朱に交われば赤くなる
現在、アリサは好きでもない相手とデートもとい観光中だ。
どうしてこうなったのか。
遡ること数時間前……。
「だって兄上も姉上も嫌なんだったら僕が適任じゃないか。ディスが帰ってくるって聞いて、これは噂のアイちゃんに会いに行かなきゃって部下達を振り切ってきたお兄ちゃんのお願いをディスは聞いてくれないの?」
「仕事しましょうよ、兄上。それにアイサカは兄上も嫌だそうですけど」
「そんなことないよ。ほぉらおいでアイちゃん。お兄様がとっておきのお菓子をあげよう」
「人を一体何歳だと思ってるんですか。それに私の方が貴方よりうんとお姉様なんですけど。あと人の名前に勝手に愛称付けないでください」
「問題なし。ってことで、早速お出かけしようかアイちゃん。この僕が直々に王都案内してあげるよ」
「結構です」
「ディスはちゃんと課題をこなしておくように。それじゃあ行くよアイちゃん。……あ、そうだった。忘れてたけど王子からの手紙を預かってたんだ」
「え?ちょ、やだ!」
「一番初めに渡しましょうよ兄上!って、兄上!?」
……。いや、もうね。諦めの境地に入っちゃうと人間何もかもがどうでも良くなるんだよ。振りほどこうにもがっちり掴まれていて気分的にはドナドナな感じ。
「あれ、楽しくなかった?次はなんとあの有名なロダール監獄所内部にご招待☆っていう予定なんだけど」
「お兄さんって人からよくずれてるって言われません?」
「え?よく分かったね。実はアイちゃんって人の心読めたりするとか?」
本気で分からないらしいエデルに頭が痛くなる。
「王都観光と称して初っぱなから処刑場案内する人が普通なわけないでしょう!その後も守備隊地下の牢屋に連れて行ったり今度は監獄って、どんな嫌がらせですか?」
最終的な私の末路でも示唆しているのだろうか。そうだとしたら性格が悪すぎる。
「おかしいなぁ。全部”悪行の末路”スポットとして有名な場所で、今人気のデートコースだって聞いてたんだけど」
悪行の末路って嫌な響きだなぁ…。首を捻るエデルの手からパンフレットを取り上げるとそれは確かにそっち関係の情報が図や地図入りで丁寧に書かれていた。
「ちなみに誰のお勧めで?」
「僕の上司だよ」
下がこれなら上も上か……はぁ。
「ついでにこの国の王子」
「大丈夫かこの国?!」
「あははは。どうなんだろうねえ?」
「そこ笑うとこじゃない!せめて否定しましょうよ」
やっぱりこの人苦手だ。
「……もう帰りたい」
「家に?それとも魔界に?」
顔を上げれば、相変わらず胡散臭い笑顔とぶつかる。何気ない問いの筈なのに、妙な緊張感を感じて思わず唾を飲み込む。
「お兄さんがいない場所ならどっちでも」
「酷いな。僕はこんなにもアイちゃんのことが好きなのに」
ぴんと張っていた空気が途端に緩む。知らず押し殺していた息をこっそりと吐きながら、すっかり冷めてしまったカップに手を伸ばす。
「じゃあアイちゃんはどんな人が好きなの?」
「あなたに言う義理はありません。強いて言えば、お兄さんのような軟派な人じゃなくて静かな人ですかね」
流石にルードほど無口な人もどうかと思うが。いやでもルードの場合口にこそ出さなくても態度や仕草で結構分かりやすいし、何となく言いたいことが伝わるから良いんだけどね。言葉の代わりに行動が素直というか、意外と甘えたがりっていうか……。って、そうじゃなくて!
うっかり思考が飛んでいたことに気づいて慌てて顔を両手で押さえるが、それよりもエデルが吹き出す方が早かった。
「ぷっ!やっぱりアイちゃんて可愛いなぁ」
生暖かい視線が痛い。ああ、終わった。百面相していたのが見られてしまった……。
「君にそんな顔をさせるなんて、一体誰を思い浮かべてたのかな?恋人?」
「私とルードは別に恋人とかそんなんじゃなくて、」
じゃあ一体何だと言われれば、主人とペットが一番適切な言葉なのだろう。だって私は魔王のリコルなんだから、それ以外に表現のしようがない。なのにどうしてそれを伝えることを躊躇うのだろう。魔界ではそれが当たり前で、今もそう思っていることは間違いないのに。
「アイちゃん?」
「なんでもありません」
抱いてしまった複雑な感情には蓋をして、振り切るように立ち上がる。エデルがそれ以上突っ込んでくることはなかったことだけが幸いだ。
人に触れ、人としての感情を思い出してしまった。ただそれだけの話。