俺はそいつらを正しに行きたい」
窓から差し込んだ太陽の光に照らされたフィルド。
その背中はかつて少年ルジュを助けようとしたグランフィルドの面影が見え隠れしていた。




