怒れる拳笑顔に当たらず
連投第2弾
やはり文化レベルは中世のような感じだった。甲に甲冑、剣に杖。杖はまぁ、戦うには適した獲物ではないが、この世界では剣よりも強かったりするのだから笑ってしまう。
本当はこんなところで笑っている場合ではないのだが、他に何もすることがないので仕方ない。
ここは戦場、そしてそんな戦場に似つかわしくない、鳥籠のような装置に囚われている私。
ここで、対抗者達の人質とかだったら良い見世物なんだろうけど、生憎と私は身分もない只の|人間≪魔属≫なわけで。この扱いはホントないわー。それは同属もなんだけど。
そりゃまぁ人間より丈夫かもしれないけど、全く別の世界から連れてきた者達を最前線で戦わせようとする人界の連中に反吐が出そうだ。自分達の戦いは自分達でしろ。余所の世界の住人を巻き込むなと声を大にして言いたい。いや、もう既に私の見張り役らしい男に言ったけど、鼻で嗤われただけだった。同じ目に合わせてやろうかと思ったのはいうまでもない。目には目を、歯には歯を。因果応報という言葉をしっかりと刻みつけてやるのだ。そう考えるとなんだかとても楽しい気分になってきた。
「おや、アイちゃん。今日は随分とご機嫌だねぇ」
「そう見えるとしたら、貴方の目は随分と節穴だと思うよお兄さん」
「あはは。まだ元気が有り余ってるみたいだね。良かった、今日も君のお陰で勝てそうだ」
奪い取られている魔力がどのようにして使われているのか、私は既に知っている。その結果がこの眼前にある光景だとしても、私の良心はこれっぽっちも痛まなかった。
「皮肉のつもりなら残念。私にとって人界の人間がどれだけ死んだところでどうでも良い話だから」
「……僕たちのこと、恨んでる?」
前の、リコルだった私なら恨んでないと答えただろう。だって、世界は弱肉強食なのだ。その定義に当てはめれば、どんな手段であろうと負けた私が弱いのであって、ならば勝者の勝手が許されるのは当然の理である。だけど、今の私は違う。自分の醜い感情を思い出してしまった。理不尽に怒りを覚えるほどに利己的な思考になってしまった。
「私ね、ルードが大好きなの。ルードの側にいたいし、ルードの全部が欲しい。ルードがいない世界なんてどうでも良いし、私とルードの邪魔をするこの世界は大ッ嫌い!」
もう彼の側にいるだけでは満足できないくらい、私はルードを、あの綺麗な魔王を独占したくて堪らない。その邪魔をするのは誰であろうと、決して許さない。
「時間だ、アイサカ、エディラート。始めるぞ」
最早歪を隠さない王子が合図する。急激に力が抜けていく感覚とは裏腹に、濃密な魔力が丘の一帯を満たしていく。
「ふん、まだこれほどの力が残っていたか」
「私を……誰だと、思ってるの?私はっ!魔王ルーデリクスのリコル。この程度、」
深紅に色づいていた胸元の石に罅が入り、魔力の嵐が鳥籠の中に渦巻く。やがて吸収する魔力が限界を超えたのか、格子に無数の亀裂が奔っていく。パキンパキンと破片が飛び散る音は、私にとってカウントダウンでしかない。
間もなくして格子は外へと弾け飛び、そこには、一人の魔属が立っていた。
限界まで魔力を振り絞ったせいか、倦怠感が全身を満たす。だるい身体を引きずりながら360度見回せば、ある者は杖をある者は剣の切っ先をこちらへ向けていた。その中には王子やエディラートの姿もある。
(これは積んだかな)
折角檻からは出られたが、これ以上立ち回りする力は全く残っていない。今はまだ恐怖が勝っているみたいだが、それも王子の、
「やれ」
……一声があれば終わりだ。
「帰りたかったなぁ」
魔属と言っても人間である。剣で一刺しさればそれだけで死ぬ。目を閉じてその瞬間を待ったアリサだが、痛みどころか風を頬に感じて慌てて目をこじ開けた。
「下等な人間風情がこの御方に触れようなどとは笑わせる」
アリサとあまり身長の変わらない少年が、変声期前の高い声で周囲を睥睨する。幼いながらに重厚な魔力がその場から動くことを許さない。
「お怪我はありませんか、リコル様?」
筋骨隆々の青年がアリサの前で跪き、鋭い目つきで全身の異常を確かめていく。最後にアリサと目が合うと、優しく微笑んだ。
「アイサカ、無事か!?無事だな!!?」
「おい貴様。いい加減に、」
「頼むアイサカ!お前から魔王にこの世界を滅ぼすのはやめてくれって言ってくれ」
人混みをかき分けながら駆けてくるその少年は、最後にあった時よりも随分窶れていた。青筋を立てるジェイルもなんのその、アリサの目の前でディスワードが土下座して懇願する。
「なんで?」
「なんでって……」
「無理矢理攫われた挙げ句散々酷使されて。虐げるばかりの人間達なんて百害あって一利なし。ねぇ、ジェイルさん」
「正しくその通りですね」
何かを言わなければならない。だがディスワードは何を言えばいいのか分からなかった。それはこの目まぐるしく状況の動く日々の中でディスワード自身がずっと思っていたことだからだ。仲の良かった隣人が魔力の有無で争うようになった。切欠さえあれば人はこんなにも脆い。
「お、俺がいる!確かに俺はお前を召喚したし理不尽も押しつけた。だけど、俺はお前を友達だと思ってるしお前もそうじゃないのか!?」
ジェイルが残念な子でも見るような目でディスワードを見下ろした。よりにもよって友達とは……。
「友達、ね。じゃあしょうがないか」
「リコル様!?」
「だってジェイルさん。こっちの方が絶対に面白いよ。あのね、」
ジェイルが結界を張ったため、二人が何を話しているのかは聞こえない。だが渋っていたジェイルが最後には笑顔で頷いているところを見るに、人間側にとってはここで滅びた方がマシなのではないかとザイステールは思った。同情は全くしないが。
「そういうわけで後は、」
よろしくと伝える前に、馴染んだ気配がアリサを包む。僅かな浮遊感に身を任せ、アリサの帰りたかった場所へと戻ってきた。