お茶を濁す
お久しぶりです。
そりゃ召喚される前に住んでいたのも同じお城だけれども。外装から内装まで魔属好み……つまり大振りというか機能的というのか、あれも一種の芸術なのだろうが質素過ぎるというか。何が言いたいのか段々分からなくなってきたけれど、大抵誰もが想像するような城と言ったらこんな感じなんだろうっていうお城に現在来ている。ディスのお家から馬車で揺られること僅か15分の距離にある例のお城だ。なんでこんなところにやって来たかというと、先日私を振り回してくれたお兄さんが齎した手紙が発端で、ディスと共に何故か私まで王子様から直々に招待されたからだ。因みにディスとその王子様は所謂御学友の間柄らしく、学院が休暇になる度に招待を受けているそうな。今回もその延長とのことで特別気構えることもなく至って自然体のディスに比べ、私の心は大層浮き立っている。
だってお城ですよ!
旅行をしても精々日本海を挟んだ隣の国までなので、初めての生お城に興奮しても不思議じゃないと思う。因みに日本の城はちょくちょく行っていたが、あれとは様相が全く異なるのでノーカンにしておく。
「少しは落ち着け、アイサカ」
「無理!だってお城だよ!?あの壺ってきっとうん十万とかしたりするんだろうなぁ」
「それは確か先王作のだよ。価値があるって意味ではその隣のやつが有名かな」
「えーあんなヘンテコなのが?」
「へんてこって、ぷっ!アイちゃん素直すぎ!」
「馬鹿!!あれはあの有名なザパーンが晩年に作った、非常に貴重なものなんだぞ」
「いや、知らないから」
きっとあっちの世界でいうダヴィンチとかピカソとか、そんな感じなんだろうなぁ、ザパーン。それがたとえう◯この塊にしか見えないとしても、芸術作品には違いない。あの題名は何なのか非常に気になるところだ。
「ふーん。じゃあこっちは?」
「それは統一王朝時代のものだな。とうに失われた技術だ……あ、馬鹿!触るな」
時既に遅く、刀身が青白く光り始めたと思ったら唐突に収まった。
「???」
「大丈夫か?!」
「え、別に普通だけど」
何かされた覚えもない。強いて言えば少し魔力を持っていかれたような気もするが、ウォーリーに食われた時のことを思えば針先で指をつつかれたようなものだ。
「う~ん。流石アイちゃん。これは”術士殺し”って言われる武器で、触れた相手の魔力を吸い取るんだよ。だから魔力が少ない術士がうっかり触れると死ぬこともあるし、上級魔属でも一晩動けなくなるくらい強力なんだけどなぁ」
因みに一回満タンになってしまうとその魔力を術式を描くのに用いたり、なんなりして使い切るまでは吸い取ってくれないらしい。証明するようにエディラートが短剣を握るが、短剣はうんともすんとも言わないままおとなしく元の台座に戻される。
「あははは……そう言われるとなんか急に目眩、が。あれ?」
「アイサカ?!」
「アイちゃん?」
急に目の前が暗くなり、足下が覚束なくなる。咄嗟に差し出された腕に掴まり、暫し目を閉じてぐるぐるする感覚をやり過ごす。
「……治った」
支えてくれていた腕から手を放し、何度か瞬きをして視界が正常かどうかを確かめてから礼を言う。
「お前な。治ったって、最近よくあるよな?体調が悪いならちゃんと言え」
「そうは言っても体調はすこぶる正常なんだよねぇ」
実際元気なのだ。ただ時々、ほんの一瞬だけ異変が起きるだけで。
「油断禁物だよ。なにかの病気かもしれないし、後で医務室に案内するよ」
「だから大丈夫ですって」
「そうですね、兄上。お願いします」
「ディス!」
「喚くな。お前は一応人間なんだから、絶対とは言い切れないだろう。一度医者に診せた方が安心だぞ」
「魔属専門の医者もいるけどどっちがいい?」
へ~、魔属専門の医者がいるんだ。あれ、そういえば魔界に医者っていなかったよね?それどころかここうん百年、体調不良とはとんとご無沙汰だった。腰痛とか特定部位がひりひりするとかはあった気がするけど……って。
「だからどっちも行かないってば~!」
どうも。この後、医務室に行くのが確定されたアリサです。すっかり当初の目的を忘れていました。はい、目の前には生王子様がいます。キラキラしては……いません。だって王子様は赤毛だったんだもの。顔もまあまあ整ってるけど、ルードがなぁ。ルードがいなきゃなあ。シェナさんがいなきゃなあ。ジル様が……以下同文。人外レベルばかり見慣れてると、イケメンが平凡顔に見えるから不思議だよね~。落ち着くというか、自分の容姿を棚に上げて何言ってやがるって話なんだけども。
「初めましてアイサカさん。僕はそこのエディラートの上司でルークっていうんだ。よろしくね」
「はじめまして、ルークくん。……ところで私って今喧嘩売られてるのかな?」
ディスの方を見て確認すれば、彼は必死に首を横に振っていた。どうやら違うらしい。うん、残念。
「お戯れが過ぎますよ、殿下。うっかり彼女を怒らせて屋根が吹き飛んだら修理大変なんですから」
「それは困るな。でも、彼女は同じ人間なんだし、名前で呼ばないのは失礼に値するとは思わないかい?」
「ご心配なく~。私一応魔属って括りなんで、契約主以外に名前を呼ばれる方が不愉快っていうか」
だってこの王子様、人の名前を呼ぶ時わざわざ魔力を込めてるんだよ!明らかに人の神経逆立ててるでしょ。しかもディスよりも魔力大きい……流石にプルーフさん程じゃないけど、これだけ大きい人間を見るのは人界に来てから初めてだ。
「おや失礼。魔属風情の扱いがいいなんて随分と変わったお嬢さんだ」
「……うん、このくそガキ消そうか?」
「待て待て待て!早まるなアイサカ。……殿下もいい加減になさってください!」
「許さ~ん!」
ディスの弱っちい強制力など、撥ね除けるのは簡単だ。拘束しようと巻き付いた魔力を強引に破り、目を丸くしている王子様の胸元を強引に引っ掴む。その際お兄さんからの邪魔が入らないよう結界まで作成済みだ。
「さて。弁明は?」
「降参だよ。僕が悪かった」
「む」
おや?思ったよりも聞き分けが良い。素直な子は嫌いじゃないので、二度はないと軽く脅してから解放してあげる。結界を解除するなり慌てて駆け寄ってきたディスに怒られた。なんだか理不尽だ。