寝た子を起こす
短めです。
なんて言うか、男の友情ってこんなもの?と拍子抜けしたのは、一枚の紙を囲んで談笑する男達の姿だ。話し込んでいるのは主に陣術のことで、すっかり冷めたカップもそっちのけでひたすらあーだこーだと討議している。
なんだろう、このアウェイ感。いや別に構ってくれ〜なんてことは別に無いんだけど、暇だし……。
「ねえ。ちょっと散歩して来ていい?」
「ですからそれはこっちのユーロバクスの不確定要素を……ん?後にしてくれ」
ちょいちょいとディスの裾を引っ張ってみるが、鬱陶しそうに振り払われてしまう。むっとして先ほどよりも強く引っ張ったら、苛立たしげな視線とかち合った。
「何だ?」
「暇。つまんない」
「はあ?そんなこと今は、」
「じゃあ勝手にする。でもその場合、責任は許可したディスにあるんだから後で恨まないでよね」
抗議を込めた皮肉に、漸くディスは私の取り巻く現状に思い至ったらしい。漸く私の目が笑っていないことに気付いたようだ。
「あー……怒ってる、よな?」
「まぁ、そんな滅相も無い。人を巻き込んでおいて放置とか、何様だこのくそ餓鬼、なんて思ってもいないから」
「それはすまなかった。けれど王子というのは何分忙しくてね。こうして趣味の時間を割くのも大変なんだよ。とはいえ、確かに御婦人には退屈な話だったかな」
その一言でエデルが机の上を片付け始める。王子が部屋に垂らされた紐を引っ張れば、程なくして湯気の立ち上るポットを載せたワゴンを引いたメイドさんが姿を見せる。ふと違和感を覚えて仰ぎ見ると、ヘッドドレスからは二つの角が覗いていた。
(魔族?!)
驚いている間にそのメイドさんは顔を俯けたまま下がっていく。淹れたての馥郁とした香りが鼻腔をくすぐる。
「アレは私の僕だよ」
にこりと微笑む王子様にどうしてか背筋が冷える。人が中位魔族と契約するのは珍しくない。現に学院の教員らと契約しているロキィトやイドリスもそうだ。だが少なくとも彼等には自由があった。その辺りの違いは感覚的になってしまうのだが、この王子様は自らが先程のメイドよりも上位であることが分かっている。だから契約が無くても従う。そんな雰囲気だ。
(まさか……)
扉の向こうを見透かすように視線を向けたところで、何も感じられない。こんなことならばもっとちゃんと魔力制御の訓練をしておけばよかったと後悔する。
「アイちゃん?」
「何でもない……か…な?」
「おい!?」
カップが手からこぼれ落ち、地面に破片を撒き散らす。机へぶつかりそうになった上体は、咄嗟に伸ばされた腕によって間一髪救われた。
その一部始終を見ていたルークの口元が薄く弧を描いたが、直ぐさま貼り付けられた仮面によって隠されてしまった為、誰も気付かない。
「大丈夫かい?アイサカさん」
鮮やかな赤毛が視界に入り込む。揺れる視界が徐々に焦点を取り戻すなり、アリサは両手を突き出した。虚を衝かれてたたらを踏んだルークの身体はエデルによって支えられ、事無きを得る。
「アイサカ!!」
「っ近寄らないで!」
アリサはディスワードによって放たれた戒めを半ば強制的に振り払うと、目の前で微苦笑を浮かべているルークを睨みつけた。
「このバカ!直ぐに殿下に謝るんだ」
「……」
「アイサカ!」
それでもアリサはだんまりを続けた。焦れたディスワードが、強引にアリサの腕を掴んだところで、ルークがディスワードの名を呼び、首を横に振る。
「今のは私が悪かったのだから、彼女を責めないでやってくれ」
「しかしそれでは……」
「私が良いと言っているんだよ、ディスワード?」
「……申し訳ありません」
ディスワードが引き下がっても、アリサの眼光は鋭いままだ。
「そんなに警戒しないでほしいな」
「警戒しない理由がないでしょう」
アリサの僅かな魔力の揺らぎを狙ったかのように発せられた言葉によって操られた意識。迷わず身体が従ってしまったのは、名前に載せられた魔力にアリサが屈したからに他ならない。それはつまり、ほんの一時だけでもルークの魔力がアリサのそれを上回ったということだ。
その事実にアリサは恐怖を抱いた。
今までに無い未知なる感覚に。
他人にそうと知らず操られることの恐ろしさに。
それまで制御化にあった魔力が、アリサの身体からじわじわとあふれ出す。揺らめく空気に何かを感じ取ったのか、エデルが王子を庇うべく前に立った。
緊張感が両者の間に立ちふさがる。